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消えたレオン 改

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孤児院に行ったために出発が遅くなってしまったが、明日にはこのスタットの街を出発することになった。

今日は最終的な旅の準備をするためにイリアとカインは街に繰り出していた。

「二人で出かけるの、久しぶりだな」
「そう言われればそうね。まだザクレを出発して少ししか経ってないはずなのに、なんか皆でいるのが慣れちゃったわね」

「だな。リオはともかくアイザックもミレーヌもいいやつだし、旅にも慣れてきたな」
「あぁ…うん…」

アイザックはカインに対しては割と普通だ。
だがイリアに対しては相変わらずつっけんどんで、冷たく侮蔑の視線を投げかけてくる。

貴方が嫌いです宣言をされたのちには、イリアに対する敵意に似た感情を隠すこともなくなってしまった。
だからカインの言葉にイリアは曖昧に頷いた。

「ん?どうかしたか?」
「なんでもないわ。私も頑張って良好な人間関係を築くように努力を続けるわ」
「?まぁ、いいけどさ。リオとは適度な距離を保てよ。あいつはことあるごとにお前にちょっかい出してきて…」

「ちょっかいって…。まぁ多少は距離感がバグっているなぁってところもあるけど、悪い人ではないと思うわ」
「いや、あれはイリアにいいところ見せて騙そうとしている顔だ」
「そうなの?」
「だから気を許すなよ!きっといい様に遊ばれて捨てられるに決まってる!」
「ふふふ…リオを異性として好きならば遊ばれる可能性もあるけど、そういう関係でもないから」

そこで気づいた。

恋人祭りのときに結婚を申し込まれたのだった。色々あってすっかり忘れていた。

確かにリオを嫌いではないが正直まだ出会って間もなくよく分からない相手だ。
現時点では結婚や恋愛よりも王都で断罪されないかという方がイリアにとっては重要事項である。

(せっかく王太子との接点を断ってきたのに…。なんか努力が無駄になった気分。でも聖女誕生の話が聞こえてこないところを考えるとヒロインがエリオットルートを選んでないのかもしれないわね)

そんなことを考えながら歩いていると、前方から見慣れた人がやってきた。

「あら、レオン、リオお帰りなさい」

レオンはイリアを認めると足を弾ませるように軽やかに走ってやってきた。

今日レオンとリオは騎士見習いの採用試験に行ってきたのだが、その晴れやかなレオンの顔を見る限りは嬉しい結果となったようだ。

「イリア、聞いてくれよ!俺、騎士団に入れる!!」

そう言いながら誇らしげに見せてくれたのは銀のドッグタグネックレスだった。
表面に貴族の家紋らしき文様が入っており、裏にはレオンの名が刻印されている。

いわゆるこれが騎士団に身を置くための身分証明になるのだろう。

「そう良かったわ!夢への第一歩、おめでとう!」
「まだ早いっての。その前に自警団での研修だってさ」
「でもそうやって一歩一歩進んでいけば夢が叶うものよ」

照れくさそうにしつつもレオンの顔は希望に満ちたものになっている。

「あーあ、このことニーナにも教えてーな」
「ニーナ?」
「あぁ、俺の妹分。三か月前に隣街にいる貴族の養女になるって孤児院から出ていったんだ」
「あらそうなの?引き取られたっていうこと?」

「うん、絶対にまた孤児院に会いに来るって約束したのにさ、全然会いに来てくれないんだ。元気ならいいんだけど、辛い目とかいじめとかに合ってないか心配でさ」

「カリオスさんに言って連絡取れないの?」

「うん、もう貴族の娘になっているから会えないって言われててさ。これまでもいろんな仲間が出ていったけど皆会いに来てくれねーんだ。ニーナは自分は絶対に会いに来るからねって言ってくれてたんだけどさ。…約束破るやつじゃないのにさ…」

先ほどまでの太陽のような表情を浮かべていたレオンの笑顔が曇る。
伏し目がちになったまつ毛がレオンのそばかすが見える頬に影を落とした。

落胆した様子のレオンに対し、イリアはうーんと考えたのち一つの考えが思いついてぽんと手を打った。

「なら会いに行きましょう!」
「え?」

「あっちが来れないならこっちから行けばいいわ!隣街なんでしょ?ちょうど私たちもその街を通ることになるし、一緒にいきましょう!」

幸いにして馬車にはレオンが乗るスペースは十分にある。
リオもカインもイリアの意見に快く同意してくれた。

「お、いいんじゃねーの。ついでだし、これも何かの縁だ!」
「僕も賛成だね。せっかく就職できたんだし、自慢するといいよ」

「じゃあ二、三日分の旅支度をしなくちゃね!それに貴族のお屋敷にお邪魔するなら洋服も揃えたほうがいいわ」

「そんなお金ねーよ…」
「いいのよ!合格祝いに私がプレゼントしてあげる!どーんと私に任せなさい!」

なんせイリアにはアイ・アンド・ティー商会で稼いだお金がある。
少しくらい使ったとしても懐は痛まないのだ。

むしろこういう時に使ってこそ、お金は生きるというものだ。
だが胸を叩くイリアに対して、カインがそれを慌てて止めようとした。

「おい!イリア、そうは言っても貴族の家に入るくらいの上等な服なんて買う金ないだろ?俺が出そうか?」
「大丈夫よ、多少のお金なら融通できるから!」
「いや、僕が出すよ。イリアにお金を出させるなんてことさせられない」

