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5,待機中の訪問者たち

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 アシュタハとダイデンは引き離された。

 アシュタハは魔力を枯渇させる為、一週間、懲罰房の中で『魔力珠』を作り続けた。
 魔力珠とは、持ち得る魔力を凝縮させると出来る、魔力の塊である。その形や色合いは個人によって異なるものであるが、アシュタハが握り拳をつくり手の平内に魔力を凝縮させれば、直系2センチ程の白金色の丸い珠が出来上がる。
 これを何度も、魔力が枯渇するまで繰り返し、出来る限り制作するのが罰だ。

 魔力枯渇は辛い状況である。誰だって強制的に発情したまま発散できないで悶々としていたくない。だから途中で誤魔化したり手加減してしまうのだけれど、そうやってちょっとでも気を抜くと、見張り役の魔術師が手抜きの気配を察知し、即、魔法を飛ばす。
 その魔法は物質的に水なので、発情して火照った体には丁度良く、冷やしてもらえたのだけが救いだった。
 案外その辺を考慮しての水責めだったのかもしれない。
 でも濡れてしまってしばらく経つと寒くなる。だから魔力をたくさん使って発情する。発情すれば熱情を帯びて全身が温かい。興奮しちゃうけど。

 昼夜問わず、熱い寒いの繰り返し。かなり苦しい状況だが、ヘタレのアシュタハにしては泣き言も無く、我慢していた。
 この懲罰を乗り越えたらダイデンに、むちゃくちゃ抱いてもうらうという欲望に縋って。



 一方のダイデンは、アシュタハの屋敷に戻され、一室に閉じ込められた。
 ご丁寧にも、ダイデンを守る『守護魔法』を後から来た魔術師が掛けて行ってくれた。
 他にも部屋や屋敷を囲うように何某かの魔法が重ねて掛けられたようだが、魔法に詳しくないダイデンには分からなかった。

 衣食住の不自由はないが、ほぼ軟禁状態である。
 その上、アシュタハとも会えなくて、寂しかった。

 包茎の呪いも不能の呪いも解かれて、これまでの禁欲的生活態度の咎も外されているダイデン。
 はっきり言ってヤりたい。ヤりたいしか頭に無かった。ヤりたい盛りの付いた猿状態で、一週間の軟禁生活。
 ある意味、「アシュタハと同等の懲罰を」と願ったことが叶えられていた。
 ダイデンを守ろうとしてくれた魔術師団長リーレイの、ある種の皮肉ジョークなのではないかと、邪推する日々だ。

 アシュタハに思いを馳せたり、性欲に支配されそうになったり過ごす内の何日目だったか、騎士団長がダイデンの元を訪れた。

「よお、生きてたってなあ、ライデン・ラルコンスィ」

 気安く声を掛けてくる筋肉達磨は、騎士団長エタン・オルフェだ。
 戦犯で失った前騎士団長の後を継いだ、現騎士団の団長である。

 ダイデンとの挨拶もそこそこに、エタン騎士団長は疲れた様子で猫足椅子に座る。
 実はこの部屋、無駄にゴージャスで家具も豪華。巨大な花瓶にはわんさか花が茂り、壁紙は花柄ストライプ模様だし、ルームランプまでコケティッシュで、出窓だってあるのだ。
 まるで深層のお姫様が住む部屋のようだった。
 実際に住んでいるのは、むさいおっさん元包茎奴隷なのに。

 それはさておき、騎士団長である。
 前団長は上司で、敬意を持って接していたダイデンであるが、現団長エタンとは同期で気安い間柄だった。

「随分と疲れているようだな、エタン」

 と、慰めの言葉と共にティーぐらい出した。
 これまた花柄模様の洒落たティーセットで淹れた茶である。
 軟禁状態のくせに至れり尽くせりなアシュタハ邸での暮らしだが、茶ぐらい自分で淹れたいと、部屋の片隅にティーアーンや茶葉を常備してもらっていた。
 おかげで、直ぐに茶が飲める。
 性欲を持て余し気味で、口も渇く日々の、ちょっとした潤いだ。

