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24.大人の男も赤面するのね

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「ねえフローラ! 私達結婚するわ! 婚姻許可証が欲しいのだけれど」
「ごふっ、」

 司祭館の食堂で食事を取っていると、ライラが、開口一番すごいことを言ってきた。
 口にしていたマーサのハーブティーが気道に入って、思わず咽こむ。ライラの後ろでは、金髪の騎士……ダフが慌てたように彼女を追いかけていた。
 間に合わなかったようだけど。

「げほっ、はあ。ライラ、貴女のその効率重視なところ、私は好きだけれどもう少し説明が欲しいかも」

 背中を擦ってくれるクラウスに視線でお礼を言って、満面の笑みのライラと向き合った。

「ええ! そう思ってほら! 書類整えてきたの」
「ありがとう。そう言うことじゃないんだけれど……まあ、いいわ。読ませてもらうわね」

 ライラが持ってきたのは、婚姻申請書と、養子縁組申請書。それから隣国への通行許可証の申請書類だった。

「これ、クラウス様にも見ていただいていいかしら」
「もちろん! お願いするわ」

 クラウス様に書類を手渡す。ざっくりと目を通して、彼はライラとダフへと向き合った。

「モンテ嬢。うちのダフを気にかけてくれたことは有難いが。貴女はそれでよいのか」
「ええ! 閣下ならお分かりでしょう? 確かに知り得て間もないですけれど、私も逃したくない出会いでしたの!」

 その言葉に、面食らったのは私だけではない。
 しばらくの静寂の間に、皆の視線を集めたダフがどんどん顔を赤く染めていった。

 (なんだか、同情しちゃう……いや、慶事なはずなのだけれど)

 このぐいぐいくるパターンは身をもって知っている。
 意中の人との関係が深まるのは嬉しいんだけれど、なんというか。
 こちらの心の準備なんて関係なく環境が変わっていく感じは、まるで嵐のようで、表面を取り繕うのが難しいのだ。

 騎士達がここにたどり着いたとき、服の譲渡のやり取りでライラがダフを気に入ってそうだとは思ったけれど。
 ダフの表情を見るに、満更でもないらしい。
 両想いならいっか。と思うと同時に、私がクラウスと婚約の約束をした後、みんなにそう思われてたのかなと思い至った。

「……なるほど」

 ちらりとこちらに投げかけられる視線。
 ダフの赤面が私にも伝わりそうになって、慌てて口を開く。

「ライラ、ダフさん。おめでとう」
「ありがとう!」

 華奢な体からは想像がつかないくらい強く抱きついてくる。それに苦笑していると、豊かな赤髪に埋もれるようにして口元を隠したライラが、ぽそりと私にだけ告げた。

「併せて彼の弟さんをこちらに呼びたいのよ。できれば急いで」

 その言葉に、私も抱きしめる腕を強める。ちらりと視線だけ横を向けると、ライラの顔は笑顔だったけれど、翡翠の中に真剣なものが滲んでいた。

「ライラ、何か?」
「ええ。まだ不確定なのだけれど、彼の弟さん以外にも色々と不穏なの。だから許可を頂戴。……ここで動かなくても私たちは多分損をしないけれど、その結果は気持ちのいいものにはならないわ」

 彼女はそこまで言ってそっと体を外し、猫がおねだりをする様な表情で私を見つめる。

「フローラの婚姻式もあるのにごめんなさい。書類だけでも籍を入れたいの。だめ?」
「……いいえ。私は構わないわ。むしろ気を遣わせてしまって申し訳ないくらい。クラウス様はいかがですか?」
「喜ばしいことだ。そも、領主の言葉に異論はない」
「だって、もうすぐ家族になるのですもの。意見は聞かなくては」

 クラウスがなぜ俺の希望を聞くのか? という表情をしていたから、私はちょっとムッとしつつそう答えた。
 肩書きや役職に前ならえしてばかりは楽なのは知っているし、軍ではそういう考え方が特に重要なのもわかってはいる。けれど、こういう方向性などの大事なことはちゃんと認識を合わせておかないと。
 私は出来れば夫とは対等でいたいのだ。

 そんな理由で若干冷たくしながらライラへと向き合った。背後のクラウスがどんな顔をしていたかも確認せず。
 私が手元の書類を再度確認している間、ライラは笑みを崩さず、ダフは頬の内側を噛んでいた。

「じゃあ、預かって決裁しておくわね。その後のことを話し合いたいから、夜に書斎へ来てくれるかしら」
「もちろんよ」
「ダフさんも、それでいい?」
「はい。……勝手をして申し訳ありません」
「謝らないで。こちらは大丈夫よ。では、夕食後にでも」
「わかったわ」

 書類片手にハーブティーを飲み干し、食堂を後にする。
 そんな私の背後に、珍しく頬を染めたクラウスが居たと知るのは、ずっと後の話。

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