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結婚までの道のり
彼女の幸せ(1)
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フェリクスが目覚めると、既に日が昇って部屋の中は少し明るくなっていた。彼の隣には、ニーナが静かに寝息を立てて眠っている。
二人は昨夜、夜半過ぎまで愛し合ってそのまま眠ってしまったため、お互い、裸のままだ。彼は顕になっている彼女の肩に上掛けを引きあげると、額に軽くキスをしてベッドを降りた。
フェリクスは一先ず下着とズボンを穿いてから、部屋を出てキッチンに向かう。水を火にかけてから、戸棚から茶葉を取り出した。
彼は紅茶をよく飲んでいたが、自分でいれるなんてことは、ニーナと交際するまで一度もなかった。しかし、こうして彼女の家に招かれ、彼女がいれた紅茶を飲むようになってから、彼女のために紅茶をいれてみようと思い、彼女に教わりいれるようになった。
(これがなかなか、楽しい)
美味しい、そう言ってニーナが笑った姿を思い描くと、フェリクスは不思議と楽しくなる。彼は湯が沸いたのを確認すると、ティーポットを温めてから茶葉を多めに入れて、湯を注ぎ、蓋をしめて砂時計をひっくり返す。砂がさらさらと流れ落ちる様を眺めながら、彼はぼんやりと今日の予定を頭に思い浮かべた。
今日は彼の命の恩人でもある、ニーナが師匠と呼ぶ医師とニーナ、フェリクスの三人で会う約束があった。ニーナが彼を師匠と呼ぶのは、彼女が扱う治癒魔法や他の魔法は彼から教わったからだ。
(…流石に、緊張しますね)
今日の話の内容は、彼とニーナとの結婚報告だ。血の繋がりなど無い二人だが、ニーナにとって師匠は保護者のような存在でもある。であれば、ニーナとの結婚のためには、先に彼に許可を得るのが道理だとフェリクスは考えた。
(…あの方は、不思議な方ですね)
師匠は医師としての腕は、頭の固いものが多い王宮の医師たちが挙って賞賛する程確かなものであり、同時に、フェリクスに掛けられたあの強烈な怨嗟の呪いを解いてしまえる程の魔法使いとしての顔も持っている。だというのに、王都西区に小さな診療所を構えているだけだ。
(医師としても、魔法使いとしても、引く手数多でしょうに…何故、あんな所にいるのでしょう。小さな診療所に収まる腕ではないのに)
フェリクスが悶々と考えている内に、砂時計の砂が少なくなっていた。気づいた彼は落ちきる前に、別に用意していたティーポットに魔法で氷を詰める。砂が落ちきったのを確認してから、漉しながら氷を詰めたポットへ注いで、スプーンでくるくると混ぜながら冷やす。彼はこの時はいつも、氷の魔法が使えたことが幸運だと思っていた。
(魔法といえば…)
フェリクスは一ヶ月程前のことを思い出す。王子に飲み物を冷やしたいと氷をせがまれ、小さな氷を生み出そうとして自分の想像以上の氷を生み出してしまい、グラスにはいらず乗った事故だ。
彼は最近になって急激に魔力が上昇したために、それまでの感覚で魔力の制御を行い、想定以上に魔力を引き出してしまった。その日はそんなに怒らなくてもと王子とヘンリクには散々からかわれて、散々だったとフェリクスは苦笑する。全く怒ってなどいなかったが、魔力の急激な上昇を誰かに、特に魔法使いに知られると面倒なことになるため、黙っていた。
フェリクスは魔法使いではないので、毎日、自分の魔力を確認していないし、高めようともしていない。魔法も、殆ど使わない。氷を生み出す魔法のみ使えるが、王子のように、態々氷を生み出してまで飲み物を冷やしたいとも思わなかった。戦いに用いるか、負傷した部位を冷やすために用いるか、せいぜいそれくらいだ。
王子が言い出したことでこのように利用することを覚え、自分の魔力が上昇したことに気づいた。彼は自分の魔力が上昇した理由が、ニーナの魔力と自分の相性がとても良いからだと考えている
魔力を高めるには、他の魔力を取り込むことが一番効果的だった。魔力は、自分以外の生物からも摂取でき、その手法は肉体の一部や、体液などを取り込むなどがある。フェリクスは身に覚えがあり過ぎた。
