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第二章 運命の出会いと砂漠の陰謀

【なろう累計10万pv達成記念話】ドラゴンスレイヤーになった日

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 薔薇魔女に目を止めて頂き、ありがとうございますm(_ _)m
 累計10000pv:ジョエル副団長
 累計30000pv:ラザール副師団長
 累計50000pv:ジャンルーカ近衛筆頭
 ときまして、前回のジャンルーカから、約1ヶ月(約1週間の休載を含む)で10万pvを達成致しました!
 お読みくださって、本当にありがとうございます!!
 しかも、一二三書房WEB小説大賞の1次選考も通過と、初投稿の処女作で良いのか!? と書いている本人が1番驚いております。しかもしかも、本編百話到達です!!
 これもひとえに、応援してくださっている皆様のお陰です。今回は感謝の念を込めて、ポンコツ? ヒーロー、ルスラーンのブラックドラゴン戦をお送り致します。もちろん読み飛ばして頂いても本編に影響はございません。楽しんで頂ければ幸いです。

 引き続き『薔薇魔女』を宜しくお願い致します!
 

 ※ ※ ※
 


 ――これは、レオナが王立学院に入学する、二年前のことである。
 


 ルスラーン・ダイモン。
 英雄と崇められる北の辺境伯『雷槍の悪魔』こと、ヴァジーム・ダイモンの一人息子である。
 王立学院卒業後は、マーカム王国騎士団への入団が内定しており、二世として将来が嘱望しょくぼうされている人間の内の一人である。

「どうしたルス、いつもに増して浮かない顔だな」
 クラスメイトのフィリベルト・ローゼンは、ローゼン公爵家の長男で、その優秀な頭脳は宰相をも超えるのでは、と評判だ。再来月にはブルザーク帝国への留学を控え、普通科卒業試験も終わり、あとは二つ三つ課題を出すのみとなっている。
 今日は裏庭のテーブルで、二人は向かい合わせに座って本を広げていた。どこに居ても女子学生達から『ご卒業後のご予定は……』と暗に婚約を迫られる状況から、揃って逃げているのである。

「なにかあったのか?」
 フィリベルトは怜悧な美貌で『氷の貴公子』と名高いが、実は漢気おとこぎ溢れる熱い性格だということを、知っている者は少ない。
「あー……うん……」
「言いづらいなら無理には聞かないが――無理に聞いた方が良いなら、今すぐ吐け」
「はは、そうだな……実はな、昨日……近衛か第一に来いと言われた」
「ああ、所属か。不満なのか?」
「俺は、魔獣討伐の経験を積みたい」
「ということは第二に行きたいんだな?」
「ああ」

 マーカム王国騎士団は、担当ごとに組織が分かれている。
 王宮・王族・高位貴族警護、及び王国式典を統括するエリート集団の近衛、王都とその周辺警護が主任務の第一、王国全体の魔獣討伐任務の第二。近衛には滅多に入れないことから、王都勤務が確約されている第一の入団希望者は非常に多く、激戦となっている。一方、明日はどこへ赴任するのかすら不明な、流浪の第二は、不人気。ところがルスラーンは第二に行きたいという。

「いずれ、辺境に帰る身だ」
「うん、それは良いが。俺は前から言っている通り、王都で人脈を作ってからを勧める」
「……分かってはいるんだけどな」
「まあ、今の騎士団の体質は、受け入れられないのも理解できる」

 騎士団長がゲルルフになってからというもの、実力主義と言えば聞こえは良いが、ただの武力集団に成り下がるのでは、という懸念が出てきているのは、事実としてあった。

 そこに『英雄の息子』である自分が入ったらどういうことになるのか、想像するだけでめんどくさいのが正直なところだ。

「せめて副団長がなあ」
 後頭部で両手を組みながらルスラーンが吐き出すと
「それは……そうだな……」
 フィリベルトは言い淀むものの、肯定した。
 
 日和見ひよりみ主義の副団長は引退間近で、問題を起こしたくない、と存在が希薄だ。ますますゲルルフが増長する要因になっている。
 
「多分後釜は、近衛筆頭のジャンじゃないか? だとすれば」
 フィリベルトが言うと
「いや、固辞されたと聞いている。エドガー殿下の学院入学が控えているからな……」
 と半ば呆れ顔のルスラーン。
 もうすぐ成人だというのに、教育係が目を離す気がないというのは、はっきり言って情けない事態である。だが、エドガー本人は気づいていない様子らしい。
天真爛漫てんしんらんまんな方だからな」
 フィリベルトも苦々しい表情。
 
