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薬で眠らされたのか、それともショックで気絶しただけなのか、気が付くと、自分のベッドの上に寝かされていて、部屋に明かりがついているのがわかった。
時計を見ると、今は夜中で、使用人の多くは寝ている時間だった。
身体をゆっくりと起こすと、着ていたはずの学生服ではなく、寝間着に着替えさせてもらっていた。
頭がクラクラして、また、ベッドに倒れ込む。
ビトイの気持ちはわかっていたはずなのに、あそこまでとは思っていなかった。
そして、お姉様のあの笑み。
(わたしがいるとわかったから受け入れたのね…? でも、お姉様は馬鹿ね…。わたしに意地悪したかったのかもしれないけれど、あれだけ証人がいれば、自分だって非があると言われるでしょうし、お義兄様にだって何を言われるかわからないのに…。それとも、お義兄様は、浮気も気にならないくらいに、お姉様が好きなの?)
部屋には誰もいない事もあり、あのシーンを思い出して、涙が溢れてきた。
今まで、何度も婚約の解消を考えた事はある。
でも、お姉様を忘れてくれるんじゃないかという甘い期待があったから、婚約を解消しなかった。
(甘い、本当に甘い考えだった…)
涙が目元から耳に向かって流れていく。
嗚咽が止まらなくなってきたところで、一時だけ部屋を離れていたらしい、メイドが部屋に入ってきた。
一緒に、あのシーンを目撃した40代のメイドで、名はスーザンという。
スーザンはダークブラウンの髪をシニヨンにした、背の高い痩せ気味の女性で、背筋をいつもピンと伸ばしているせいか、一見気難しそうなメイドに見えるけれど、性格はとても優しい。
「アザレアお嬢様、目を覚まされたのですね…。何かお飲みになりますか? 食欲があるようでしたら…」
「ありがとう。お水だけもらえる?」
涙を服の袖で拭いてから、身を起こし笑顔を作って言うと、スーザンは悲しそうな笑みを浮かべて頷く。
「かしこまりました。お水でしたら、すぐにご用意できます」
そう言って、コップに水を入れて持ってきてくれた。
「ありがとう…。それから、迷惑をかけてごめんね」
「何を言っていらっしゃるんですか。お嬢様は悪くありません。悪いのはビトイ様と…」
お姉様の名前を口にしようとして、やめたみたいだった。
スーザンは頭を下げてから続ける。
「辛い出来事を思い出させてしまう様な話をしてしまい、申し訳ございません」
「謝らないで。どんなに好きでも、どうしようもない事があるんだって事がわかったわ」
なんて、自分で言ったくせに、涙が溢れてきた。
「アザレアお嬢様…」
他のメイドやフットマンも部屋に入ってきたところだったので、私の涙を見た、他のメイド達までもが目を潤ませた。
「ごめんね。泣いたりして。それより、お姉様は何か言ってるの?」
「……」
涙を拭ってから聞くと、スーザン達は困ったように顔を見合わせた。
(お姉様は自分のした事を悪いと思っていないのね…。わかっていた事だけど…)
「気にしないから話をしてくれる? どうせ、いつかは知る事だわ」
「その話は僕からしよう」
そう言って、中に入ってきたのはお父様だった。
肩まである黒髪を1つにまとめていて、部屋の入り口で心配げに私を見つめていた。
お母様も遅れて部屋に入ってきて、ベッドの脇までやって来ると、わたしの手を握って涙を流す。
「可哀想に。辛かったわね…」
お母様もお父様も、ラフな服装ではあるけれど、寝間着ではなかった。
自分達の部屋でわたしが目を覚ますのを待っていてくれたみたいだった。
「マーニャは自分は何もしていないと言うんだ。でも、スーザンや騎士達がマーニャ達がした事を目撃しているし、ビトイも事実だと認めた。だから、マーニャは反省していないとみなし、家から追い出した。今は彼女には帰る家があるからな。それから、夫のキトロフ伯爵にも連絡を入れた。マーニャをどうするかは、彼に任せる。離縁されても、ビトイが面倒を見るだろう」
お父様の言葉に胸がずきりと痛んだ。
(あんな場面を見たのに、まだ胸が痛むなんて…)
お父様はわたしの頭を優しく撫でてくれてから続ける。
「ビトイの家には婚約破棄を申し出た。もちろん、ビトイの有責でだ。ビトイの両親は床に額をつけて謝ってくれたが、許す許さないを決めるのはアザレアだと伝えてある。キトロフ伯爵からも慰謝料請求がいくだろう。本当ならばこちらもしたいくらいだが、相手がマーニャだし、彼女も受け入れていたというのがネックだ。それに関しては、キトロフ伯爵と話す。色々と話したが、簡潔に言うと、もう、ビトイの事は忘れなさい。これ以上、アザレアの悲しむ姿は見たくない」
お父様の鳶色の瞳が揺れていて、わたしの事を本当に心配してくれているのだと感じた。
お母様がわたしの手を握り直して、祈るように見つめてきた。
(わたしも覚悟を決めなくちゃ)
まだ、彼の事を少しも忘れられていないのは確かだけれど、きっと彼は、お姉様を忘れないし、お姉様が離婚すれば、きっと一緒になろうとするはず。
会わなくなれば、少しずつかもしれないけれど忘れていけると、自分に言い聞かせた。
それなのにビトイは、わたしと別れたくないと言い出したのだった。
時計を見ると、今は夜中で、使用人の多くは寝ている時間だった。
身体をゆっくりと起こすと、着ていたはずの学生服ではなく、寝間着に着替えさせてもらっていた。
頭がクラクラして、また、ベッドに倒れ込む。
ビトイの気持ちはわかっていたはずなのに、あそこまでとは思っていなかった。
そして、お姉様のあの笑み。
(わたしがいるとわかったから受け入れたのね…? でも、お姉様は馬鹿ね…。わたしに意地悪したかったのかもしれないけれど、あれだけ証人がいれば、自分だって非があると言われるでしょうし、お義兄様にだって何を言われるかわからないのに…。それとも、お義兄様は、浮気も気にならないくらいに、お姉様が好きなの?)