魔力を取り込めば、取り込んだ分がそのままに高まるのかといえば、そうではない。取り込む魔力の量と、その魔力の相性が良ければ良い程上昇率は高くなるが、同じ魔力は耐性がつくのか、繰り返すうちに上昇率も下がる。このため、魔法使いたちは多くの魔力を取りこみ、己の魔力を高めようと日々精進している。しかし、その上昇も、彼らが一生かけて十だったものが十一になる、そんな程度でしかならない。そう考えると、フェリクスの魔力の上昇は異常だった。
余程相性がいいというのもあるだろうが、ニーナの魔力が膨大だというのが一番の理由だろう。彼女は正確に計測したことはないが、異様に魔力が高いとは、フェリクスも本人から聞いて知っていた。
(…あの方も、相当魔力が高いのでしょうね)
フェリクスはティーポットとグラスを二つ、トレーに乗せて寝室へと戻る。以前、先に起きたニーナが彼に目覚めの一杯の紅茶を用意してくれたことを真似た。ニーナがまだ寝ているかもしれないと、彼は音をたてないよう細心の注意を払って寝室へ忍び入る。
彼はそっと中に入ったが、ニーナは既に起き出していた。彼女は扉に背を向け、ベッドの縁に腰掛けている。フェリクスは彼女に声をかけようとして、いつもと少し様子が違っていることに気づいて止まる。見れば、ニーナは昨夜、彼が脱ぎ捨てたシャツを羽織っていた。
「これが彼シャツ…!…いいっ!」
ニーナが何を言ったのかは、彼によく聞こえなかった。だが、いい、と言ったのははっきりと聞こえて、それには彼も大いに同意した。
フェリクスのシャツは、体格の差からニーナの体には大きすぎる。しかし、ぶかぶかなそれを纏っている彼女を見て、彼はそのまま彼女を抱きしめて押し倒したくなるような、そんな気持ちになった。
(…可愛い)
今日は予定があるため、フェリクスは実行には移さなかつまたが、鼻歌を歌いながら時折、彼のシャツごと自分の体を抱えたり、腕を伸ばしてその大きさを確かめたりしている彼女を、可愛いなと思いながら静かに見守った。
暫くして、ニーナは満足したのかシャツを脱ぎ、綺麗にたたんで腕に抱え、それに顔を擦り寄せる。フェリクスは彼女のその様子が胸にぐっときたが、何とかこらえた。ニーナがそのシャツをベッドに置いたところで、彼は後ろ手にドアを開き、態と音を立てて閉じた。すると、彼女はその音に気づいて、彼へと振り返る。
「あ、フェリクス、おはよう」
「おはよう、ニーナ」
フェリクスがずっと眺めていたことは気づいていないようで、ニーナはナイトガウンを羽織りながら、彼に向かってにっこりと微笑みかけた。彼はベッドサイドテーブルにトレーを置いて、グラスに氷を生み出し、ティーポットから紅茶を注いで彼女に手渡す。
「あっ、ありがとう!」
ニーナは嬉しそうにそれを受け取って、一口、紅茶を飲んだ。
「ん、美味しい」
ニーナが笑い、フェリクスは胸がとても温かくなった。彼が少し屈んで顔を近づけると、その意を察して彼女は目を閉じた。彼がその唇にちゅっと音を立てて唇を重ねると、彼女は嬉しそうに笑う。
フェリクスはもうひとつのグラスにも同じように氷と紅茶を注ぎ、自分の隣をぽんぽんと叩いて座るように促すニーナに従う。彼女はにこにこしながらフェリクスによりかかり、彼はそれがとても可愛くて仕方がなかった。
「結婚したら、こんな感じかなあ」
今はまだ、休みが合う日にこうしてニーナの家に招かれるだけだが、やがては衣食住を共にし、一緒に朝を迎えるようになる。そう考えると、フェリクスは少しにやけてしまう。
「私が、毎朝ニーナに紅茶をいれますよ」
「あ、毎日じゃなくていいからね。私もフェリクスに紅茶をいれてあげたいし」
「嬉しいですね」
フェリクスがニーナの髪にキスすると、彼女は笑って彼の頬にキスを返した。紅茶をちびちびと飲みながら、ニーナは少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「…………それに、朝からしちゃって…って時もあるしね。今日は予定あるから…って、そうだ、準備しなきゃ」
朝起きてベッドで話をしているうちにそのような雰囲気になってということはよくあった。今日も予定がなければ、そうなっていたかもしれない。流石に、今日は大切な日だと彼も彼女も認識している。
