辺境の魔術師、悟りを開き大賢者となる←【理想】/【現実】→煩悩を捨てなきゃダメなのに、毎日弟子たちが無自覚に誘惑するからそろそろ限界です……

日之影ソラ

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怠惰の章

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 長髪の男がベッドで寝転がっていた。
 中性的な顔立ちと、細く白い肌に、はだけた服装だ。
 外で人と会う格好じゃない。 
 予想通り、奴はここで自堕落に生活しているらしい。

「おかしいなぁ~ 大した魔力は感じなかったのにぃ」
「偽装しているからな。魔力の流れは完全にコントロールしている」

 俺は街に入る前に、自らの魔力を抑え込んだ。
 一般人に偽装するために。
 そこから吸収される魔力量も、自らの意思で調整し、極微量に抑え込んでいた。

「へぇ、すごいねぇ~」
「お前が【怠惰】を持ち去った使い手だな?」
「そうだよぉ~」

 彼の首には金属の輪が装着されている。
 禍々しい魔力の塊。
 間違いなくあれが【怠惰】の……首輪か。

「ここれ街の人間から生命力と魔力を吸収し、自身は眠ったまま快適な生活をしていた、というわけか」
「正解! とっても最高だよ。何もしなくても栄養はとれるし、食事もいらないからねぇ。一日中ぼーっとしてればいいんだ。羨ましいだろう?」
「……別に」

 何それ羨ましい! 
 自分は何の苦労もしないで自堕落な生活が遅れる?
 過酷な修行も、面倒な家事も、働く必要だってない。
 ただ寝ているだけですべてが賄えるなんて理想的な……いや、惑わされるな!

「それを回収しに来た。大人しく渡せば、手荒なことはしない」
「困るなぁ……これがないと生活できないし、邪魔するなら吸い取るよ?」
「できるものならな」
「……あれ?」

 ようやく気付いたらしい。
 俺から何も吸い取れないことに。

「よく見ろ。俺の足元を」
「……ちょっと浮いてる?」

 小指の関節一つ分くらい、俺の足は床から浮いている。

「お前の呪具は間接的にでも触れていないと発動しないだろ?」
「あーそういうこと……めんどくさいなぁ~」

 のっそりと彼は起き上がる。
 効果がないとわかり抵抗する気を失った?
 いや、違う。
 彼は右手を俺に向ける。

「じゃあ殺すね」
 
 瞬間、男の手掌から高圧縮された魔力が解放された。
 指向性を持った魔力の放出は、建物の壁を破壊し、外へと俺を押し出す。
 俺は空中でくるりと回転し、勢いを殺して宙に浮かぶ。

「なるほど。吸い取った魔力を放出できるのか」
「そうだよぉ~ ここの人たちがいる限り、俺の魔力は無限に近いからねぇ」
「そうらしいな」
「ねぇ、めんどうだから帰ってくれない? 別にさぁ、俺ってここにいるだけで悪さしてないじゃんかぁ~ ただ平和に過ごしたいだけなんだよぉ」

 平和?
 この街のどこに平和がある?
 あいつ一人の幸福のために、何千、何万という人間が苦しみ犠牲になっているというのに。

「それはできない相談だな。お前みたいな引きこもりは、強引にでも外に引っ張り出す!」

 俺は左手を怠惰の男にかざす。
 空気を掴むように指を曲げ、大きく引き上げる。

「え、うわあ!」

 男は俺の眼前まで引き寄せられる。
 
「な、なにこれ!?」
「【天芯倶舎テンジンクシャ】――【十纏ジッテン】、無愧むき

 その効果は引力と斥力を操る。
 左手は引力で対象を引き寄せ、右手は斥力によって弾き飛ばす。
 この二つの力の応用で、俺は宙に浮かんでいる。

「大人だろ? いつまでも他人のスネをかじっていちゃダメだ」
「えぇ……こっちのほうが楽だし楽しいよ?」
「お前だけだろ? たくさんの人に迷惑をかけてまで、一人の幸福を維持するのは不平等だ。ちゃんと――」
「ええ~」
「働け! 引きこもり野郎!」
 
 右手をかざし、怠惰な男を吹き飛ばす。
 吹き飛んだ男は元いた部屋のベッドを突き壊し、建物の一階まで落下した。

「俺だって働いてるんだ。一人だけ楽は許さないぞ」

 というのが本音である。
 それにしても、戦いの最中でも怠惰の姿勢を崩さない。
 その点は凄いと尊敬しておこう。

 しかしこの世は、働かざる者食うべからずだ。
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