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事前準備に抜かりはありません!①

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こうして子爵への報復作戦が決行されることになった。

株式会社設立に関しては最初こそ渋っていた元店主たちだったが、子爵への報復ができることと配当が入るということで合意してくれる者が多かった。

こういう時の商人たちの一致団結ぶりは凄かった。

「くそ子爵めぇぇ」
「絶対に吠え面かかせてやる!」
「×××××(自主規制)してやる!」

他、罵詈雑言を吐きつつも目に炎を宿して出資の書類にサインしてくれた。

結果、アドリアーヌの予想より遙かに早く株式会社は設立となった。

次に売る商品である。

木綿そのものの他に、木綿制の洋服などなど小物品に至るまで上物を作成するする必要があったがこの問題もクリアできた。

ムルム伯爵の甥でありこの問題の元凶ともなったユーゴが投資した工場は、幸いにもまだムルム伯爵の名義のままだったからだ。

確かに借金は肩代わりされていたが、工場の所有権はムルム伯爵にある。

ここでは職人たちの一致団結ブリが発揮された。

というのも、子爵の店が安価に作っている商品は職人が低賃金で作成させられた結果だったことを、ロベルトが突き止めてくれた。

特に商店で勤めていたが、子爵の策略で破産し、行き場を失った職人たちが低賃金で子爵に雇われておりその不満は凄かった。

そこで賃金を元の状態に戻すことで合意したのだ。

「くそ子爵めぇぇ」
「絶対に吠え面かかせてやる!」
「×××××(自主規制)してやる!」

と、アドリアーヌはどこかで聞いたセリフをもう一度聞くことになったのだ。

こうして株式会社の設立、職人たちの引き抜きによって、子爵の持つ店と同等でかつ安価な品物を提供することができるようになった。

一か月での売り上げは上々。業界でのシェアも子爵の店と均衡し始めるようになった。

「よし……次の作戦に移るわね!」

アドリアーヌは執務室の机でこれまでの営業利益をまとめつつ、そうつぶやいていた。

「お姫様は凄いなぁ。計画通りに動いているんじゃない?」
「これはロベルトが奔走してくれたからよ。私一人でここまでの契約をまとめることはできなかったし、説得も手伝ってくれたし」

これらの案件については、さすが情報屋をやっており街で顔が知れているロベルトの力がいかんなく発揮されることとなった。

元は全てをアドリアーヌがやるつもりだったが、ロベルトがだいぶ手伝ってくれた。

「本当……ロベルトには感謝してるわ」
「じゃあ、僕と付き合ってよ」
「それとこれとは別よ」
「はぁ……本当難攻不落のお姫様だなぁ。でも……ちょっとは頼りになるって思ってくれた?」