「ジョエルはどうだ?」
 ローゼンとしては、ジョエル・ブノワを推薦したいところだが、宰相であるベルナルドが『軋轢あつれきを産む』とそれを避けている。
「ブノワの名を背負った第一師団長を推す声も大きいが、若い、という理由でゲルルフが渋っているようだぞ。あー、話してたら余計憂鬱になってきた! どうしてくれるよ、フィリ」
「はは、すまんすまん」
「あーあー……ところでフィリはいつからブルザークへ?」
「そうだな、課題を提出したらプロムを待たずに行くつもりだ」
「げえー!」

 プロム、とは王立学院恒例の、卒業記念パーティのことだ。
 基本的にパートナー同伴必須のため、フィリベルトやルスラーンが誰をエスコートするのか、注目を集めている。
 
「……よし分かった、俺も逃げよう」
 ルスラーンはばたり、とテーブルに突っ伏す。
「俺は逃げていないが?」
 フィリベルトがそれを見て笑いながら言うので、ルスラーンは突っ伏した姿勢で睨め上げ、恨み節を垂れ流す。
「よく言うよなあ! どうせあれだろ、出るとしても妹とだろ」
「レオナ以外エスコートする気はないな。だがまだ出さん」
 
 薔薇魔女と噂される妹を、フィリベルトは決して屋敷から出さない。
 徹底されているので、ルスラーンですらまだ会ったことはなかった。

「そっか。元気は元気なんだな?」
「ああ。二年後には入学だ。その時が来たら、会ってやってくれ」
「おお、もちろん」
「ふむ……」

 突如として考え込むフィリベルトに、ルスラーンはテーブルに顎を乗せたまま、また悪知恵が浮かんでるぞこいつ……とそれを見守る。

「ルスの懸念を全て取り払うすべを、一つ思いついた」

 ほら、やっぱりな、とルスラーンは苦笑を漏らしながら
「あんだよ」
 起き上がって問うと
「辺境伯に手紙を書く。持って行ってくれるか?」
 ニヤリとされた。

 ――背筋がぶるり、としたのは気のせいではないであろう。

 

 ※ ※ ※
 

 
「だからってさあ……」

 ルスラーンは、石の転がる山肌を慎重に歩きながら嘆いた。
 
「なんでドラゴン!?」

 王都から馬車で五日かかる北の辺境、ダイモン領。
 ダイモンの有する北の森は豊かな作物が取れるが、一方でスタンピードが起こった場所でもある。
 東はブルザーク帝国との国境もあり、マーカム王国防衛の要。ダイモン伯ヴァジーム以外には任せられない、厳しい環境だ。

 その北の森をわけ入り、さらに北へ北へと行くと、そびえ立つ山が、黒竜山こくりゅうざん
 その名の通り、ブラックドラゴンが棲む天然要塞だ。

「フィリってほんと人使い荒いよねー」
「……全くだ」
 
 ルスラーン、ヴァジームとともにパーティメンバーとしてやって来たのは、第一騎士団師団長のジョエルと、魔術師団第一副長ラザール。それぞれ次世代をになうとされる人材だ。

「助かるぞい。最近山がうるさく鳴っておってな。噴火するとふもとの畑が全滅してしまう。ベルナルドに前から相談しておったんだが」
 ヴァジームがしれっと言うが、噴火の危険があるということは、ブラックドラゴンが起きている可能性が高いということだ。

「なんで起きちゃったんかなー?」
「それも調べねばなるまい」
「おふたりとも、わざわざすみません」

 ルスラーンは気遣うが

「これも騎士団の仕事だよー」
「……同じく」

 二人とも、なんてことのないように言う。

「むしろルスも連れてくとか、さすがジーマさんだよねー」
「無理はするなよ」
「……はい」

 英雄だの雷槍の悪魔だのと呼ばれている自身の父が、一番戦闘狂で、息子にも容赦がないのは重々承知している。

「ルス。フィリ坊から記録の魔道具預かっとるか?」
「ああ。ギルドにも申告してきた」
「よし。入るぞい」

 山の中腹に大きく開かれた洞穴。
 その奥に石扉があり、竜の住処へと繋がる迷宮の入口となっている。
 標高も高く厳しい環境のせいか、普段は冒険者すら滅多に近寄らない。

