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強欲の章
⑥
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俺は叫んだ。
おそらく人生最大の雄叫びをあげた。
仕方ないじゃないか。
ずっと我慢していたんだぞ?
目の前にたわわに実った果実があって、いつだって食べ頃なのに。
よだれも流さず耐えていたのに、知らない男が勝手に収穫しちゃったんだ!
許せるわけがない。
煩悩とか欲とか、そんなもん知ったことか!
「ア、アンセル様?」
「な、なんだお前……賢者だろ? 悟りを開いてんじゃないのかよ」
「悟り? そんなもんとっくの昔に開いて閉じたわ! あんなもん開きっぱなしでいられるか!」
「……は?」
キョトンとする男に、俺は怒りのままに叫ぶ。
もうどうでもいいや、と思いながら。
「確か俺は賢者の力を手に入れた! 師匠がたどり着けなかった術式の完成にも至った! それでも俺は人間の男なんだよ! 目の前に無防備に慕ってくる女の子がいて、我慢できるわけないだろ! お前ならわかるんじゃないか!」
「お、おう……」
「でも我慢してたんだよ! 俺は賢者だから! みんなの師匠だからな! お手本にならなきゃいけない。不甲斐ない姿は決して見せられない。そうして耐えていたのに……お前は超えちゃいけないラインを越えた!」
「――よくわかんねーが、欲まみれな賢者ってことかよ! 大賢者の名が聞いてあきれるなぁ!」
「お前と一緒にするな! 確かに俺は欲があるし、煩悩だってある。だけどな? 真に必要なことは欲や煩悩を支配することだ!」
俺は指を二本立て、視界に線を描くように空を切る。
その直後、操られていた三人が倒れる。
「――! な、馬鹿な! 俺の支配が……」
「何が支配だ。からくりがわかれば対処はたやすい。鞭で打った対象に見えない魔力の糸をつけ、操っていただけだ。無機物も同様にな」
「そういうことだったのですね? 王国も把握していない能力を、たった一度見ただけで看破するなんて……」
「こいつ……」
「侮るなよ? これでも俺は、賢者の一族だ」
「――! だったらもう一度操るだけだ! お前も含めてな!」
叫んで男は鞭を振るう。
しかし意味はない。
鞭を打ち付けたところで、その瞬間に糸は斬り裂かれる。
「くそ、なんで見えるんだ?」
「魔力だからだ。お前たちは感覚が鈍いんだよ。魔力を捉える感覚が」
「だからって! なんで糸が切れる? その指の動きで斬ってるのか? 魔術も使ってないのに!」
「使ってるぞ。さっきから何度も」
「……は? 嘘だ! 一度も術式を見せていないじゃねーか! 魔導具でもないのに、詠唱も術式の展開すらなしに、魔術が使えるわけ!」
「それができるから、今俺はここに立っているんだよ」
男は驚愕する。
通常、魔術の発動にはいくつかの工程がある。
より洗練された魔術は、その工程を省略することで、発動までの時間を短縮する。
同じことをしているだけだ。
俺はあらゆる工程を、体内で完結することができる。
故に、俺の術式はすでに発動している。
「大賢者が開発した術式は、人間の欲の数だけ存在する。それらを統合したものが現代に伝わり、俺たちが受け継いだ」
煩悩、負の感情は魔力を増幅したり高ぶらせる要因。
魔力も感情も、魂からあふれ出るもの。
魂から煩悩を切り離し支配することで、煩悩を武器、すなわち術式に昇華し行使する。
それが賢者の術式。
「【天芯倶舎】」
俺は指で線を引く。
今度は鞭を持っている右手が斬り裂かれ、出血と共に握ったまま地面に落ちる。
「ぐ、あああああああああああああああ! 腕が! 俺の腕がぁ!」
「これは……」
【天芯倶舎】は一〇八の術式によって構成されているが、そのうち九十八はいわば部品。
一つ一つでは効果がなく、組み合わせることで力を発揮する。
九十八の術式は煩悩を克服することで獲得し、それを全て手に入れることでようやくスタートライン。
そして――
九十八の煩悩の先に、更なる大きな十の煩悩が存在する。
それらを克服し、術式として完成させることで、【天芯倶舎】は完成する。
その奥義の名は――
「【十纏】――無慚」
「が……あ……」
十の奥義の一、無慚。
自身の視界内に指で線を描き、対象を斬り裂く見えない斬撃。
対象は細かく指定でき、やろうと思えば服だけ斬り裂ける。
そう、相手に気付かれず、女の子の服を脱がせる!
「あ、あれ……私は何を?」
「いきなり部屋が爆発して……それで……師匠は!?」
「せんせーだぁ」
ぞろぞろと操られ気を失っていた三人が目を覚ます。
どうやら操られていた間の記憶はないようだ。
おかげで俺の大失態を見られるに済んだわけで、心からホッとしている。
三人は周囲の状況と倒れている男を見て、すぐに察した。
「お怪我はありませんか? 先生!」
「襲撃者きたのね? 他には? これで最後?」
「勝ったんだ! さっすがせんせー! 格好いい!」
心配したり、尊敬のまなざしを向けられたり。
無邪気で無防備に身体を寄せてくる。
これに何年も耐えている俺を誰か褒めてほしい。
「アンセル様」
「……姫様」
あられもない姿になり、女の子であるとハッキリわかる姫様が、涙目で頬を赤く染めている。
「やはりあなたしかいません。どうかそのお力で、世界を救ってください」
「……ふっ」
俺は空を見上げる。
師匠、俺……旅に出ようと思います。
困っている人がいたら放っておけませんし、国家の敵になるのは嫌なので。
それから、この度が無事に終わったら……その時は――
賢者をやめよう。
そう、心に誓いました。
おそらく人生最大の雄叫びをあげた。
仕方ないじゃないか。
ずっと我慢していたんだぞ?
