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11. 続・令嬢の憂鬱 ①
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開けた週の始め、尾崎さんは出社しなかった。
葛城さんは来ていたけど、見事なくらいに私を無視した。
私も気にしないようにして、近寄らなかった。彼女がどこまで関わっていたのか、あるいはなかったのか、問い詰めようとは思わなかった。終わったことに振り回されたくない。
その後の話になるが、結局、尾崎さんは一ヶ月後に退社した。
溜まっていた有給を消化したらしく、ほとんど会社には来なかったらしいが、引き継ぎのために来る日を榛瑠が教えてくれて、そういった日は私はお弁当まで持参して、極力自分の部署の部屋から出ないようにした。
だから、一度も言葉を交わすことなく彼の姿は私の前から消えた。
佐藤さんの「なんか、急な話でさ、辞めるらしくて、あいつ。いつかは変な事言ってごめんね?」
と言う言葉になぜかホッとした。
それからしばらくして葛城さんは移動になり、その後辞めたらしい。それはもうすこし先の話だけど。
この件で、私の事が表に出た気配はなく、また、お父様から何か言ってくることもなかった。
榛瑠が全部自分のところで止めて処理したのだろう。
それも、詳しく聞かなかった。どうせ、教えてはくれないし、そういう事は聞かないようにしているから。
そんな日々の中、榛瑠の私に対する態度は相変わらずそっけなく、そして相変わらずやたらと仕事していて、私達の間に特に何の進展もなかった。
意外な一言を言ったのは鬼塚さんで、彼が唯一、「なんか、一花おかしくないか?緊張顔してなんだよ」って。
尾崎さんが出社予定の日だった。勘違いですよ、と笑いながら、鬼塚さんって本当に侮れない、と思った。
日々が過ぎて少し落ち着いたある日、お父様からいきなり食事のお誘いがあった。
「どうしたの?いきなり。お忙しいのに」
「つれないじゃないか、我が娘は」
高級ホテルのレストランから見える夜景は相変わらず綺麗で、食事に美味しさを加味する。父はニコニコしてなんだか楽しそうだった。
お父様と向き合うのは久しぶり。最近は全くというほど屋敷に戻ってこないし。
「お話があったのでしょう?何?」
まさかと思うけど、新しい縁談じゃないかと実はドキドキしていた。でも、榛瑠との話は一応継続中のはずだし。
「まあまあ。たまにはゆっくり食事でもしようと思っただけだよ。ここの料理好きだったろう?」
「うん……」
確かに美味しいけど……。まあいいか、久しぶりのお父様との時間を楽しもうっと。
「お、そうだ、忘れるところだった。来月の23日あけておきなさい」
「何かあるの?」
「群城グループの新社長の就任パーティーがある。一花も出席しなさい」
「群城?」
なんだっけ。
「知らないのか?前会長が亡くなって孫が後を継いだろう。ほら、お前たちと同じ学校だったはずだぞ。榛瑠の何期か上だったか」
あ、思い出した。
「群城先輩達だ、あ、そうなんだあ。確か榛瑠より二個上の生徒会のメンバーだよ。私は直接は知らないけど」
私はその頃まだ中等部だったもん。でも、群城家の双子は有名だった。二人ともそっくりなイケメンだったからなあ。
「それにしてもまだ若いのにね」
「他にいないからな、あそこは」
そうなんだ。後継かあ。我が家も他人事ではないけど。
「で、お前達はどうなっているんだ?」
はいっ?いきなりっ?
「な、何が?」
「お前と榛瑠だ、どうなっている?」
「どうって、どうも」
なんて説明すればいいのよ。それも父親相手に。
「そうか、一花はあいつと結婚する気は無いのか」
どうしよう、無いと言い切っていいものかな。でも……。
「考え中……」
ずっと拒んでいて調子がいいよね、私も。
いや、そんな事より、今って良いチャンスじゃない?
「あの、お父様、前から思っていたんだけど、榛瑠を直接後継者にしたらどうなの?私の夫とか言わず。彼は優秀だと思うよ」
「それは、もちろん優秀だ。だが、今の状態では無いな。最低限お前との結婚が大前提だ」
「なんで?私がいるせい?私はいいと思ってるよ」
わからない。こう言ってはなんだけど、そこらへんの御曹司よりよっぽどふさわしいと思うのに。
「お前の立場の問題もあるが、まず一義的に彼自身の問題だ」
「でも……」
「一花、お前の言いたいこともわかるが、榛瑠は自分のことをわかっているよ。賢い男だからね」
これ以上、口を出すなってことね。ああ、モヤモヤする。わっかんないし。
「でもそうか、一花は彼では駄目か」
「え、いや、そうじゃなくて、考え中だって言ったじゃない」
「そうだったな、でも思ったより慎重だね。よく知った男だろうに」
「まあ、知ってるぶん……」
我ながら歯切れが悪い。
「まあいい。どちらにしろ、もうすぐ三ヶ月だな。そろそろ答えを出すだろう、あいつも」
「……そういうものかしら?」
「なんだ、聞いてないのか」
なんのこと?
「彼にこの話を振った時に言ってあるんだ。三ヶ月だけ待つ、と。そろそろだろう?」
え?なに?聞いてない!タイムリミットがあるの?
「え、でも、なに?私の選択権は?」
「もちろん一花が選べばいい。だが、期限内に望ましい答えに行き着く手腕も必要だからね」
私は取引材料か!
「まあ、そんな顔するな。最終判断は君が下せばいいだけのことだ」
絶対お父様、仕事とごっちゃになってる。恋の話なのよ、私にとっては!そう簡単に割り切らないで!