結局話し合った結果、三人で割り勘をしてレオンに服をプレゼントすることになった。
レオンを着せ替え人形よろしく試着を繰り返し、ようやく一式をそろえた時にはすでに陽は傾いていた。

細かな準備も必要だし、明日に備えてゆっくり休むことも必要だ。

「イリア、リオ、カイン、ありがとうな!これでリーナに会える!絶対驚くぞ!」
「そうね。リーナがどんなリアクションをするのか私も楽しみだわ。じゃあ明日は朝早いから今日は休んでね。明日、八時に宿屋に集合よ」

「分かった!明日な!!」
「遅刻したら置いてくぞ」
「そんな真似しねーよ!じゃあな」

レオンが孤児院への道を帰っていく。何度も何度もこちらを振り返りながら手を振る。

リーナに会えるのがよほど嬉しいのだろう。
その足取りは軽く、羽が生えたようでこのまま天に向かって飛んで行ってしまうのではないかと思うほどだ。

だがイリアがレオンを見たのはそれが最後だった。
翌日、時間になってもレオンが現れることはなかった。


※ ※ ※


時間は朝八時。
だがレオンはまだ姿を見せない。

「どうしたのかしら?」
「困ったね。そろそろ出ないと次の街に辿りつく前に日が暮れてしまうかもしれない」
「どっかの店に寄ってるってことないか?」

宿の前で待てど暮らせどやってこないレオンにイリア達もやきもきしてしまう。

昨日の騎士団へ行くときには時間通りに待ち合わせにきたのを考えると、時間にルーズという子でもないだろう。

だとすると寝坊か…どこかで足止めを食らっているのか…

「ちょっとその辺を探してみようぜ。何かトラブルに巻き込まれているかもしれないしな」
「そうね」
「申し訳ないが、僕はここを離れられないんだ…」

カインの提案に頷いたイリアだったが、意外にもリオはレオン探索には参加できないという。
一番率先して動きそうだと思ったのでイリアは不思議に思った。

何か理由があるのだろうか?
それを察したリオは非常に申し訳なさそうに眉をひそめた。

「アイザックにちょっと仕事を頼んでいて。彼を待っていなくちゃならないんだ」

そういえばアイザックの姿が朝から見当たらない。
アイザックを置いて全員でレオンを探してしまっては、確かに状況を分からないアイザックは宿でボッチになってしまう。

「分かったわ。じゃあカインは街を探してくれる?私は念のため孤児院に行ってくるわ」
「了解!」
「あ、あたしも手伝うっす!」

こうしてカインとミレーヌ、イリアは三手に分かれてレオンを探すことになった。

イリアはもう三度目となる孤児院への道を急いだ。

スタットの街は坂が多く、少し入り組んだ作りになっているものの、三度も孤児院へ行くとなればすっかり道を覚えてしまっている。

小走りに坂道を下っていき、その道の角を曲がろうと勢いを殺さずに曲がれば、どんと誰かにぶつかってイリアは盛大に尻餅をついた。

「うわ!す、すみません!」
「えっ?…イリア様?」
「あれ?アイザックさん!」

上を見上げれば白い髪が風にふわりと揺れていて、その間から不愉快そうな表情のアイザックと目が合った。

「何をしているんですか?」
「実はレオンがまだ宿に来てなくて。ちょっと様子を見に孤児院に行くところだったんです」
「一人で、ですか?」
「えぇ、カインもミレーヌは街を探していて。あぁ、リオはアイザックさんを待ってますよ。じゃあ、急ぐので!」
「ちょっとお待ちください」

立ち上がったイリアはスカートの汚れも気にしないままにその場を立ち去ろうとすると、アイザックが強い口調でイリアを引き留めた。

「なんでしょうか?」
「貴女一人で行く気ですか?」
「はい、急いだほうがいいので」
「…万が一もあります。私も一緒に行きましょう」

意外な申し出だったがイリアとしてはアイザックと話せるチャンスでもある。快く了解するとイリアはアイザックと共に孤児院へと向かった。

漆喰の白い壁の住居が一つ、二つと減っていき、あぜ道にも似た道を進んだ先に孤児院が見えた。

「あれが孤児院ですか?」
「えぇ。レオンが単なる寝坊ならいいですけどね。カリオスさん、いるかしら?」

イリアは孤児院の質素なドアノックを叩いた。
ドアをノックしてから一分ほど経っても返事がなく、もう一度ノックしようとしたところで急に扉が開いた。

「カリオスさん、イリアです」
「あぁ、イリアさん、こんにちは。どうしたんですか?血相を変えて」
「レオンいますか?今日一緒に隣街に行く約束をしてたんですけど来なんです」
「レオンですか?それが…昨日から帰ってきてないのです」
「え?!」
「心配で私もこれから探そうと思っていました」
「そうなんですね…なにかトラブルに巻き込まれてたらどうしましょう…」

昨日あのまま一人で帰してしまったことが悔やまれる。

陽が落ちかけていたから送ってあげればよかった。だがそう考えても仕方がない。

何か事件に巻き込まれたのであれば自警団に行けば何か分かるかもしれない。

「私は一旦街に戻って自警団に事件が起こっていないか確認しますね」
「私も行きます。準備をしますので、少々待っててください」

カリオスはそう言って屋敷の奥へと向かって行く。

それを何気なく見たイリアの目に、きらりと光るものが見えた。

思わずそれを拾ってみると、それはドッグタグだった。記憶に新しいそれは確かに貴族の文様が入っている。

「えっ?なんで?」

そしてその裏には、レオンの名前が書かれていた。
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