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第一章 厄災の王女
48.王は知る
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「好きに話していいぞ、フロスティーン。この場で聞いたことをそのままに実行するわけではないからな。相談の場と捉え、思い付くままに話してみろ」
言葉を畳みかけ本心を引き出そうと試みるゼイン。
このときゼインには、フロスティーンの目がいつもより輝いているように見えていた。
この意外な変化に、ゼインの方が瞬きをしてフロスティーンを眺めてしまう。
──いつもより感情が見えるな?俺が早く聞いてやれば良かったのか?
しかしこの後にフロスティーンから出た言葉が、予想していたものとは大分かけ離れていたせいで……。
「これからも美味しいパンをいただける?」
「は?」
思わず聞き返してしまったゼイン。
──パン?パンだと?美味しいパンと言ったか?これからも……?まさかパンが出て来なくなると考えていたのか?
驚いていたのは、ゼインだけではなかった。
側に控えた侍女も、一時職務を忘れ、目を丸くしてフロスティーンを見詰めている。
──やたら夢中に食べているとは思っていたが……パン……そうか、パンか。
殺気まで出そうなほど血が騒いでいたのが嘘のように。
心がすんと静まったゼインは、やがてまた知らずに笑っていた。
このひと月の自分が、酷く可笑しく感じてしまったからだ。
「そうか。くくっ。昨夜はパンがどうなるかを気にしていたのか?」
「ミュラー侯爵領の小麦がないと、白くてふわふわの……いつも頂いているパンは作ることが出来ないのだと。以前ゼイン様からお聞きしました」
──白くてふわふわの。白くてふわふわ。白くてふわふわ、か。
フロスティーンの使う言葉が引っ掛かったゼインは、その心中で三度もそれを繰り返しているのだった。
それで返答が遅れ動揺したのか、珍しいことにゼインは返答の出だしから言葉に詰まってしまう。
「お、おう。そうだな。確かに我が国のパンは、ミュラー侯爵領の小麦を使って作っている。あれはなかなか広大な領地を持っていて、そのほとんどで小麦を作っていたからな」
「昨夜は野菜も作っていることをお聞きしました」
「それもいい小麦を得るための策のひとつだ。同じ畑で小麦ばかりを連続して作っていると土が悪くなるのか、いい小麦が出来なくなってな」
「連作障害ですね。小麦もそのようになるとは知りませんでした」
このひと月の間のゼインなら、あえて聞くことはしなかったであろう。
フロスティーンが自ら心を開いてくれるときを待ちたかったわけである。
しかし昨夜の夜会を通し、このようにしていたら、いつまで経ってもフロスティーンの本質を知る日は来ないようにゼインには思えていた。
そしてそれは、つい先ほどのパンの件でほぼ正解となっている。
だから今朝のゼインはいままでとは違っていた。
「連作障害のことなど、よく知っていたな、フロスティーン。その知識をどこで得てきた?」
「書庫です」
即座に出てきた短い回答に、ゼインの方がすぐさま反応出来ず、少々の間を置いたうえに、またしても聞き返してしまった。
「なに?書庫だと?」
「はい。サヘランの王城の書庫で読み知ったものになります」
「書庫には自由に出入り出来ていたのか?」
「自由に……そうですね、書庫では自由に出来ました」
「書庫では自由に出来た?それでは書庫以外では不自由だったように聴こえるが?」
「その通りです」
「なんだと?」
侍女の咳を聞き、知らず低い声が出ていたことに気付いたゼインは、慌てて場を取り繕う。
「すまない。驚いてしまってな。祖国では書庫でのみ、自由に出来ていたのか?」
「そうですね。滅多に人が来ませんでしたので」
「人が来なければ自由とは……。まさか書庫で暮らしていたというのではあるまいな?」
「はい、暮らしていました」
「なんだと?」
抑えきれずにまた低い声を出してしまったゼインは、もう一度謝って、今度は腕を組むと深く息を吐き出すのだった。
──王女が書庫で暮らしていた?意味が分からん。
分からないだけでなく、憎い。
その感情がゼインの心を占めていく。
これはそれだけ妙な王女相手に、ゼインが心を奪われてしまっていたという証明であろうが。
ゼインはこれを当然感じる憎さとして受け入れていた。
──国内の奴らはさっさと罰し、次はサヘランを攻めるとするか?
