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憤怒 / シアンの章
③
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生まれた場所、身分、性別。
それ以外にも区別する枠組みが存在している。
種族だ。
この世界で生まれる知性を持つ生命は、人間だけではなかった。
エエルフとしてこの世に生を受けた日から、人間は醜く恐ろしい存在だと教えられた。
森の奥深く、誰も寄り付かないような小さな村で育った私には、人間の本性を知る術がない。
教えられた通り、人間は醜い存在なのだろうか。
幼い私は興味があった。
けれど、こんな興味……抱かなければよかったと後悔する。
ある日、人間の人間の狩人たちが森に迷い込んだ。
大人たちは恐怖し、人間に怒り、追い払らおうとした。
森の中は複雑で、道を知らなければ永遠に彷徨い続ける。
大人たちは口をそろえて、迷って飢えて死んでしまえばいいと、恐ろしいことを口にしていた。
けれど子供だった私たちは、人間の恐ろしさを知らない。
困っているのがわかったから、親切心で帰り道をこっそり教えた。
人間は子供の私たちにお礼を言うと、また来るね、と言い残して去っていった。
そして数日後、確かに彼らはやってきた。
武具を身に着け、何千という大軍勢を率いて。
戦争でない。
一方的な蹂躙だった。
後から、最初に迷っていた彼らの目的が、私たちエルフの村を見つけることだった知った時、すでに村は燃え尽きていた。
両親も、友人も皆、殺されてしまった。
私は両親が転移の術式を発動させて、ギリギリのところで逃がしてくれた。
燃え盛る炎の中で、最後に見たのは……両親が殺される瞬間だった。
転移先はランダムだった。
同じような森の中で、私はぽつりとしゃがみ込んだ。
しばらく放心状態でいた私は、ある噂を思い出す。
辺境の山奥に、大賢者の意思と知識を受け継ぐ一族がいる。
「大賢者なら……」
みんなを取り戻せるかもしれない。
そんな希望が私を突き動かし、私は噂を頼りに歩いた。
たどり着いたのは、私が暮らしていた森と似たような場所だった。
森の中にある建物に、彼は暮らしていた。
「おや、お客さんが来たみたいだ」
「あなたが大賢者様?」
彼は人間の男性だった。
私たちの村を襲い、両親を殺した男たちと同じ……人間。
けれど、不思議な雰囲気を感じた。
森で出会ったからかもしれないけど、少しだけエルフに似ていた。
そのせいか、ほんの少し安心した。
「俺は大賢者の後継だよ。まだまだ大賢者には遠い。大賢者を名乗れるのは、ずっと先のことだろうね」
難しいことはよくわからない。
そんなことどうでもよくて、私は願いを叫んだ。
「大賢者様! みんなを……死んでしまった仲間を取り戻したい! 私に魔術を教えてください!」
「――! それはできないよ」
「どうして? 私はみんなを……」
「魔術は万能じゃない。ましてや命を、すでに絶たれた生命は二度と戻らないんだ」
「――そんな……」
私は絶望した。
終わった命が再び輝くことはないのだと。
わかっていたことなのに、現実をつきつけられて、心が壊れてしまいそうだった。
私は無気力になり、しばらく記憶がない。
道場には彼の他にも、同い年くらいの女の子がいて、二人で私のお世話をしてくれていたらしい。
二人が優しくしてくれたおかげで、私は徐々に現実を受け入れ始める。
「何があったのかは聞かないよ。もしも帰る場所があるなら、元気になってから出て行くといい」
「……帰る場所なんて、もうない」
「そうか。じゃあ、ここを変える場所にすればいいよ」
「ここを……?」
「ああ。俺も彼女も、ここが帰る場所なんだ。君が帰るべき場所が見つかるまで、ここが君の家の代わりだ」
嬉しかった。
彼の言葉が、優しさが染みわたって、私は両親の言葉を思い出す。
生きて。
幸せになって。
まるで止まっていた時間が動き出したかのように、私の瞳は涙で溢れた。
両親を失った喪失感と、それでも生きている自分。
いろんな感情が一気にあふれ出て、壊れてしまいそうで。
そんな私を、彼は支えてくれた。
同じ人間?
