好きが言えない宰相様は今日もあの子を睨んでる

キトー

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41.何でもします

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「……」

「ジャッジ様」

 教えて欲しい。懇願するように見つめれば、ジャッジ様は眼鏡を押し上げて息を吐いた。

「ルット・ミセラトルの働きが認められたからであるのは間違いではありません。ただもう少し付け加えるとしたら、“交渉をした”程度の話です」

「交渉……?」

 夜の独特の空気に包まれた静かな部屋で、ジャッジ様は静かに語りだす。
 僕は背筋を伸ばしてジャッジ様の紫の瞳を見つめながら黙って聞いた。

「ルット・ミセラトルは多量の仕事をこなしていました──」

 ──それは、本来決められた処罰の労働量では無かったらしい。
 しかし僕があまりにも次々と仕事を終わらせるものだから、学園側も次々と仕事を増やしたのだとジャッジ様は言う。
 つまり僕は、決められた処罰より多くの労働を請け負っていた事になる。

「ですから交渉の余地があると判断して、学園側に私から話をしました。その結果、リリー・ミセラトルへの処罰が無くなった。それだけです」

 そこで一度言葉を切ったジャッジ様は、小さく咳払いをした後、やや間をおいて口を開いた。

「……更に説明を加えるとしたら……」

「……加えたら?」

 更に大切な話なのだと予感し、僕はぐっと身を乗り出して真剣に見つめるが、そんな僕からジャッジ様は目をそらす。
 しかし、根負けしたかのように渋々言葉を続けたのだ。

「……ルドファール家への賠償金を少々肩代わりした、ぐらいでしょうか」

「はいっ!?」

 僕は思わず飛び上がりそうになったのだが、ジャッジ様は知らんぷりをする。
 けれど目をそらされたので、やはり自分だってこの対応はおかしいと分かってるんじゃないのか。
 そこでジャッジ様は眼鏡を押し上げて、急に早口で語りだした。

「私からすれば大した額ではありません。ただルドファール家がなかなか納得しないので手っ取り早く終えるよう手配したまでです。あちらも意固地になっていましたし許す口実が出来てちょうど良かったのでしょう。こちらは手間もかかりませんでしたから特に伝える必要もないかと思いましたがそれではアナタが納得しないようなので念の為にお伝えしておきます。この件でアナタに不利が生じるような事態にはなりませんので気にしなくてけっこうです」

 ここで話は終わったのか、ジャッジ様は一仕事を終えたかのように再びカップに手を伸ばし茶を飲む。対して僕は、しばし物も言えずに放心状態だった。
 背筋を伸ばしたままジャッジ様の言葉を噛み締め、理解を深めれば深めるほどに、じわりと胸が熱くなる。

「あ……ありがとう、ございます……っ!」

 それ以外に何と言えば良いのか。
 感謝の気持ちでいっぱいだが、あまりにもいっぱい過ぎてありがとう以外の言葉が見つからない。
 なのにジャッジ様は何でもないようにお茶を飲むじゃないか。
 僕は胸がいっぱいすぎてお茶もチョコレートも喉を通らないというのに。

「でも、なんでジャッジ様がそこまで……?」

 もっと、感謝の意を伝えなければ。
 そう確かに思ったはずなのに、自分の口からは別の言葉が出てしまう。
 なぜジャッジ様が、僕なんかのために貴重な労力を費やすのか。
 忙しいはずの人なんだ。なのに、そこまでしてくれる理由は何なのか。
 きっと僕は、一番知りたいのはそこなのだと気づく。
 その思いからつい口走ってしまったのだが、ジャッジ様はやはり何でもないように答えた。

「罪滅ぼしです」

「……どういう事ですか?」

 そして返ってきたのは、これまた僕には理解の難しい言葉だった。
 ポカンとする僕を置いて、ジャッジ様はすらすら説明をしだしてしまう。

「私はアナタにずいぶんと理不尽な態度をとってきました。過剰な厳しさを向けて精神的苦痛を与えた自覚があります」

「そ、そんなことは……」

 ……ない、と言えば嘘になるだろう。
 けれど、ジャッジ様の行動には理由がある。
 リットの学園での行動は多方面から聞き及んでいた。
 彼女は人に好かれている自信が過剰にあったようで、ほんの少し優しく接するだけですぐに恋愛感情を持たれていると勘違いしていたらしい。
 そんな被害が至るところで起こり、やっと居なくなったかと思えば、今度はその彼女と瓜二つの僕が現れたのだ。
 分かりやすい態度ではっきり立場を示しておかなければ、あやふやな態度だと妹のように調子に乗ると思われても仕方ない。
 その行動原理は僕が納得のいくものだった。
 だから僕は、辛くもあったが仕方がないのだと割り切っていた。
 理不尽だと思った事も無いし、ジャッジ様が謝る事でもない。
 ジャッジ様は新たな火種が生まれないよう対策したに過ぎないだろう。

