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第二章

27.死の王

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 リッチーとはアンデッドの頂点に君臨する存在。
 通常、アンデッドは生きていた存在が死亡したことで転じる。
 故にアンデッドとなる前の元の姿がある。
 しかし、死ねば誰でもアンデッド化するわけではない。
 アンデッドになるもっとも単純な条件は、アンデッドに殺されることだ。
 つまり、他にアンデッドが存在しなければ成立しない。
 彼らの中で唯一の特異点。
 アンデッドを生み出すアンデッド。
 生者からの転身ではなく、初めから死する者として誕生した存在。

 それこそがリッチー。
 死の王。

「リッチーがいるなら、一夜で街の人たちをアンデッド化することもできる」
「召喚の魔術も納得ですね。リッチーは高位の魔術師でもありますから」
「だとしたら強敵だぜ」
「めんどくさそう」
「リッチーね。その可能性は帝国の見解としても上がっていたわ」

 エリーシュが語りだす。

「だけどそれらしい姿は発見できなかったわ。この街にも、大規模な魔術を発動した痕跡はない」
「もう一つの街はどうですか? 騎士団が派遣されたなら戦闘があったはずですよね? もしリッチーと交戦していたのなら」
「可能性はあるわね。まだ失敗後の再調査はできていないわ」
「だったら確認しましょう。デルタ」
「了解だぜマスター。次はアドリアだな」
「ああ」

 この街でも収穫はあった。
 リッチーが本当にいるのなら、被害はさらに拡大する。
 そしてもし、今の襲撃で敵が俺たちの存在に気づいたのなら……。

「気を引き締めないとな」

 アドリアでリッチーと戦うことになるかもしれないから。

  ◇◇◇

 俺たちは馬車に乗り、アドリアに急行する。
 距離はそこまで離れていない。
 道中、襲撃にあったという村々も確認したが案の定もぬけの殻だった。
 再度襲撃されるということなく、俺たちはアドリアに向かう。

 馬車を走らせ半日。
 時間はちょうど夜の零時。
 日付が変わるタイミングで、俺たちは到着した。

「月が綺麗ね」
「そうですね」

 俺たちは夜空を見上げる。
 こんな時間に街へ足を踏み入れるのは、実際かなり危険だ。
 夜は魔物が狂暴化する。
 それはアンデッドも例外ではない。
 もちろんそのことは知っていた。
 知った上で急いだのは、次なる被害を出さないため。

「俺たちが囮になってリッチーをおびき出す」
「オレたちっていうか、マスターだよな。この場合の囮って」
「そうなるね」

 リッチーは死せる者にして魔術師。
 死者に魔力を生み出す力はない。
 故にリッチーは生者を殺し、その者に宿っていた魔力と命を吸い上げる。
 そうして殺し蓄えることで、リッチーは強くなる。
 つまり、魔力が多い者ほどリッチーにとっては最高の得物だ。

「ノーランドでの戦闘である程度こっちの状況は知られているはずだ。だったらリッチーは間違いなく俺を狙う」
「勇敢なことね。自らが囮になるなんて」
「そんなんじゃないです。ただ、これが一番効率的ですから」

 自信はある。
 仮にリッチーが相手でも、みんなと一緒なら負けないと。
 もちろん、まだリッチーが相手と確定したわけじゃないが……。

「いいえ、ほとんど確定みたいなものよ」
「ラスト様」
「いるぜ。この街に」
「気配が強い」
「……ああ」

 気配感知ができない俺でもわかる。
 この街に……アドリアに、死臭をまとった者がいる。
 俺たちは進む。
 ここが戦場になることを理解して。

 そして――

 街の中に踏み入る。
 途端、街を覆う結界が出現した。

「結界!?」
「出入りができない結界、かなりの強度」
「退路を断たれたな。けどまぁ、関係ねーだろ」

 三人ともやる気満々だ。
 もちろん俺も。

「エリーシュ様は後ろに下がっていてください」
「ええ。今回はそうするわ」

 彼女はそっと俺の後ろに移動した。
 ほぼ同時に空が曇る。
 さらに異様な気配が上空に出現した。
 全身にまとう黒いオーラと、赤い光が宿る朽ちた顔。

「あれが……」

 死の王……リッチー。
 
「――待っていたぞ。我に供物を与えにきた人間よ」
「しゃべれるのか」

 リッチーは知性が高いと聞いたことがある。
 どうやら事実らしい。

「俺たちは客じゃない。悪いが手土産は持ってきてないよ」
「何をいう。あるではないか……そこに」

 リッチーは指をさす。
 俺の心臓……否、うちに宿る魔力を。
 やはり俺を待っていたか。

「狙い通りですね。ラスト様」
「ああ。向こうから出てきてくれてよかった」

 これで真っ向からリッチーと戦える。
 俺たちは戦闘態勢をとる。
 それに対抗するように、リッチーは召喚術式を発動させる。
 地面からヘドロのようにブクブクとあふれ出て、次々にアンデッドが出現する。
 人、魔物、そして――

「ドラゴンまでいるのか」

 つまりこのリッチーは、ドラゴンすら倒せるだけの実力を有している。
 街を二つ喰らい、村々を喰らい、魔物やドラゴンまで喰らって。
 早めに見つけられて正解だった。
 これ以上に強くなれば、被害は街だけにとどまらない。
 最悪の場合、国が亡ぶ。

「ここで必ず倒すぞ!」
「はい!」
「おう!」
「わかったー」

 全員が視線をリッチーに向けた。
 その時だ。
 リッチーの表情が変わる。
 まるで、笑みを浮かべているように。 

「そこの傀儡に用はない。あるのはそこの――極上の器のみ」
「これは――」

 俺の足元が光りだす。
 展開された術式、その光に包まれる。

 転移の術式か!

「ラスト様!」
「みんなはそっちに集中してくれ!」

 視界が暗くなる。
 次に見えたのは、真っ黒な岩々がならぶ謎の空間。
 おそらくは、リッチーが作り出した別次元。

「ここなら食事の邪魔は入らない」
「食事……ね」

 一対一か。
 想定外だが、他のアンデッドと共闘されるより戦いやすい。
 唯一の懸念点は……。

「あらあら、大変な場所に連れてこられたものね」
「暢気ですね。この状況で」

 俺に巻き込まれてエリーシュも来たことか。
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