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8話

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【誰でもいいから俺を紐にしてくれ】

八話

 首輪はやっぱり取れないけど、やっとお姉さんが爆弾は外してくれた。また嘘なんじゃないかって思ったが、実際に八神さんに付けて外に出し、実験して見せてくれたので心配ないだろう。
 そして、それから一ヶ月。やっとこの生活にも慣れてきた。いや、お姉さんに弄られるのはさほど慣れないけど。
 昨日も朝起きたらワイシャツ一枚のお姉さんが横に寝てるし、風呂には入ってこようとするし、ゲームをしていたら急に抱きついてくるし、正直、疲れる。
 でも、今日はそれが無かった。
 いつもあれだけ引っ付いてるのに無くなると急に寂しくなるものだな。なんて思いながら、大広間に向かうと、誰も居なかった。
「……あれ?」
 こんなことは一度たりともなかった。
「あ、坊ちゃんおはよー」
 欠伸混じりに俺の入ってきた扉から八神さんが入ってきた。
「おはようございます。あのー。お姉さんは?」
「あれ? 聞いてなかったの? 今日からアメリカだって」
「え? なんでです?」
「なんでって仕事だよ。早くても一週間くらいはかかると思うよ」
「へぇ……そうですか……」
「ほうほうほーう? 青春だねぇ。若いっていいねぇ」
 背中をどんどん叩かれてイライラした俺は奴にボディブローを決め、大広間を出た。
 別にお姉さんが居なくても寂しくなんてない。逆に静かでいいじゃないか。
 ゲームは元俺の家から持ってきてもらった分と、新作までも取り揃えて貰ったし、この一週間はゲームを思う存分やってやろうではないか。
 主人が家に居ない時のペットのような気分だろ。ペットが家にいる時は尻尾振って甘えなければならない。だが、いない時は休暇も同義だ。
 俺がやる気満々でゲームを起動させると、慣れ親しんだ起動音がする。
「……やっぱ安心するな」
「ただいまー! 待った?」
 勢いよく部屋のドアが開いたかと思ったら、お姉さんが飛びついてきた。
「な、なんです!? てか、仕事は!?」
「んー? 終わったけど?」
「アメリカに行っていたんじゃ……?」
「……愛さえあれば早く帰って来れるのよ!」
 少し間を空けてからお姉さんはそんなことを言う。
「お嬢様! これから大事な会合なのですぞ!」
「えー? 面倒くさい」
「お嬢様!」
 藤虎さんの剣幕の前にお姉さんは俺を盾にするようにして、身を隠した。
「ち、ちょっと!」
 お姉さんは何も言わずに上目遣いで、君までそんなことを言うの? と、語りかけてくる。
 だから、俺もアイコンタクトで違います! あなたの大きいのが背中に当たっててそれが大変なことになってるって言ってみると、お姉さんはニヤリと微笑んだ。
 あ、やべえ。これはなにかよからぬ事を考えてる時の微笑みだ。
 お姉さんは俺の右手を優しく包むようにして掴むと、にっこりと笑ってその手を藤虎さんの方へと向けた。
「……ん?」
 そして、何か、布のようなものを掴まされた。なんだこれ……シルク素材みたいだけど。
「えーい!」
 可愛らしいそんな声と共にそれは俺の手から藤虎さんの方に投げられた。
「……私の足元に手袋を投げるということはどういうことかお分かりになってますか?」
「わかってますー! 私をどうしてもアメリカに連れていきたいなら、この俺を倒してみろと私の夫はかっこいいのでそう言ってまーす!」
「な、何言ってるんですか!?」
「……そうですか。なら、仕方ない。売られた喧嘩は買う他に知らないのでね」
 いつも優しい藤虎さんの目が獣のように青く光る。
「……あ、あれと戦うんですか?」
「おーえんしてるぞ! ダーリン!」
「えぇ……」
 ここに来てから身の危険を感じることが多くなった。
 首には爆弾をつけられるし、痣が残らない程度に痛めつけられるし、これから獣みたいな藤虎さんを相手に何かしらで決闘的なものをやらないといけない。
 正直、お姉さんには俺の分まで働いて欲しいのでさっさとアメリカでもどこにでも飛ばされて頂きたいのだが、決闘は決まってしまったのだ。
 やたら広い池のある中庭で、俺は握ったことも無い竹刀を握らされていた。
「決闘。とは言え、竹刀も握ったことの無い坊ちゃんが相手ですし、私はこれで大丈夫です」
 そう言って、その辺に転がっていた木の枝を掴んだ。
 構え方だけでも分かる。別にこういう道に進んだことがある訳では無いが、隙がない。
「おや? そちらからは来ないのですか? では、こちらから参りますよ!」
 一瞬で俺の脳天に木の枝がヒットし、一発で楽になれた。

