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第6章 桜の花の咲く頃に
4月10日(水) 晴れ
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校舎を出てから正門まで、桜並木が続いている。満開を過ぎた桜の木からは、花びらが風に乗って舞い落ちてくる。
「さくらさんの入院する日、決まった?」
私はその桜の下を歩いていた。音羽くんと並んで、同じ制服を着て。
「うん。一週間後の水曜日だってさ」
隣を歩く音羽くんが、そう答える。
この前の検査で、さくらさんの病気が再発していることがわかった。さくらさんは今日でお店を閉めて、治療のためしばらく入院するのだという。
「……大丈夫?」
ちらりと音羽くんの横顔を見る。
「大丈夫だよ。全然元気でさ、あいかわらず口うるさいし……」
「違うよ。さくらさんじゃなくて、音羽くんが」
音羽くんが立ち止まり、私の顔を見る。私も同じように立ち止まる。
同じ制服を着た生徒たちが、あかるい笑い声を立てながら、私たちを追い越していく。
「大丈夫だよ」
音羽くんがそう言って笑った。
「もういちいち落ち込んでられないよ。さくらさんとさ、この病気とは一生つきあっていくしかないんだねって、覚悟を決めたんだ」
「そっか……」
「強く……ならなきゃな」
ひとり言のように、音羽くんがつぶやく。
あの台風の夜、この頼りない手で音羽くんを抱きしめた。音羽くんは私の腕の中で震えていた。
「でも、無理しないでね」
私は音羽くんに言った。
「私も……いるから」
音羽くんはふっと笑うと、私の頭をくしゃっとなでた。
「頼りにしてる」
私たちの上から、桜の花びらが落ちてくる。はらはらと、雪のように。
恥ずかしくなって肩をすくめた。音羽くんはすぐに手を離して、私に言う。
「俺さ、バイトもはじめたんだ」
「バイト?」
「うん。父さんの知り合いのパン屋で、バイトさせてくれるっていうから」
「あっ、音羽くんが修行させてもらいたいって言ってたとこ?」
「さくらさんはあいかわらず反対してるんだけど」
音羽くんは小さく笑ったあと、私を見て言った。
「でも俺はあきらめないよ」
私は音羽くんの声を聞く。
「卒業するまでに、絶対さくらさんを説得してやる」
「うん」
「そんでさくらさんが泣いて喜ぶくらいの、うまいパンを作ってやる」
パンの話をするときの音羽くんの目、すごく真剣で、私は好きだ。
またひとつ増えた、音羽くんの目標。
でもたぶん、さくらさんの気持ちは決まってる。音羽くんのことを心配しながらも、きっと音羽くんの進みたい道を見守ってくれるはず。
「めーい!」
そのとき、後ろから声がかかった。振り返ると、友達が私たちに駆け寄ってきた。
「こんにちは! 音羽先輩ですよね!」
「先輩のことは、芽衣から聞いてます!」
ふたりが、にやにやしながら音羽くんの顔を見上げている。
「ああ……どうも」
音羽くんは苦笑いをして頭をかいた。
「これからも芽衣のこと、よろしくお願いします!」
ふたりはそう言うと、私に「じゃあ、またね!」と言い、きゃーきゃー騒ぎながら行ってしまった。
「……なんだ、あれ」
「中学からの友達なの」
ふたりに、音羽くんのことは話してあった。
「へぇ、お前、友達いたんだ」
音羽くんが小さく笑って私を見る。
そういえば前に音羽くん、私の友達になってくれるって言ったっけ。
「音羽くんは? 友達いないんだっけ? 私が友達になってあげようか?」
「うるせぇな。ほっとけ」
ははっと笑った音羽くんがまた歩き出す。私はそんな音羽くんの隣を歩く。
高校生になって、わかったこと。
友達なんかいなくていいって言っていた音羽くんだけど、他の先輩たちと楽しそうに話している姿を何度も見た。さっきだって、女の先輩から声をかけられていたし。
