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第七章 根暗陰キャは異世界で友達を増やしたいようです

第54話:根暗陰キャは異世界で友達を増やしたいようです・1

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【4/3 12:31】

 まず口を開いたのは理李だった。霙の死体と、立ち尽くす霰を前にして。

「また四人になってしまったが。首でも絞めるか?」

 小百合は息を深く吸って考える。
 この場には既に四人もの転移候補がいる。理李、小百合、花梨、霰。協力するにしても一人多いから、理李は最も縁が薄い霰を殺すのはどうかと言っているのだ。
 理李の思考は冷酷だが、それは優秀な戦略立案能力と地続きのものだ。穏乃に一度死んでもらってから蘇生して不意を突く作戦を提案したのも理李である。
 情に流されず、殺すか殺さないかの判断をなあなあにしておかない。それがどれだけ得難く強力なスキルであるか、小百合はもう理解している。『身体強化ストレングス』を得てからも迷ってばかりの小百合とは違う、きっとチート能力以前の冷静さだ。
 子供を殺すのは忍びないが、自分とて転移を諦めるわけにはいかない。まずは霰に意向を聞き、それでダメならそろそろ決めなければならない。優先順位を。
 そこで花梨が助け船を出した。

「私が抜けるよ。私にはもうチート能力も異世界転移も必要ない。お姉ちゃんがいなくても大丈夫だから」
「……そうか。もう残り半日だし、リタイアを伝えれば切華たちも深追いはしないだろう」
「いや、協力はする。乗りかかった船だし、友達は助けたいから」
「助かる。切華と撫子は組んだままだろうし、人数が多いに越したことはない。他の二人もそれでいいだろう?」
「待ってください。その前に一つ確認したいことがあります」

 小百合からの異議に理李は意外そうに眉を上げた。霰はともかく、小百合が口を挟むとは思っていなかった。

「何だ?」
「切華さんと撫子さんがこの自然公園に来ているのは不自然ではないですか? 明らかに姫裏さんの到着を狙って来ています。市街の方ならともかく、こんな辺境で鉢合わせも無いでしょう」
「ああ、それは私が情報を流した」

 案の定、理李は悪びれもせずに答えた。作戦を話すように淡々と、というより、彼女にとっては同じ作戦の一部なのだろう。

「穏乃の話を聞いたとき、切華は霙と戦いたがっていると思ったからだ。研鑽を求めている切華は中断した強敵との戦いを放置しておかないだろう。個人チャットで確認したら図星だったよ。だから私たちの邪魔はしないという条件付きで、姫裏が双子を伴ってこの公園に来ることを教えた。お互いに自分たち以外の転移候補が勝手に戦い合って減ってくれる分にはウィンウィンだ」
「それは……霙ちゃんが死んだ原因は理李さんにあることになりませんか?」
「なる。少なくとも今日の午前の段階で霙は仲間ではなかったのだから当然だ。どうしてもそのわだかまりが溶けないなら無理に組まなくても構わない」
「別にいいよ」

 霰はさらりと答えた。立ちっぱなしで疲れたのか、細い腰を縁石に下ろしている。

「ちゃんと決着が付いて良かったと思う。決闘が中断したのは霙も気にしてた」
「決闘って……ただ殺されたんじゃなくて?」

 今度は花梨が口を挟んだ。霙は一方的に殺されたのだと思っていたから。
 二日前の夜に首を刎ねられた月夜の生首が脳裏に焼き付いている。そして、無防備な月夜を先制で殺害した切華の姿も。
 今目の前にあるのも虐殺の痕跡としか思えない。百匹以上の動物が原型を留めない肉塊になるまで無惨に切り殺された惨状。

「決闘。檻を開けて助けに来て、戦う場所も相談して決めて、戦う前にお辞儀もした」

 理李も頷く。

「私も一方的な殺人ではなかったと思う。不意打ちなら駐車場から広場に移動する意味がないし、ここに来るまでの間に戦った形跡も一切ない。discordでやり取りしているときも切華は霙とフェアな戦いができるかどうかを気にしていた」
「霰ちゃんはそれでいいの?」
「いい。霙と転移するために死んだわけじゃないし」
「うーん……」

 花梨は考える。今まで切華は卑怯な手も辞さない冷酷な殺人者だと思っていた。
 だが、よく思い出してみると病院で交戦したときも襲う前にわざわざ戦意を確認していた。あのときは挑発か皮肉くらいにしか思わなかったが、不意打ちしようと思えば出来たはずだ。
 『即死エクゼキュート』の月夜を切華がただちに殺さなければ危険な状況だったというのも、後付けでたまたま噛み合った理屈ではなく、本当にやむを得ず全員の安全を優先したということなのか。
 考え込む花梨を横目に、理李は軽く手を叩いていつものように仕切り直した。

「では四人で戦略の立て直しをしよう。まずは『蘇生リザレクション』の対象者を改めて確認しておきたい。姫裏と穏乃以外に蘇生できる対象はいるか? もちろん故人も含めてだ。今まで会話したときのことをよく思い出してほしい」