「最上層までは一気に駆け抜ける。ついてこい」

 何度もこの迷宮に入っているヴァジームの道案内で、三人は後ろから必死でついていくことになる。

 ――入口はコウモリ、やがて猿、犬、狼、など獣の魔獣やゴブリン、オークなどが多々襲ってくるが、ほぼ先頭のヴァジームが雷槍一閃でなぎ倒していく。

「ゼェゼェ、ハァハァ、あれほんとに引退するとか言ってる人なのー? 全速力で登山するとかさー」
「はー、相変わらずまじキツい……砂利もキツい……暗いのもキツい……」
 
 ジョエルとルスラーンは、最後の石階段手前で両膝に両手を置いて、息を整える。ほぼトップスピードで走らされたまま、標高五千メートル級を登りきった状態だ。
 
「あれ、ラジー? 大丈夫ー?」
 だいぶ遅れて、ラザールが上がってきた。

「……空気……薄いな……」

 高山の中の洞穴をずっと登り続けているからして、酸素も十分でない。ローブを着ていると余計動きづらいに違いない。

「若いモンが情けないのう」

 ヴァジームは、石階段の一段目に腰掛けて、水筒をあおる。

「ここを登ったらもう眷属けんぞくとの戦闘じゃぞ。準備せえ」
「ジーマさーん、手加減ー」
「第一師団長ともあろうもんが、情けないぞ」
「うえええー! 悪魔ー!」
「言っても無駄っす」

 ルスラーンは汗をふきながら水を飲み、ラザールを気遣う。

「荷物持ちます?」
「……はぁ、いや、大丈夫だ。ふう、山に、ふう、慣れていないだけだ」
「ああ、本当は徐々に慣らしながら登らないといけないんですけどね……深呼吸してください。あと水分。それから、炎系の魔法は威力上がりすぎるんで、気をつけて」
「……わかった、ふう、ありがとう」
「いえいえ」

 このクールな魔術師団の副長に、礼を言われるとは思わなかったので、ルスラーンは思わず目を瞬いた。

「はは、ラザールは、人見知りなだけだよー」
「よ、けいなこと、言う、な、ジョエル」
「なるほど? それなら離れときます」
「くく、ジーマさんとは、似てないな」
 おお笑った、と普通に驚くルスラーンは、素直すぎるところが玉にきずである。
「あー、どっちかと言うと母似らしいす。覚えてないんですけどね」
「……そうか」

「おーい、もういいか? そろそろ行くぞー」
「親父、ケルベロスの注意忘れてる」
「あー。お前適当に説明しとけ」
「……へーへー」

 ヴァジームとルスラーンは、過去に二人でケルベロスを倒している。といってもほぼヴァジームだが「学院入学記念」でドラゴンの眷属を倒しに行く親は、なかなか居ないはずだ。そのとき手に入れた魔石で作った両手剣を、背に背負っている。

「えーと頭が三つある黒くてデカい犬で、それぞれ保存、再生、霊化、の頭です。再生を見極めて先に倒さないと延々生きてます。霊化は精神感応の技で、魂抜かれますんで、発動時は距離取ってください。あとは……なんだっけ」
「しっぽが毒蛇じゃ。噛まれると死ぬ」
「そうそう、そうです。再生の頭潰したら、次に尾を切り落とします」

「へえー……」
「了解した」
「じゃ、行きますか」
「ルス、それ十四歳で倒したのー?」
「倒したっつうか、ついてきただけっすけどね」
「へ、へえー……」

 さすがにジョエルがドン引きしている。無理もない。

「俺でもどうかと思ってますよ」
「……だよねえ」
「置いてくぞいー」

 

 ※ ※ ※


「あのさー」
「はい」
「俺ら、必要ー?」
「はは、要らないっすよ」
「だよねー」

 目の前で雷槍を振り回す悪魔が、出会い頭に一つ目の頭をなぎ倒し、真ん中の頭をカチ割った。

 どうやらそれが再生の頭だったようで、あとは順番に落としていくだけの単純作業と化していた。

「ラザール!」
「は。クラスィフィクション
 ラザールはこうして時折動きを止めるための、最上級の土魔法を乱発させられているが、ルスラーンはラザールの護衛、ジョエルは魔眼矢を補助的に打つぐらい。