****

「……知らない天井だ」
「あーららー。負けちゃったからお嬢連れていかれちゃったよ? 坊ちゃん」
「ってて……まあ、それはいいんですけどね。藤虎さん。あの人何者なんです?」
 まだ頭がズキズキする。
「あー。まあ、あの人剣道日本一だったりするからねぇ」
「……それ、マジですか?」
「そうそう。弟子にしてくれーって俺がガキの頃にこの家に来てたことがあったっけな」
「へぇ。そんな凄い人がなぜこんな所で召使いなんぞやってるんですかね?」
「んー。それはよく知らないなぁ。まあいいや。とりあえず、坊が起きたら連絡してくれって言われてたしな。電話してくる」
 そう言って八神さんは背を向けて出て行った。
「あ、八神さん。左腕の傷は……」
「ん? これ? なんか、昔からあるんだよねー。よく知らないけど」
 なぜ今まで気が付かなかったのか謎だが、八神さんの左腕には引き裂かれたかのような傷があった。
「……で、話は終わりかな?」
「あ、あぁ。はい。引き止めてすいませんでした」
「何、いいってことよ」
 八神さんはニコッと微笑んでから部屋から出ていった。
 ま、俺には関係のないことだ。とりあえず、お姉さんも居ない事だし、本来やるはずだったゲームに戻ろう。
 でも、家にアーケードゲーム置けるってやばいよなぁ。某ロボットアニメの箱みたいなのもあるし、格ゲーもある! これでいつでも赤い一撃をお見舞し放題だ。
 そして、格ゲーに飽きたらFPSやノベルゲームをやりながら、ソシャゲを嗜む。本当は18禁もやりたいとこなんだが、俺の持っていた秘蔵コレクションはお姉さんに全て捨てられてしまった。
 だから、表紙も名前も普通だけど18禁で何度プレイしても面白く遊べるゲームを頼んでおいたのだ。
 そろそろ届くはずだし、俺だって男だ。溜まるもんはたまる。いつもお姉さんに挑発されるだけされて特に発散は出来てないし、もうあれから一ヶ月も経ってる。限界だ。
 今日こそやってやるぞ!
 意気込みつつ、本日付で届いた新たなゲーム達を迎え入れ、ウキウキしながら箱の中を物色していく。
「……あれ?」
 でも、なぜだろう? 俺の欲しい物がない。
 確かに頼んであったはずのあれがない。
「ない……無いじゃないか!」
「ふーん。いい趣味してるじゃん。ブラックアルバムに紗夜の歌、a戦場の天使ねぇ」
「あ! それ俺が頼んだやつ!」
「ごめんね。姉さんがそういうのは没収しろって言っててねぇ……もし、それ系のが坊ちゃんの部屋で見つかったら俺も坊ちゃんもどうなることか……」
「ゴクリ……」
 確かにあのお姉さんの事だ。身の保証すら怪しい。てか、殺される。
「でも、安心しなよ。俺が代わりに遊んでおいてやるからさ」
「ちょ! おい! ふざけんな!」
「あはははー!」
 奴は高笑いを上げて、部屋から出ていった。
「……本当に持っていきやがった」
 でも、エロゲーが出来ないならなにをすればいいんだ? FPSは気分じゃないしRPGもなぁ……
 悩みに悩んで出した結果、全年齢のノベルゲームをすることにした。これは超大作の18禁ゲームを全年齢に落としたゲームだ。
