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 何もかも怖い。
 お父様に逆らうのも。ルーノ様との恋に溺れるのも。全てもジョアン様に打ち明けるのも。
 あんなに、私のことを気遣って声をかけてくれたジョアン様に、謝らせてしまった。
 だけど、怖い。
 辛いことも確かにある。でも、それ以上に怖い。
 新しい生き方をするのは怖い。
 知らないことばかりの世界に飛び込んでいくのが怖い。
 もしかしたら、刺繍を売ればお金を得ることができるかもしれない。ジョアン様に使用にとして雇ってもらえば生活できるかもしれない。
 でも、本当にできるの?本当に大丈夫なの?新しい場所で、知らない人たちに囲まれて、何もかも自分で……一人で……。
『寂しい』
 お母様の言葉。
 私も、寂しいよ。
 だけど、この家にはお父様とお義母様と義妹という家族がいて一人じゃないから。
 一人じゃないのに、寂しいんだ……。
『でも、私にはあなたがいるもの』
 お母様。
「お母様……私も、一人じゃなくなるんです……。アイリーンが”ヴァイオレッタ”の子供を産んでくれるんです」
 本を閉じて、胸に抱きしめる。
 何度も読んだお母様の日記になった本。
『何があっても、ヴァイオレッタ、あなたのことは守るから。浮気をした子だとあなたにひどく当たるなら家を出なければ』
「お母様は……怖くはなかったんですか……?」
 お母様に話しかける。……返事は帰って来ないと知っているけれど。
 本を机の引き出しの中へ入れようとして、入らなくて思い出す。
 屋根裏部屋でしていた動きがまだ抜けない。
 お母様の日記が書かれた本を机の引き出しに入れていたから。
 ここはアイリーンの部屋だ。机の中にはアイリーンの物が入っている。
「何を入れているのかしら?」
 人の物を勝手に見るのは気が引けるけれど、本を入れようと押し込んだときに潰したり壊したりしてしまっていないか心配になり引き出しを大きく引き出す。
「あ……」
 引き出しに入っていたのは、お母様の本と似たような本だった。
「よかった。これなら間違えて潰したりする心配はいらないわね」
 ホッと息を吐き出し、引き出しを閉めお母様の本を本棚に戻して裁縫道具を取り出す。
 使用人は文字が読めないから本棚の本を手に取ることはない。
「刺繍……何を刺繍しよう」
 そう言えば、白いモス・フロックスの花言葉は「きらめく恋」だと言っていた。
 それにしよう。……あ、でも……。
 今あるハンカチにできる布は白いものばかりだ。白い布に白い花を刺繍するわけにもいかない。
「何かないかしら?」
 クローゼットを開く。右に寄せてあるドレスはシミが付いていて着られなかったものだ。




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