「慣れない仕事が多くてね。なのに、が更に仕事を増やしてくれて、ここ数日は寝ていない」

 誰かさんという言葉を強調しつつ、ダイデンをチラ見してくるのは嫌味なのか。嫌味なのだろう。

「悪いな。俺のために頑張ってるやつがいるのが快感で」

 と、こちらも嫌味で返したら、エタン団長の目が据わった。

「嫌だねこのサディスト野郎、発情してんのかよ。あれだろ、お前が狙ってるのって、あの魔術師の、可愛い子猫ちゃんだろ」

 確実にアシュタハのことを知っている口ぶりだった。
 もしかしたら今日も、その用事で会いに来たのかもしれないと、ダイデンは当たりを付ける。
 しかしエタンが猫ちゃんとか言うの気持ち悪いな。
 猫ちゃんというのは、寝る時に受けになる子――寝子からきた隠語だ。
 思わず眉を顰めたダイデンに、エタン団長はニタァと意地の悪い笑みを浮かべた。

「猫ちゃんは健気にも魔力枯渇の刑に耐えてるってよ。魔術師にとったら魔力枯渇なんて苦しい拷問だろ。つーか苦悶だな、ありゃ。悶えて求めて、そりゃあヤバイ色気を発してるとか。そんなご馳走を見せつけられて、監視役の理性は保てるのかねえ」

 ダイデンを煽った発言だが、当のダイデンは眉を益々に顰めただけで、何も言い返さなかった。
 何も言い返して来ない反応を見て溜飲を下げたのか、エタン団長は茶を含みながら再度、口を出す。

「まあ、あの猫ちゃん、魔術師ん中でも毛変わりだ。騎士の連中から嫌われてもいる。発情して美味しそうだからって、誰も手は出すまいよ」

 今度は擁護の言葉だ。この男、何が言いたいのか……。
 ダイデンを煽って虐めたいのか、恋人は無事だよ守るよと味方になりたいのか、理解が追いつかない。
 そんな中でダイデンは疑問を持った。

「騎士から嫌われている、とは? ご主人様は、騎士たちに何かしたのか?」

 初耳だった。ダイデンが騎士だった頃、アシュタハはまだ魔術師団に入っていなかったからか、そんな噂があるとは知らなかった。

「何かしたっつーか、何もしてないのが好かれてないんじゃねえかな」
「はあ?」

 謎かけみたいなこと言ってないで早く事情を話せと、茶のお代わりを注いでやるダイデンは、エタンの言葉をよく聞こうと彼へとにじり寄りもした。

「近けーよ。傍に寄るなよ気持ち悪ぃ」
「お前が早く話さないからだろ」

 気安い間柄の二人だが、そこまでの仲ではなかった。
 エタンには妻子がいるし男色趣味もない。妻との馴れ初めは、当時バディを組んでいた妻(魔術師)に襲われたからだ。
 責任取って結婚した。どちらがとは言わない。

 エタンのようなパターンは多い。
 基本、騎士と魔術師はバディを組む。魔術師は魔力を失くす毎に発情する。そりゃあ身近にいる者で発散しようとするだろう。
 必然、相方の騎士を襲うのだ。性的に。

 しかし、そこを自制するのがアシュタハ・ナクトだった。
 アシュタハはバディ相手の騎士を絶対に襲わない。騎士の方がいくら、「辛いだろう、遠慮するな、慰めてやる」と誘っても決して頷かないと、エタンが説明する。

