わたしの婚約者の好きな人

風見ゆうみ

文字の大きさ
4 / 45

しおりを挟む
 お姉様がお嫁にいってからは、ビトイは、わたしとのデートの時でも、お姉様の住んでいる屋敷がある方面に行きたがった。

「行きたいところがあるんだけど、駄目?」

 こうしてお願いすれば、「いいよ」と微笑んでくれるけれど、繁華街であれば、お姉様がよく行っていたお店に行きたがり、わたしが不満そうにすると、ご機嫌を取るように、その店でわたしに何かを買ってくれる。

(もので釣られるような子供だと思っているの?)

 悲しい気持ちになってしまい、デートを続ける事も嫌になってきた。

(そんなにお姉様がいるかどうか知りたいなら、わたしとデートなんてせずに、自分1人でお店に行けばいいのよ…)

 子供みたいな事を考えて自己嫌悪になる。

 簡単に忘れてくれると思っていた、わたしの方が馬鹿だった。

(だって、こんなにもわたしの事を見てくれない相手を、わたしだってずっと好きでいるんだから、そう簡単に諦められるものではないんだわ…)

「ねぇ、いつになったら、お姉様を忘れてくれるの?」

 お姉様の姿を探している彼を見ていられなくなって、思わず聞いてみた。

 すると、彼は苦笑する。

「何を言ってるんだよ。僕が好きなのは、アザレアだよ」
「嘘よ、そんな事ないでしょう?」
「本当だよ。だから、そんな顔をしないで」

 ビトイはわたしの頬に触れて、優しく微笑んだ。

 こうやって、わたしはいつも彼に騙される。
 そして、嘘だったとしても、彼の優しい言葉を求めてしまうのだ。

 こんな関係性が崩れ始めたきっかけは、お義兄様が少し離れた領地で事故に合い、その地の病院でしばらく入院する事になってからだった。

 左足を骨折し、今までの様に歩けなくなるかもしれないということで、わたし達の住んでいる場所よりも、医療が発展している、その地での治療をお義兄様は選んだ。

 お姉様はお義兄様が帰ってくるまで、実家に戻る事を望み、お義兄様もそれを受け入れた。

「寂しいって言っていたから帰ってきたわ」

 お姉様は実家に戻ってくるなり、笑顔でそう言うと、掃除などはされていたけれど、家具などはそのままにされてあった、自分の部屋に戻っていった。

 それから数日後、わたしが学園から帰ってくると、我が家のものではないけれど、何度も見た事のある馬車が停まっている事に気が付いた。

 嫌な予感がして胸をおさえる。
 
(まさか…、まさかね…)

 急いで、邸の中に入ると、メイド達が出迎えてくれた。

「おかえりなさいませ、アザレア様」
「ただいま! もしかして、ビトイが来ているんじゃない?」
「ええ。つい先程、いらっしゃいました。急にアザレア様に会いたくなったんだそうですよ」

 メイドはビトイの言葉を信じているらしく、笑顔で続ける。

「アザレア様が帰ってこられるまで、マーニャ様がお相手しておられて、今、2人で中庭を散歩されておられます」

 1人のメイドがわたしの学生鞄を受け取ってくれ、もう1人のメイドがわたしと一緒に中庭に向かってくれた。

 制服姿だけれど関係なかった。

 どくどくと心臓の鼓動を強く感じた。

 2人の姿を探していると、姿は見えないけれど、声だけ聞こえてきた。

「もう我慢できない! ずっと、ずっと、僕はマーニャの事が好きだったんだ!」
「ちょっと待って。私には夫がいるのよ?」
「そんな事はわかってる…! だけど、君の旦那様が事故にあって、君がこんなにも早くここに戻ってくるだなんて」
「運命だとでも言いたいの? そうじゃないわよ」

 声のする方向に、早足で急ぐ。
 声を出したいけれど、声が出せなかった。

 一緒にいるメイドも様子がおかしい事に気が付いたらしく、2人に自分達がいる事を知らせる為に叫んでくれた。

「ビトイ様、マーニャ様! アザレア様がお帰りになりました!」

 すると、ビトイが叫んだ。

「アザレアが来る前にもう一度言う…。君が好きなんだ!」

 2人の姿が見えたので駆け出したかと同時、わたしに気が付いていないビトイはお姉様を抱き寄せてキスをしようとした。

 最初、お姉様は嫌がっていたけれど、私の姿を見ると、抵抗するのをやめて、彼の首の後ろに手を回し、彼の唇を自分の唇で受け止め、そして、深いキスを繰り返した。

「なんて事を…っ」

 メイドが震える声で言った。

(もう…無理。無理だわ…)

 声にも出せず、ただ、わたしはその場に崩れ落ちるしかなかった。

「何をされているんですかっ!!」
「何を考えているんですか!!」

 離れて様子を見ていたけれど、何やらおかしいと2人に駆け寄ってきていた騎士達とメイドが非難の声を上げたため、慌てて、ビトイはお姉様から離れ、わたしを見た。

「あ…、あっ…、婚約の…、破棄を…」

 続きを言おうとしたけれど、先程の2人のキスシーンが頭に浮かび、気分が悪くなって息が苦しくなり、うまく呼吸できなくなったため、その先の言葉を口に出す事が出来ない。

「アザレアお嬢様! しっかりして下さい! 誰か、誰か来てください!」

 メイドはわたしを介抱してくれながら、邸の方に向かって叫んでくれた。
 騎士達はビトイが逃げないように捕まえていて、わたしの方にまで手がまわらないようだった。

「アザレアお嬢様! しっかりして下さい!」

 フットマンに抱き抱えられた際、強い視線を感じて、目だけ向けると、お姉様が笑っているのが見えた。
しおりを挟む
感想 178

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

【完結】旦那様、その真実の愛とお幸せに

おのまとぺ
恋愛
「真実の愛を見つけてしまった。申し訳ないが、君とは離縁したい」 結婚三年目の祝いの席で、遅れて現れた夫アントンが放った第一声。レミリアは驚きつつも笑顔を作って夫を見上げる。 「承知いたしました、旦那様。その恋全力で応援します」 「え?」 驚愕するアントンをそのままに、レミリアは宣言通りに片想いのサポートのような真似を始める。呆然とする者、訝しむ者に見守られ、迫りつつある別れの日を二人はどういった形で迎えるのか。 ◇真実の愛に目覚めた夫を支える妻の話 ◇元サヤではありません ◇全56話完結予定

私達、婚約破棄しましょう

アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。 婚約者には愛する人がいる。 彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。 婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。 だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

婚約解消の理由はあなた

彩柚月
恋愛
王女のレセプタントのオリヴィア。結婚の約束をしていた相手から解消の申し出を受けた理由は、王弟の息子に気に入られているから。 私の人生を壊したのはあなた。 許されると思わないでください。 全18話です。 最後まで書き終わって投稿予約済みです。

処理中です...