塗りつぶしの残骸

藤嶋

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 四人が全員に集まったのは二年ぶりで、蘇芳の二十八歳誕生会の日だった。

 この日はクリスマスイヴでもある。
 蘇芳の、とはいうものの他三人の誕生会が出来なかったためこれは全員の誕生会を兼ねている。

 蘇芳は自分の誕生日にはプレゼントとして全員の顔が見たいと半年以上も前から言い続けていた。
 漸く叶ったその光景に蘇芳は顔がにやけっぱなしで、久しぶりの再会に気まずいような照れくさいような感じで来た三人はその顔の前につられて笑った。

「さ、入って。引っ越したから瑠璃以外は来るの初めてだろ。我が家だと思って存分に寛いでくれ」

 場所は蘇芳たっての希望で本人の部屋になった。

「うわぁ、人が小さくてゴミのよう……」
「ちょっと、危ないからやめなさいよ芭蕉」

 案内されたベランダから芭蕉が身を乗り出すのを若葉は服を掴んで押さえる。
 マンションの十五階でベランダからは町が見下ろせる。クリスマス前日の夜ともなれば町はいつもよりも華やかに輝いている。
 大きな交差点では絶えず青・黄・赤と色が変わり、家路を急ぐ車が流れては溜まりを繰り返しイルミネーションの一つとなっていた。

 いつまでも見ていられそうな光景だが如何せん十五階に吹く風は冷たい。
 芭蕉と若葉は同じタイミングで身を震わせ、自身を手でさすりながら部屋の中へと戻る。


 改めて見ると、たとえ五人ほど急に友達が泊まりに来ても許容出来るほどこの部屋は広い。
 内装も家具も派手さはないものの、持ち前の色彩センスを発揮しまとまりのある空間をつくりあげている。

 ただ、扉付きの棚の中には昔みんなで撮った写真や拾った小石、集めた食玩、小中高のアルバム。それから、瑠璃が載っている観光情報誌が並べておいてあった。
 唯一この空間のまとまりを壊しかねないアイテムなのに、一番綺麗に掃除され配置にも拘りが感じられる様子に、三人はまたも笑うのだった。

 それぞれが持ち寄った料理やお酒を並べて、部屋を飾り付ける様子は昔に戻ったようで。
 蘇芳は、折り紙を切って輪っかにしたあのちゃちな飾りを角度計算するほど真剣に壁へ貼る芭蕉を見つつ、耳は台所の二人組へと向けていた。

「え! 若葉手作りしてくれたの!? 嬉しいあたし若葉の料理大好きなの!」
「ふふ、料理好きだから。実験みたいで」
「あー昔もそう言ってたよね。あたしも作りたかったけど仕事が忙しくて全然自炊出来てないよ……」
「瑠璃はいまや観光情報誌『里美発見伝!』の看板娘だもんね。わたしも、買ってるよ」
「ホント!? ありがと! でも言ってくれればあげたのに」
「瑠璃が頑張ってるの応援したいからさ。わたし一人が買う程度じゃ大した利益にはならないだろうけど……」
「いやいや。あたしにとっては若葉が買ってくれた事実だけで給料一ヶ月分もらったくらいの気持ち!」
「もう、大袈裟」
「ほんとだってば~。そっか、でも若葉が見てくれてるんだったら忙しくでもちゃんと美容ケアしなきゃ。最近これもサボりがちで」
「…………そうなの? そんなに綺麗な肌してるのに」
「あーダメダメ! じっくり見ちゃバレちゃう!」

 大袈裟に避ける瑠璃と静かに追いかける若葉。

「久しぶりに二人のゆる~い追いかけっこ見たわ」

 もっとやれーと野次馬になりきる芭蕉。
 次第に瑠璃から「これだから男は女の苦労も知らないで!」と芭蕉にとばっちりが及び蘇芳は笑った。


 粗方準備が済む頃には予報通り、ちらほらと雪も降り始め、蘇芳はすべてに祝福されているような気がして幸せの絶頂だった。
 大きめのテーブルに所狭しと料理が並べられている。
 飲み物も、乾杯のお酒以外にジュールやお茶、水まで。飲みたいものをすぐ飲めるようにと蘇芳が買い集めていた。

「それじゃあみんなグラスは持ったね。今日は集まってくれてありがとう! 再会を祝してカンパーイ!」
「カンパーイ! というか蘇芳誕生日おめでとー!」
「そうだよお前の誕生祝いが目的だよ。おめでとかんぱーい」
「蘇芳、誕生日おめでとう。乾杯」