女性ならときめくような、甘いマスクでウインクを一つされてしまい、思わずアドリアーヌもドキリとしてしまった。

イケメンは中身が問題でもイケメンである。

「ま……まぁ、頼りになったわ」
「そ、ならそれだけ思ってもらえるだけで、今はいいや。それで、次の作戦に行くんだよね」

売り上げは上々だが、それ以上に売り上げて貰わないと意味がない。

そう……まずアドリアーヌが仕掛けた罠の第一弾は株式会社の存在を子爵に知ってもらうとともに、この株式会社を〝欲しい〟と思ってもらうことだった。

「次は……マダムのデザインだよね。うん、もうできているって聞いてる」

株式会社の売り上げをもう一歩多くするためにアドリアーヌが仕掛けることにしたのはディスプレイだった。

街一番のオートクチュールデザイナーであるマダム・レイティスは以前ロベルトに連れられてドレスを作ってくれたお店のマダムだ。

マダムがデザインした最新作をいち早くこの株式会社で売り出すようにし、既製品ながら質もデザインもマダムのネームバリューを使えば注文も殺到する。

そしてそれを使い勝手をイメージしやすいようにディスプレイするのだ。

「この間行った時に念を押されたよ。次の事業にも参加させてくれるかとね」
「うふふふ……ちゃんと算段はつけているのよ。契約後の夜会で全てを覆す!」

株主たちも、職人たちも、マダムも、実はアドリアーヌが仕掛けようとしている次の事業に期待を寄せており、それならばと今回の作戦に参加している。

次の事業……それはこの間ロベルタがハンカチとして持っていた新しい生地を使った商品を扱う事業だ。

「いやーでも、あれ、手に入れるの大変だったんじゃないかな」
「そこはヘイズさんが四方に手を尽くしてくれたから。本当にコンサルやっててよかったわ」

ロベルトが持っていた絹のようで色合いが不思議に変化する特殊な布を仕入れるルートを確保してくれたのはヘイズだった。

彼自身この先のことを見据えて新規事業をと考えており、実はこの布についてもすでに知っていたため、仕入れルートを押さえるもの簡単にできたのだった。

「じゃあ、デザインを受け取ったら工場の担当者に渡してもらって、生産体制に入ってもらう様に指示してくれるかしら?」
「もちろん!それより、お姫様。せっかく夜も遅くなってきたらディナーでもいかない?」

確かにお腹は空いている。

仕事もひと段落という状態なので、夕食を食べがてら帰るのもいいだろう。

「じゃあ……帰ろうかしら」

そうして執務机の片付けをし始めたときだった。執務室にノックの音が響いた。

現時点ではロベルトとアドリアーヌ以外のメンバーは別件で席を外している。

また夜もいい時間になっているので、そのまま執務室には戻らない予定だった。

「はい……どうぞ」
「失礼します」

中に入ってきたのは伝令役として勤めている少年で名をサヴィという。

アドリアーヌも顔見知りの少年だった。

少年と言っても寄宿学校は卒業しているのでアドリアーヌとはそう年も離れていないのだが。

「あぁ、アドリアーヌ様、いらっしゃった」
「あらサヴィ様どうしたの?こんな遅くに。殿下もサイナス様もいらっしゃらないけど」
「いえ、今日はアドリアーヌ様に御用があったので」
「私に?」
「はい、ムルム伯爵邸からご伝号を賜りました」
「何でしょうか?」
「子爵の件、来月に決定しました、とのことです。あ、そうそう、アドリアーヌ様にいただいたはちみつレモン。とても美味しかったです。では、失礼します」

そう言ってサヴィは一つ礼をすると、そのまま立ち去って行った。

扉が閉まるとロベルトは笑いながらアドリアーヌが作って持ってきていた紅茶の茶葉の入ったクッキーを一つ摘まんで言った。

「お姫様はここでも信者を増やしているのかい?」
「信者って?」
「ん?お姫様、最後に残業しているかとか城内回ってるんでしょ?その時にこういうお菓子、差し入れしているとか」

確かに残業申請がない部署や逆に残業申請しながら仕事を放りだす貴族も多いことから、最後に見回っている。

あまりに過度な残業が無いかや、それによる人件費の削減のためなのだが、その際に家で作った料理のあまりなどを振舞ったりしていた。

「快適に仕事できるようになったとか、正当に評価してもらえるとか、結構城内ではお姫様の改革を喜んでいる人も多くて、お菓子の君なんて呼ばれているんだよ」
「え?ええええ」

アドリアーヌの行政改革(と言っても王太子権限がある一部だが)は意外にも受け入れられているらしい。

それにしても〝お菓子の君〟とは……何とも微妙な呼び方である。

「こほん、それは……まぁ……ありがたいけど。とりあえず子爵との交渉が来月に迫っているし、もう少しだけ計画を見直したいから今日のディナーは遠慮しておくわね」
「はぁ、残念。ま、今日のところは諦めるけど、今度はもっと濃密な夜を過ごそうね」
「濃密って……あなたね」