私はまだ、音羽くんのことを、全然知らない。だけどこれからもっと、音羽くんのことを知っていけばいいんだ。
「今日、うち来るだろ?」
「うん」
「さくらさん、クリームパン作って待ってるって」
私は音羽くんの前で笑顔を見せる。
学校の門を出て、ふたりで歩く。入学してまだ数日だけど、私たちは毎日こうやって歩いている。音羽くんが卒業するまでの一年間、こうやって歩ければいい。そしてそのあとも、やっぱりふたりで……。
角を曲がると、長い坂道が見えた。そこで音羽くんは立ち止まる。
「んっ」
差し出された手のひらに、私の手をそっとのせる。そしてそのまま手をつなぎ、私たちは坂道をのぼる。坂の上にある、小さなお店を目指して。
一本の大きな木には桜の花が咲いていた。一年前と同じ桜だ。そしてその木の下で、私たちに手を振っているひとの姿。
「おかえりー!」
大きな声でそう言って、さくらさんが手を振る。
「な? とても病人には見えないだろ?」
音羽くんが耳元で、いたずらっぽくささやく。私は小さく微笑んで、つないだ手をぎゅっとにぎる。そしてもう片方の手を高く上げて、大きく振った。
「ただいま! さくらさん!」
春の風が吹く。桜の花びらがふわっと舞う。
季節は変わる。私たちも変わる。一日一日、私たちは生きている。
ただ消化するだけだった毎日は、とても大切な日々に変わっていた。
「さくらさんの入院する日、決まった?」
私はその桜の下を歩いていた。音羽くんと並んで、同じ制服を着て。
「うん。一週間後の水曜日だってさ」
隣を歩く音羽くんが、そう答える。
この前の検査で、さくらさんの病気が再発していることがわかった。さくらさんは今日でお店を閉めて、治療のためしばらく入院するのだという。
「……大丈夫?」
ちらりと音羽くんの横顔を見る。
「大丈夫だよ。全然元気でさ、あいかわらず口うるさいし……」
「違うよ。さくらさんじゃなくて、音羽くんが」
音羽くんが立ち止まり、私の顔を見る。私も同じように立ち止まる。
同じ制服を着た生徒たちが、あかるい笑い声を立てながら、私たちを追い越していく。
「大丈夫だよ」
音羽くんがそう言って笑った。
「もういちいち落ち込んでられないよ。さくらさんとさ、この病気とは一生つきあっていくしかないんだねって、覚悟を決めたんだ」
「そっか……」
「強く……ならなきゃな」
ひとり言のように、音羽くんがつぶやく。
あの台風の夜、この頼りない手で音羽くんを抱きしめた。音羽くんは私の腕の中で震えていた。
「でも、無理しないでね」
私は音羽くんに言った。
「私も……いるから」
音羽くんはふっと笑うと、私の頭をくしゃっとなでた。
「頼りにしてる」
私たちの上から、桜の花びらが落ちてくる。はらはらと、雪のように。
恥ずかしくなって肩をすくめた。音羽くんはすぐに手を離して、私に言う。
「俺さ、バイトもはじめたんだ」
「バイト?」
「うん。父さんの知り合いのパン屋で、バイトさせてくれるっていうから」
「あっ、音羽くんが修行させてもらいたいって言ってたとこ?」
「さくらさんはあいかわらず反対してるんだけど」
音羽くんは小さく笑ったあと、私を見て言った。
「でも俺はあきらめないよ」
私は音羽くんの声を聞く。
「卒業するまでに、絶対さくらさんを説得してやる」
「うん」
「そんでさくらさんが泣いて喜ぶくらいの、うまいパンを作ってやる」
パンの話をするときの音羽くんの目、すごく真剣で、私は好きだ。
またひとつ増えた、音羽くんの目標。
でもたぶん、さくらさんの気持ちは決まってる。音羽くんのことを心配しながらも、きっと音羽くんの進みたい道を見守ってくれるはず。
「めーい!」
そのとき、後ろから声がかかった。振り返ると、友達が私たちに駆け寄ってきた。
「こんにちは! 音羽先輩ですよね!」
「先輩のことは、芽衣から聞いてます!」
ふたりが、にやにやしながら音羽くんの顔を見上げている。
「ああ……どうも」