ううん、全然違う。
「ありが……とう……」
私は全てを失った。
でも、新しい繋がりが、私の心を暗闇から引きあげてくれた。
彼らと一緒なら、私は大丈夫。
一緒にいられるなら……この先も……。
ふと、怖くなる時がある。
命に永遠はない。
いつか必ず来る別れの瞬間に、私の心は……壊れずにいられるだろうかと。
それ以外にも区別する枠組みが存在している。
種族だ。
この世界で生まれる知性を持つ生命は、人間だけではなかった。
エエルフとしてこの世に生を受けた日から、人間は醜く恐ろしい存在だと教えられた。
森の奥深く、誰も寄り付かないような小さな村で育った私には、人間の本性を知る術がない。
教えられた通り、人間は醜い存在なのだろうか。
幼い私は興味があった。
けれど、こんな興味……抱かなければよかったと後悔する。
ある日、人間の人間の狩人たちが森に迷い込んだ。
大人たちは恐怖し、人間に怒り、追い払らおうとした。
森の中は複雑で、道を知らなければ永遠に彷徨い続ける。
大人たちは口をそろえて、迷って飢えて死んでしまえばいいと、恐ろしいことを口にしていた。
けれど子供だった私たちは、人間の恐ろしさを知らない。
困っているのがわかったから、親切心で帰り道をこっそり教えた。
人間は子供の私たちにお礼を言うと、また来るね、と言い残して去っていった。
そして数日後、確かに彼らはやってきた。
武具を身に着け、何千という大軍勢を率いて。
戦争でない。
一方的な蹂躙だった。
後から、最初に迷っていた彼らの目的が、私たちエルフの村を見つけることだった知った時、すでに村は燃え尽きていた。
両親も、友人も皆、殺されてしまった。
私は両親が転移の術式を発動させて、ギリギリのところで逃がしてくれた。
燃え盛る炎の中で、最後に見たのは……両親が殺される瞬間だった。
転移先はランダムだった。
同じような森の中で、私はぽつりとしゃがみ込んだ。
しばらく放心状態でいた私は、ある噂を思い出す。
辺境の山奥に、大賢者の意思と知識を受け継ぐ一族がいる。
「大賢者なら……」
みんなを取り戻せるかもしれない。
そんな希望が私を突き動かし、私は噂を頼りに歩いた。
たどり着いたのは、私が暮らしていた森と似たような場所だった。
森の中にある建物に、彼は暮らしていた。
「おや、お客さんが来たみたいだ」
「あなたが大賢者様?」
彼は人間の男性だった。
私たちの村を襲い、両親を殺した男たちと同じ……人間。
けれど、不思議な雰囲気を感じた。
森で出会ったからかもしれないけど、少しだけエルフに似ていた。
そのせいか、ほんの少し安心した。
「俺は大賢者の後継だよ。まだまだ大賢者には遠い。大賢者を名乗れるのは、ずっと先のことだろうね」
難しいことはよくわからない。
そんなことどうでもよくて、私は願いを叫んだ。
「大賢者様! みんなを……死んでしまった仲間を取り戻したい! 私に魔術を教えてください!」
「――! それはできないよ」
「どうして? 私はみんなを……」
「魔術は万能じゃない。ましてや命を、すでに絶たれた生命は二度と戻らないんだ」
「――そんな……」
私は絶望した。
終わった命が再び輝くことはないのだと。
わかっていたことなのに、現実をつきつけられて、心が壊れてしまいそうだった。
私は無気力になり、しばらく記憶がない。
道場には彼の他にも、同い年くらいの女の子がいて、二人で私のお世話をしてくれていたらしい。
二人が優しくしてくれたおかげで、私は徐々に現実を受け入れ始める。
「何があったのかは聞かないよ。もしも帰る場所があるなら、元気になってから出て行くといい」
「……帰る場所なんて、もうない」
「そうか。じゃあ、ここを変える場所にすればいいよ」
「ここを……?」
「ああ。俺も彼女も、ここが帰る場所なんだ。君が帰るべき場所が見つかるまで、ここが君の家の代わりだ」
嬉しかった。
彼の言葉が、優しさが染みわたって、私は両親の言葉を思い出す。
生きて。
幸せになって。
まるで止まっていた時間が動き出したかのように、私の瞳は涙で溢れた。
両親を失った喪失感と、それでも生きている自分。
いろんな感情が一気にあふれ出て、壊れてしまいそうで。
そんな私を、彼は支えてくれた。
同じ人間?
ううん、全然違う。
「ありが……とう……」
私は全てを失った。
でも、新しい繋がりが、私の心を暗闇から引きあげてくれた。
彼らと一緒なら、私は大丈夫。
一緒にいられるなら……この先も……。
ふと、怖くなる時がある。
命に永遠はない。
いつか必ず来る別れの瞬間に、私の心は……壊れずにいられるだろうかと。
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