部屋には誰もいない事もあり、あのシーンを思い出して、涙が溢れてきた。
今まで、何度も婚約の解消を考えた事はある。
でも、お姉様を忘れてくれるんじゃないかという甘い期待があったから、婚約を解消しなかった。
(甘い、本当に甘い考えだった…)
涙が目元から耳に向かって流れていく。
嗚咽が止まらなくなってきたところで、一時だけ部屋を離れていたらしい、メイドが部屋に入ってきた。
一緒に、あのシーンを目撃した40代のメイドで、名はスーザンという。
スーザンはダークブラウンの髪をシニヨンにした、背の高い痩せ気味の女性で、背筋をいつもピンと伸ばしているせいか、一見気難しそうなメイドに見えるけれど、性格はとても優しい。
「アザレアお嬢様、目を覚まされたのですね…。何かお飲みになりますか? 食欲があるようでしたら…」
「ありがとう。お水だけもらえる?」
涙を服の袖で拭いてから、身を起こし笑顔を作って言うと、スーザンは悲しそうな笑みを浮かべて頷く。
「かしこまりました。お水でしたら、すぐにご用意できます」
そう言って、コップに水を入れて持ってきてくれた。
「ありがとう…。それから、迷惑をかけてごめんね」
「何を言っていらっしゃるんですか。お嬢様は悪くありません。悪いのはビトイ様と…」
お姉様の名前を口にしようとして、やめたみたいだった。
スーザンは頭を下げてから続ける。
「辛い出来事を思い出させてしまう様な話をしてしまい、申し訳ございません」
「謝らないで。どんなに好きでも、どうしようもない事があるんだって事がわかったわ」
なんて、自分で言ったくせに、涙が溢れてきた。
「アザレアお嬢様…」
他のメイドやフットマンも部屋に入ってきたところだったので、私の涙を見た、他のメイド達までもが目を潤ませた。
「ごめんね。泣いたりして。それより、お姉様は何か言ってるの?」
「……」
涙を拭ってから聞くと、スーザン達は困ったように顔を見合わせた。
(お姉様は自分のした事を悪いと思っていないのね…。わかっていた事だけど…)
「気にしないから話をしてくれる? どうせ、いつかは知る事だわ」
「その話は僕からしよう」
そう言って、中に入ってきたのはお父様だった。
肩まである黒髪を1つにまとめていて、部屋の入り口で心配げに私を見つめていた。
お母様も遅れて部屋に入ってきて、ベッドの脇までやって来ると、わたしの手を握って涙を流す。
「可哀想に。辛かったわね…」
お母様もお父様も、ラフな服装ではあるけれど、寝間着ではなかった。
自分達の部屋でわたしが目を覚ますのを待っていてくれたみたいだった。
「マーニャは自分は何もしていないと言うんだ。でも、スーザンや騎士達がマーニャ達がした事を目撃しているし、ビトイも事実だと認めた。だから、マーニャは反省していないとみなし、家から追い出した。今は彼女には帰る家があるからな。それから、夫のキトロフ伯爵にも連絡を入れた。マーニャをどうするかは、彼に任せる。離縁されても、ビトイが面倒を見るだろう」
お父様の言葉に胸がずきりと痛んだ。
(あんな場面を見たのに、まだ胸が痛むなんて…)
お父様はわたしの頭を優しく撫でてくれてから続ける。
「ビトイの家には婚約破棄を申し出た。もちろん、ビトイの有責でだ。ビトイの両親は床に額をつけて謝ってくれたが、許す許さないを決めるのはアザレアだと伝えてある。キトロフ伯爵からも慰謝料請求がいくだろう。本当ならばこちらもしたいくらいだが、相手がマーニャだし、彼女も受け入れていたというのがネックだ。それに関しては、キトロフ伯爵と話す。色々と話したが、簡潔に言うと、もう、ビトイの事は忘れなさい。これ以上、アザレアの悲しむ姿は見たくない」
お父様の鳶色の瞳が揺れていて、わたしの事を本当に心配してくれているのだと感じた。
お母様がわたしの手を握り直して、祈るように見つめてきた。
(わたしも覚悟を決めなくちゃ)
まだ、彼の事を少しも忘れられていないのは確かだけれど、きっと彼は、お姉様を忘れないし、お姉様が離婚すれば、きっと一緒になろうとするはず。
会わなくなれば、少しずつかもしれないけれど忘れていけると、自分に言い聞かせた。
それなのにビトイは、わたしと別れたくないと言い出したのだった。
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