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体に宿った宿命……。6
しおりを挟む「力は貸す、多分これは私が捕まった落ち度があるから、そこは約束できる。けど私は、全部放り出す事はできなくってっさ。それに二人が自分の為だけに、私を騙したわけじゃ無いみたいで安心したよ」
「…………そうだよね、クリスともう沢山話したんだよね。私達がこれ以上何か言っても……意味無いよね……ごめんねクレア」
「…………本当に乱暴をしてごめんさない」
「いいよ……私も迂闊だったし」
私がそういうと、二人は仕方ないねと納得して、それからふとクリスティアンを見る。彼はやっと自分のターンが回ってきたとばかりに微笑んで、それから私の方を見る。
「では、君の魔法について、どこまで力を貸してくれるのか、話を詰めようかな」
それから、魔法の事、出来ること、多分来年は協力出来ないということを伝える。さすがにそこまで私の立場が安定せず、固有魔法を公にしないという事は無いはずなので、それまで彼のバッチ取得までの大きなイベントで、という話に落ち着く。
話をしていて思ったのだが、今更ながら彼は割と話しやすい。距離さえ取っていれば、それほど気負う相手ではなかった。
「これで遅れを取り戻す余裕が出来たねぇ、本当に君には感謝するよ……クレア」
「私達からも……無理やり、約束させるような形になってごめんなさいでも……やっぱりありがとう」
「クレアからすると複雑な気持ちかもしれないけれど……これでサディアス様も落ち着けて良かった。やっといつものクラスに戻れそうね、ミア」
「うん、あなた達のチームがギスギスしているとどうしても、ピリピリしちゃうからね、アイリ」
…………?なんで……サディアス?
脈絡の分からない言葉に、私はミアとアイリを眺める。彼女たちも、自分たちが変なことを言ったとは思って居ないようで、私と同じように首を傾げる。
「なんで……サディアスが落ち着けるの?」
私が聞くと、クリスティアンがなんて事のないように答える。
「どうしてもなにも、今は私が彼を庇護しているからねぇ、おのずと私の力があれば、彼は家の心配をしなくて済む。君を引き渡すしか貴族内の力関係を変えるすべはなかったが、君の力のお陰で、私は魔法使いへの道を諦めずに済んでいる」
「そうすると……えっと、今回の事ってサディアスも絡んでいるの?」
「いいや、あとから話をしておくよ」
「あぁ、そう」
驚いた。というか、それなら話はだいぶ簡単ではなかっただろうか。それにサディアスの助けになるのなら、クリスティアンには私はいくらでも力を貸すしなんなら、彼を守ってくれるクリスティアンに好感すら覚える。
サディアスの事も加味して、私をさらった二人にもナイスプレーだ。私は手のひらをクルクル返して、良かったなぁと思う。
けれどクリスティアンは少し表情を曇らせる。
「ただねぇ、元々は君の過失ではあると思うんだが、サディアスは少し、無理をしすぎていると思うよ」
「ああ、うん、そうだね。……もう少し頼ってくれてもいいんだけど……辛いのなら話も聞くし、無理しないで欲しいな」
「……どうして、君がそれを言うのかな?」
彼は、ニコリともせずに私を見てそう言う。
そんなことを言われる事を私は何かしてしまったのだろうか、分からなくて、クリスティアンに首を傾げてみせると彼は、薄ら笑を浮かべて言う。
「君がサディアスをああしたんだろう……今更、無理をするななどと……悪い冗談だなぁ」
「……冗談じゃないけど」
私が真顔で返すと彼は、珍しく表情を強ばらせる。
「彼女の出身地として、責任を取らされたサディアスの父の死を、間が悪く、立ち会ってしまった幼い彼に対して、君がした事だ。あれが彼を歪ませているんだよ……わかっているだろう?」
彼女の出身地?とはララの事だろう……サディアスのお父さんは……責任を“取らされた”??