「よーし、着替えちゃおう」
「そうですね」
紅茶を飲み干すと、ニーナが準備をしようと立ち上がり、フェリクスもそれに続いた。
二人は昨夜、夜半過ぎまで愛し合ってそのまま眠ってしまったため、お互い、裸のままだ。彼は顕になっている彼女の肩に上掛けを引きあげると、額に軽くキスをしてベッドを降りた。
フェリクスは一先ず下着とズボンを穿いてから、部屋を出てキッチンに向かう。水を火にかけてから、戸棚から茶葉を取り出した。
彼は紅茶をよく飲んでいたが、自分でいれるなんてことは、ニーナと交際するまで一度もなかった。しかし、こうして彼女の家に招かれ、彼女がいれた紅茶を飲むようになってから、彼女のために紅茶をいれてみようと思い、彼女に教わりいれるようになった。
(これがなかなか、楽しい)
美味しい、そう言ってニーナが笑った姿を思い描くと、フェリクスは不思議と楽しくなる。彼は湯が沸いたのを確認すると、ティーポットを温めてから茶葉を多めに入れて、湯を注ぎ、蓋をしめて砂時計をひっくり返す。砂がさらさらと流れ落ちる様を眺めながら、彼はぼんやりと今日の予定を頭に思い浮かべた。
今日は彼の命の恩人でもある、ニーナが師匠と呼ぶ医師とニーナ、フェリクスの三人で会う約束があった。ニーナが彼を師匠と呼ぶのは、彼女が扱う治癒魔法や他の魔法は彼から教わったからだ。
(…流石に、緊張しますね)
今日の話の内容は、彼とニーナとの結婚報告だ。血の繋がりなど無い二人だが、ニーナにとって師匠は保護者のような存在でもある。であれば、ニーナとの結婚のためには、先に彼に許可を得るのが道理だとフェリクスは考えた。
(…あの方は、不思議な方ですね)
師匠は医師としての腕は、頭の固いものが多い王宮の医師たちが挙って賞賛する程確かなものであり、同時に、フェリクスに掛けられたあの強烈な怨嗟の呪いを解いてしまえる程の魔法使いとしての顔も持っている。だというのに、王都西区に小さな診療所を構えているだけだ。
(医師としても、魔法使いとしても、引く手数多でしょうに…何故、あんな所にいるのでしょう。小さな診療所に収まる腕ではないのに)
フェリクスが悶々と考えている内に、砂時計の砂が少なくなっていた。気づいた彼は落ちきる前に、別に用意していたティーポットに魔法で氷を詰める。砂が落ちきったのを確認してから、漉しながら氷を詰めたポットへ注いで、スプーンでくるくると混ぜながら冷やす。彼はこの時はいつも、氷の魔法が使えたことが幸運だと思っていた。
(魔法といえば…)
フェリクスは一ヶ月程前のことを思い出す。王子に飲み物を冷やしたいと氷をせがまれ、小さな氷を生み出そうとして自分の想像以上の氷を生み出してしまい、グラスにはいらず乗った事故だ。
彼は最近になって急激に魔力が上昇したために、それまでの感覚で魔力の制御を行い、想定以上に魔力を引き出してしまった。その日はそんなに怒らなくてもと王子とヘンリクには散々からかわれて、散々だったとフェリクスは苦笑する。全く怒ってなどいなかったが、魔力の急激な上昇を誰かに、特に魔法使いに知られると面倒なことになるため、黙っていた。
フェリクスは魔法使いではないので、毎日、自分の魔力を確認していないし、高めようともしていない。魔法も、殆ど使わない。氷を生み出す魔法のみ使えるが、王子のように、態々氷を生み出してまで飲み物を冷やしたいとも思わなかった。戦いに用いるか、負傷した部位を冷やすために用いるか、せいぜいそれくらいだ。
王子が言い出したことでこのように利用することを覚え、自分の魔力が上昇したことに気づいた。彼は自分の魔力が上昇した理由が、ニーナの魔力と自分の相性がとても良いからだと考えている
魔力を高めるには、他の魔力を取り込むことが一番効果的だった。魔力は、自分以外の生物からも摂取でき、その手法は肉体の一部や、体液などを取り込むなどがある。フェリクスは身に覚えがあり過ぎた。
魔力を取り込めば、取り込んだ分がそのままに高まるのかといえば、そうではない。取り込む魔力の量と、その魔力の相性が良ければ良い程上昇率は高くなるが、同じ魔力は耐性がつくのか、繰り返すうちに上昇率も下がる。このため、魔法使いたちは多くの魔力を取りこみ、己の魔力を高めようと日々精進している。しかし、その上昇も、彼らが一生かけて十だったものが十一になる、そんな程度でしかならない。そう考えると、フェリクスの魔力の上昇は異常だった。