 まず、この中には姉は一人もいない。
 理李も小百合も一人っ子、霰と霙は一卵性の双子である。戸籍上での姉は霰だが、その場合に『蘇生リザレクション』の対象になるかどうかは不明だ。万が一蘇生対象ではなかった場合のリスクを考えると試しに殺してみるわけにもいかず、万が一交戦中に死亡した場合は蘇生を試みる価値があるという程度に留まる。
 そして今までの会話内容を思い出す。何気ない雑談の中で、きょうだいの有無について言及していたことはなかったか。それぞれに記憶を掘り起こす。
 月夜について。花梨がパーティー会場で話したところによると、月夜には兄が一人いるだけだ。姉ではない。
 龍魅について。小百合がアジトで話したとき、きょうだいがいないことを確認している。姉ではない。
 灯について。姫裏との会話の中で、妹も弟もいないと言っていたのを霰が盗み聞いている。姉ではない。
 涼について。さっき作戦会議中に穏乃に確認し、姉は一人いるが下にはいないとのことだった。姉ではない。
 一応、切華と撫子についても小百合が生徒会の知り合いにラインで確認し、二人とも下のきょうだいはいないことを確かめた。姉ではない。
 結局、蘇生対象は穏乃と姫裏だけだ。他は全て姉ではない。

「この二人を蘇生させても、もう戦う理由が無いしな……嘘や誤認があるかもしれないし片っ端から試すという手も無いわけではないが……」

 チート能力者を無闇に蘇生するのはそれなりにリスクが高い。
 『蘇生リザレクション』は死者を使役するのではなくただ単に蘇らせるだけの能力だ。味方になってくれるとは全く限らないし、今は転移できる人数の枠にも余裕がない。最初に姫裏を蘇生して強力な敵を増やしてしまった轍を踏みたくない。

「まあ、『蘇生リザレクション』については一旦使えないものと考えておこうか。もともと戦闘向きのチート能力でもないし、単に運動神経がいい味方が一人いるだけで役に立つ局面もあるかもしれない。何でも共有して把握しておくに越したことはない。他にも気になることがあれば何でも言ってほしい」
「ではいいですか? 理李さんの能力についてお伺いしたいことがあるんです」

 再び小百合が手を挙げた。そして言葉を選びながら続ける。

「これはプライベートな話かもしれないので、黙っていようかとも思ったのですが」
「何でもいい。懸念事項があれば指摘してくれるのはありがたい」
「では単刀直入に聞きます。あなたは御自分のチート能力を偽っていませんか?」
「ん? それについては午前に話した通りだ。私のチート能力は『反射カウンター』ではなく『治癒ヒール』。もっとも、グラウンドで切華に殴られたのは全員に見られているからほとんど公然の秘密だと思うが」
「いいえ。『治癒ヒール』も嘘でしょう?」
「……何故そう思う?」
「あなたが『治癒ヒール』を持っているのはどう考えても不自然だからです」
「チート能力は女神に申請すれば何でも手に入る。自然も不自然もないだろう」
「あります。だって、あなたはですよね?」
「……」
「『治癒ヒール』を願ったという割には健康体である時点で疑ってはいました。失礼を承知の上で生徒会の人脈を使って少し調べてみましたが、あなたは生まれてから一度も大怪我も大病もしていないそうですね」

 花梨は小さく頷いた。
 確かに理李は痩せ型ではあるが健康には問題がなく、どこかに入院していたというような話は一度も聞いたことがない。

「他の方法ではどうにもならない人生の問題を解決するためにチート能力を願うのです。いくらあなたが慎重な性格とはいえ、人生で大した怪我も病気もしていない人が『治癒ヒール』を望むでしょうか? 私のように重い障害に苦しんできたならともかく、そうでない人が自殺してまで傷病への保険を張るでしょうか? それは本末転倒というものです」
「そうは言っても、花梨は私が実際に『治癒ヒール』を発動したことを確認している。何ならここで軽い怪我をして治してみせてもいい」

 花梨はまたしても頷いた。
 切華が理李を殴ったあと、理李の肋骨は確実に折れていた。そしてすぐに回復したところまで至近距離で見ている。

「それはチート能力が『治癒ヒール』である証明にはなりません。たまたまカバー範囲が被っているだけかもしれませんから。本来は姉全般を蘇生する能力である『蘇生リザレクション』が過小申告されていたのと同じです」
「……」
「調べていて気になったことがもう一つあります。他人が語るあなたのキャラクターは私が知っているあなたと全く違うのです。私が見てきた限りでは、あなたは誰よりも頭が早く回って冷静なまとめ役として皆を引っ張る人間です、口は悪いですが。ただ、他の方が語るあなたは……」

 言い淀む小百合の言葉を理李が継いだ。

「頭が悪くて運動もできなければ気も利かない日陰者だというんだろ? 授業で当てられても答えられた試しがなく、足が遅くて愛嬌もない。会話に付いていけない癖に口だけは一丁前に悪いものだから、腫れ物扱いで距離を置かれていじめられすらしない」
「私はそんな風に思ったことないけどなあ」
「それは花梨、お前が常軌を逸したお人良しなだけだ。お前以外の皆は私のことを鈍くさいバカだと思っていたよ。それがいきなり参謀ポジションになっていれば不自然にも思うだろう」
「……まあ、そうですね。評判は概ねそのようなものでした。私の知るあなたとはあまりにも食い違っています」
「お腹空いた」

 霰の腹が鳴った。
 会話が中断され、花梨もお腹をさする。朝は散々マックエッグマフィンを食べたはずだが、頭も身体も消耗が早い。
 理李は諦めたように一つ小さな溜め息を吐くと、公園の出口に向かって親指を曲げた。

「わかったよ、全部話そう。私の願いとチート能力について。どうせ切華たちと戦う作戦も立てないといけないんだ。少し遅い昼飯を食べながらでいいだろ?」
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