わたしの婚約者の好きな人

風見ゆうみ

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 クボン侯爵は特にわたしに対して、何かしろと細かく指示してくるわけでもなく、連絡をするから、それまでは今まで通りに生活していなさいと手紙を送ってきた。

 なので、普段通りに学園に通っていたのだけれど、それはそれで嫌な日々が続いていた。

 特に、婚約破棄が知れ渡ってすぐが辛かった。

 ひそひそと、わたしを見ながら何かを話し、わたしと目が合うと目を逸らす。
 そんな女子生徒が増えた。

 幸い、友人が気の強い子だったため、よっぽど酷い場合はその子が注意してくれていた。

 わたしはこんな事になるだろうと予想はしていたから、腹は立たなかったけれど、やはり嫌な気分になった事は確かだった。

 噂がおさまってきた頃に、今度はわたしに新しい婚約者が出来るという噂が流れ、しばらく、社交場だけでなく、学園でも話題の的になってしまった。
 その上に、ビトイがとある貴族の夜会で女性に乱暴しようとして捕まった話もあり、わたしの周りには良い噂などなかった。

 ビトイの父親のノーマン伯爵は彼と縁を切るまではしなかったけれど、彼を廃嫡し、彼の弟に伯爵家を継がせると決めたのだそう。
 釈放されたビトイはノーマン家に戻れたけれど、屋敷の敷地内から出る事を禁止された。

 なぜなら、わたしに会いに来るか、お姉様に会いに行こうとすると思われたから。

(まだ、胸が痛まないとは言わないけれど、だいぶ楽になってきたわ…)

 ビトイに関してはノーマン伯爵家に任せればいいので、もう考えない事にして、これからが問題だった。

 ある日、クボン侯爵から手紙が届き、婚約者になる予定の2人が、わたしと同じ学園に通う事になったと決まったと教えられた。

 わたしと同じクラスになる様に手配もしたから、初顔合わせはそこでしてほしいとの事だった。

(人が逆らえない事をわかっていて、本当に酷い人だわ。クボン侯爵は味方のようで味方ではないのでしょうね…)

 学園から家に帰ってきてすぐ、部屋で手紙を読み終えたわたしはそう思った後、彼らがやって来るという3日後がかなり憂鬱になった。

 2人については、詳しい情報がわからないから余計にだった。

(公爵家が箝口令を出しているとしか思えないくらいに情報がないのよね…)

 悩んでいてもしょうがないので、とりあえず、それまでの日々を今まで通りに過ごす事にした。

 そして、3日後の朝。

 朝礼で先生がブロット公爵家の2人を紹介してくれた。

 まずは、トーリ様からで、トーリ様は前髪はおろしていて、耳が隠れるくらいの長い横髪。
 表情は評判通りの無表情。

 どこか気怠げな感じだけど、吊り目がちの目とかたく結ばれた口のせいなのか、それとも綺麗な顔立ちだからか、そう悪い印象は外見からは受けない。

 もう一人のショー様は同じく黒髪だけれど、トーリ様より短めの髪。
 白い歯を見せて笑う爽やかな少年といった感じで、2人共に瞳の色は赤い色だった。

 トーリ様の方が少し背が高くて、2人共に細身だった。

(美形タイプと可愛らしいタイプってとこかしら)

 紹介されたあと、何か一言と言われたショー様は笑顔で言う。

「これから、仲良くしてくれると嬉しいな。僕は公爵令息だけど、嫡男じゃないから気軽に声を掛けてね」

 爽やかな笑顔と言葉にクラスの女子達が黄色い悲鳴をあげ、何人かはこそこそ話をしている。
 
「勝ち誇った顔してウザい」

 ふと、声が聞こえてそちらを見ると、斜め前の席の子とその隣の子が後ろを振り返り、わたしを見ていた。

「勝ち誇った顔って何?」

 聞き返すと、聞こえるとは思っていなかったのか、焦った顔をして何も答えずに前を向いた。

(もしかして、羨ましがられてるのかしら? わたしにしてみれば不安でたまらないのに…! 不安そうにしている顔が嫌味に見えるってこと? 勘弁してほしいわ)

 こめかみをおさえて悩んでいると、担任の女性の先生から声を掛けられる。

「ミノンさん、お二人に色々と教えてあげてね」
「……はい」

 頷く以外の選択肢がなかったので首を縦に振ると、ショー様が爽やかな笑顔でわたしに言う。

「君がアザレアなんだね。会えて嬉しいよ」
「こちらこそ、お会いできて光栄です」

 立ち上がり、カーテシーをすると、ショー様は慌てた顔をする。

「そんなに畏まらないでよ。僕達は婚約者なんだから。それから、クラスの皆も僕やトーリに遠慮なく話しかけてね。ほら、トーリ、君も挨拶しなよ」

 促されてやっと、トーリ様が口を開く。

「……よろしくお願いします」

 トーリ様の声はショー様の声に比べてかなり低くて小さかった。

(今のところ、印象の良さでは、ショー様かしら…)

 彼らの席は一番後ろの窓側の席とその隣の席になった。

 その日の休み時間は、ショー様は女子に囲まれて大変そうだった。
 嫌な顔一つしないで、対応しているところには好感がもてた。

 トーリ様は逆に男子が話しかけていて、愛想は良くないけれど、話している男子が気分を悪くしている様子はなかったので、対応が悪いというわけではなさそうだった。

 そして、放課後、ショー様がわたしに話しかけてきた。

「ねえ、アザレア。悪いけど、学園内を案内してくれないかな」
「かまいませんが、それでしたらトーリ様も…」

 そう思って、彼の席に目を向けたけれど、すでにトーリ様の姿はなかった。

「せっかくだし、君と2人がいいんだけどな」

 爽やかな笑顔を見せてお願いしてくるショー様。

(断るという選択肢はなさそうね…)

「承知しました」

 すでに、教室の中には2人きりになっていたので立ち上がると、ショー様が呟く声が聞こえた。

「ほんと、ウゼー」
「……」
「どうかしたのかな?」

 さっきと変わらない笑顔をみせてくるショー様。

(どうかしたのかな、じゃないでしょう。そう言いたいのはこっちのセリフだわ…。いまのはわざとなのかしら…?)

「いえ。では、行きましょうか」

 聞こえなかったふりが正解なのかどうなのかわからないけれど、とにかく移動する事にした。






※次話はマーニャとその夫のお話です。
登場人物紹介を投稿しました。
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