余程相性がいいというのもあるだろうが、ニーナの魔力が膨大だというのが一番の理由だろう。彼女は正確に計測したことはないが、異様に魔力が高いとは、フェリクスも本人から聞いて知っていた。
(…あの方も、相当魔力が高いのでしょうね)
フェリクスはティーポットとグラスを二つ、トレーに乗せて寝室へと戻る。以前、先に起きたニーナが彼に目覚めの一杯の紅茶を用意してくれたことを真似た。ニーナがまだ寝ているかもしれないと、彼は音をたてないよう細心の注意を払って寝室へ忍び入る。
彼はそっと中に入ったが、ニーナは既に起き出していた。彼女は扉に背を向け、ベッドの縁に腰掛けている。フェリクスは彼女に声をかけようとして、いつもと少し様子が違っていることに気づいて止まる。見れば、ニーナは昨夜、彼が脱ぎ捨てたシャツを羽織っていた。
「これが彼シャツ…!…いいっ!」
ニーナが何を言ったのかは、彼によく聞こえなかった。だが、いい、と言ったのははっきりと聞こえて、それには彼も大いに同意した。
フェリクスのシャツは、体格の差からニーナの体には大きすぎる。しかし、ぶかぶかなそれを纏っている彼女を見て、彼はそのまま彼女を抱きしめて押し倒したくなるような、そんな気持ちになった。
(…可愛い)
今日は予定があるため、フェリクスは実行には移さなかつまたが、鼻歌を歌いながら時折、彼のシャツごと自分の体を抱えたり、腕を伸ばしてその大きさを確かめたりしている彼女を、可愛いなと思いながら静かに見守った。
暫くして、ニーナは満足したのかシャツを脱ぎ、綺麗にたたんで腕に抱え、それに顔を擦り寄せる。フェリクスは彼女のその様子が胸にぐっときたが、何とかこらえた。ニーナがそのシャツをベッドに置いたところで、彼は後ろ手にドアを開き、態と音を立てて閉じた。すると、彼女はその音に気づいて、彼へと振り返る。
「あ、フェリクス、おはよう」
「おはよう、ニーナ」
フェリクスがずっと眺めていたことは気づいていないようで、ニーナはナイトガウンを羽織りながら、彼に向かってにっこりと微笑みかけた。彼はベッドサイドテーブルにトレーを置いて、グラスに氷を生み出し、ティーポットから紅茶を注いで彼女に手渡す。
「あっ、ありがとう!」
ニーナは嬉しそうにそれを受け取って、一口、紅茶を飲んだ。
「ん、美味しい」
ニーナが笑い、フェリクスは胸がとても温かくなった。彼が少し屈んで顔を近づけると、その意を察して彼女は目を閉じた。彼がその唇にちゅっと音を立てて唇を重ねると、彼女は嬉しそうに笑う。
フェリクスはもうひとつのグラスにも同じように氷と紅茶を注ぎ、自分の隣をぽんぽんと叩いて座るように促すニーナに従う。彼女はにこにこしながらフェリクスによりかかり、彼はそれがとても可愛くて仕方がなかった。
「結婚したら、こんな感じかなあ」
今はまだ、休みが合う日にこうしてニーナの家に招かれるだけだが、やがては衣食住を共にし、一緒に朝を迎えるようになる。そう考えると、フェリクスは少しにやけてしまう。
「私が、毎朝ニーナに紅茶をいれますよ」
「あ、毎日じゃなくていいからね。私もフェリクスに紅茶をいれてあげたいし」
「嬉しいですね」
フェリクスがニーナの髪にキスすると、彼女は笑って彼の頬にキスを返した。紅茶をちびちびと飲みながら、ニーナは少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「…………それに、朝からしちゃって…って時もあるしね。今日は予定あるから…って、そうだ、準備しなきゃ」
朝起きてベッドで話をしているうちにそのような雰囲気になってということはよくあった。今日も予定がなければ、そうなっていたかもしれない。流石に、今日は大切な日だと彼も彼女も認識している。
「よーし、着替えちゃおう」
「そうですね」
紅茶を飲み干すと、ニーナが準備をしようと立ち上がり、フェリクスもそれに続いた。
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