現実離れした不穏な計画を立てたくなるほど、ゼインは怒ってもいたのだ。
そこからゼインは、フロスティーンのこれまでを聞くことに夢中になって。
泣きそうな顔をした侍従に呼び出されるまで、フロスティーンと共にあり続けたのである。
言葉を畳みかけ本心を引き出そうと試みるゼイン。
このときゼインには、フロスティーンの目がいつもより輝いているように見えていた。
この意外な変化に、ゼインの方が瞬きをしてフロスティーンを眺めてしまう。
──いつもより感情が見えるな?俺が早く聞いてやれば良かったのか?
しかしこの後にフロスティーンから出た言葉が、予想していたものとは大分かけ離れていたせいで……。
「これからも美味しいパンをいただける?」
「は?」
思わず聞き返してしまったゼイン。
──パン?パンだと?美味しいパンと言ったか?これからも……?まさかパンが出て来なくなると考えていたのか?
驚いていたのは、ゼインだけではなかった。
側に控えた侍女も、一時職務を忘れ、目を丸くしてフロスティーンを見詰めている。
──やたら夢中に食べているとは思っていたが……パン……そうか、パンか。
殺気まで出そうなほど血が騒いでいたのが嘘のように。
心がすんと静まったゼインは、やがてまた知らずに笑っていた。
このひと月の自分が、酷く可笑しく感じてしまったからだ。
「そうか。くくっ。昨夜はパンがどうなるかを気にしていたのか?」
「ミュラー侯爵領の小麦がないと、白くてふわふわの……いつも頂いているパンは作ることが出来ないのだと。以前ゼイン様からお聞きしました」
──白くてふわふわの。白くてふわふわ。白くてふわふわ、か。
フロスティーンの使う言葉が引っ掛かったゼインは、その心中で三度もそれを繰り返しているのだった。
それで返答が遅れ動揺したのか、珍しいことにゼインは返答の出だしから言葉に詰まってしまう。
「お、おう。そうだな。確かに我が国のパンは、ミュラー侯爵領の小麦を使って作っている。あれはなかなか広大な領地を持っていて、そのほとんどで小麦を作っていたからな」
「昨夜は野菜も作っていることをお聞きしました」
「それもいい小麦を得るための策のひとつだ。同じ畑で小麦ばかりを連続して作っていると土が悪くなるのか、いい小麦が出来なくなってな」
「連作障害ですね。小麦もそのようになるとは知りませんでした」
このひと月の間のゼインなら、あえて聞くことはしなかったであろう。
フロスティーンが自ら心を開いてくれるときを待ちたかったわけである。
しかし昨夜の夜会を通し、このようにしていたら、いつまで経ってもフロスティーンの本質を知る日は来ないようにゼインには思えていた。
そしてそれは、つい先ほどのパンの件でほぼ正解となっている。
だから今朝のゼインはいままでとは違っていた。
「連作障害のことなど、よく知っていたな、フロスティーン。その知識をどこで得てきた?」
「書庫です」
即座に出てきた短い回答に、ゼインの方がすぐさま反応出来ず、少々の間を置いたうえに、またしても聞き返してしまった。
「なに?書庫だと?」
「はい。サヘランの王城の書庫で読み知ったものになります」
「書庫には自由に出入り出来ていたのか?」
「自由に……そうですね、書庫では自由に出来ました」
「書庫では自由に出来た?それでは書庫以外では不自由だったように聴こえるが?」
「その通りです」
「なんだと?」
侍女の咳を聞き、知らず低い声が出ていたことに気付いたゼインは、慌てて場を取り繕う。
「すまない。驚いてしまってな。祖国では書庫でのみ、自由に出来ていたのか?」
「そうですね。滅多に人が来ませんでしたので」
「人が来なければ自由とは……。まさか書庫で暮らしていたというのではあるまいな?」
「はい、暮らしていました」
「なんだと?」
抑えきれずにまた低い声を出してしまったゼインは、もう一度謝って、今度は腕を組むと深く息を吐き出すのだった。
──王女が書庫で暮らしていた?意味が分からん。
分からないだけでなく、憎い。
その感情がゼインの心を占めていく。
これはそれだけ妙な王女相手に、ゼインが心を奪われてしまっていたという証明であろうが。
ゼインはこれを当然感じる憎さとして受け入れていた。
──国内の奴らはさっさと罰し、次はサヘランを攻めるとするか?
現実離れした不穏な計画を立てたくなるほど、ゼインは怒ってもいたのだ。
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