「魔力大丈夫ー?」
「ああ、ブラックドラゴンは魔法不可なんで、強化魔法分残してくれてたら」
「……なら平気だ」
「魔法不可!?」
「ですね。一切入りません」
「肉弾戦てこと!?」
「そっすねえ」
「マージー」

 ジョエルが絶句していると、ドシーンと派手にケルベロスが倒れた。煙状に身体が消えていき――

「鍵」
 ヴァジームが無遠慮に投げて寄こす、竜の部屋の鍵は、持ち手部分に世界樹『ユグドラシル』の紋様が刻まれており、鍵部分の先端にはオニキスが埋め込まれている。
 
 ぱしり、とルスラーンが受け取ると、ジョエルが手を覗き込んできた。
「へえー、これが噂のー」
「なるほど、魔力を感じる」
「はい。一日で消えます」
「もったいないねー」
「綺麗ですよね」

「ふー、疲れた。年取ったのー」
「「「いやいや」」」
 総つっこみをスルーしつつ、ヴァジームがどかりと大きな石の上に座り、携行食をかじる。
「しっかり飲んで食え。少し周りを調べたら突入するぞい」

 ルスラーンはそこで違和感を覚える。

「親父? 焦ってないか?」
「……」
「勘違いか?」
「ふう……いや。年を取ったと言うただろう? 短期決戦でないと、身体がもたんのだ。情けないがなあ」
「な……」
「もうあまり共には戦えんぞい。ジョエルもラザールも、今日がわしと戦える最後と思って、目に焼き付けとけ」
「! わかったー!」
「はい」
「早く引退させろよ、若者ども。がははは」
「親父……」

 見慣れたヴァジームの背中。
 追いかけ続けてきたルスラーンは、唇を噛み締めた。
 騎士団に入ったら、こうして会うことすら少なくなるだろう。

 そのヴァジームは、ブラックドラゴンを倒すのは二度目。一度目でドラゴンスキルと雷槍を手に入れてから『雷槍の悪魔』と呼ばれるようになった。

「ブラックドラゴンは、状態異常技が多い。魔法は全く入らん。ラザール、無駄だから打つな。強化と回復に専念しろい」
「はい」
「ジョエルも魔眼矢は効果無効かもしれん。最初に打って見極めろ」
「りょーかい!」
「ルスは、とにかく攻めろ。斬ったもん勝ちじゃ」
「わかった」
「さあて、なんで起きたんかのー」

 ヴァジームはえっこらしょっと、と立ち上がり、竜の住処である部屋の入口を見回す。さらに周囲を歩いてみるも、異常は見当たらないようだ。

「んー、部屋の周りは何もなさそうだがなあ」

 すると、ジョエルが気づく。

「ジーマさん、見て」

 石階段を登りきった踊り場で休憩をしていたのだが、見下ろすと先程ケルベロスと戦った広場があり――

「魔法陣!?」
 ルスラーンが驚きの声を上げた。
 部屋の隅、ドラゴンの部屋の最も近い場所に描かれている。土色の塗料が使われているため、気づかなかった。
 
「……模写する」
 鞄から紙とペンを取り出したラザールが、ものすごい速さで同じものを書いていく。
「……ありゃあ恐らく、イゾラ聖教会の仕業じゃなあ」
「どういうことー?」
「やつら、創造神イゾラだけでなく世界樹ユグドラシルも崇拝しておってな。それが生み出す神秘たる生物のドラゴンとその眷属もまた、崇拝しておるのよ」
「てことは、俺らはー?」
「逆賊扱いじゃのー。ドラゴンスレイヤーなんかを特に忌み嫌っておるしの」
「……なるほど、地脈活性化だな」
 ラザールが書きながら言う。
「恐らく、だが」
「それで起きたか。迷惑だのー。倒そう!」
「えぇ……」
「親父……」
「ドラゴン起こして、わしの領民を危険に晒す方がよっぽど逆賊じゃろ? やつら、神のためなら人命は……イゾラが見たらどう思うかのー」
「これは、証拠になりますから」
 ラザールが淡々と言う。
「うむ。ま、言うてくることはなかろう。表立っての活動ではないしの。いわゆる、過激派だ」