「騎士からしたら、目の前で発情されて、こっちだって煽られてんのに、頑なに拒否される状況だ。で、発情したまま別れて、アシュタハは大丈夫なのか変態に襲われてんじゃねえか、熱に犯され苦し紛れに自死でもしてんじゃねえかと心配していたら、数日後にはケロッと通常の状態に戻ってやがる。
 誰かに抜いてもらったのかと思うだろ?
 ところが、騎士の誰とも噂にならねえ。王城で働く誰ともだ。恋人がいる気配も無え。魔術師だったら無料で利用できる公娼を使った気配も無え。
 一時、性奴隷を購入したらしいが、奴隷は直ぐに解放されたっていう。
 こんな感じでずっと、これも違う、あれも違うって憶測ばかり立って、誰も真実に辿り着けず気味悪ぃから、一般の騎士連中からは忌避されてんのさ」

 エタンの話を聞いて、誰だそれはと思った。ダイデンの知るアシュタハではなかった。
 ダイデンが知っているアシュタハは、ビッチだ。エロ可愛いともいう。そんな摩訶不思議アンタッチャブル近づくな危険! なんていう魔術師じゃない。
 理解不能だから近づかないという騎士たちには同意できなかった。むしろダイデンからしたら、どこにも忌避要素がない。騎士の誘いを断る貞操観念の強い魔術師だと、逆に感じ入るくらいだ。

 では、あの日に見せた、あのエロ魔術師ビッチお兄さんな姿は、一体何だったのであろうか?
 それに、これまでのアシュタハは、体が熱くなった時、一体どこでどう発散していたのであろうか?

 疑問が尽きない。

 エタンは、この後も愚痴らしきものを吐いて、小一時間してから帰って行った。
 騎士団長とはストレスの溜まる職業なのだ。
 そういえばエタンのやつ頭頂部が前より薄くなっていた。少し同情する。



 エタンが帰った後は、軍務伯が訪ねて来た。

 軍務伯ノアハ・フォン・バッケル氏。
 戦中に参謀本部で手腕を発揮し、作戦参謀長を歴任して、戦後は騎士と魔術師を取りまとめる軍務伯にまでなった男だ。
 高貴な家の出らしく、育ちの良い品のある容姿をしているが、目つき鋭く、それを覆う銀縁眼鏡が常に光っており、近寄りがたい雰囲気を醸している。
 配下に懲罰委員を持つだけあって、ダイデンにとっては油断のならないやつというイメージだった。

「リーレイに先を越された……」

 もっとも、魔術師団長が先に根回ししたおかげで、アシュタハは巨塔の管轄で罰を受けているわけだが。
 それが気に食わなかったのか、わざわざダイデンのところまで足を運んでリーレイ団長のことを話すこの人と、どんな会話をすればいいのか皆目見当がつかないダイデンである。

「リーレイ団長はお元気ですか?」

 無難なことを聞いたつもりだったが、バッケル軍務伯にキッと睨まれた。
 殺気が走る。首筋がピリッとした。

「フン、首を掻っ切ってやろうかと思ったがな」

 思っただけで実行はしなかったらしい。だが首を狙ったのは間違いなく、ダイデンは今も首筋を撫でる違和感を、ずっと感じている。
 おそらく風の魔法だろう。

「気安くリーレイの名を口にするんじゃない。痴れ者めが」
「……善処します」

 何故か罵られたのだが。なんだろう。やきもちだろうか?
 気難しい人なんだな軍務伯は。

 この後も、リーレイ団長がああ言ったこう言ったという話を一方的にしてダイデンが適当に相槌を打っていたからか、「よろしい。人の話を聞ける奴は出世するぞ」と謎の名言を零し、そして彼は帰って行った。

 いったい何をしに来たのだろうか?

 ダイデンの首を狙ってわざわざ訪問したのなら、もっと殺気溢れて殺伐とした雰囲気になっていた筈だ。しかし、それは無かった。和やかとは言い難いが、ダイデンの淹れた茶を飲み、駄弁り、満足そうに帰って行ったのだから。

 一応、取ってつけたように上層部の要注意人物リストをくれたのだけれど、渡すだけなら部下にでも頼めばいいのに。
 益々に、バッケル軍務伯の行動の謎が深まるのだった。
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