お父様は笑うと、もうその話には触れなかった。
私はとにかく腹が立ったので、ワインをガブガブ飲んで気を晴らした。
葛城さんは来ていたけど、見事なくらいに私を無視した。
私も気にしないようにして、近寄らなかった。彼女がどこまで関わっていたのか、あるいはなかったのか、問い詰めようとは思わなかった。終わったことに振り回されたくない。
その後の話になるが、結局、尾崎さんは一ヶ月後に退社した。
溜まっていた有給を消化したらしく、ほとんど会社には来なかったらしいが、引き継ぎのために来る日を榛瑠が教えてくれて、そういった日は私はお弁当まで持参して、極力自分の部署の部屋から出ないようにした。
だから、一度も言葉を交わすことなく彼の姿は私の前から消えた。
佐藤さんの「なんか、急な話でさ、辞めるらしくて、あいつ。いつかは変な事言ってごめんね?」
と言う言葉になぜかホッとした。
それからしばらくして葛城さんは移動になり、その後辞めたらしい。それはもうすこし先の話だけど。
この件で、私の事が表に出た気配はなく、また、お父様から何か言ってくることもなかった。
榛瑠が全部自分のところで止めて処理したのだろう。
それも、詳しく聞かなかった。どうせ、教えてはくれないし、そういう事は聞かないようにしているから。
そんな日々の中、榛瑠の私に対する態度は相変わらずそっけなく、そして相変わらずやたらと仕事していて、私達の間に特に何の進展もなかった。
意外な一言を言ったのは鬼塚さんで、彼が唯一、「なんか、一花おかしくないか?緊張顔してなんだよ」って。
尾崎さんが出社予定の日だった。勘違いですよ、と笑いながら、鬼塚さんって本当に侮れない、と思った。
日々が過ぎて少し落ち着いたある日、お父様からいきなり食事のお誘いがあった。
「どうしたの?いきなり。お忙しいのに」
「つれないじゃないか、我が娘は」
高級ホテルのレストランから見える夜景は相変わらず綺麗で、食事に美味しさを加味する。父はニコニコしてなんだか楽しそうだった。
お父様と向き合うのは久しぶり。最近は全くというほど屋敷に戻ってこないし。
「お話があったのでしょう?何?」
まさかと思うけど、新しい縁談じゃないかと実はドキドキしていた。でも、榛瑠との話は一応継続中のはずだし。
「まあまあ。たまにはゆっくり食事でもしようと思っただけだよ。ここの料理好きだったろう?」
「うん……」
確かに美味しいけど……。まあいいか、久しぶりのお父様との時間を楽しもうっと。
「お、そうだ、忘れるところだった。来月の23日あけておきなさい」
「何かあるの?」
「群城グループの新社長の就任パーティーがある。一花も出席しなさい」
「群城?」
なんだっけ。
「知らないのか?前会長が亡くなって孫が後を継いだろう。ほら、お前たちと同じ学校だったはずだぞ。榛瑠の何期か上だったか」
あ、思い出した。
「群城先輩達だ、あ、そうなんだあ。確か榛瑠より二個上の生徒会のメンバーだよ。私は直接は知らないけど」
私はその頃まだ中等部だったもん。でも、群城家の双子は有名だった。二人ともそっくりなイケメンだったからなあ。
「それにしてもまだ若いのにね」
「他にいないからな、あそこは」
そうなんだ。後継かあ。我が家も他人事ではないけど。
「で、お前達はどうなっているんだ?」
はいっ?いきなりっ?
「な、何が?」
「お前と榛瑠だ、どうなっている?」
「どうって、どうも」
なんて説明すればいいのよ。それも父親相手に。
「そうか、一花はあいつと結婚する気は無いのか」
どうしよう、無いと言い切っていいものかな。でも……。
「考え中……」
ずっと拒んでいて調子がいいよね、私も。
いや、そんな事より、今って良いチャンスじゃない?
「あの、お父様、前から思っていたんだけど、榛瑠を直接後継者にしたらどうなの?私の夫とか言わず。彼は優秀だと思うよ」
「それは、もちろん優秀だ。だが、今の状態では無いな。最低限お前との結婚が大前提だ」
「なんで?私がいるせい?私はいいと思ってるよ」
わからない。こう言ってはなんだけど、そこらへんの御曹司よりよっぽどふさわしいと思うのに。
「お前の立場の問題もあるが、まず一義的に彼自身の問題だ」
「でも……」
「一花、お前の言いたいこともわかるが、榛瑠は自分のことをわかっているよ。賢い男だからね」
これ以上、口を出すなってことね。ああ、モヤモヤする。わっかんないし。
「でもそうか、一花は彼では駄目か」
「え、いや、そうじゃなくて、考え中だって言ったじゃない」
「そうだったな、でも思ったより慎重だね。よく知った男だろうに」
「まあ、知ってるぶん……」
我ながら歯切れが悪い。
「まあいい。どちらにしろ、もうすぐ三ヶ月だな。そろそろ答えを出すだろう、あいつも」
「……そういうものかしら?」
「なんだ、聞いてないのか」
なんのこと?
「彼にこの話を振った時に言ってあるんだ。三ヶ月だけ待つ、と。そろそろだろう?」
え?なに?聞いてない!タイムリミットがあるの?
「え、でも、なに?私の選択権は?」
「もちろん一花が選べばいい。だが、期限内に望ましい答えに行き着く手腕も必要だからね」
私は取引材料か!
「まあ、そんな顔するな。最終判断は君が下せばいいだけのことだ」
絶対お父様、仕事とごっちゃになってる。恋の話なのよ、私にとっては!そう簡単に割り切らないで!
お父様は笑うと、もうその話には触れなかった。
私はとにかく腹が立ったので、ワインをガブガブ飲んで気を晴らした。
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