 ヴァジームは、溜息をつく。

「起きたからには、倒さにゃならん」
「矛盾だねー」
「……言っても無駄だ」
「っすね」

 ルスラーンは、黙々とストレッチを開始した。
 休憩で凝り固まった筋肉をほぐしていく。
 ジョエルもそれにならう。

「ま、淡々といこうよー、ルス」
「……はい」
「今日経験積んだらさ、また助けに来れるからー」
「っ、はい」
 
 ジョエルには、ルスラーンの懸念が見透かされていた。
 ヴァジームが引退したら――居なくなったら――これは自分の責務になる。
 のしり、と何かが肩に乗った気がして、ルスラーンに焦る気持ちが芽生えたのだ。

「だいじょーぶ」
「息も整った。証拠も取った。行こう」
 ラザールが立ち上がると、ヴァジームが笑った。
「おう、引き継ぐぞい。受け取れ」
「「「はい」」」

 

 ※ ※ ※



 鍵を差し込むと、重厚な石の扉がゆっくりと開いていく。

「世界の理は山、黒きユグドラシルの使いよ」
 ヴァジームが厳かな声で述べる。
「破滅の恩寵おんちょうを得るため、我らに試練を与えたまえ」

 
 ――グガアアアアア


 真っ黒な鱗に覆われた巨大な獣が、返事代わりに吼える。
 ビリビリと空気が震え、緊張で肌が粟立つ。

 ギョロりと深紅の目がこちらを見たかと思うと

「ちっ、避けろ!」

 ヴァジームの警告で全員退避する。
 ガパァと開いた口からドラゴンブレスが突然襲い、元いた場所が黒焦げになった。

「……ご挨拶だな。かすっただけで痺れるからな。気をつけろ」
「もっと早く知りたかったよねー」
 ジョエルが右肩を押さえている。
「かすっただけだけど……ひぃー全身しびしびー」
「ディスペル」
「お? 効いた! ありがとーラジ」
「いや。――今、全員に考えうるバフ(強化魔法)を全てかけた。気をつけろ」
「うす」
「じゃー、見守るとするかのう」

 ヴァジームは雷槍を背負って、後ろで静観の構えだ。

「危なくなったら行くぞい」
「……わーったよ」
「援護するよー」
 ジョエルが弓を構える。
「うす」

 首をポキポキ鳴らし、ルスラーンは背中の大剣を抜く。

「ふー……よし、俺が相手だ」

 全身を駆け巡る魔力を意識して剣にこめ、構える。
 刀身が赤く燃え、ルスラーンの周りの空気が歪んだ。

「へえ、もしかして火属性? てっきり土かと」
 ジョエルが意外だと言う。ヴァジームが、土から練り上げる雷属性持ちだからだ。
「それも母親似だわい」
「なーるー」
「……来るぞ」


 ――グルアアアアッ

 その巨体で地面を蹴るだけで、地震のようにグラッと揺れ、踏ん張りが効かない。そこへ尾で薙ぎ払ってくる。

「しっ」

 飛んで避けると

 ――ガアウッ

 噛み付いてくる。
 ルスラーンは、咄嗟にその横っ面を斬った。
 ……が、ガキイン、と無情な音がして、刃を弾かれる。

「かってえええええ!」
「魔力をもっとこめろーい」
 ヴァジームが野次を飛ばしてくる。
「そんなんじゃいつまで経っても終わらんぞー」
「うっせえ! ッシイッ!」
 悪態をつきながら、斬り続けるルスラーンだが、確かに手応えがない。全てその硬く強靭きょうじんな鱗に弾かれてしまう。

 ――グルアッ

 真っ黒で人の大きさほどもある爪が、目の前の空気を裂いて、前髪がパラパラと散る。
 目が合うだけで、指先が痺れる。振り切ると今度は身体がいちいち硬直する。――目線だけで状態異常を喰らうとは。このままではジリ貧だ。

