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10. 令嬢の憂鬱 ②
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覚悟して、顔を近づけたところで気づいた。ちょっと待ってよ、私、自分から人にキスしたことなんてないわよ、どうすればいいの?
近くで見ても彼の造形の良さは崩れない。神様は結構不公平がお好きらしい。こんな顔立ち生み出さなくてもいいのに。
ていうか、鼻筋通っていて鼻高くて、邪魔だわ。どうするの、これ。どうすればいいの?ナナメ?え、あれ?
とにかく自分も目をつぶって。もう、知らないから!
何かが唇に触れた。私は速攻離れた。心臓がバクバクいっている。
そのまま榛瑠の側から逃げようと思ったのに、そうする前に腕を掴まれた。
「あのねえ、なにぶつかっているんです?」
「ぶつかってって……」
榛瑠がじっと私を見上げる。だって、だって、いや、私なりに、その……。
「はい、ぶつかりました。すみません」
さすがに私もそう思うわよ。キスじゃなくて、ほぼぶつかっただけ!もう、泣けてくる……。
榛瑠がわざとらしくため息をついた。
「まったくね、キスの仕方からお教えしないといけないとは」
「いらぬお世話。だいたい、あなたにそんなこと教えていただかなくても……」
「本当、なかなかに、」
私を見上げる榛瑠の瞳が妖しく揺れた、と思った。
「……楽しい」
え?
そう思った時には腕を引き寄せられていた。
え?
気づいたら榛瑠の唇を自分のそれに感じていた。
え?なに?
いつのまにか彼の片腕が腰を支えていて、もう片手で頭を支えられていた。逃げられない。唇が押し広げられて舌が入ってくる。
なに、これ。なに……。
足に力が入らない。彼の方が、覆い被さるような姿勢になる。
ヤダ、と思うのに体がうまく動かない。背筋がそり返るのを榛瑠の腕が支えている。
「んっ……」
「一花、頭をテーブルにぶつける。ちゃんと体支えて」
ぼんやりした視界の向こうで榛瑠が私を支えながら言った。そう言いながら、彼はソファの前のローテーブルを足で蹴飛ばしてずらした。
その音ではっとする。そして、そのままテーブルと彼の隙間にへたり込んでしまった。
呼吸が荒い。身体が震える。なに、なんで……。
「一花?大丈夫?」
「……なんでこんなことするの?」
声が震えてしまう。
「……じゃあ、なんで一花は大人しくされるままになっているの?」
なんでって、だって、だって、どうやって逃げるのよ、逃げられないに決まってるじゃない。本当は、だって……。
「だって、されるんだもん」
榛瑠の手が伸びて、私の両頬をつねった。いたいし!
「あなたは、昨日あんなことがあったばかりで、そういうこと言いますか。少しは拒みなさい。」
あなたが今それ言う?すごく理不尽じゃない?
「よいしょっと」
呆れる私を無視して榛瑠は私を持ち上げると、自分の横に座らせた。
私はソファの上に正座になりながら彼を見る。全く悪びれることもなく涼しい顔をしている。あー、もう!
「きっとこうやって、たっくさんの女の子を誘惑してきたんでしょう。なんかもう、人としてどうなの!それ!」
榛瑠が横目で私を見た。どきっとする。彼の口元がふっとゆるむ。
「……だとして、なにか問題でも?」
っこのっ、悪魔!変態!大っ嫌い!
「でも、そんな事してませんから」
しれっと言う。ぜっったい、嘘。
私は横に座っている人を睨みつけた。榛瑠は素知らぬ顔で置いてあった本を手に取るとパラパラめくっている。
なんだか、この涼しげな表情が許せない。私ばかりオタオタしてる。この人にとってはあんなキスぐらい遊びの範疇なんでしょうけど、私にとっては……。
そこで、ふっと気づいた。
待ってよ、ちょっと、待ちましょう、私。びっくりすること続きでスルーするところだったけど、私ってば今朝、裸でしたよ?
でもって、榛瑠は隣に寝てたわよ。服は着てたけど。……うん、彼は着てた。だから、大丈夫よね?いくら榛瑠でも、そういうことは遊びの範疇を超えるよね?
ね?
うん、大丈夫、体に違和感ないし。
……ていうか、違和感出るかどうかも知らないわよ。そんな知識も経験も持ち合わせてないわよ。どう判断するの、これ?
