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10. 令嬢の憂鬱 ④
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「えーと、さっきも言ったけど、私、なんともないよ?ちょっと苦しかったぐらいで。もう平気だし。優先順位っていう事は他にもなにかあったんじゃないの?そっちはいいの?」
「まったく問題ありません。終わりました。ただ、そちらを後回しにしなかったので、あなたの件で後手に回ったんです」
「なにがあったの?」
「ああ、金曜日の夕方、バングラの工場でロットごと間違えたと連絡が入って」
……。
「なんなの!そっち優先で当たり前でしょう!大体、私は元々は同僚とご飯に行くってだけの事だったのよ!」
あんなことになるなんて、わかるわけないじゃない!
「あなたのその甘さはよくわかっているのに、この結果だから自己嫌悪なんでしょう」
「だとして、それって私が怒られるならまだしも。実際、あなた、朝は怒ってなかった?嫌だったけど、ここで落ち込まれるより正しくない?」
「あれは、半分八つ当たりです、すみません」
「え、じゃあ、さっきまでのご褒美がどうのってのは……」
「それは、だから、面白かったから」
……わからん。彼のメンタルがさっぱりわからない。
「……ここって、私、怒ってもいいところ?」
榛瑠はちょっと笑うと言った。
「あとは、まあ、少しばかり慰めて欲しかったんです。多分ね」
その言葉を聞いて、自分の顔が赤くなるのがわかった。私が恥ずかしがる事じゃないけど。でも、榛瑠が?私に?慰めて欲しい??そんなの考えたこともない。
「仕事における挽回のチャンスは作れるものですし、なくったってなんて事はない。でも、あなたに何かあったらそうはいかないでしょう?実際運が良かったんです。サトの店が近くて、すぐに行ってもらえたから。でなければどこかに連れ込まれてました。そうなっても見つけられたとは思いますが、そんな危ない橋渡った時点で失敗ですから」
榛瑠が淡々と言う。
「私のこと大事にしてくれて嬉しいけど……」
でも、そこまで気にしなくても。結果として大事に至らなかったのだし。
「あなたは楽観的すぎるし、自分のことを低く考えすぎです」
「いや、うん、自分に商品価値がある事はわかってるつもりだけどね」
舘野内家の一人娘だもん。
「馬鹿か、あんたは」
はい?
「なによ、いきなり!」
「そこじゃないだろう、誰が商品の話をしている」
びっくりした。落ち着いてはいたが声は怖かった。榛瑠は眉間に皺を寄せている。今日はなんだか知らない顔をたくさん見るなあ。
そんな事考えながらちょっと泣けてきた。なんでこの人、こんなに何でもできるくせに、私のことで怒ったり、ましてや落ち込んだりしてくれるのだろう。
もう、やだ。全然なに考えてるかわからないのに。基本、意地悪なのに。
すごく、優しい。
でもね、だからこそ思うんだよ。
「うん、ごめん。ありがとう。でもね、あのね、榛瑠だってそんなに完璧でなくていいと思うよ。私だってもう大人なんだから。あなたにいつまでも保護して貰いたい訳じゃないし、榛瑠が一人で責任感じなくてもいいよ。だって私の事なんだもん、私のせいだよ。そこであなたが苦しむのは間違ってる」
榛瑠が私を見た。綺麗な金色の目。と、その目が緩む。
優しい顔だった。
息が止まるかっていうぐらい優しい顔をして、彼は私に優しくキスをした。
榛瑠の唇が離れる。そして、私の頬にそっと触れると言った。
「頑張ったんですね」
「え?」
「俺がいない間、ちゃんと一人で頑張ったんだなって思って」
私は驚いて金色の目を見返した。なんでそんな事、ここでさらっと言っちゃうかな?
いなかった9年の思いが脳裡をかすめる。それは笑おうと努力し続けた時間だった。
視界が緩むのを誤魔化すために下を向いた。
そんな私を榛瑠はそっと抱きしめてくれる。そして優しく頭を撫でてくれる。
ずっと昔、そうして慰めてくれたように。まるで、ずっとそうしてきたように。
……いつだって、榛瑠が本当は何を考えているかなんてわからない。わからないまま、いつも心を持っていかれるのだ。
聞いてみたい。聞いていい?
「ねえ、私のこと、好き?」
榛瑠が腕を解いてじっと私を見る。……早くして!自分の言葉に耐えられない。
「内緒です」
彼はにっこり笑って言った。
「ちょっと、なにそれ!」
この心臓音どうしてくれるのよ!
「当てたら教えてあげます」
「絶対?ほんとにその時は……」
って、あれ?
「……その時はもう、教えてもらう意味ないじゃない!当たってるんだから!」
榛瑠が声を出して笑った。からかってばっかり!
「じゃあ、聞きますけど、一花はどうなんですか?」
え、どうって。
顔が一気に熱くなる。
「……教えてあげない!当てたら教えてあげる」
では、それで、と榛瑠が涼しい表情で答える。
その顔を見ながら思う。
きっと全部バレてるのに。きっと私の気持ちなんてわかっているだろうに。
なんでなの?
