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学園入寮編

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入学式までは届出なく外出出来るため、警備員に学生証だけ提示して門を出る。

櫂斗が車を呼んでくれていたようで、それに乗り込んで百貨店に移動し、足りないものを2人で話し合いながら選んでいった。
お金は全部櫂斗が出すと言ったが、それは嫌で後で合計して折半、という事で話がついた。説得するのに苦労したよ、もう。

時折休憩を挟みながら、とりあえず日用物品は揃えることができ一安心する。


「他に寄りたいところはある?」
「んー、本屋に寄りたい。」
「じゃあ行こうか。」
「うん。」
本屋に着くと、気分が高揚する。あ、新作がでてる。こっちも気になっていたやつだ。
物色し出すと周りが見えなくなるのが分かっている。櫂斗と本屋から出ない事を約束して別々に行動をする事になった。

気になるものを手に取っていたら、気付けば籠の中には20冊近く入っている。日本の小説は全然読んでいない為、今から開拓していくつもりだ。
会計に進むと、正面の出口の所で櫂斗が電話をしているのが見えた。少し困ってる?

「いや、泊まらないで帰るよ。次の日、先輩達も歓迎会してくれるって言ってるから。え?時間?夕方からだけど。
いやいや、ゆっくり休ませてやりたいんだ。えっちょっと!母さん!」
電話が切れた瞬間にはぁ~~っと深い溜め息をついている櫂斗に近づく。

「おまたせ。どうしたの?」
「シグ。まずい事になった。土曜日泊まりになるかもしれない。」
「カイのご実家に?別に御両親がいいなら構わないけれど。」
何が問題なのだろうか。

「時間がな…。学園から、実家まで車で3時間程かかる。翌日10時に出ても戻ってくるのは13時。休める時間が短いから心配なんだ。」
来栖邸は奥方が自然豊かな場所が好きな事が多く、本邸も市内から離れた郊外にある。
極力体力を温存しておいてほしい櫂斗からすると渋顔になるのだろう。

「大丈夫だよ。車の中で寝ててもいい?」
「ああ。大丈夫だ。悪いな…本当に。」
「心配してくれてありがとう。じゃあ、このままカイのお家に渡すもの買いに行ってもいい?」
「そんなのは必要ないぞ。」
「礼儀だから。何人で暮らされてるの?」
「あー、使用人含めなければ、祖父母と両親、弟の5人だな。とりあえず5人分あればいいよ。」
「わかった。羊羹とか好きかな~?」
「ああ。俺と父以外は基本甘い物は好きだ。父さんは酒好きだから、持っていくなら酒類が喜ばれるかも。」

「じゃあ、猫屋の羊羹と父さんが好きな日本酒にしようかな。」
どちらも近くに店があった為、寄ってもらって無事に購入する事ができた。

「もう買う物はないか?」
「うん。大丈夫。」
「じゃ、スーパーに寄ってから学園に戻ろう。」

気づけば18時半。半日は買い物を堪能した。
帰る時にはかなりの荷物になっていたが、今日運転をしてくれていた高橋さんも手伝ってくれ、寮の入り口まで運んでくれた。

「今日はありがとうございました。高橋さん。」
「いえ、また土曜日もお迎えに上がりますのでよろしくお願い致します。それでは、坊ちゃん、時雨様私はこれで失礼致します。」
「ああ、ありがとう。気をつけて。」

「お帰り。凄い荷物だな。手伝おうか?」
「修一先輩。すみません、入り口塞いじゃって。お願いしても良いですか?」
ちょうど部活から戻ってきたのか、ジャージ姿の修一先輩が後ろから現れた。

「ああ。」
ヒョイと荷物を持ちあげスタスタと歩いて行く。櫂斗も櫂斗でかなりの荷物を持っており,時雨の手には自分で購入した本しかない。

エレベーターには荷物がパンパンで乗れなかったので先に2人に上がってもらう。

「あれ、君どうしたの?ここ、番寮だよ?どうやって入ったのかな?」
エレベーター前で待っていると後ろからゾワッとする香りと低い声がする。
恐らく威嚇フェロモンが出ているのだろう。

「っ…ぁ、やめ…ヒュッ」
αの圧力に立っていられず、その場にヘナヘナと崩れ落ちる。上手く呼吸が出来ずにハクハクと首をおさえる。

「ちょっと、かっちゃん駄目じゃん!理由も聞かずに威圧するなんて!しまってしまって!」更にもう1人、おちゃらけた声がしてその人を止めてくれる。

「ああ、ごめんね?」
相手は警戒しながらもフェロモンをしまった。急に肺に空気が入り思わず咳き込む。

「ゲホッゲホッ…ハァッハァッゲホッハァッ」
何が起きたかわからない中呼吸を整えるが、必死に息を吸おうと思ってもどんどん苦しくなる一方だ。

蹲ったまま咳き込む時雨に相手も焦ったのか、おちゃらけた方が駆け寄ってきた。

「ごめんね~落ち着いて、吸って、吐いて…吸って…」
声をかけてくれるが、パニックになったまま中々呼吸が上手く戻らない。

視界がどんどん白くなっていく。

「あ~っもう、どーすんのさっ!」
向こうも状況に焦っていると、エレベーターのポーンという音が響いた。

上にいた2人がいくらたっても上がってこない時雨を心配して呼びにきたのだろう。

「シグ、どうし…っシグ!」
蹲る時雨を目にして櫂斗が駆け寄る。

「ゲホッヒュッハッゲホッハァッカッ…いゲホッ」
カイ、苦し…
フワッと紅茶の匂いと温かな温もりが体を包んだが、視界が暗くなっており、見えない。手が痺れてピリピリしてきた。

