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4 夫の本音 ※途中で視点変更あり
しおりを挟むお兄様は私に好きなように生きろと書いてくれていた。だから、今すぐにタオズクと離婚しても良いのだろうけれど、向こうは認めてはくれないでしょう。そうなると、やはり、証拠が必要になる。二人を怪しんでいる今の状況では、タオズクとナターシャも派手に動くことはしないだろうから、証拠は掴みにくい。
ナターシャを屋敷の中に入れていることだって、使用人に口止めしているからバレていないと思い込んでいるし、たとえ、バレたとしても、ただ話をしていただけだと言い張るだけに決まっている。決定的な証拠を掴むには、彼らの警戒を解かなければならない。
もしくは、彼らの望みと通りにしてやれば、喜んで離婚を受け入れてくれるかもしれない。私と婚約を解消したがらなかったのは、辺境伯家とのパイプがほしかったから。結婚後は辺境伯家の財産が目当て。そして、今は辺境伯の爵位が目当てに変わっている可能性が高い。
彼らの今の目的が辺境伯という爵位であるならば、ちょうど良いのかもしれない。今の状況では、とある理由で爵位を返還しなければならないのではないかと思っていた。
爵位を譲ったあとに離婚。そして、そのことで領民に迷惑をかけないように、そして、タオズクには爵位を継いだことを後悔させたい。
まずは、国王陛下に面会の許可をもらわないと駄目ね。
ナターシャやメイラ様を冷たくあしらった日の晩、いつでも眠れる状態で、これからの計画を練っていると、寝間着姿のタオズクが自室に訪ねてきた。
私は部屋の中で、タオズクには廊下で話をしてもらう。
「まだ、僕とナターシャのことを疑っているって聞いたよ。どうしたら納得するんだ? 浮気をしていたと認めれば許してくれるのか?」
「認めれば許すという意味がわからないわ」
「そのままの意味だよ。ねえ、僕は君の夫なんだよな?」
「そうですわね」
間違ってはいないので頷くと、タオズクは声を荒らげる。
「なら、もっと僕を夫扱いしろ! どうして、辺境伯の仕事を一つもさせてもらえないんだ!」
「お兄様が亡くなるまでは、辺境伯のする仕事はお兄様の仕事でしょう。いくら、お兄様にとって義弟であっても仕事を任せるわけにはいかないのよ」
「今は君が辺境伯なんだろう! ということは、実質は僕が辺境伯だ! 仕事なら僕がやる!」
「まだ、私が正式に辺境伯になったわけではないわ。正式に王命を受けてからよ」
「なら、僕が継ぐように進言しろ!」
「嫌よ」
「なんだと!?」
タオズクが私の部屋に無理やり入ってこようとしたので、両手で突き飛ばすと、廊下に立っていた兵士がタオズクを取り押さえてくれた。そして、私たちの言い争う声が聞こえ、心配して見に来てくれていた初老の執事が、子どもに言い聞かせるようにタオズクに話しかける。
「タオズク様、ソア様は疲れていらっしゃるのです。夫であると言うならば、妻に配慮なさってはいかがでしょうか」
「へ、部屋に入るだけだ! 別にいいだろう!」
「少しでも早くに寝かせてあげたいとは思わないのでしょうか」
「うるさいな! どうして、僕がお前なんかに注意されないといけないんだよ! このジジイ!」
「いい加減にして!」
暴言を吐いたタオズクを一喝すると、彼は焦った顔になり、突然、その場に膝をついた。
「すまなかった。許してくれ!」
「何を謝っているんですか?」
「君に相手にされないのが寂しくて、つい苛立ってしまった。酷い言葉を投げるつもりはなかったのに」
タオズクは額を床につけて謝る。
「許してください。浮気なんてしていません。ナターシャと一緒にいることが多いですが、ただの友人なんです」
こんな言葉を信用するつもりはない。だけど、ここは信じたふりをすることにした。
「私も冷たい態度を取りすぎたかと思います。申し訳ございません」
「許してくれるのなら許すよ」
タオズクは顔を上げて笑顔を見せた。
もう少し、言い方を考えてほしいものだけど、この人に何を言っても無駄でしょう。私だって歩み寄りが足りなかったのは確かだ。