 話の内容は両親の離婚のせいで生き別れてしまった兄妹が、高校生になり、奇跡的な出会いをする。だが、二人は離婚した頃、小さかったからか自分達に兄妹が居るということですら知らないでいた。
 そんな二人が出会い、惹かれ合う。という、純愛系の話だった。
 だが、全年齢版になると妹がもう一人できるんだよな。新しい子は血が繋がってない新しい母親の連れ子だ。
 まあ、どこにでもある三角関係ってやつだ。でも、このゲームの1枚絵を全部集めると神絵師のぽっちゃりライフさんの一枚絵が解禁されるのだ!
 別に18禁なんかじゃないのに、大変エッチなんだ。これに何回お世話になったことかもう数え切れない。
「よし、やるか。久しぶりに。すべての一枚絵の手に入れ方はもう、頭に入ってる」
 カーソルを動かして的確に選択肢を選んでいく。
「……何回見ても泣けるなこれは。やっぱりイルンはオレの嫁だ!」
 そして、最後の絵を手に入れ、やっとラスト一枚になった時。
「何してるの?」
 肩に圧を感じる。
「き、恭子さん? な、なぜ帰って?」
「ねえ? この子は誰?」
 お姉さんの目から光が消えた。やばい。これ、藤虎さんよりやばい。意識失うだけじゃ済まないぞこれ。俺、もしかしたら死ぬかも?
「ねぇ。聞いてなかった? 浮気は許さないって」
「う、浮気? ち、違いますよ! ゲームですって!」
「でも今、私以外の女を嫁って言ったよね?」
「い、いやいや! 確かに言いましたけど、それは言葉のあや言いますかなんといいますか……」
「そっか。残念だよ。ダーリンとこれでさよならなんて」
 そう言ってお姉さんは徐に懐からロープを取りだした。
 こうなればもうやるしかない。お姉さんの弱点は前知った。なら、やるしかないだろう。
 俺はお姉さんに向き直り、真っ直ぐ瞳を見ると、少しづつ頬が赤くなっていく。多分、俺も同じだ。
「……俺は恭子さんが好きです。他に俺の嫁なんていませんよ」
「……なら、キスしてみてよ」
「えっ?」
 あまりに唐突な薮からスティックな話に、戸惑いを隠せなかった。
「なに? 出来ないの?」
 挑発的に彼女はそう言って、冷たい視線を向ける。
 お姉さんに振り回された回数はもう出会ってから数え切れない。これも多分、お姉さんは俺をからかって遊んでるんだと思う。どうせ俺ができないと思ってるんだ。
 なら、証明するしかねえだろ。んで、俺のこの気持ちもしっかり伝える!
「……はあ。やっぱ出来ないよね」
 そう言って背中を向けて去ろうとするお姉さんの肩を掴み、振り返らせ、俺はそのまま驚くお姉さんの唇を奪った。
「……へ?」
「……どうです? わかってくれました?」
 お姉さんの驚いた顔を見てみたい気もするけど、顔を直視できない。顔が熱い……
 くそ。俺がもっとしっかり三次元で恋愛をしておけばこんなことにはならなかったはずなのに! 二次元だけだと妄想だけで終わっちまうから現実でこうなるのはやっぱ違う。てか、なんてエロゲーだよこれ。
 それからすぐバタンッ! と、強くドアがしまった音がした。
 ……よし、このエロゲー買うしかねえわ。
 いくらエロゲーを検索して探してもこんな話はなかった。
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