わたしの婚約者の好きな人

風見ゆうみ

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 お義兄様が帰られた後、わたしの元に手紙が届いた。

 差出人の名前は、トーリ様と事前に打ち合わせをしていた偽名の名前だったので、その事を知っているメイドが封だけ切って中身は見ずに持ってきてくれた。

 手紙の内容は、今日の話し合いの内容で、無事にお姉様のターゲットがショー様になりそうな事と、ショー様のターゲットがお姉様になりそうだと書かれてあった。

 演技はうまく出来なかったみたいだけれど、何とか騙せたと書いてあった。
 2人が単純で良かったとも。

(今のところ、トーリ様はお姉様に興味はなさそう…。もちろん、私から話を聞いているし、ショー様を押し付けたいでしょうから、そう簡単には落とされないと思うけれど…。でも、好きになってしまったら、相手が酷い人でも止まらないのよね…。トーリ様がお姉様の毒牙にかからない事を祈るわ)

 未だに痛む胸をおさえてから、気持ちを切り替える。

(これからが本番よ。わたしに興味のなくなったショー様は態度を変えてくるはず。だって、今までの元婚約者の方達に対してそうだったから)

 予想していた通り、次の日からのショー様のわたしへの態度は素っ気なくなった。

「ショー様、今度、オブライエン伯爵家でパーティーがあるそうなんですが、ショー様は……」
「ああ。一緒に出席してあげてもいいよ。君のお姉さんが来るならね。それなら、トーリも来ると思う」
「……わかりました。聞いてみます」

 あまりにも簡単に引っかかってくださったので、逆に疑わしくなるくらいだった。

 ただ、良いことばかりではなかった。

 日が経つにつれ、ショー様の態度はどんどん酷くなっていった。

 そして、とうとう、彼が本性を見せる時がやって来た。

 それは、ショー様達がお姉様と話をした約10日後の放課後の事。

「さようなら、ショー様」

 笑顔で挨拶をして帰ろうとしたわたしだったけれど、ショー様に呼び止められる。

「ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「……何でしょう?」
「誰かに話を聞かれても困るし、僕の家の馬車の中で話をしない?」
「……馬車の中で…ですか…」

 さすがに躊躇していると、ショー様はわたしの耳元で囁く。

「いいから、大人しく来いって言ってんだよ、愚図が」
「………ショー様?」
「どうしたの?」

 わたしから身を離したショー様はいつもの笑顔で聞いてくる。

(この人と2人きりになるなんて御免だわ)

「今日は用事があるんです。ですから、違う日にでも良いですか?」
「………」

 クラスにまだ、他の人がいるからか、ショー様は何も言わない。
 ただ、どこか冷たい表情だった。
 沈黙が続き、クラスメイトも挨拶をして教室を出ていく。

 沈黙に耐えられなくなった、わたしが首を傾げると、ショー様は舌打ちした。

「まだ、わかんねぇのかよ。これだから、脳内お花畑は困る」

 ショー様は周りを見回し、近くに人がいないことを確認してから呟いた後、わたしの手を取る。

「少しだけ、少しだけ、時間が欲しいな」
「申し訳ございません。今日は…」
「うるさい。言う事を聞け」

 ショー様は顔を近付けてきて続ける。

「僕は君よりもクラスメイトに人気がある自信がある。君は一部の女子生徒に嫌われてるみたいだし、君が僕の事を悪く言っても無駄だ。何より、僕は公爵令息だ。今までみたいに父上達が上手く処理をしてくれる。だから、大人しく」
「おい!」

 ショー様の言葉を遮ったのは、帰ったはずのトーリ様だった。
 彼は教室の扉に手を掛け、廊下から中に入ってくる。

「……なんだよ」

 ショー様はわたしの手を離し、トーリ様に尋ねた。

「お前を迎えに来る馬車が今日は遅れるんだそうだ。このまま待ってるか? それとも俺と一緒に帰るか?」
「どれくらい待たされるのかな」
「さあ? 1時間くらいだろ」
「そんなの待ってられない」

 ショー様は大きく息を吐くと、わたしに笑顔を向ける。

「話はまた、明日にしようか」
「……あの、ショー様、わたしはあなたに何か嫌なことでもしてしまいましたか?」

 演技をしないといけない事をすっかり忘れていたので、慌てて縋るふりをすると、ショー様は満足げに笑う。

「最初からその態度でいいんだよ」
「おい、ショー、いいかげんにしろ」

 教室内にはもう私達しかいなくなっていたからか、本性を出したショー様にトーリ様が渋い顔をすると、ショー様は笑う。

「何だよ、彼女を庇うのか? おい、アザレア。トーリは君という婚約者がいるのに、既婚者である君のお姉さんに夢中だ」

 トーリ様がお姉様に夢中なふりをして、手紙などをわざと、お義兄様にわかるように送り付けているのは知っている。

(手紙の内容はメイドに考えさせてるみたいだけど…)

 知ってはいるけれど、知らないふりをしなければいけないし、トーリ様の事については、気にしないふりもしなければならない。

「私にはショー様がいらっしゃいますから…。もちろん、既婚者にアピールするのは良くないと思いますので、お控えになった方が良いとは思います」
「別れたって、トーリのものにはならないよ」

 ショー様はわたしの言葉を聞いて笑った後、一度言葉を区切り、トーリ様を見る。

「マーニャ様は僕がもらう。どうやら、僕達は両思いだからね」


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