「私は昔からサディアスを知っている、彼は幼いころから他人の世話好きな良い奴だよ、それを君が……サディアスの人格を……めちゃくちゃにしたんだ」
恨みとも取れるその声に、少し身震いする。果たして私は何をしたというのだろう。息を飲む。それから、やめとけと思う心とは裏腹に、口走る。
「私、何したの?」
「……」
クリスティアンは強くテーブルを叩く、バンッッと音がして、彼の気迫に私は、呼吸もできずにただ見つめた。
普段の優しげな彼とは打って変わって、低く地を這うような声で言う。
「お前のせいだと言った。責任を果たせとも」
「……」
「それから君は、足繁く彼の所へと通った。君はまさか、彼を立ち直らせてやったと本気で思っているのかなぁ……私は少なからず、サディアスは君を恨んでいたと思っているよ」
言われて見れば……サディアスは最初からおかしかった。初期の怯えようは確かに、異常だった。
「私は、サディアスの邪魔はしないさ。今でも君が、あの時と変わっていないのなら、君は一度でも二度でも、彼と同じことをされてみればいいなと私は思うなぁ」
明らかな嫌悪、確かにそれは、それほどのことだろう。というかそれを今まで、まったく忘れて、接してくれようとしていてくれた事もクリスティアンは心底優しさに溢れた人なのだなと思う。
そんな人にここまで言われるほど、クラリスいや、クリスティアンから見れば、私が、サディアスを傷つけたのだろう。
「……気分が悪い、帰って結構だよ」
「……わかった」
ふと、クリスティアンは私から目をそらす。怒りを堪えているという事はわかる。ソファを立って彼の部屋を出る。ものすごく重たい空気から抜け出して、私はまっくらな廊下で一息ついた。
既に、消灯時間をすぎていたのだろう。目は慣れていないし、灯りは一切ない。
……サディアスとクリスティアン……仲がいいとは思ってたけど、幼馴染みだったんだね。
そんな感想が思い浮かんだが、彼の冷たい目線にズキズキと心が痛い。今まで落ち着いていた恐怖が別の形になって私の心に現れる。
……クラリス……どうして……そんな事を……?
それに、じゃあ……サディアスがララを嫌いというより、それほど近い関係でサディアスのお父さんが殺されたとなると、嫌いどころじゃない。
……サディアスが、私とララが一緒にいることに、あんなに過剰に反応していた事も理解ができる。
体がカタカタと震えて、何故か涙が出てきそうだった。クリスティアンとの話し合いで決めたからには、私はこれから、何度か彼に魔法を使わなければならない。
上手くやれる気がしない。
でも私がクラリスじゃないと明かす事は、信じて貰えないだろうし、難しい事だ。現実的じゃない。
何はともあれ、話を聞けたのは良かったけれど、ダメージが酷い。
少し歩いて壁に手を添える。伝って自分の部屋まで戻らなければヴィンスが心配しているはずだ。
一歩進めば、ぽんと肩に触れられる。
体はビクッと反応して、驚きから勢いのまま振り返る。
「クレア」
そこに居たのは、ララだった。輪郭だけでも誰だかわかる。どうしたのだろうこんな所で、こんな時間に。
そんな疑問が浮かんでは、消える。
少し疲れているんだ、とにかく部屋に戻って休みたい。
「ララ……ごめんね」
やんわりと彼女の手を離して、一人で廊下を歩く。静かで、自分の心臓の音と呼吸の音以外聞こえない暗闇の中、ゆっくりと部屋まで戻った。
扉を開けると部屋の灯りは付いていて、眩しさから目を細める。ガタッと音を立てて、テーブルに座ったまま眠っていたヴィンスは立ち上がった。
「…………ただいま」
自分が今どんな顔をしているのか正直分からない。でも、声は少し震えていて、少なからずヴィンスは、私の心情を理解したように思う。
彼は駆けてきて、ゆっくり私を抱きしめた。
「おかえりなさいませ…………クレア」
見知った温もりに、何だか沢山堪えていた感情が波打って決壊していく。
……私はどうするべきなの。サディアスは私をどう思っている?そもそも、この問題以前に、私はそのうち死ぬという危険だって消えてなくなっているというわけじゃない。
そちらを選ぶんだなと、ララを選んだと、あの時、稽古室でサディアスは言った。ああ、でも、それなら、私を彼がまったく嫌いになったのなら、私がクリスティアンにしっかりと協力することによって、私は彼を手助け出来る。
そもそも、彼のトラウマの根源になっているかもしれない非道を働いたのだって、私じゃなくても私なんだ。この体に宿っている宿命のようなものから、私は完全に逃れる事が出来ない。
ならばせめて、私は私が望むようにするのが一番だ。私はサディアスに沢山助けて貰った。それに大切だ。
だから…………サディアスからもクリスティアンからも、ああいう冷たい目線を向けられても……。
暗い方へ、暗い方へと進んでいる気がする。不安が頭を支配して、どうしようもない。そんな思考を押し流すように、ヴィンスをめいっぱい抱きしめる。
泣かないようにだけ注意して、私は感情を飲み込んだ。私は大人だ。きちんと大人だ。だから、大丈夫。
……大丈夫にならなければ。
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