「避けろっ」
「!」

 後ろからジョエルの魔眼矢が次々発射されてくる。
 タイミングを合わせてドラゴンに斬りかかるも、やはり矢も刃も通らない。

「ち……いくか」

 ルスラーンは一層魔力を高めた。
 剣の刃が、深紅に染まっている。

「お、ようやく本気出すか」
 ヴァジームがニヤリとする。
「最初から出せんところが、あやつの欠点だの」
「ルスは、優しいですからねー」
「……ファイアブースト」

 ごうっ

 ラザールの補助魔法で、ルスラーンの魔力がさらに上がった。

 ――グルルルルル……

 ばさり、と翼をはためかせ、ブラックドラゴンが。

「いかん、飛ぶぞい」
「わーってる!」

 ルスラーンが一気に間合いを詰めて斬り掛かる。

「飛ぶと、どうなんの?」
「いわゆる無敵状態、じゃな。延々とブレス吐いて来るぞい。他のドラゴンも一緒じゃ」
「死ぬじゃん」
「死ぬのう」
「……どう防げば?」
「ダメージを与え続けて飛ばさない、しかないのう」
「「……」」

 視界の先では、ルスラーンがドラゴンの身体を駆け上がり、翼に攻撃を仕掛けている。が、振り落とされそうになってまた登る、の繰り返し。
 ドラゴンはルスラーンを追いかけて噛みつこうと、首を左右に振っている。
 ――ルスラーンに気を取られている。

「ジョエル」
「なーにー、ラジ」
「目を狙え」
「ふー。了解!」
「ショットブースト」
「ありがと!」

 ラザールの補助魔法を受け、魔弓を構え、魔眼矢をつがえ、ジョエルは叫ぶ。

「ルス! 合わせろ!」
「!」

 恐ろしい速さで矢をつがえるなり撃つジョエルの動きに、ルスラーンは咄嗟に合わせて左右に身体を振り、ドラゴンの気を向けつつ攻撃の手を休めない。
 空中で両手剣と共にくるり、くるり、と回転するその動きは、若干十六歳の、騎士団入団前の若者の動きではない。既に熟練した戦士のそれである。――あわや足に噛みつかれそうになるが、またくるりと避けた。太ももが裂けて血が滲んでいる。腕も、頬も、ところどころ裂けて血が流れているが、その動きはどんどん洗練されてきている。

 集中力が、上がってきたのだ。

「やーるねー! 燃えてきた!」

 ジョエルが遠慮なしに次々撃ちまくる。
 ラザールは、二人に回復魔法と強化魔法をかけ続ける。

「っしゃー! おら!」

 振りかぶって袈裟斬り。それに合わさったジョエルの魔眼矢が、ついにブラックドラゴンの左目と左肩を傷つけ、その上からさらに剣を押し込む。

「貫いたっ」

 ――グアアアアアアアア‼︎

 バサリ、バサリ
 羽ばたく。

「やっば」
「させるか!」

 ルスラーンが再び身体を駆け上がり、翼の最も弱い部分を狙って

「うりゃあ!」

 力一杯、突いた。


 ――グギャアアアアアア!

「やりよったな」
 ヴァジームがニヤリと笑む。

 片目が潰れ、翼に穴が開いたブラックドラゴンは、身悶えしながら口をめいいっぱい開いた。
 右の翼をしきりにはためかせ。

「っ! いかん!」
「まさか、ブレス⁉︎」

 飛びきっていない、その状態で撃たれるとは想定外。
 下手をするとドラゴン自身もダメージを喰らう、道連れ必至の捨て身技だ。

「ルス!」
「わーってる、よ!」
 思わず叫ぶヴァジームに、剣を構え直して返事をする。

「ふー。これで、決める」
「無茶だ!」
 ジョエルが叫び止めに行こうとするが、ヴァジームが止めた。
「ラザール、いつでも撤退準備」
「……はい」
「ちょ」
「いいから、見とけ」

