転生令嬢、死す。

ぽんぽこ狸

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 呼吸を始めてしまえばあと早い。酸素が頭に巡って、瞬きをして凝り固まった体を動かすと、すぐにファニーはぐっとオズワルドの方に乗り出して、心の中の言葉を口に出す。

「ななっ、なんっ、で??!!どゆこと!?!?」

 慌てるファニーは、オズワルドの後ろで未だ硬直している彼らを見る。彼らもファニーが仮死状態だと知っていたというのはどういう事だろう。

 確かに、始めは驚いても、ありえない事態にすぐにドッキリだと気がつくだろうとファニーは思っていたが、まさかこんな風に全員が気がついていて、驚く様子もなくオズワルドに言われるとはまったく考えていなかった。

 ……そ、そうだそれに!!浮気とか、なりすましとか、ベアちゃんの告白とか、カティ君のクズっぷりとか!!そういうの全部、今まで私が死んだって思ったから、露見した事実のはず!!それなのに、知ってるわけない。知ってたら……こんなことには。

 そこまで来て、ファニーはある一つの可能性にたどり着いた。

 だって本来なら、ファニーはオズワルドとは逆の立場のはずだ。彼に、彼らに、パンパカパーン!!生きてました!!どっきり大・成・功!っと言って驚かせるのはファニーのはずだった。

「逆ドッキリ、大、成功?仕掛けてほしかったんだよね?」

 少しぎこちなくオズワルドがそういって、あっと思いだす。

 ファニーはよく会いに来る彼に、割としょっちゅう言っていたのだ。理想の相手を聞かれた時にも、どんな人を好きになるのか聞かれた時にも、ファニーに驚かされて楽しんでくれることはもちろん、逆ドッキリを仕掛けてくれるような、楽しい人がいい!なんて言っていた。

 ……た、たた、たしかに言ったけど!!

「そ、りゃ、言ったけど、どうやって……」
「シャーリーの協力があったから、ファニちゃんのノート勝手に見させてもらったよ」
「え、ええ?」

 それはいただけない事実だ、一瞬、怒ろうかとも思ったけれども、今更ながらドッキリの内容も不謹慎だったかもしれないし、人をだまそうとしてたのだから、そのぐらいは文句が言えないかもしれないと思い直す。

 しかし、ファニーにはオズワルドがそう言ってもどうしても信じられないのだ。だって皆すごく品の良い貴族であり、滅多なことがない限り怒ったり取り乱したり取っ組み合いの喧嘩なんてしないはずだ。

 それなのに、今だって頭を爆発したみたいにさせてまで、ファニーに逆ドッキリをするために協力してくれていたなんて、信じられないというか、それが出来るのだとしたら、皆でフラッシュモブを踊りたいぐらいであるが、そのぐらい彼ららしからぬ行動なのだ。

「ファニちゃんにはいつも驚かされてばっかりだから、今回の身内の婚約パーティーぐらいは、僕らから、ファニちゃんを驚かそうって話になったんだ」
「……で、でもす、凄い、リアリティがあったよ!!それにあんなに揉み合ったりして、皆、貴族なのに!!」
「うん。沢山練習したから」
「じゃ、じゃあ、全部嘘って事?」
「そう、嘘」
「じゃあ、シナリオ考えた人とかいるってこと??」
「僕」
「カティ君あんな役回り、よくやるって言ったよね?!」
「ファニちゃんが喜ぶって思ったんじゃない?」

 ファニーが矢継ぎ早にどこかおかしなところがないか質問していくが、どれもこれも、ここが矛盾していると言えないような状況なのだ。

 というか、ファニーが頭の中で勝手に補正していた事実の方が矛盾というか、ありえない事なのだ。

 だってファニーは死んでない、あんな風に罪を認めたりしたベアトリクスだったが、そんな殺人は端から起こっていなかった。ファニーは勝手に死んだし、ベアトリクスの毒を受けてなどいない。

 そのことを何らかの理由で偶然、たまたま、ファニーが仮死ドッキリを仕掛けようとしタイミングで、ベアトリクスが毒を仕込んできて、その毒を受けたみたいに見えるタイミングでたまたま、ファニーがドッキリを始めてしまったのだと、考えていた。

 しかし、そんな確率は本来は、ごくごく小さな確率なのだ。それすらファニーがあり得るのかもしれないと思い込んだ理由は、皆の素晴らしい演技とリアリティのせいでそんな風に納得していた。

「そんなに、本当に見えたんなら皆も喜んでるよ。でもそんなに信じられないなら、聞いてみる?」

 そういってオズワルドは、呆けた状態で、ファニーを凝視している彼らに向き直って「全部嘘、そうだね?」と問いかけた。いの一番に首を縦に振ったのはカーティスだった。彼もあんなクズ野郎が自分の本性だと思われるのは、困るらしい。