目の前にたわわに実った果実があって、いつだって食べ頃なのに。
よだれも流さず耐えていたのに、知らない男が勝手に収穫しちゃったんだ!
許せるわけがない。
煩悩とか欲とか、そんなもん知ったことか!
「ア、アンセル様?」
「な、なんだお前……賢者だろ? 悟りを開いてんじゃないのかよ」
「悟り? そんなもんとっくの昔に開いて閉じたわ! あんなもん開きっぱなしでいられるか!」
「……は?」
キョトンとする男に、俺は怒りのままに叫ぶ。
もうどうでもいいや、と思いながら。
「確か俺は賢者の力を手に入れた! 師匠がたどり着けなかった術式の完成にも至った! それでも俺は人間の男なんだよ! 目の前に無防備に慕ってくる女の子がいて、我慢できるわけないだろ! お前ならわかるんじゃないか!」
「お、おう……」
「でも我慢してたんだよ! 俺は賢者だから! みんなの師匠だからな! お手本にならなきゃいけない。不甲斐ない姿は決して見せられない。そうして耐えていたのに……お前は超えちゃいけないラインを越えた!」
「――よくわかんねーが、欲まみれな賢者ってことかよ! 大賢者の名が聞いてあきれるなぁ!」
「お前と一緒にするな! 確かに俺は欲があるし、煩悩だってある。だけどな? 真に必要なことは欲や煩悩を支配することだ!」
俺は指を二本立て、視界に線を描くように空を切る。
その直後、操られていた三人が倒れる。
「――! な、馬鹿な! 俺の支配が……」
「何が支配だ。からくりがわかれば対処はたやすい。鞭で打った対象に見えない魔力の糸をつけ、操っていただけだ。無機物も同様にな」
「そういうことだったのですね? 王国も把握していない能力を、たった一度見ただけで看破するなんて……」
「こいつ……」
「侮るなよ? これでも俺は、賢者の一族だ」
「――! だったらもう一度操るだけだ! お前も含めてな!」
叫んで男は鞭を振るう。
しかし意味はない。
鞭を打ち付けたところで、その瞬間に糸は斬り裂かれる。
「くそ、なんで見えるんだ?」
「魔力だからだ。お前たちは感覚が鈍いんだよ。魔力を捉える感覚が」
「だからって! なんで糸が切れる? その指の動きで斬ってるのか? 魔術も使ってないのに!」
「使ってるぞ。さっきから何度も」
「……は? 嘘だ! 一度も術式を見せていないじゃねーか! 魔導具でもないのに、詠唱も術式の展開すらなしに、魔術が使えるわけ!」
「それができるから、今俺はここに立っているんだよ」
男は驚愕する。
通常、魔術の発動にはいくつかの工程がある。
より洗練された魔術は、その工程を省略することで、発動までの時間を短縮する。
同じことをしているだけだ。
俺はあらゆる工程を、体内で完結することができる。
故に、俺の術式はすでに発動している。
「大賢者が開発した術式は、人間の欲の数だけ存在する。それらを統合したものが現代に伝わり、俺たちが受け継いだ」
煩悩、負の感情は魔力を増幅したり高ぶらせる要因。
魔力も感情も、魂からあふれ出るもの。
魂から煩悩を切り離し支配することで、煩悩を武器、すなわち術式に昇華し行使する。
それが賢者の術式。
「【天芯倶舎】」
俺は指で線を引く。
今度は鞭を持っている右手が斬り裂かれ、出血と共に握ったまま地面に落ちる。
「ぐ、あああああああああああああああ! 腕が! 俺の腕がぁ!」
「これは……」
【天芯倶舎】は一〇八の術式によって構成されているが、そのうち九十八はいわば部品。
一つ一つでは効果がなく、組み合わせることで力を発揮する。
九十八の術式は煩悩を克服することで獲得し、それを全て手に入れることでようやくスタートライン。
そして――
九十八の煩悩の先に、更なる大きな十の煩悩が存在する。
それらを克服し、術式として完成させることで、【天芯倶舎】は完成する。
その奥義の名は――
「【十纏】――無慚」
「が……あ……」
十の奥義の一、無慚。
自身の視界内に指で線を描き、対象を斬り裂く見えない斬撃。
対象は細かく指定でき、やろうと思えば服だけ斬り裂ける。
そう、相手に気付かれず、女の子の服を脱がせる!
「あ、あれ……私は何を?」
「いきなり部屋が爆発して……それで……師匠は!?」
「せんせーだぁ」
ぞろぞろと操られ気を失っていた三人が目を覚ます。
どうやら操られていた間の記憶はないようだ。
おかげで俺の大失態を見られるに済んだわけで、心からホッとしている。
三人は周囲の状況と倒れている男を見て、すぐに察した。
「お怪我はありませんか? 先生!」
「襲撃者きたのね? 他には? これで最後?」
「勝ったんだ! さっすがせんせー! 格好いい!」
心配したり、尊敬のまなざしを向けられたり。
無邪気で無防備に身体を寄せてくる。
これに何年も耐えている俺を誰か褒めてほしい。
「アンセル様」
「……姫様」
あられもない姿になり、女の子であるとハッキリわかる姫様が、涙目で頬を赤く染めている。
「やはりあなたしかいません。どうかそのお力で、世界を救ってください」
「……ふっ」
俺は空を見上げる。
師匠、俺……旅に出ようと思います。
困っている人がいたら放っておけませんし、国家の敵になるのは嫌なので。
それから、この度が無事に終わったら……その時は――
賢者をやめよう。
そう、心に誓いました。
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