眠たい眠たい、眠たい夜は

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20.陽、うっかり約束する

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『昔からゲームのたぐいは馴染みがないんですよね。幼少期にやってこなかったんで、なんとなく抵抗があるというか』
「そうなの?」

 別にめちゃくちゃ好きでもうまいわけでもないが、人並みに友達の家で興じていた陽にはぴんと来ない。

『だって、いい大人がヘタクソだったらカッコ悪いじゃないですか』
「わかった。今度コントローラー買っとくから」
『話聞いてました?』

 声をあげて笑いながら、陽は毛布のなかで寝返りをうった。
 カーテンのふちを、洗ったばかりみたいな朝日が彩っている。くったり馴染んだやわらかい毛布が、陽を守るようにあたたかく寄り添う。
 そろそろ布団を出て、支度を始めたほうがいいと頭ではわかっていたものの、この幸せから抜け出すことはひどく難しかった。まぶたを閉じ、ケーキのはしっこをつまみ食いするような気分で、電波越しの男の気配に耳を澄ます。

「怒られるかと思ったのに」
『怒る?』
「ブルーライトとか。睡眠に悪いって」
『よく知ってますね』

 ハンズフリーにして動き回っているのか、ときおり声以外の物音が聞こえる。

『ブルーライトは、日中浴びるなら問題ないんですよ』
「そうなの?」
『はい。というか、ブルーライトって別にスマホとかパソコンからしか出てないものじゃなくって、普通に太陽とか蛍光灯とかの光にも含まれていますし』
「まじで?」
『だって空は青いでしょう』

 本当か?

『問題は、昼の光を夜の間にも浴びるようになったことです。光にはいろんな色が含まれますが、特に青色の光は、ショウカタイから分泌されるメラトニンという眠りを促すホルモンを抑制します』
「ショウカタイ?」

 疑問ばっかりの陽の返答に、水岡は辛抱強く答えを返す。

『松果体。文字通り、松の実くらい小さい脳の器官らしいです』

 そんな小さな器官からの、きっと涙一滴にも満たないホルモンが、全身の眠りを司ってるなんて信じられない。

『まあ、ブルーライトが悪さしてるってのもあくまで一説みたいですけど』
「そうなんだ」
『というか、この時間だったらもう、多少眠くても我慢して起きたほうがいいと思いますよ』

 そうだよなあ、けど暖房のタイマーを入れ忘れたから寒いし、朝食を抜けば、出社まであと一時間はダラダラできるし……と、布団を出ない理由を並べ立て、それをすべてはねのける気持ちで、陽はえいやと身を起こした。
 と、布団の端が段ボールに引っかかり、立てかけていた空き箱が雪崩れる。

『渡来さん?』
「あ、いや、シーツの空き箱が引っかかって」
『ああ、届いたんですね』

 やべ。失言だった。
 思わずなんと答えようか考えてしまって、不自然な間を生んでしまう。

「あの」
『無理しなくていいですよ』

 陽の言葉を水岡は穏やかに遮る。

『大して親しくもない相手に寝られるなんて、抵抗あって当然です。せっかくいいモノを選んだのに、こんなことで寝られなくなったりでもしたら本末転倒で』
「違くて」

 食い気味に遮ってしまった。スマホをにぎる手にじわりと汗をかく。

「そのー……だから、シーツ」
『はい?』
「シーツって、ほら、最初は洗濯したほうがいいのかなって」

 タオルの糊を落とすみたいに、使う前に洗った方がいいのか迷っていたと苦しい言い訳をひねり出す。

『はあ、まあ好みだと思いますけど……』
「水岡さんは?」
『余裕あるときは洗いますね』
「じゃあ洗うんで、待っててください」
『いいんですか?』
「もちろん」

 やけくそになって、日程まで決めてしまった。
 今週末、土曜日の夜。
 今日が火曜日だから、それまでに掃除して――無理だな。当日の午前中の自分に任せて、とりあえずシーツだけでも洗濯してしまおう。
 電話を切ると、陽は窓を開け雲一つない空を見上げた。冬に向かい始めた空は、水分をうばうようにさらりと乾いている。



 洗濯を待ちシーツを干していたら、結局いつもの出社時間になった。
 更地になった隣の席を見ないようにデスクに座ると、沙苗が近寄ってくる。

「朝からごめんね。さっき香泉堂さんから電話があったんだけど、折り返しお願いできる?」
「え?」
「用件は聞けなかったんだけど」

 珍しい。先方の担当者は朝が弱いらしく、電話もメールも、午後にならないとしてこなかったのに。

「わかりました。連絡してみますね」
「よろしくね」

 すぐに先方に電話をかけてみたけれど、運悪く席を外していた。その後も時間をおいてかけてみたけれど、つながらない。
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