相変わらずのロベルトの軽口にため息を漏らすと、ロベルトは軽く手を振って執務室を出て行った。

それを見送ったアドリアーヌは再び席について腕まくりをしてペンを持った。

「さて……と。予想より早いペースで交渉に来たということは、〝餌〟に食らいついた可能性が高いから……」

数字とにらめっこを始めたアドリアーヌだったが、ここ数日の疲労がたまったせいだろうか。

暫くすると目がかすみ、数字がゆらゆらと動く。

意識を保たねばと思った瞬間、アドリアーヌは深い眠りへと落ちて行った。


※   ※   ※


どれくらい経ったのか。

はっと目を覚まし、がバリと起きた。

時間を見ると最後にロベルトと別れてから小一時間が経っていた。

「起きたか」

声を掛けられてその方を向くと、クローディスがペンを走らせていた。

「殿下……今日はお戻りにならないって聞きましたけど。」
「そのつもりだったがちょっと覗いてみたらお前が寝ていた」

憮然とした表情でクローディスはアドリアーヌを見てくる。

まるで不本意だという表情だった。

「それは……すみませんって、これ殿下が掛けてくれたんですか?」

背中が温かいことに気づき見てみれば、ショールが掛けられている。

「別に……急に体調を崩されたら……その、業務に支障が出ると思ったんだ!そう、部下想いってやつだ!」
「はぁ、ありがとうございます。」

少し赤らめながら全否定するクローディスを不思議に思いながらアドリアーヌは一応礼を言った。

その時ぐぅとアドリアーヌのお腹が盛大になった。

あまりのことにアドリアーヌはクローディスと同じくらい顔を真っ赤にして言い訳をしてしまう。

一応これでも淑女教育を受けた貴族である。それがなくても年頃の女性がお腹を鳴らすのはさすがに恥ずかしい。

「そんなことだろうと思って用意した。夕飯、食べてないのだろう?」

見ればサイドテーブルにサンドイッチと紅茶が用意されている。

「……俺の夜食だが食べてもいいぞ」
「え……いいんですか?でも殿下の分が無くなってしまうのでは……」
「俺は腹がいっぱいだからいいんだ」
「お腹いっぱいなのに夜食ですか?どれだけ仕事溜まってるんですか?」

ここ数日は株式会社のことに注力していたから気づかなかったがクローディスも残業をするほどに忙しいのだろうか?

「仕事は溜まってない。失礼な奴だ」
「なのに、夜食ですか?」
「……い、いいから食え!」

そういって半ば押し付けられるように、アドリアーヌはサンドイッチを手渡されてしまう。

本人もいいと言っているのでここは素直に受け取って食べることにした。

サンドイッチはレタスとハムとチーズとトマトが入ったフレッシュなもので、味も絶妙。

素材も一流のものを使っているのが分かるほどに美味だった。

「殿下は何をされていたんですか?」
「あぁ、これか。お前が起きるまでの暇つぶしにな。土木の本を読んでいた」

クローディスの手元には確かに土木の本がある。

そして、その傍らには一つの提案書らしきものが置かれていた。

「〝地方都市における衛生面の向上と上下水路の確保について〟」
「なっ!あっ!」

読み上げたアドリアーヌをクローディスは目を思いっきり見開いて固まっていた。

そして慌てて書類を隠した。

「なんで隠すんですか?」
「いや……戯言を書いただけだ」
「戯言って……それクローディス殿下の提案書ですか?」

黙っているのが最大の肯定だ。

だが何をそんなに隠そうとしているのだろうか?

「いい案だと思いますよ」
「まだまだだ。父王にも却下されたしな。サイナスとは違って俺みたいな人間の戯言など……所詮暇つぶしというやつだ」

この国の衛生面はあまりいいとは言えない。

都市部こそ繁栄し、衛生面も保たれているが治安が悪い地域の衛生面は最悪だ。

地方の……しかも農村部に至ってはなかなか上下水道の普及率は高くなく、衛生面がよろしいとはお世辞でも言えない。

その時不意にクローディスが呟いた。

「俺のする努力など……虚しいものだ」

それは本当に蚊の鳴くような小さな声で、ともすれば聞き逃してしまうほどささやかな言葉だった。
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