聞くの?なんて?なんで、自分のことがわからないのよお、一花。
「いったい、今度はなにを考えてそんな顔になっているんですか?」
どんな顔よ。ああ、もう、忘れてしまおう、きっと大丈夫。でもなあ、自分のことなのにあやふやって気持ち悪い。
あーでもっ。
「なんですか、いったい」
「……あの、夕べですけど、その……」
「はい」
「あの、うんと、その、……やっぱりいい」
聞けるわけがない。どっちにしたって記憶ないって最悪。
「ご自分が処女かどうか疑っているなら大丈夫ですよ。私はなにもしてません」
「えっ、あっ」
私は思わずソファから滑り落ちそうになる。大丈夫ですか、と榛瑠が支えてくれる。
「え、いや、大丈夫」
なんで考えてることわかったの?でもよかった。私は無実!って感じ。
あれ、でも、彼がなにもしなかったのは当然として、うん、そう、当然なの、として、だからって私が、その、一度も経験がないって決めつけるのはおかしくない?そうでしょ?
「あなたが紳士的だったのは当然として、私の経験の有無とは結びつかないと思うわ」
そうよ、私だってもう、立派に一人前の女性なんですからね。榛瑠がいない間なにもなかったって決めつけるのはいただけないわ。……真実はともかく。
「ああ、そうですか、そうですね、へえ」
「へえってなによ」
なにかバカにされてる気がするんですけど。
「いや別に。お嬢様ももう、大人でいらっしゃいますし、一人の女性の私生活をどうこうはいいませんが」
「当然です。私にもあなたのいなかった時間がきちんと流れているんですからね」
「確かに。それに、例えそれが妻になる人だったとしても過去の詮索はしませんよ。処女だろうがなかろうがどちらでも」
「……気にならないんだ」
なんか、ちょっと意外、な気がするのはなんでだろう。
「なりませんね、せいぜい扱いが変わる程度かな」
「扱い?なにそれ?違うもの?」
「違うでしょう、それこそ、当然。大人の女性相手なら、いろいろと」
そう言って榛瑠が近寄ってきた。あれ、なんか……。
思わず身を引く。彼は容赦なく迫ってきて気がついたらソファの上に押し倒されているような形になっていた。
「え、ちょっと、やだ、だめ、うわっ」
もう、耐えられない!私はぎゅっと目をつぶって手で顔を覆った。その手にそっと榛瑠の唇が触れたのがわかった。ふっと、気配が軽くなる。
「冗談ですよ、あなたがつまらないこと言うから。はい、起きる」
そう言って、私を引っ張り起こした。
「だって……。……ごめんなさい……」
確かに、恥ずかしいと言うか、つまらない意地をはったなと思った。でもなんだか悔しくて。
下を向いている私を榛瑠が抱き寄せた。彼の腕の中に包まれる。
「こちらこそすみません。少しからかいすぎましたね。大丈夫ですよ、あなたが心配しなくてはならないような事は何もないです」
そう言って、私の頭を優しく撫でた。
ほっとして、嬉しかった。
近くで見ても彼の造形の良さは崩れない。神様は結構不公平がお好きらしい。こんな顔立ち生み出さなくてもいいのに。
ていうか、鼻筋通っていて鼻高くて、邪魔だわ。どうするの、これ。どうすればいいの?ナナメ?え、あれ?
とにかく自分も目をつぶって。もう、知らないから!
何かが唇に触れた。私は速攻離れた。心臓がバクバクいっている。
そのまま榛瑠の側から逃げようと思ったのに、そうする前に腕を掴まれた。
「あのねえ、なにぶつかっているんです?」
「ぶつかってって……」
榛瑠がじっと私を見上げる。だって、だって、いや、私なりに、その……。
「はい、ぶつかりました。すみません」
さすがに私もそう思うわよ。キスじゃなくて、ほぼぶつかっただけ!もう、泣けてくる……。
榛瑠がわざとらしくため息をついた。
「まったくね、キスの仕方からお教えしないといけないとは」
「いらぬお世話。だいたい、あなたにそんなこと教えていただかなくても……」
「本当、なかなかに、」
私を見上げる榛瑠の瞳が妖しく揺れた、と思った。
「……楽しい」
え?
そう思った時には腕を引き寄せられていた。
え?
気づいたら榛瑠の唇を自分のそれに感じていた。
え?なに?
いつのまにか彼の片腕が腰を支えていて、もう片手で頭を支えられていた。逃げられない。唇が押し広げられて舌が入ってくる。
なに、これ。なに……。
足に力が入らない。彼の方が、覆い被さるような姿勢になる。
ヤダ、と思うのに体がうまく動かない。背筋がそり返るのを榛瑠の腕が支えている。
「んっ……」
「一花、頭をテーブルにぶつける。ちゃんと体支えて」
ぼんやりした視界の向こうで榛瑠が私を支えながら言った。そう言いながら、彼はソファの前のローテーブルを足で蹴飛ばしてずらした。
その音ではっとする。そして、そのままテーブルと彼の隙間にへたり込んでしまった。
呼吸が荒い。身体が震える。なに、なんで……。
「一花?大丈夫?」
「……なんでこんなことするの?」
声が震えてしまう。
「……じゃあ、なんで一花は大人しくされるままになっているの?」
なんでって、だって、だって、どうやって逃げるのよ、逃げられないに決まってるじゃない。本当は、だって……。
「だって、されるんだもん」
榛瑠の手が伸びて、私の両頬をつねった。いたいし!