「あの……っ」

「なのでほんの僅かですが、アナタの望む形が叶えられるよう手配しました」

 ジャッジ様は悪くない。
 悪いのは僕の身内だ。
 そう言おうとした僕を遮るように、ジャッジ様は言葉を続けた。

「以前は不必要な厳しさを向け申し訳ありませんでした。これはアナタが受け取る権利のある正当な報酬ですので、ルット・ミセラトルが不快でなく、なおかつ必要であれば受け取っていただきたいのです」

「……っ!」

 こんなの、僕が受け取るべきじゃない。
 僕がジャッジ様にここまでしてもらう権利なんてないじゃないか。
 けれど即座に断れないのは、僕だけの問題じゃないからだ。

「リリー・ミセラトルも、アナタとの生活を心待ちにしているのではありませんか?」

「……っ」

 僕個人の感情で断るわけにもいかない理由は、これだ。
 きっとリリーは喜ぶだろう。もう一人で泣く事もなくなるだろう。
 少しでもリリーを抱きしめる時間を作ってあげたい。
 そう願っていたのは僕自身だ。
 過ぎた報酬なのは理解していても、それでも──

「──……謹んで、お受けいたします」

 断る選択肢なんて、ないだろう。
 僕は甘んじて、ジャッジ様の善意に身を任せたのだ。

「でもせめて……っ!」

 しかし僕だってすんなり甘える事なんて出来ない。
 これまで幾度となく助けてもらっているのに、更に優しさに甘んじるなんて情けないにも程があるじゃないか。
 だからせめて、恩返しがしたい。

「せめて、僕がジャッジ様に出来ることはありませんか……っ」

 僕に出来る限りの恩返しがしたいんだ。

「そのような必要は──」

「あります!」

 こればかりは譲れない。
 そんな思いで身を乗り出し訴えたが、ジャッジ様は必要ないと更に言い募る。
 このままでは有耶無耶にされてしまう、と焦った僕は、無礼を承知でジャッジ様の手を握って逃げられないようにした。

「何でもしますから……!」

「な……っ」

 珍しく眼鏡の奥の目を見開くジャッジ様。
 握った手を痛いぐらいに握り返されたのは、怒っているからだろうか。

「……か、軽々しくそのような言葉を口にするものではありません」

「軽々しくなんかありません! ジャッジ様にしか言いません!」

「……っ」

 僕は本気なのだ。
 その思いが伝わって欲しいと、僕は更に両手でジャッジ様の手を握れば、息を呑む音が聞こえてきた。

「……でしたら──」

「はい!」

 お忙しいジャッジ様の貴重な時間を僕が割いてしまったのだ。
 何でも良い。
 僕に出来る事であれば何でもするからと、僕も息を呑んでジャッジ様の言葉を待つ。

「ルット……」

「はい!」

「ルット、と……お呼びしてもよろしいですか?」

「はい! ……はい?」

 そしてついに重い口が開かれたわけだが、何を言われているのか良く分からなかった。
 僕の名前が何なんだ、とジャッジ様の手を握ったまま考えていたら、相手が理解していないと気づいたのか分かりやすく話してくれた。
 今までで一番早口だった。

「る……、ルット・ミセラトルだと呼びにくいのでルットと呼んでも良いかと聞いているんです……!」

「え……あ、はい。どうぞご自由に……」

 握られていない手で眼鏡を押し上げるジャッジ様は、僕から視線を外して眉間にシワが寄っている。
 不機嫌そうに見えるが、怒ってるわりには僕の手を離さない。
 そしてチラリとこちらを見られたので姿勢を正せば、なんとも歯切れの悪い声が僕の名を控えめに呼んだ。

「では……ルット」

「はい!」

「……」

 それで、余談はそれぐらいにして本題に戻りたいのだが。
 けれどジャッジ様はいつまで経っても本題の僕への要望に移らないし、僕は僕で待つしか出来ない。
 けれど僕は、しかめっ面のジャッジ様がほんの少し笑った気がして、ただ見とれていただけかもしれない。
 妙にドキドキして、ソワソワして。
 そしていつまでも、次の要望が話される事は無かった。


 ─────────────


いつもお読みいただきありがとうございます!
お気に入り登録や感想、それにエールまでいただけてとても感謝しています(⁠^⁠^⁠)

次回から更新が不定期になると思います。なるべく隔日ぐらいでの更新を目指しますが間が空いてしまったら申し訳ありません。
どうか気が向いた時に覗いてあげてください(⁠^⁠^⁠)
 
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