音羽くんは苦笑いをして頭をかいた。
「これからも芽衣のこと、よろしくお願いします!」
ふたりはそう言うと、私に「じゃあ、またね!」と言い、きゃーきゃー騒ぎながら行ってしまった。
「……なんだ、あれ」
「中学からの友達なの」
ふたりに、音羽くんのことは話してあった。
「へぇ、お前、友達いたんだ」
音羽くんが小さく笑って私を見る。
そういえば前に音羽くん、私の友達になってくれるって言ったっけ。
「音羽くんは? 友達いないんだっけ? 私が友達になってあげようか?」
「うるせぇな。ほっとけ」
ははっと笑った音羽くんがまた歩き出す。私はそんな音羽くんの隣を歩く。
高校生になって、わかったこと。
友達なんかいなくていいって言っていた音羽くんだけど、他の先輩たちと楽しそうに話している姿を何度も見た。さっきだって、女の先輩から声をかけられていたし。
私はまだ、音羽くんのことを、全然知らない。だけどこれからもっと、音羽くんのことを知っていけばいいんだ。
「今日、うち来るだろ?」
「うん」
「さくらさん、クリームパン作って待ってるって」
私は音羽くんの前で笑顔を見せる。
学校の門を出て、ふたりで歩く。入学してまだ数日だけど、私たちは毎日こうやって歩いている。音羽くんが卒業するまでの一年間、こうやって歩ければいい。そしてそのあとも、やっぱりふたりで……。
角を曲がると、長い坂道が見えた。そこで音羽くんは立ち止まる。
「んっ」
差し出された手のひらに、私の手をそっとのせる。そしてそのまま手をつなぎ、私たちは坂道をのぼる。坂の上にある、小さなお店を目指して。
一本の大きな木には桜の花が咲いていた。一年前と同じ桜だ。そしてその木の下で、私たちに手を振っているひとの姿。
「おかえりー!」
大きな声でそう言って、さくらさんが手を振る。
「な? とても病人には見えないだろ?」
音羽くんが耳元で、いたずらっぽくささやく。私は小さく微笑んで、つないだ手をぎゅっとにぎる。そしてもう片方の手を高く上げて、大きく振った。
「ただいま! さくらさん!」
春の風が吹く。桜の花びらがふわっと舞う。
季節は変わる。私たちも変わる。一日一日、私たちは生きている。
ただ消化するだけだった毎日は、とても大切な日々に変わっていた。
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この音羽くんの言葉に凄く共感しました。
僕は学校で集団無視をされた経験がありそんな時、さくらさんや音羽くんみたいな人がいたら違った道を歩めたのかなと思いました。
心がひかれる話でした!!
Rさま
ご感想をいただき、ありがとうございます。
この音羽くんの言葉は、私自身もそう思ったことがあり、書かせていただきました。
共感していただけてよかったです。
このお話を読んでくださったRさんの心に、何かちょっとでも響いたものがあれば嬉しく思います。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
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二乃宮リズさま
ご感想をいただき、ありがとうございます。
私はいつも、誰かの心に何か少しでも残るものがあればいいなぁと思いながら書いています。
このお話が二乃宮さんの心に、何かちょっとでも足跡を残せれば嬉しいです。
応援ありがとうございます。私もこの世界の片隅から、二乃宮さんのこと応援させていただきます。
読んでいると、主人公のメイを「がんばれ!」と応援したくなります。
自分自身も元気になれます^^
くろちゃんさま
お読みいただき、芽衣を応援してくださって、ありがとうございます。
ゆっくりとゆっくりと前を向いて進んで行きますので、これからも応援していただければ嬉しいです。
ご感想、ありがとうございました^ ^