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第一章 厨二病少女は最強能力で異世界を支配するようです
第6話:厨二病少女は最強能力で異世界を支配するようです・4
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「私の力が聞きたいのかしら!?」
食い気味に叫びながら振り返ったのは右目に眼帯を付けた少女だ。張った胸に片手を当て、目を輝かせて花梨を見る。
ずっと一人で後ろを向いていたので考え事でもしているのかと思っていた。実際のところは話に混ざるタイミングを伺って聞き耳を立てていたらしい。
装飾過多な後ろ姿からはなかなか年齢が掴めなかったが、正面から見れば中学生くらいの愛らしい少女だ。容姿にもまだ年少者らしい可愛らしさがあり、何より露骨な構われ待ちを隠しきれていない様子はかなり幼いと言わざるを得ない。
「我が名は朧月夜、異世界に完全なる暗黒をもたらす者。そして我が能力は、いい、聞いて驚きなさい!」
月夜は大きく息を吸って溜めを作る。たっぷり時間を置いてから発したそのチート能力は確かにそこまでするに値するものだった。
「『即死』! どんな生命も魔眼に映った瞬間に絶命するわ。至高の支配者にふさわしい、最強最悪の能力でしょう? 我が右目に宿る絶対なる力からは何者も逃れられないのよ。この魔眼の前には死神すらひれ伏すわ」
「それは凄いけど、なんというか、身も蓋もないね、というか、何かに影響されてる?」
「現世での我が血族は兄が一人、奴もまた重大な使命を背負っていたわ。我が使命を受けたのは血に染まった満月の夜……」
「ああ、お兄さんの影響なわけ。仲良いな……」
月夜が何か長大なストーリーを延々と喋っている間、撫子がニコニコしながら丁寧な相槌を打ってくれるのはありがたいことこの上なかった。
しかし傍から見ていると、撫子がレスポンスするタイミングはあまりにも完璧だった。一秒のズレもなく、月夜の話に不自然なほど完全に合わせて驚いたり喜んだりしている。単にとてもすごく良い子なのかもしれないが、さっき顔を見たときの底知れなさも思い出して首を傾げる。
「……それでも地球という狭い世界は偉大なる器を閉じ込めておくには小さすぎたわ。異世界に行ったらまずはその国の王を倒して世界を恐怖に陥れるの。支配者の器として君臨しひぃっ!」
「?」
いきなり悲鳴を上げて花梨の背中に隠れる月夜。
素早い動作を目で追い、再び顔を前に戻してからその理由に気付いた。
小さな蜂が一匹、目の前を飛んでいた。天国だからといって牙が生えていたり人間サイズだったりはしない、ごくごく普通の蜂がその場で滞空しているだけだ。花梨と月夜以外は気付いてもいないようだった。
窓の外の森から飛び込んできたのだろう。花梨だって虫が得意なわけではないが、怯えるほどのサイズでもないし、それこそチート能力でどうとでもなる。花梨の『蘇生』ではどうにもならないにせよ、月夜の『即死』なら。
「殺せば? 『即死』で」
「……そうじゃない」
「あんだって?」
「かわいそうじゃない、何もしてないのに……それに危ないでしょ。私の右目を見たらあなたも死んじゃうのよ。軽々しく眼帯を外すのは良くないわ」
「ああそう……」
『即死』なんてチート能力を持っているのが良い子でよかったかもな、と花梨が頷いた瞬間だった。
二人の眼前を鋭い閃光が走った。ガスバーナーのような炎が軌道上の蜂を焼き切る。あまりの火力に蜂は一瞬で灰と化し、空に流れて散った。
「『龍変化』だあ。その気にならあ全身ドラゴンに出来んだけども、部屋あ壊れちまうんでなあ」
炎を吐いた女性が訛って間延びした独特の低い声を発した。口から煙混じりの息を吐き、目の奥で爬虫類のように細い虹彩が光る。
なるほど火を吹く龍の力かと思ったのも束の間、その女性の全身を間近で見てあまりの威圧感に後ずさった。
百八十センチ以上もある長身にボロボロのジャンパーを羽織ってダメージジーンズを履いている。服の損傷度合いは明らかに装飾の範囲を超えており、褐色の肌にまで抉れて固着した切り傷が無数に刻まれていた。首元には爪のような刺青が見え隠れし、しなやかな筋肉質の身体はサバンナに暮らす野生の動物を思わせる。
花梨は思った。この人は月夜と違って悪ぶっているやつではなく、マジのアウトローだったやつだ。放っているオーラがマジすぎる。きっと抗争とか殺し合いとか、花梨には想像もできないような修羅場をいくつも潜ってきた人だ。
月夜も同じことを察知したのだろう。本物を前にして月夜の身体が縮こまり、蜂が現れたときよりも深く花梨の背中の後ろに引っ込む。それでも怯えた声で異を唱えるのだから意外と根性がある。
「かかかか、かわいそうじゃない……」
「そおか、わりいことしたなあ。悪気があったんじゃあねえ、許してくれな」
