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第3章

第117話 おやつタイム ちょっとだけ※

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眠りから覚めると、なぜかリリーが目の前で立ち尽くして泣いていた。……大丈夫かな? 嘘泣き以外でリリーが泣くのを初めて見た僕は、夕日色の美しい瞳から涙がこぼれなくなるまで、はらはらしながらハンカチでそれを拭き取った。何があったのかとても気になったけれど、今は聞かない方がいいような気がして僕は黙ることにした。
彼が泣き止みソファに座って静かにお茶を飲みだすと、今度は自分のことが気になり始めた。

「あ、僕まだ抱っこされてるの!? お、下ろしてよ、クライス。もう起きたから!!」

なんてこと! リリーとベルトの前でクライスに抱っこされていると思うと、いつもの10倍恥ずかしい!! 早く下りなきゃ。

「駄目だ。お前、まだ立てないだろ」

言いながらも彼は、じたばたする僕をしぶしぶ柔らかい絨毯の上に下ろしてくれた。彼の言うとおり、立とうとするのに足に力が入らずぺたん、と絨毯じゅうたんに座り込んでしまう。ん~おかしいな。足が変。

「んぇ? どうして?」
「まだ半分しか魔力は吸い出せていないからな。が治ればじきに立てるようになるから大丈夫だ」

クライスの言葉にベルトとリリーが固まっている。ん~魔力酔いってなんだっけ?



「あ~あのさ、」

と僕の隣にもう元気になったらしいリリーがしゃがみ込み、そっと耳に片手を当て、こそこそと小声でしゃべった。

「ちょっと、耳貸して」
「ん。何?」

僕もこそこそ声で喋る。

「もしかしてメガネ、王子の精液、飲んだの?」
「せい…えき?」

(……せいえき? ふぇ! 精液!!)

なんのことか思い出した瞬間に顔が熱くなった。

うああああああん!!! そうだったぁ。僕、昨日大浴場でクライスのを、お口に入れて彼の精液をごくごく飲んじゃって。そしたらなんだか体が熱くなってきて…なぜかクライスとキスを……したんだった!!

そういえば今日もまだ体が熱い。頭がぼおっとするし、すぐ眠たくなるし、足も変……、あれを飲んでからだ。

「ぼ、僕、どうしたらいいのかわからなくて、ぜ、全部飲んじゃったの。リリー…あのさ、もしかして…あれって飲んじゃ…だめだった?」

変?そんなことする人はいない? 僕がやったことって、変態!? そうだとしたら……。



「全部飲んだって!? へぇ、やるな、メガネ。いいんじゃない? 王子喜んでたでしょ? まあ、フェラ自体普通は精通するまではやらないもんだけど」

それを聞いて真っ赤になってわなわなと震え出した僕を見て、リリーは吹き出している。小さい声だったけど僕のことを、やっぱり馬鹿メガネだ、と言ったのが聞こえたよ! もうもうもう! リリーがやれって言ったのに。

ーーまんまと騙された!!

(あああああ、なんてこと!! 恥ずかしいっ! 死んじゃう! もう、死んじゃいたい!!!)

僕は湧き上がる羞恥心に絨毯の上をのたうち回る。高級な絨毯はふっかふかで転がっても気持ちがいい。


クライスはごろごろと転がって不気味な動きをしている僕をひょいと抱えて自分の膝に乗せた。

「おい、さっきから二人でコソコソとなんの話をしてるんだ。リリー、もうこれ以上キルナに余計なことを教えるなよ」

クライスが少し怒り口調になっているのに、リリーは全然意に介さない様子で、飄々ひょうひょうと答えた。

「でも、少しは教えた方が楽しめるでしょう?」

「それは……」



そのまま二人で何やら言い合いをはじめてしまい、ようやく気持ちが落ち着いてきて暇になった僕は、テーブルに用意されている自分の分の紅茶を飲んだ。クライスの膝の上でお茶を飲むなんて行儀が悪いのだけど、放してくれないから仕方がない。

