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第59話 分析
しおりを挟むそのインタビューは、神崎さんの子供の頃の話から始まっていた。
『私は三人兄弟の真ん中でしてね。天才のうえに人のいい兄と、誰にでも好かれるあざと可愛い妹に囲まれ、結構苦労しました』
(記者) 眉目秀麗な神崎さんがですか? 俄かには信じられませんが。
『いえいえ、褒めすぎですよ。子供の頃は彼らのようになりたくて。彼らの真似をするのに、持ってるものが欲しくてたまらなかった。そのうちそれでは駄目だと気付いて自分らしさを追求するんですが……。その頃の影響が未だに残ってるんです』
(記者) と言いますと?
『尊敬してる方とか憧れてる人が大事にしてるもの。例えば車や洋服のブランド、好きなワインとか。そういうの真似したくなるんです。純粋に欲しくなる。ミーハーなんですよ』
(記者) なるほど。そういうことですか。それじゃあ、女性の好きなタイプとかはどうですか? そこはご自分らしさをお持ちでしょう?
『え? いやあ、それはどうかな。うーん、好きなタイプとかないですね。どの方にも魅力があって目移りするとでも言いましょうか。
ただ、私はまだ女性に振り回されるほど人間が出来ていないので。今は仕事が恋人。こっちを思うようにコントロールするほうが楽しいんですよ』
嘘つけ。僕は雑誌に向かって独り言ちた。女性の魅力云々はリップサービスとしても。振り回すのお得意じゃん。それに……なるほどね、腹落ちしたよ。
「鮎川さん、どうしました? ボウッとして。カレー、食べてください?」
デニムのエプロンを着けた神崎さんが、首を傾げてる。目の前には神崎さん手作りのスパイスカレーが。さっきから香りだけでお腹が鳴ってたのに、考え事に耽ってた。
「あ、神崎さんを待ってました。いただきますっ」
カレーは市販のルーでなく、何種類かのスパイスを使った自家製のものだ。鼻に抜ける辛さとコク、形がなくなるほど煮込んだ野菜の出汁が絶妙……つまりめっちゃ美味い。
「美味しいですっ!」
これは本音だ。
「良かったです」
神崎さんは端正な顔立ちのまま笑顔を見せる。それから自分でも『お、うまいじゃん』とか言いながら食べていた。
雑誌には、ジムで撮った写真も数枚あった。トレーニングウェアに身を包み、エアロバイクにまたがる絵とか。脚、長すぎだよ。
『都内にあるセレブ御用達ジム。健康維持と気分転換のため、週一で通っているのだという』なんてキャプションが載ってた。
あの日、あの後起こったことを僕は思い出してしまう。神崎さんのポリシーにはそぐわなかったかもだけど、『手っ取り早く、勢いで』。
――――憧れてる人が大事にしてるもの、欲しくなるんです。
『カードを手渡した時から、心奪われてたんだ』
それを嘘とは言わない。けど、わざわざ火曜日に僕の様子を見に来たのは何故だ?
――――僕が九条さんと付き合ってるとわかった時。多分神崎さんに火が付いた。
憧れてる人のものが欲しくなる。まさにこれ。神崎さんにとって九条さんは気になって仕方ない人なんだ。この分析は結構、的を得てると僕は思っている。
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