「では、今日はお引き取り願えますか」
許す演技をしなければならないけれど、さすがに許すとは言えなかった。タオズクの返事は待たずに、私は容赦なく扉を閉めた。
◇◆◇◆◇◆
(タオズク視点)
「ほんっと、可愛げがないったらありゃしない」
僕の部屋の前で待ち構えていた母さんは、部屋に招き入れるなり大きな声で叫んだ。
「大きな声で叫ぶのはやめてくれよ。使用人に聞かれたらどうするんだ」
「相手が誰のことかなんてわからないわよ。何か言われたら、ナターシャのことだと言えば良いじゃないの」
母さんは僕のベッドに座ると、赤毛色の長い前髪をかきあげて続ける。
「辺境伯家の恩恵を受けられると思ったら、まさか、あなたが辺境伯になるチャンスが来るなんてね」
「母さん、頼むからここでそんな話をするのはやめてくれよ」
僕が頼むと、母さんは不服そうな顔をして立ち上がり、足音を立てないように扉に近づく。そして、勢いよく扉を開けた。
「……誰もいないわよ」
「なら、いいけどさ」
一度、廊下に出てから中に入ってくると、母さんはそう言って、またベッドの上に座った。
母さんは息子の僕から見ても、綺麗な体型をしているし、とても美人だ。かといって、僕のタイプではない。僕の好みのタイプはナターシャのような可愛らしい女の子だ。
ソアも昔は可愛かった。でも、彼女の両親が死んでから、ソアは変わった。
自分のことは自分でやると言い出したのだ。そんな女は僕の好みじゃない。女といえば、男の言いなりになるものだ。ソアに失望した僕は、彼女とよく一緒にいるナターシャに声をかけた。
ナターシャはソアに依存していたから、ソアの婚約者である僕が憎かった。だから、デートに誘うと、すぐに食いついてきた。ナターシャは誰かに依存していないと生きられないタイプで、それがソアから僕に変わった。僕と彼女は逢瀬を重ねるたびに、お互いに夢中になった。
ソアに見つかってしまったあの時期は、周りのことなど見えていなかった。だけど、僕はソアと結婚しなければならなかった。
この僕が子爵の座で生涯を終えるわけにはいかない。ソアに愛されれば、義父が僕に伯爵以上の爵位をくれるように、国王陛下に進言してくれるかもしれないと思って近づいたのもあった。
僕は優秀な人間だ。そして、浮気は罪ではない。今日の様子を考えると、ソアは僕を許し始めている。義兄がいなくなって、心が弱っているんだろう。僕に爵位を譲るように誘導し、僕が爵位を継いだあとはソアとは離婚し、ナターシャと結婚する。そして、ソアをメイドとして雇ってやるんだ。そうすれば、ナターシャは喜ぶだろうから。
「母さん、もう少しの辛抱だよ。ソアには心の支えがない。僕しか頼る人間はいないんだから」
「あなたに頼ってきたらどうするつもりなの?」
「最初は優しくしてあげるんだ。そして、爵位を引き継いだら離婚する。それまではソアを大事にしている夫のふりをするよ。今日は土下座までしたんだ。そんな人間を許さなかったら人じゃない」
この僕が土下座までしたんだ。さすがのソアでも心に響いただろう。今まで我慢してきたんだ。あと少し、頑張れば僕は勝ち組だ。
******
タオズクたちの会話が丸聞こえだということを教えてくれたのは、掃除をしていたメイドだ。この屋敷は曾祖父の代よりもかなり前に建てられた木造建築だ。改修はしているが、木の壁はとても薄い。プライバシーを守るために、少しずつ壁を厚くしていっているが、タオズクの部屋は昔のままなのだ。
廊下に姿は見えなくても、隣の部屋にいないとは限らない。メイラ様がタオズクの部屋に来ていると教えてもらった私は、隣の部屋で二人の話を聞いていた。
好き勝手言ってくれているわね。土下座したって言っても、心がこもっていなければ意味がないのよ。
二人が話し終え、メイラ様が部屋から出ていってしばらくしてから、タオズクの部屋の明かりが消えた。見張り役にタオズクたちの部屋の扉の前に立っていてもらい、万が一、タオズクたちが扉を開けても大丈夫なようにしてから、私は自室に戻った。
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