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刃を交えない戦争編

第81話 クアレール第三王子

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「やあやあ。おひさー、元気かな?」

 チャラ男ことクアレール第三王子が、ベッドに腰かけて俺達に手を振って来る。

 俺とエミリさん、バルバロッサさんは白竜城の近くにある寝殿にやってきていた。

 本来なら寝殿は城の設備のひとつなので近くという表現は間違いだが、ハーベスタ国は天守閣のみを城と呼んでいるので正しい。

 それでクアレール第三王子を案内した部屋にやって来たのだが……彼はすでに実家のようにくつろいでいる。

 おかしいな、この建物は純和風の造りだ。

 この世界には存在し得ない物なので、慣れるまでは落ち着かないくらいで普通だと思うのだが。

「……ハーベスタ国の建物はいかがですか?」
「落ち着いた雰囲気でよいんじゃない? マリーはどう思う?」

 王子は側に立っているマリーと呼ばれたメイドに話を振る。

 金髪を短く切りそろえてヒラヒラのメイド服を着た正統派だ。

「私は好きです」
「そういうわけでボクは大満足だよ」

 どういうわけだろうか。まるで意味が分からんぞ。

 聞いてみるべきか……? いや別にこの男に大した興味もないのでいいか。

「いやぁ本当にびっくりだよ。滅ぶ寸前とまで聞いていたハーベスタ国が、あんな豪華な城を建てるほど盛り返すとは。一連の話を聞いたけど、アーガ王国が無能すぎて笑っちゃうよね。お、このベッドの弾力いいね」

 王子はケラケラと笑いながら尻でベッドを跳ねる。

 このチャラ男、人生楽しそうだなぁ……。

「あ、そうそう。父上はそろそろ本当に亡くなりそうだよ。医師の診断では一週間越えられるかくらい。なので兄上たちは国を離れられない。ボクがクアレール国の代表なのでしくよろ」

 まじかよ。とうとうクアレール王亡くなってしまわれるのか。

 まあクアレールのパーティーから半年くらい経ったからなぁ……あの時点ですでにクアレール王は弱り切っていたので、むしろよく長生きしたというべきなのだろうか。

「ふむ。一週間となると第三王子殿がハーベスタ国に滞在する間であるが、死に目に会えなくてもよいのでありましょうか?」
「最後の別れはもう済ませてきたよ。どんな事情があるにしても、このパーティーにクアレール国の重鎮が参加しないわけにはいかない。兄上たちは王を継ぐ者として、父上を看取る必要があるからね」
「……すみません。そんな悪い時期に招待してしまって」

 申し訳なさそうに頭を下げるエミリさん。それをチャラ男は手で制した。

「エミリ嬢が謝る必要はないよ。むしろ父上が死ぬ前にパーティーをやっておくべきだったからね。なにせ今だからこそボクが名代として出席できる」

 はて? どういうことだ? 

 よく分からなくて首をひねっていると、エミリさんが納得したように頷いた。

「……クアレール王が病に伏せているからこそ、王子が名代に出ても問題がないということですね?」
「そうそう。父上が亡くなられて兄上が王になったら、兄上がパーティーに出席しないとマズイからね。もし王が兄上になってからボクが名代で出席すれば、周辺国からすればこう思うだろう。クアレールはハーベスタ主催のパーティーに名代しか出さなかった。つまり仲たがいをしているのではと」

 ……あー、言われてみれば納得だ。

 まず前提としてパーティーの出席とは、政治的に極めて重要なことである。

 例えば中世ヨーロッパの貴族は、どのパーティーに参加したかで自分の所属する派閥を宣言するに等しかった。

 例えばボルボル男爵がアッシュ伯爵のパーティーに参加すれば、アッシュ派閥の傘下に入ったと周囲に見なされる。

 逆に今まで傘下に入っていた主催者のパーティーに出席しなければ、その者はパーティー主催者に従わないと宣言したのと同義。

 つまりパーティーに出席するか否かは、現代の結婚式などとは次元の違う話なのだ。

 なので招待されたパーティーに対して、自分自身が出向かずに名代を使わせるというのは、その主催者との関係を軽視している宣言となってしまう。

 まあ伯爵クラスにもなると、自分の傘下でも末端の奴らの主催パーティーには名代を遣わせるけど。

 ただそれはあくまで力関係があり過ぎるからである。クアレールとハーベスタはほぼ同格なので、それをするわけにはいかないのだ。

 いや王を継いだ直後に国を離れるとか無理だろと思うかもしれないが、貴族からすればそれでも特別大切な関係なら無茶して顔を出せという理屈が通るのだ。

 ようは多少無理してでも出てこいと言う話。ただしそれにも限度というものはある。

「今のクアレール王は頑張ってもパーティーに出られない状態なので、名代を出しても問題がないということですね」
「そうそう」

 無茶すれば顔を出せるという理屈は、誰がどう考えても無理ならば成り立たない。

 今のクアレール王は自分主催のパーティーにすら顔が出せない状態なので、そこまでいけば名代を遣わしても周囲も納得するのだ。

 逆に言えばそのレベルでなければ、パーティーに不参加だと問題が出るので貴族社会もなかなかおぞましい。体調不良のため欠席など通じないのだ。

 そしてそこまでしてでも、名代を我が国のパーティーに参加させたかったのにも理由がある。

「……現クアレール王が亡くなったら、跡継ぎはしばらくクアレール国から離れるの難しそうですもんね」

 エミリさんが俺の思っていることを言葉にしてくれた。

 現クアレール王は絶対的なカリスマを持っていると聞いている。

 そんな者がなくなったら与える影響は凄まじく大きく、下手をすれば国が割れる事態にもなりかねない。

 次の王はそれを食い止めるために、クアレール国からしばらく離れられないだろう。

 なにせ自分が外国に出ている隙に他勢力が立ち上がって、なんて話もあり得なくはない。しばらくは国内で睨みをきかせる必要がある。

 少し落ち着いたら逆に外に顔見せが必要だが……我が国としてはそこまで待ってられないものなぁ。

「そうそう、だからアミルダも少し急いで決行したんだと思うよ。彼女は気が利くからねぇ。無駄飯食らいのボクを有効活用するなんて、アミルダはすごく有能だよね!」

 このチャラ男、プライドとかないのだろうか。

「チャムライ様、言いすぎです」
「あっはっは、そうかな?」

 とうとう側近のメイドにまで突っ込まれたぞ、あの第三王子……。

「まあそういうわけだから。この一週間だけはボクは偉いんだぞー」

 ドヤ顔で話すチャラ男なのであった。

 確かになんかこう、簡単に死なないような感じするな。

 転んでもただでは起きないタイプというか、純粋に打たれ強そうというか生命力高そうというか。

 というか話してみたらわりと頭よさそうだぞ、このチャラ男。

「おっと、前の外交パーティーでくれたお酒を五瓶くらいもらえないかな? マリーを酔わせて美味しく頂きたく……」

 前言撤回、こいつただのチャラ男だ。

 とはいえ仮にも第三王子。仕方がないので金平糖とか出してもてなすのだった。
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