 瑠璃が「プレゼントあるよ!」と切り出すと芭蕉や若葉も「オレも」「わたしも」とそれぞれ持ってきた袋から、キチンとラッピングされた袋を取り出す。

 誕生日プレゼントはみんなが集まってくれることでいいと言ったにも関わらず。

 それが当たり前であるかのように笑顔でプレゼンを差し出してくる。

 ああ、こういうやつらなのだ。
 相手のことを思いやり、自然に相手が喜ぶことを行動に起こせる。

「…………ああ、ありがとう、みんな。みんなも、誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、俺は本当に嬉しい」

 今日一番、胸が温かくて自分の心臓の位置を知る。

「ちょっとやだ、蘇芳。泣かないでよあたしまでもらい泣きしちゃう」
「ごめん、つい、感極まって」
「はは、お二人さんそれほど年取ったってことですかねぇ」
「なんだと芭蕉このやろっ。同い年だろ!」
「うわ、技掛けるなよ!」

 蘇芳が芭蕉にプロレス技をかけると、敵わないながらに芭蕉も反撃をする。

 体格は大きくなり、取っ組み合いをすればどたばたとそれなりの音がするようになったものの、相手に怪我をさせないじゃれ方は健在だった。

 一人お酒を飲み進めてほろ酔いになった瑠璃は「真剣にやれー、こっちは高い金かけてんだー」などとおじさんのような野次を飛ばし、若葉はーー。

「ーーーーーーーー若葉?」

 取っ組み合いの最中、視界の端に映った若葉の様子に蘇芳は動きを止めた。
 両手で顔を覆っているが、腕を伝いテーブルに水滴が溜まっていく。肩が小刻みに震えている。

 幼いころから思い出しても若葉がこんな風に泣いたことなど、一度もなかった。
 現状を振り返るも泣く要因が思いつかない。

 混乱で訪れた沈黙を破ったのは誰かのスマホの通知音だった。

「どうし」
「ど、どうしたの、若葉? どっか痛い?」

 蘇芳が口を開くよりも先に、ほろ酔いもすっかり醒めたらしい瑠璃が隣で何度も背中をさする。


 若葉は首を横に振った。
 時折、引きつった声で小さく「ごめん」と謝る声が聞こえる。


 涙の水たまりを見かねた芭蕉が自分の鞄からタオルを取り出し若葉の顔に押し当てる。
 芭蕉が十年ほど愛用している色気のかけらもないタオルに瑠璃は非難の目で見るが、その見慣れたタオルは思いがけず功を奏したようだった。

 暫くして呼吸が落ち着いたころ、若葉はそっとを両手を離した。

「……急に泣いて、楽しい空気壊して、ごめんなさい。タオルとか、ありがとう。……懐かしいにおいがした」

 その言葉に瑠璃が再度睨みつけると芭蕉は「ちゃんと洗ってるよ!」と首を振った。

 若葉は気にせず手や顔を拭い、深く息を吸って、吐いた。
 まだ中身の減っていないグラスを持ち、口を潤す。


「お酒飲んで、懐かしい二人の取っ組み合い見てたら、今頃になってわたしも感極まっちゃったみたいで」


 ぎこちなく笑いもう一口。


「昔に戻りたい、だなんて思っちゃいました。わたしも、年を取ったんですね」


 その一言が、なぜか重たくて。
 またも訪れた沈黙を破ったのは瑠璃だった。

「……もー! やめてよ若葉! まだピチピチだから!」

 やだやだ、と大袈裟がリアクションを取る瑠璃に芭蕉が便乗する。

「……いや、若葉の言う通りだな。あーあ、年寄りは涙もろくていけねぇな」
「ばーしょーうー! 同い年のくせに年寄り扱いしないで!」

 近くにあったおしぼりをペシ、と瑠璃が芭蕉に投げつける。
 その様子を若葉が小さく笑うと、次第に楽しい空気が戻ってくる。


 何かあっても後腐れがないように。
 感傷的になっても、引き摺らないように。

 それが夕闇町四人組の暗黙の了解。



 先程泣いた若葉を見て、蘇芳の胸には引っかかるものがあった。

 何かを見過ごしているのではないかという脳内喚起。
 だが言葉にはできなかった。

 少しの苦みを飲み込んで、確信に変わる前に見ない振りをした。
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