「シグ、ちょっと我慢な。」
耳元から櫂斗の声がして、口を塞がれる。

「ウッ…」
胸が一瞬つまった感じがして、カァッと熱くなる。

パッと離されたと思ったら更に声が上から降ってくる。
「吐いて、1.2.3.4.5.」
最初は乱れていたものの、背中を叩いてカウントを取り始め、「上手」「大丈夫」の声もあり、徐々に落ち着いてきた。

「かぃ……」
ヒックヒックと落ち着くと涙が出てくる。
「大丈夫だから。ほら、泣いたらまた苦しくなる。1人にしてごめんな。」

「月見里君っ、大丈夫ですか⁈」
修一先輩が呼んだらしく、白屋先生が飛んで入ってきた。
「過呼吸が起きたみたいです。落ち着きましたが、一応診察お願い出来ますか?」
「はい。部屋に案内してくれますか?」

「修一先輩、後で事情を聞くのでそこの2人お願いします。」
そう言い残し、時雨を抱き抱えてエレベーターを上がっていった。


Side修一

「はぁ~。で、何があった。克樹(かつき)、郁(いく)。お前達は明後日帰ってくる予定じゃなかったか?」
時雨君が全然上がってこない為、下に降りて様子をみると過呼吸を起こして蹲っていた。

呆然とする2年生の2人が側に立っていた訳だが、何をしたんだ。
2年になる山本克樹と、長谷川郁。番寮の3階に住んでいる。
普段は落ち着いた真面目と緩い性格なだけで、悪い奴らではない。警戒心が強いだけで。

「親戚が煩わしかったので、早く帰ってきたんですよ…そしたら、知らない人が寮に入っていたので、話しかけました…」
ブスッとした様子で克樹が話すが、それだけじゃなさそうだ。
「あいつらは新入生だ。昨日入寮してきたんだよ。ここのセキュリティの高さは知っているだろう。」

「…申し訳ありませんでした…。ちょっと威圧してしまいました…。」
「ごめんなさい。すぐに止めたは止めたんだけど、耐性が弱かったみたいであんな風にしてしまいました…」
侵入者ではないとわかり、反省した様子で謝る2人。

知らない奴がいたからといって、直ぐに威圧するのは良くない。

「時雨君…克樹が威圧した相手は身体が弱い。耐性は皆無だろうな。昨日も体調を崩している。かつ、番はあの来栖だ。後で覚悟しておいた方がいいぞ。」

「⁈来栖って、あの来栖⁈来栖櫂斗⁈」
郁が驚いたように声を上げる。克樹も目を見開き驚いているようだ。

「ああ、その来栖だ。かなり溺愛しているから、半殺しにされるかもな。」

「うへぇぇ…。も~かっちゃんったら…」
「…すみません…。」
落ち込む克樹の肩をポンポンと叩き、「次は無いからね~っ?一緒に怒られてあげるのっ」
「郁…」

「とりあえず、不必要に相手を傷付けたのには違いない。お前達2人は連帯責任で反省文5枚と1週間始業前の1時間、寮周りの雑草取りな。」
朝の弱い2人にはいい罰であろう。

まぁ、自業自得だと分かっているようで素直に頷いている。

その後直ぐに白屋先生が降りてきた。

「時雨君の様子は?」
「うん。今は問題無いです。過呼吸だけでした。ただ、かなり疲労しているので安静は必要でしょう。」

「そうですか。来栖は?」
「月見里君が不安がって眠らないので側にいますよ。」

白屋はくるっと2人の方を向き
「来栖君から伝言です。『今回は時雨君が君達のせいでは無いと言ったので、そう言う事にします。次はないです。』との事です。ああ、吾妻山君の言う通りに、とも言ってましたね。」

「はい。しかと受け止めました…」
克樹が深く頭を下げて答える。

「月見里君の優しさに今回は救われましたね。彼、震えてましたので次に会う時は怖がられるかもしれませんね?」

「はぁ…。日曜の歓迎会までには謝りに行けよ。土曜はいないらしいから、明日しか無いがな。」

「「はい。」」

「では、私はこれで。また何かあったら呼んでください。」
白屋が帰っていき、2人も部屋に戻るように促した。

時雨君も災難が続くな…
俺も早くの元へ帰ろう。

           Side修一 fin.
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