アウトローな女性は意外にも素直に頭を下げるが、そういうところも却って本物の貫禄を感じさせる。一周して逆に落ち着いているというか、下っ端ではなく幹部クラスの振る舞いというか。
「そっちなあさっき入ってきたとこだんろ? わしは阿久津リール龍魅、龍魅でええ。よろしくなあ」
「あ、ども。廿楽花梨です」
そろそろ何度目かわからなくなってきた名乗りと握手。がっしりした褐色の手を握ると、傷とも彫りとも付かない凹凸がいくつも刻まれた独特の握り心地だ。
意外にも下手に出る龍魅に、少しだけ調子を取り戻した月夜が一歩前に出て虚勢を張る。
「あなた、素直なのは殊勝なことね。これも何かの縁だし、私の眷属にしてあげてもいいわよ」
「下に付くならよお、やらにゃあならんことはあらあな。どっちが上かあはっきりさせんといかん。血生臭えこたもう面倒臭えけんど」
「あうう」
「冗談だあ、ガキとは戦わん。それによお、ここで上下付けても大した意味なかろ。どうせ異世界ではバラバラだあ」
「ん、異世界ではバラバラってどういうこと?」
「聞いてなかったんかあ。わしらは同じ異世界に行くわけじゃあねえ」
「はい。基本的には一人につき一世界、つまりそれぞれが別々の世界に送られる想定です」
隣に現れたAAが答えを引き継いだ。その手に持った皿には大きなピザがいくつも積み重なっている。
「ただし明らかに分断が不適切な場合は、複数人を同じ世界に送ることも出来なくはありません。不本意な転移となってやる気を失くされても本末転倒ですので」
「そうなんだ。結局頼めばいけるってこと?」
「推奨しませんし、やむを得ない場合以外は通しません。大抵は碌なことになりませんから」
「なんで。友達多い方が楽しそうじゃん」
「チート能力とはただ一つだけでも異世界の行末を左右するものです。その持ち主が複数になってしまえば異世界の舵取りも不安定にならざるを得ません。世界を動かす選択は簡単なものではありませんし、何を目指したいかも人によって異なります。よほど価値観の合う相手でなければ仲違いし、チート能力同士の抗争になって共倒れするのが精々です」
「そんなもんかなあ。じゃあ今回は十二個の世界に十二人を送るわけだ?」
「いえ、例外が二件あります。まず涼様と穏乃様に関しては、引き離せば異世界に送られた瞬間に自殺すると主張して譲りませんでしたので同じ世界に送る予定です。そこまで意志の合うペアであれば、協力してより大きく異世界を変革するという期待も無いわけではありませんので」
AAが壁際のソファーを指し示した。
食い気味に叫びながら振り返ったのは右目に眼帯を付けた少女だ。張った胸に片手を当て、目を輝かせて花梨を見る。
ずっと一人で後ろを向いていたので考え事でもしているのかと思っていた。実際のところは話に混ざるタイミングを伺って聞き耳を立てていたらしい。
装飾過多な後ろ姿からはなかなか年齢が掴めなかったが、正面から見れば中学生くらいの愛らしい少女だ。容姿にもまだ年少者らしい可愛らしさがあり、何より露骨な構われ待ちを隠しきれていない様子はかなり幼いと言わざるを得ない。
「我が名は朧月夜、異世界に完全なる暗黒をもたらす者。そして我が能力は、いい、聞いて驚きなさい!」
月夜は大きく息を吸って溜めを作る。たっぷり時間を置いてから発したそのチート能力は確かにそこまでするに値するものだった。
「『即死』! どんな生命も魔眼に映った瞬間に絶命するわ。至高の支配者にふさわしい、最強最悪の能力でしょう? 我が右目に宿る絶対なる力からは何者も逃れられないのよ。この魔眼の前には死神すらひれ伏すわ」
「それは凄いけど、なんというか、身も蓋もないね、というか、何かに影響されてる?」
「現世での我が血族は兄が一人、奴もまた重大な使命を背負っていたわ。我が使命を受けたのは血に染まった満月の夜……」
「ああ、お兄さんの影響なわけ。仲良いな……」
月夜が何か長大なストーリーを延々と喋っている間、撫子がニコニコしながら丁寧な相槌を打ってくれるのはありがたいことこの上なかった。
しかし傍から見ていると、撫子がレスポンスするタイミングはあまりにも完璧だった。一秒のズレもなく、月夜の話に不自然なほど完全に合わせて驚いたり喜んだりしている。単にとてもすごく良い子なのかもしれないが、さっき顔を見たときの底知れなさも思い出して首を傾げる。
「……それでも地球という狭い世界は偉大なる器を閉じ込めておくには小さすぎたわ。異世界に行ったらまずはその国の王を倒して世界を恐怖に陥れるの。支配者の器として君臨しひぃっ!」
「?」
いきなり悲鳴を上げて花梨の背中に隠れる月夜。
素早い動作を目で追い、再び顔を前に戻してからその理由に気付いた。
小さな蜂が一匹、目の前を飛んでいた。天国だからといって牙が生えていたり人間サイズだったりはしない、ごくごく普通の蜂がその場で滞空しているだけだ。花梨と月夜以外は気付いてもいないようだった。
