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「あら、そう?上位貴族と結婚すれば玉の輿に乗れるわよ?綺麗なドレスに、美味しい食事。それから高価な宝石に」
 ジョアン様の言葉に首を振る。
「じゃあ、相手がルーノでも?」
 突然ジョアン様の口から飛び出た名前に、顔が赤くなる。
「あ、あの……」
 うろたえる私の顔を、何もかも見透かしたような眼でジョアン様が見た。
「まさか、辺境伯のご子息様となんてとんでもない……っ!」
 思いきり否定すると、ジョアン様ががっかりした顔をする。
「なんだ、もうルーノの身分を知ってるの……それは残念。じゃあ、質問を変えるわ。もし、ルーノが子爵や男爵だったら結婚したい?平民なら結婚したい?」
 ルーノ様が平民?
「い、いいえ!いいえ!もし、ルーノ様が私と結婚するために爵位を捨てるとか、駆け落ちしようとか言われたら、逃げます。全力で逃げます……」
 ジョアン様が笑った。
「まぁ、全力で……。それほどまでに嫌いなの?」
「私のためにルーノ様に何かを手放してもらいたくない……私のせいでルーノ様を苦労させたくない……。ルーノ様に幸せになってもらいたいから……だから、全力で……逃げます」
 ジョアン様が声を上げて笑い出した。
「ふふふふふ、まぁ、ずいぶんとルーノは愛されているのねぇ。そう、ルーノの幸せを考えて全力で逃げるの……ふふふ」
 笑いを止めると、ジョアン様は私の頬をそっと優しくなでた。
「あなたは、ルーノが幸せになるためになら何でもするのね……それほど愛しているのね」
 ジョアン様には隠せない。
「……はい。私、ルーノ様を愛しています」
 ジョアン様が小さく頷く。
「でも、それだけです。何も望んだりしません。ただ、ルーノ様の幸せを遠くから祈るだけです」
 トントントンとちょうどノックの音がして、侍女が軽食を運んでくれた。
「話はここまでにしましょう。子爵家から出ること、仕事、済む場所、子育ての環境、悪いようにしないわ。任せてちょうだい。さぁ、食べて。そうだわ、またハンカチを持ってきてくださったのですって?」
 それからはハンカチの刺繍の話などの雑談をして軽食をいただき帰った。
 大規模舞踏会の日まで2週間ちょっと。ジョアン様に刺繍を気に入っていただいたので、今度は手袋に刺繍を頼まれたと言えば、お父様にあれやこれやと言われることもなく部屋で静かに過ごすことができた。
 お父様は家を空けることが多く、その間にミリアといろいろな話をした。
 子育てのことも少し話を聞くことができたけれど、あまり根堀りはほり聞いては怪しまれると思って深くは聞けなかった。
 必要な物の多さや、覚えなくてはいけないことの多さに、ジョアンナ様がいろいろ話を聞くだけでもと言ってくださったことに改めて感謝の気持ちがわいた。
 貴族ならば乳母や使用人の手を借りるし、平民は親類やご近所さんの手を借りることが当たり前だという。おしめにしても、おさがりとして必要が無くなった人のもとから必要な人のもとへと回されるとか。仕事をしている女性は手間賃を渡して子供を預かってもらうとか。そういった親類縁者やご近所との協力がない状態で子育てしようと思ったのは確かに無謀だった。
 
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