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 マナタルト王国。
 人類史上最も長い歴史を持つ国であり、二百年前に起こった種族間戦争の勝者でもある。
 他種族の技術を盗み、大量の大陸資源を手に入れたことで、王国の文明は急速に発展していった。
 そして現在、大陸のほぼ全てを統治する大国を支えているのは、多くの魔術師と魔道具を生み出す発明家たちだった。

「ねぇお父さん」
「ん? 何だい? サクラ」
「お父さんは発明家さんだよね?」
「ああ」
「じゃあ何で、ほかの発明家さんと仲良くしないの?」
「うっ……」

 子供の無垢な質問に、お父さんは苦い顔をする。
 他意はないとわかっていても、心にぐさっと刺さる何かを感じて、苦笑いしながら答える。

「あはははっ、別に仲が悪いわけじゃないよ。ただ……僕と彼らでは、見ているものが違うだけさ」
「見ているもの?」
「うん。彼らが見ているのは魔道具の発展だ。でも僕は、それじゃ駄目だと思っている。まだ先の話だけど……いや、案外すぐ来るかもしれない。魔道具が足りなくなる時代が……」

 神妙な顔つきで語る父親の言葉は、子供の頭では理解しがたい内容だった。
 首を傾げる我が子を見て、お父さんは微笑み頭を撫でる。

「ごめんね、少し難しかったかな?」
「魔道具なくなっちゃうの?」
「うん。僕はそう思っているよ。きっと他にも気づいている人は多いけど、中々言い出せないんだと思う」
「どうして?」
「この国は魔道具と共に発展してきた。皆が魔道具に頼り切っている。国も、王も、民もだ。神様を崇めるみたいに信じ切っている。だからそれを否定する発言は好まれない。本当は現実と向き合うべきなのに……」

 そう語りながら、難しい顔をするお父さんを見て不安になる。
 彼が苦しんでいることは、子供の目にも明らかだった。
 現状を変えたいけど、誰一人付いてきてくれない。
 孤独の発明家に残されたのは、亡き妻の思い出と、最愛の娘だけ。

「お父さん……」
「そんな顔しないで」
「わたし、大きくなったらお父さんのお仕事のお手伝いする!」
「本当かい?」
「うん! いーっぱいお勉強する!」
「それは嬉しいなぁ」

 優しく笑う父親と、大きな手に触れて子供は思う。
 早く大きくなりたい。
 大人になって、お父さんを助けたい。
 そうして育ち、長い時間が経過していく。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 十年後――

 王宮に設けられた研究室。
 廊下の壁にはずらっと入り口の扉が並んでいて、扉の上には名前が書かれている。
 それは王宮で働く発明家たちが仕事をする研究室。
 国の繁栄のため、発明家たちは日々研究に励んでいた。

「うーん、これも違うパーツを使ったほうがいいかな。でもコスト的にこれがベストだし」

 ガラガラと部品を漁る。
 研究室にはそれぞれの発明家の個性が現れるが、共通していることが一つ。
 それは……

 トントントン。

「入るぞー、ってうおっ、また散らかってるし……」

 部屋中に散乱する書類や道具。
 ノックをして入ってきた騎士服の彼は、その惨状を見てやれやれと頭に手を当てる。

「ったく、一昨日掃除したばっかりじゃないか。おいサクラ」
「ん?」

 名前を呼ばれてようやく、私は来客の存在に気付いた。
 下のほうにある棚を探っていた私は、声に反応して立ち上がる。
 入り口のほうへ顔を向けると、よく知る呆れ顔が視界に飛び込んできた。

「何だシークか」
「何だとは何だよ。そっちが呼んだんだろ」
「あー……そうだったっけ?」
「おい」
「ごめんごめん。何を頼もうとしたのか忘れただけだよ。そのうち思い出すから、しばらくソファーにでも座って待っていてくれ」
「いや……ソファーも埋もれてるじゃないか」
「え? あ、本当だ」

 ソファーの上にも資料やら、一見ガラクタにしか見えないパーツが散乱していて、とても座って寛げそうにない。
 適当に物を漁って放置した結果だ。

「出したらちゃんと片付けろよ」
「あっははは、わかってるつもりなんだけど、やりたいことが目の前にあるとつい……」
「はぁ……」

 彼は大きくため息をこぼし、腰の剣を鞘ごと外して壁に立てかけた。
 両腕の袖をまくり上げ、散らばった書類を集め始める。

「片付けてくるの?」
「待ってる間やることないしな。それに放っておいたら、もっとひどい状況になるだろ? 一昨日みたいに」
「うっ……それは否定できないなぁ」
「だろうな。いつものことだ」

 そう言って嫌そうな顔をしながらも、彼はせっせと片づけをしてくれた。
 言葉通りいつも、部屋の片づけは彼がしてくれる。
 私が手伝おうとすると、自分の仕事に集中しろと言われるから、ずっとその厚意に甘えてしまっている。
 しばらくして、部屋中の物が綺麗に整頓された。
 彼のパンパンと手を叩く音で、私も片付けが終わったと気づく。

「いつもありがとうシーク。君が私の担当騎士で良かったよ」
「ん? 何だよ改まって」
「ううん、特に深い意味はないよ。純粋に今、そう思ったから口にしたんだ」
「ふーん」

 王宮に働く発明家には、それぞれ一人ずつ専属の護衛がつく。
 私の護衛になってくれたシークは、小さい頃からよく知っている。
 いわゆる幼馴染というもので、お陰で気兼ねなく話せるし、我儘も聞いてくれるから助かる。
 
「いつも感謝しているんだよ? 実験も手伝ってくれるし」
「手伝いじゃなくて実験台の間違いな? 大抵いつも騙されてやってるだけだぞ」
「そこはほら、騙されるほうが悪いよ」
「お前なぁ……」
「ふふっ、冗談だよ。本当に助かってるんだ。お父さんもそうだったけど、この王宮じゃ私は異端だからね」

 この研究室は、元々お父さんが使っていた部屋。
 二年前にお父さんが病気でなくなってからは、私がこの部屋を使っている。
 お父さんの残した研究と夢を引き継いで。

「それが嫌なら普通にすればいいだろ? やろうと思えば何だって出来る」
「ううん、私には無理。お父さんの娘だから」
「それは……」
「別に良いんだよ。私は自分の研究が出来ればいいし、今の環境も嫌いじゃないから」

 お父さんの意思を継ぐ。
 私の夢は、お父さんが目指した夢と同じ。
 魔道具に頼らなくても良い生活だ。
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