「あ、おいしっ。これ、ベルトがこの前くれたお茶と一緒だね。いい香り~!」
「そうです。お口に合ってよかった。よろしければこちらも」

ベルトが手のひらで指し示したテーブルの上には、色とりどりのお菓子が並んでいる。今日は僕たちが来るということで、特別に取り寄せた上等のお菓子がたくさんあるのだって。お皿に美しく並べられた菓子の中には、見たことのないものがたくさんある。どんな味がするのだろう。甘いものが大好きな僕は、上がるテンションを押さえられない。

「どうぞ、好きなだけ召し上がってください」

ベルトがにっこりと爽やかな笑顔で勧めてくれた。あ、ベルトって笑うと八重歯が見えるんだ。可愛い。

どれから食べよう……どきどきしながらいくつか選ぶと、給仕きゅうじの人がお皿に入れてくれた。

「僕、自分で言うのもなんだけど味にはとってもうるさいの。もし食べられなかったらごめんね」

と断ってから一つ、一番小さいものを手にとって口に含んでみる。

もっちりとした独特の歯応え。ん、これは!!

「こ、これ。大福だ。もっちりふわっふわの生地。中には甘さ控えめで上品な味のあんこ!! ん~、おいしっ」

ベルト家の使用人たちが、僕の反応にほっと胸を撫で下ろしている。




「キルナ様、大福を知っておられるのですか?」

ガルトが驚いた顔をして聞いてきた。

「あ、前に食べたことがあって……」

前世でだけど。この世界にあんこってあったんだ。大発見! よく見るとたくさんあるお菓子の中に和菓子らしきものが混じっている。

ふわぁ~これは、栗饅頭、これは最中もなか!? あ、羊羹ようかんもある!!

「大福はここからずっと東にあるライスという国のお菓子です。私も昔若い時に一度だけ、行ったことがあります。とても食文化が豊かな国なのですが、なにぶん遠くてなかなか商品を入手することが難しい。遠すぎて転移魔法を使うにもとても魔力が足りず、地道に馬で行くしかないのでとても大変でした。ですが本当にいい国だったなぁ。その国は……」

ガルトはとても面白い話をしてくれているのに、僕はというと、またまたうつらうつらしてきてしまって、話を(多めに見積もっても)半分しか聞けなかった。ライスって国は、なんだか日本に似ているかもってことだけわかった。いいな、僕も一度行ってみたい。そうだ、もしいつか国外追放されたら東に行くことにしよう。

もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ、ん~甘いお菓子、最高!!

ふぅ、食べたいものをぜ~んぶ一通り頂くと、お腹がいっぱいになって、ふわぁ。さらに……眠くなってきた。僕が目をこすっているのをみて、赤くなるからやめろ、とクライスが止めた。あ、そういえば、クライスまだお菓子食べてない? こんなにおいしいのに、食べなきゃもったいない。

「ね、クライスも食べてみて」

どれがうまいんだ? と聞くから僕はおすすめのものをいくつか選んでお皿に並べてあげた。はいどうぞ。僕がお皿を見せると
「食べさせてくれ」
あ、と口を開けるクライス。

「え、」
「いつもみたいにあ~んと食べさせてくれたらいいだろ。ほら、俺はお前を抱っこしなくちゃならないし手が塞がっている」

みんなの前でそんなこと恥ずかしい!! 出来っこない! ぶわぁっと顔に血が集まるのがわかった。

「じゃ、食べなくていいよ」

僕がつーんと顔を背けてそう言うと彼はシュンとした顔をした。う、しょげ返っているわんちゃんみたいだ。なぜかとても罪悪感を感じる。

「ん、一個だけ、だよ。あ~ん」

口に小さく切った羊羹を入れてあげると、クライスはとてもうれしそうな顔をした。そんなに羊羹が気に入ったのかな? たしかにこの国では見かけないお菓子だものね。

……結局、全部食べさせてしまった。羊羹も、最中も栗饅頭も。だってあんまりおいしそうに食べるものだから、つい。

ふと気がついて周りを見渡すと、全員がこちらを見ていた。僕がかーっと赤くなると、みんな空気を読んで他の方向を見はじめる。

「では、そろそろ温室に案内しましょう」

ベルトが立ち上がると、みんながそれはいい、と彼に続いた。


僕は?


クライスが抱っこで運んでくれた。


(うぅ、この魔力酔いっていつ終わるの!?)
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