 それを皮切りに、皆が一様に頷いた。

 彼らがそういうのなら、そうだと認めなければならないだろう。それに再三の確認だがファニーは死んでない、初めから殺人事件など起きていないのだから犯人がいるわけもないし、犯人が出てくるまでの推理なども本来ありえなかった嘘のものなのだ。

 ……そんなの……。

 なんだかファニーは今までのドキドキする気持ちと、自分が逆に騙されていたという驚きが重なって驚いたまま、皆と同じように固まった。しかし、どう受け取ったらいいのか。

 ……そんなのって……。

 そんなことは決まっている、ファニーは愉快なことと刺激とドッキリとサプライズが大好きなのだ。ここまでしてファニーを楽しませてくれた、彼ら。

 ファニーの婚約者と兄妹と親友に最大の感謝とお礼をしなければ。

 ……そんなのって最高!!!!

「う、嬉しい!!!」
「そう言うと思った」

 予測していたようにそう言う今回の逆ドッキリのリーダーであろうオズワルドに、親愛のキスぐらいはしてやりたくなったけれども、それは貴族的に駄目なので、とりあえずは身内にハグをしようとファニーは椅子から勢い良く立ち上がった。

 がしかし、思い切りオズワルドに肩を押さえられてファニーはその力の強さに少しびっくりしつつ、自分を押さえつけた彼を見上げた。同じ歳のくせに彼はファニーよりも身長が高く、軽く目線を上げて見上げる。

「その前に、身だしなみを整えてきた方がいいよ?」

 オズワルドの目線は下へと向けられ、ファニーも同じように下に目線を向ける。そうすると血のりまみれのドレスが視界に入った。しかしそれでもファニーは興奮冷めやらぬとばかりに言う。

「で、でも今の気持ちを素直に伝えたいんだよね!」

 鼻息荒く、そう言うファニーの肩をオズワルドは再度ぐっと強く握ってから、少しだけ威圧的に彼女に「お風呂に入ってきたら?」と同じような内容の事を言って、シャーリーにも視線を向けた。

「主様、ここはオズワルド様に従ってくださいませ。血まみれでは皆さまも対応に困るはずです。ささ、どうぞ、すでに入浴の準備は済ませておりますゆえ」

 シャーリーに手を引かれて、にっこりとほほ笑まれる。この笑顔はファニーがわがままを言った時に発動する、有無を言わせないという固い決意の表れだ。そんなシャーリーの顔を見てファニーだってこれ以上困らせてはいけないかと思い直して「う、うん」と眉を困らせながら言うのだった。

「ファニちゃん、ゆっくりしてきていいからね」
「す、すぐ戻ってくるよう」

 心残りたっぷりにそう答えて、それから背後にいる彼らにも視線を向けるけれども誰も、ファニーと目を合わせる人はいなかった。

 ……きっと、役に入り込んでたから、今頃恥ずかしくなってるんだ!

「皆も、ありがとねぇ~!行ってくる」

 ファニーは最後にそう言って温室の扉からシャーリーと出ていくのだった。

 こんなに刺激的で楽しくて、幸せなパーティーは初めてだった。きっとこれからの生活も同じように楽しく愉快であるだろう。何故かそんな、確固たる自信をもってホカホカのお風呂に入るのだった。

 またこのメンツでパーティーを開こう、今度はもっと素敵なドッキリを用意して。

 ファニーはそう安直に考えたけれども、その計画はもう二度と実行されることは無かった。

 そしてこの日を起点にファニーの身の回りには様々な出来事が起きた。

 ファニーもベアトリクスも婚約を破棄されて、縁談のすべてが白紙に戻った。それからカーティスともベアトリクスとも一切会っていない。

 それに、兄妹にも無視されるようになって、家の居心地が悪くなった。けれどもそんな日々も一ヶ月と続かずにファニーは新しい嫁ぎ先に厄介払いのように嫁がされた。

 それはまさしく、昔馴染みのオズワルドの元であり、ベレスフォード公爵家爵位継承者オズワルドの正妻という立場だった。

 何がどうなってこうなったのかファニーにはまったくわからない。けれどもいきなり身近な人が急に離れていって自信を失くしていたファニーの事をオズワルドは献身的に支えたし、メイドのシャーリーもついてきて、オズワルドの母親である義母もとても良くしてくれてファニーはまた楽しい生活を手に入れた。

 とても重要な事実を見逃しているのかもしれない、ファニーだってそう思った。しかしながらファニーの頭の中にはドッキリとサプライズと愉快なことしかないので、なにがその重要な事実だったかはわからない。けれども世の中には、知る必要のないことだってある。

 だからいつもの通りに楽し気なことばかり考えて、好きなことに時間を使って転生生活を続けていくのだった。



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