もらえない言葉と注がれる笑顔の落差に胸が痛い。
泣きたくなる。泣いて困らせたらなんて言うんだろう。思いっきり泣いて困らせて、大好きって言ってやりたい。
いつかはそれを言うことができる日が、来る……かなあ。
「まったく問題ありません。終わりました。ただ、そちらを後回しにしなかったので、あなたの件で後手に回ったんです」
「なにがあったの?」
「ああ、金曜日の夕方、バングラの工場でロットごと間違えたと連絡が入って」
……。
「なんなの!そっち優先で当たり前でしょう!大体、私は元々は同僚とご飯に行くってだけの事だったのよ!」
あんなことになるなんて、わかるわけないじゃない!
「あなたのその甘さはよくわかっているのに、この結果だから自己嫌悪なんでしょう」
「だとして、それって私が怒られるならまだしも。実際、あなた、朝は怒ってなかった?嫌だったけど、ここで落ち込まれるより正しくない?」
「あれは、半分八つ当たりです、すみません」
「え、じゃあ、さっきまでのご褒美がどうのってのは……」
「それは、だから、面白かったから」
……わからん。彼のメンタルがさっぱりわからない。
「……ここって、私、怒ってもいいところ?」
榛瑠はちょっと笑うと言った。
「あとは、まあ、少しばかり慰めて欲しかったんです。多分ね」
その言葉を聞いて、自分の顔が赤くなるのがわかった。私が恥ずかしがる事じゃないけど。でも、榛瑠が?私に?慰めて欲しい??そんなの考えたこともない。
「仕事における挽回のチャンスは作れるものですし、なくったってなんて事はない。でも、あなたに何かあったらそうはいかないでしょう?実際運が良かったんです。サトの店が近くて、すぐに行ってもらえたから。でなければどこかに連れ込まれてました。そうなっても見つけられたとは思いますが、そんな危ない橋渡った時点で失敗ですから」
榛瑠が淡々と言う。
「私のこと大事にしてくれて嬉しいけど……」
でも、そこまで気にしなくても。結果として大事に至らなかったのだし。
「あなたは楽観的すぎるし、自分のことを低く考えすぎです」
「いや、うん、自分に商品価値がある事はわかってるつもりだけどね」
舘野内家の一人娘だもん。
「馬鹿か、あんたは」
はい?
「なによ、いきなり!」
「そこじゃないだろう、誰が商品の話をしている」
びっくりした。落ち着いてはいたが声は怖かった。榛瑠は眉間に皺を寄せている。今日はなんだか知らない顔をたくさん見るなあ。
そんな事考えながらちょっと泣けてきた。なんでこの人、こんなに何でもできるくせに、私のことで怒ったり、ましてや落ち込んだりしてくれるのだろう。
もう、やだ。全然なに考えてるかわからないのに。基本、意地悪なのに。
すごく、優しい。
でもね、だからこそ思うんだよ。
「うん、ごめん。ありがとう。でもね、あのね、榛瑠だってそんなに完璧でなくていいと思うよ。私だってもう大人なんだから。あなたにいつまでも保護して貰いたい訳じゃないし、榛瑠が一人で責任感じなくてもいいよ。だって私の事なんだもん、私のせいだよ。そこであなたが苦しむのは間違ってる」
榛瑠が私を見た。綺麗な金色の目。と、その目が緩む。
優しい顔だった。
息が止まるかっていうぐらい優しい顔をして、彼は私に優しくキスをした。
榛瑠の唇が離れる。そして、私の頬にそっと触れると言った。
「頑張ったんですね」
「え?」
「俺がいない間、ちゃんと一人で頑張ったんだなって思って」
私は驚いて金色の目を見返した。なんでそんな事、ここでさらっと言っちゃうかな?
いなかった9年の思いが脳裡をかすめる。それは笑おうと努力し続けた時間だった。
視界が緩むのを誤魔化すために下を向いた。
そんな私を榛瑠はそっと抱きしめてくれる。そして優しく頭を撫でてくれる。
ずっと昔、そうして慰めてくれたように。まるで、ずっとそうしてきたように。
……いつだって、榛瑠が本当は何を考えているかなんてわからない。わからないまま、いつも心を持っていかれるのだ。
聞いてみたい。聞いていい?
「ねえ、私のこと、好き?」
榛瑠が腕を解いてじっと私を見る。……早くして!自分の言葉に耐えられない。
「内緒です」
彼はにっこり笑って言った。
「ちょっと、なにそれ!」
この心臓音どうしてくれるのよ!
「当てたら教えてあげます」
「絶対?ほんとにその時は……」
って、あれ?
「……その時はもう、教えてもらう意味ないじゃない!当たってるんだから!」
榛瑠が声を出して笑った。からかってばっかり!
「じゃあ、聞きますけど、一花はどうなんですか?」
え、どうって。
顔が一気に熱くなる。
「……教えてあげない!当てたら教えてあげる」
では、それで、と榛瑠が涼しい表情で答える。
その顔を見ながら思う。
きっと全部バレてるのに。きっと私の気持ちなんてわかっているだろうに。
なんでなの?
もらえない言葉と注がれる笑顔の落差に胸が痛い。
泣きたくなる。泣いて困らせたらなんて言うんだろう。思いっきり泣いて困らせて、大好きって言ってやりたい。
いつかはそれを言うことができる日が、来る……かなあ。
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