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第46話 感謝

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 その日。神崎さんが連れて行ってくれたのは、手打ちうどんのお店だった。寿司といい、神崎さんは和食が好きなのかな。でも、疲れてた心と体には、香り豊かで美味しい出汁が癒しのように染み渡った。

 神崎さんはジムでも食事の間も、一言も九条さんのことは言わなかった。僕になにがあったのかももちろん聞かない。聞かなくてもわかってんだろうけど。
 それでも、その話に触れないのは有難かった。これ以上醜態をさらしたくない。

「じゃあまた金曜日に。しばらく忙しくなるんで他の曜日には来れそうにないんだ」
「そうなんだ。うん、また金曜日に」

 火曜日にはもう来れない。そう言われたところで、なんて返せばいいんだ。
 僕は曖昧な笑顔を見せるのが精いっぱい。けど、金曜日に会ったら、また二人で一緒にいることになるのは見えていた。だって、僕はそれを嫌だと思っていないのだもの。




 神崎さんの存在が、僕の心を落ち着かせたのは事実だ。ずっと閉じたままだったPCを帰宅してすぐ開ける気になった。

 ――――土曜日に書き終えたところ、もう一度読まなきゃ。それから小泉さんに送ろう。

 実はまだ最終話を送付していなかった。締め切り前だから構わないのだけど、神崎さんとのことがなかったら送れなかったかも。ま、その時は小泉さん自ら乗り込んでどうにかしただろう。

 いつもキャラに思い入れたっぷりの僕でも、今回は意識して客観的に読むことを心掛けた。書くのは難しくても読み直しならなんとかなる。
 アライジャの一挙手一投足、一言一言に胸が苦しくなるのは仕方ない。それでも最後まで誤字脱字、表現のおかしいところなど添削できた。
 敢えて内容を変えることはしなかった。あの時のテンションのまま、この物語は終わりにしたかったんだ。

 ――――にしても……これ、シリーズ化して続くんだった。

 あのシーンを見る前なら、多分もう書き始めている。構想は既にあって、すぐ文字に起こしたいくらいの気分だった。締め切りはおろか、具体的な日程すら決めてないのにだ。

 ――――まあ、本来そんな急ぐ必要はなかったんだ。小泉さんにもまだ構想話してないし。

 楽観は出来ないけど、再び書きだす頃には気持ちも落ち着いてるんじゃないかな。とりまそれを願うしかない。
 九条さんとの関係だって、これからどうなるか、まだわかってないんだ。神崎さんとのことも……。

 ――――『砂漠の月』と切り離していかないとなあ。アライジャとナギは、これから長い付き合いになるんだもの。


 小泉さんに最終話を送信し、ぼんやり椅子の背もたれに凭れていると着信があった。小泉さんだ。早っ。

『読みました。ぐっと来ましたよー』

 ホントかよ。こういうテンション、編集者の常とう手段だって、最近ようやくわかるようになってきた。それとも素直じゃないのは現在の精神状態のせいか。

「ありがとうございます」
『細かいところはこれからチェックしますね。発売は再来月になりますので、サイン会等々のスケジュール調整しがてら、明日伺います』

 小泉さんは明日、また僕の大好きなお弁当を持ってやってくる。あの酷い姿を晒すことなく済んで、やっぱり僕は神崎さんに感謝した。



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