 見開かれた、深紅の瞳。
 威圧で身体が動かなくなる。
 徐々に生気を吸い取られているような感覚に抗えず、恐怖で膝が震える。

「ブラックドラゴンの、真骨頂」
 ヴァジームも流石に冷や汗をかいている。
殲滅せんめつのカタストロフィ。生半可な奴が相対すると、目が合うだけで死ぬぞ」


 ルスラーンは、目を閉じる。
 何度も聞いた、父親の武勇伝に目を輝かせていた時。
 お前なら、どう倒す?
 常に、試されていた。


 俺は、英雄でもなんでもないから。

 ――ただ、信じて、真っ直ぐに。


「行くだけだっ‼︎」


 剣の先端に全ての魔力を注ぎ込んで、ルスラーンは彼自身が炎の槍になった。

 めいいっぱい開いたドラゴンの口の中に、恐れを置き去りに、飛び込む。


 ――熱い。手甲が溶ける。焦げ臭い。きっと髪も耳も焦げている。ジリジリと、首の……自分の焼ける匂いがする。

「貫けえっ!」


 ――グラアアアアアアアアアッ‼︎


 咆哮。
 鉤爪が、牙が、ルスラーンの背中に襲いかかる。
 
「させないっ」
 ジョエルが何十本と魔眼矢を撃ちまくる。矢の弾幕。
「ショットブースト、シールド、ファイアブースト、アタックブースト」
 ラザールが何重にも強化魔法をかけ続ける。


「うおおおおおお」


 ――黒い炎が、爆発的に燃え上がった。


「ルス!」
「ルスラーンッ!」
「……」

 部屋いっぱいに立ち込めた、炎と煙が徐々に収まってくると、視界の先には。

「っ……あ! ジーマさん! あれ!」


 倒れた黒い巨体と、剣を支えに何とか立つ、ルスラーン。
 右半身に酷い火傷を負って、皮膚がほぼ焼け爛れてしまっている。目も開かないようだ。

「へへ、やった、ぜ」
「ルス! ラジ、ポーション! ありったけ!」
「ああ、ここにっ」

 駆け寄る二人の声に安心して、ルスラーンは地面に膝をつき――意識を失った。


「ようやった……ルスラーン。お前はわしの誇りだ。堂々とするがいい。お前はもう英雄の息子などではない。我が王国の誇る、ドラゴンスレイヤーだ!」

 珍しく涙声のヴァジームのその声が、黒竜山の噴火口へと、吸い込まれていった。


 
 ※ ※ ※



 朝議の間。
 国王、第一王子、宰相、騎士団長、法務大臣、財務大臣。いつもの顔ぶれである。
「ドラゴンスレイヤーは、無視できまいぞ!」 
 ドラゴン討伐が無事報告され、国王が騎士団長ゲルルフに詰め寄った。
「重用せずして何とする。他国に移られたらどうするのだ」

 宰相であるベルナルドは、思わずにやけそうになるのを必死で我慢している。

「副団長はもうすぐ引退だ。ジョエルを後釜に据える。魔術師団も同様、ラザールを副師団長へ。これは王命であるぞ」
「は、かしこまり……ました」

 国王は、ベルナルドに向き直る。
「ヴァジームは、やはり辺境から出ては来ないか」
「は。今回の件も踏まえ、自領からは目が離せないとのこと」
「やはりまた復興祭で呼ぶしかないか」
「そのようですね」
「その息子はどうだ。同じくドラゴンスレイヤーとなったのだろう?」
「第二騎士団への所属を希望しております」
「第二⁉︎ 近衛ではないのか⁉︎」
「はい。まずは現場で腕を鍛えたいと。希望は受け入れられた方が良いと存じます」
 ベルナルドが言うと、国王が非常に渋い顔をしているので
「我が息子のフィリベルトが言うには、数年後には王都へ呼び寄せる手筈を整えるとのことです、陛下。近衛に呼ぶのはその時ではいかがでしょう」
 と補足する。
「ふむ……それなら、まあ」
「ご高配、感謝申し上げます」
「うむ。ではゲルルフ、そのように取り計らえ!」
「……は」


 我が息子ながら恐ろしいな、とベルナルドは一人笑いを噛み殺した。


 ※ ※ ※


「ありがとな、フィリ」
「俺は、倒してこい、と言っただけだ。実現したのはルスの力だろう。凄いな」

 学院の裏庭。ガーデンテーブルでいつものように向かい合わせで座る二人。
 フィリベルトは課題を今日出し終え、三日後には帝国へ旅立つ。
 ルスラーンも、プロムを避けるため同じ日に、再び辺境へ帰ることにした。

「親父も喜んでた」
「それならよかった。この際だ、次は領経営を学んで来い。受け取るものはまだまだあるぞ。俺もお前も」
「……そうだな」
「学んで、第二で王国全域をその目で見て、王都へ帰って来い」
「ああ、フィリベルト。共に」
「共に行こう。ルスラーン。我が友よ」


 ――未来へ。
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