窓の外の森から飛び込んできたのだろう。花梨だって虫が得意なわけではないが、怯えるほどのサイズでもないし、それこそチート能力でどうとでもなる。花梨の『蘇生』ではどうにもならないにせよ、月夜の『即死』なら。
「殺せば? 『即死』で」
「……そうじゃない」
「あんだって?」
「かわいそうじゃない、何もしてないのに……それに危ないでしょ。私の右目を見たらあなたも死んじゃうのよ。軽々しく眼帯を外すのは良くないわ」
「ああそう……」
『即死』なんてチート能力を持っているのが良い子でよかったかもな、と花梨が頷いた瞬間だった。
二人の眼前を鋭い閃光が走った。ガスバーナーのような炎が軌道上の蜂を焼き切る。あまりの火力に蜂は一瞬で灰と化し、空に流れて散った。
「『龍変化』だあ。その気にならあ全身ドラゴンに出来んだけども、部屋あ壊れちまうんでなあ」
炎を吐いた女性が訛って間延びした独特の低い声を発した。口から煙混じりの息を吐き、目の奥で爬虫類のように細い虹彩が光る。
なるほど火を吹く龍の力かと思ったのも束の間、その女性の全身を間近で見てあまりの威圧感に後ずさった。
百八十センチ以上もある長身にボロボロのジャンパーを羽織ってダメージジーンズを履いている。服の損傷度合いは明らかに装飾の範囲を超えており、褐色の肌にまで抉れて固着した切り傷が無数に刻まれていた。首元には爪のような刺青が見え隠れし、しなやかな筋肉質の身体はサバンナに暮らす野生の動物を思わせる。
花梨は思った。この人は月夜と違って悪ぶっているやつではなく、マジのアウトローだったやつだ。放っているオーラがマジすぎる。きっと抗争とか殺し合いとか、花梨には想像もできないような修羅場をいくつも潜ってきた人だ。
月夜も同じことを察知したのだろう。本物を前にして月夜の身体が縮こまり、蜂が現れたときよりも深く花梨の背中の後ろに引っ込む。それでも怯えた声で異を唱えるのだから意外と根性がある。
「かかかか、かわいそうじゃない……」
「そおか、わりいことしたなあ。悪気があったんじゃあねえ、許してくれな」
アウトローな女性は意外にも素直に頭を下げるが、そういうところも却って本物の貫禄を感じさせる。一周して逆に落ち着いているというか、下っ端ではなく幹部クラスの振る舞いというか。
「そっちなあさっき入ってきたとこだんろ? わしは阿久津リール龍魅、龍魅でええ。よろしくなあ」
「あ、ども。廿楽花梨です」
そろそろ何度目かわからなくなってきた名乗りと握手。がっしりした褐色の手を握ると、傷とも彫りとも付かない凹凸がいくつも刻まれた独特の握り心地だ。
意外にも下手に出る龍魅に、少しだけ調子を取り戻した月夜が一歩前に出て虚勢を張る。
「あなた、素直なのは殊勝なことね。これも何かの縁だし、私の眷属にしてあげてもいいわよ」
「下に付くならよお、やらにゃあならんことはあらあな。どっちが上かあはっきりさせんといかん。血生臭えこたもう面倒臭えけんど」
「あうう」
「冗談だあ、ガキとは戦わん。それによお、ここで上下付けても大した意味なかろ。どうせ異世界ではバラバラだあ」
「ん、異世界ではバラバラってどういうこと?」
「聞いてなかったんかあ。わしらは同じ異世界に行くわけじゃあねえ」
「はい。基本的には一人につき一世界、つまりそれぞれが別々の世界に送られる想定です」
隣に現れたAAが答えを引き継いだ。その手に持った皿には大きなピザがいくつも積み重なっている。
「ただし明らかに分断が不適切な場合は、複数人を同じ世界に送ることも出来なくはありません。不本意な転移となってやる気を失くされても本末転倒ですので」
「そうなんだ。結局頼めばいけるってこと?」
「推奨しませんし、やむを得ない場合以外は通しません。大抵は碌なことになりませんから」
「なんで。友達多い方が楽しそうじゃん」
「チート能力とはただ一つだけでも異世界の行末を左右するものです。その持ち主が複数になってしまえば異世界の舵取りも不安定にならざるを得ません。世界を動かす選択は簡単なものではありませんし、何を目指したいかも人によって異なります。よほど価値観の合う相手でなければ仲違いし、チート能力同士の抗争になって共倒れするのが精々です」
「そんなもんかなあ。じゃあ今回は十二個の世界に十二人を送るわけだ?」
「いえ、例外が二件あります。まず涼様と穏乃様に関しては、引き離せば異世界に送られた瞬間に自殺すると主張して譲りませんでしたので同じ世界に送る予定です。そこまで意志の合うペアであれば、協力してより大きく異世界を変革するという期待も無いわけではありませんので」
AAが壁際のソファーを指し示した。
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