「あなたは、昨日あんなことがあったばかりで、そういうこと言いますか。少しは拒みなさい。」
あなたが今それ言う?すごく理不尽じゃない?
「よいしょっと」
呆れる私を無視して榛瑠は私を持ち上げると、自分の横に座らせた。
私はソファの上に正座になりながら彼を見る。全く悪びれることもなく涼しい顔をしている。あー、もう!
「きっとこうやって、たっくさんの女の子を誘惑してきたんでしょう。なんかもう、人としてどうなの!それ!」
榛瑠が横目で私を見た。どきっとする。彼の口元がふっとゆるむ。
「……だとして、なにか問題でも?」
っこのっ、悪魔!変態!大っ嫌い!
「でも、そんな事してませんから」
しれっと言う。ぜっったい、嘘。
私は横に座っている人を睨みつけた。榛瑠は素知らぬ顔で置いてあった本を手に取るとパラパラめくっている。
なんだか、この涼しげな表情が許せない。私ばかりオタオタしてる。この人にとってはあんなキスぐらい遊びの範疇なんでしょうけど、私にとっては……。
そこで、ふっと気づいた。
待ってよ、ちょっと、待ちましょう、私。びっくりすること続きでスルーするところだったけど、私ってば今朝、裸でしたよ?
でもって、榛瑠は隣に寝てたわよ。服は着てたけど。……うん、彼は着てた。だから、大丈夫よね?いくら榛瑠でも、そういうことは遊びの範疇を超えるよね?
ね?
うん、大丈夫、体に違和感ないし。
……ていうか、違和感出るかどうかも知らないわよ。そんな知識も経験も持ち合わせてないわよ。どう判断するの、これ?
聞くの?なんて?なんで、自分のことがわからないのよお、一花。
「いったい、今度はなにを考えてそんな顔になっているんですか?」
どんな顔よ。ああ、もう、忘れてしまおう、きっと大丈夫。でもなあ、自分のことなのにあやふやって気持ち悪い。
あーでもっ。
「なんですか、いったい」
「……あの、夕べですけど、その……」
「はい」
「あの、うんと、その、……やっぱりいい」
聞けるわけがない。どっちにしたって記憶ないって最悪。
「ご自分が処女かどうか疑っているなら大丈夫ですよ。私はなにもしてません」
「えっ、あっ」
私は思わずソファから滑り落ちそうになる。大丈夫ですか、と榛瑠が支えてくれる。
「え、いや、大丈夫」
なんで考えてることわかったの?でもよかった。私は無実!って感じ。
あれ、でも、彼がなにもしなかったのは当然として、うん、そう、当然なの、として、だからって私が、その、一度も経験がないって決めつけるのはおかしくない?そうでしょ?
「あなたが紳士的だったのは当然として、私の経験の有無とは結びつかないと思うわ」
そうよ、私だってもう、立派に一人前の女性なんですからね。榛瑠がいない間なにもなかったって決めつけるのはいただけないわ。……真実はともかく。
「ああ、そうですか、そうですね、へえ」
「へえってなによ」
なにかバカにされてる気がするんですけど。
「いや別に。お嬢様ももう、大人でいらっしゃいますし、一人の女性の私生活をどうこうはいいませんが」
「当然です。私にもあなたのいなかった時間がきちんと流れているんですからね」
「確かに。それに、例えそれが妻になる人だったとしても過去の詮索はしませんよ。処女だろうがなかろうがどちらでも」
「……気にならないんだ」
なんか、ちょっと意外、な気がするのはなんでだろう。
「なりませんね、せいぜい扱いが変わる程度かな」
「扱い?なにそれ?違うもの?」
「違うでしょう、それこそ、当然。大人の女性相手なら、いろいろと」
そう言って榛瑠が近寄ってきた。あれ、なんか……。
思わず身を引く。彼は容赦なく迫ってきて気がついたらソファの上に押し倒されているような形になっていた。
「え、ちょっと、やだ、だめ、うわっ」
もう、耐えられない!私はぎゅっと目をつぶって手で顔を覆った。その手にそっと榛瑠の唇が触れたのがわかった。ふっと、気配が軽くなる。
「冗談ですよ、あなたがつまらないこと言うから。はい、起きる」
そう言って、私を引っ張り起こした。
「だって……。……ごめんなさい……」
確かに、恥ずかしいと言うか、つまらない意地をはったなと思った。でもなんだか悔しくて。
下を向いている私を榛瑠が抱き寄せた。彼の腕の中に包まれる。
「こちらこそすみません。少しからかいすぎましたね。大丈夫ですよ、あなたが心配しなくてはならないような事は何もないです」
そう言って、私の頭を優しく撫でた。
ほっとして、嬉しかった。
応援ありがとうございます!
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