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59.温室
「やぁおかえりルットくん。ひどいじゃないかあんな置き手紙ひとつでサヨナラなんて! 枕を濡らしてケーキも喉を通らない日々だったよ……」
「ローズ嬢と仲良く食べてただろうが。三個も」
帰って早々に村人へ別れの挨拶をして十日、王都に帰ってきて出迎えてくれたのは、なんとエドワード殿下だった。
卒業済みなので制服姿ではない殿下は新鮮だが、言動はまったく変わっていなくてなんだかホッとする。
「ご無礼をいたしました。お忙しいかと思ってせめて手紙だけでもと考えたのですが……」
「ルット、私はしばし抜けますのでこの場で待機願います。なお無理に殿下の相手をしなくてもけっこうです」
「ひどい!」
「そもそも何故貴方がたはここに居るのですか」
ここ、とは学園の事である。
長旅を終えて家に向かう前に、ジャッジ様の所用があるからと寄ったのだ。ちなみにリリーは馬車でお留守番だ。
そこに何故か殿下達が居たのだが、理由はのらりくらりと躱して話してはくれなかった。
ジャッジ様は呆れ返りながらも「くれぐれも余計な事はしないように」と釘をさして去っていく。
そう言えばジャッジ様の所用とは何なのだろうか。
「それじゃルットくん、こっちこっち」
「えっ、しかし、ジャッジ様がここに居るようにと……」
「大丈夫、僕王族だから! 偉いから!」
「まったく大丈夫に聞こえんよな」
そしてジャッジ様の姿が見えなくなるや否や、さっそく動き出す殿下。
なんだか僕をどこかに案内したいようだが、この行為こそジャッジ様の言う余計な事のような気がした。
だが、気がした所で拒否なんてできるはずもない。
庶民が王族に逆らえるはずないだろう。
そんなわけで後ろ髪を引かれながらも殿下について行けば、庭の一角に建てられた温室に案内された。僕も入るのは初めてだ。
大きさは村の僕の家ほどの狭さだが造りは立派な温室だった。
「わっ」
さっそく戸を開けば、途端に視界に飛び込んできた無数の花たち。追って花の香りが包む。
この世のすべての美しい色を集めたんじゃないかと錯覚するほど鮮やかな世界に圧倒される僕の背後で、得意げな殿下の声が響いた。
「じゃーん! どお? 凄く綺麗だと思わないかい?」
「はい、とても……すっごく綺麗ですっ」
天井からも吊るされた花々を見渡して、ただ感嘆の声を上げた。
さすが王立の学園、温室すら規格外で素晴らしい。
そう納得していたのだが、まるでその考えを見越したように殿下が言葉を続けても驚く事になった。
「これねー、ジャッジが用意したんだよ」
「え? あ、そうなんですね。何かの式典の為ですか?」
「ある意味正解かな。ルットくんの式典の為」
「………………──へ?」
たっぷり間をおいて……やっぱり分からなかった。
だって僕の式典だぞ? なんだ僕の式典って。
ぽかんと間抜けヅラになっているだろう僕の隣に立った殿下は、すっと奥を指さした。
「あそこにガラス細工の一輪挿しがあるだろう?」
「はい……」
指さす方に視線をやれば、祭壇のような台に細いガラスの花瓶が置いてあった。
美しい花瓶だが花はなく、それだけがポツリと置かれている。
「あそこには薔薇の造花が一輪挿してあったんだ」
「薔薇の造花……──えっ」
「おっ、気づいちゃった?」
思い当たって、いやいやまさかと否定するが、殿下の面白そうな声がそれを更に否定した。
これ以上聞くのは恐ろしいが、ここはもしや──
「ここはね、薔薇の造花をルットくんに渡す為だけに作られた場所なんだよ」
「……っ!」
──嘘だと言ってくれ。
「同性婚が決議されたら真っ先にルットくんに想いを伝える為にわざわざ学園に作ったんだよねー。まぁ使われてない温室をジャッジのお金で綺麗にしてくれるなら好都合って事で学園も許可したみたいだけど」
「だが、んな事してる間に逃げられたわけだ」
「面白いよねー。根回しは完ぺきに見えて肝心な相手には逃げられあだだだだ──っ!!」
とんでもない話を楽しそうに喋っていた殿下が突然叫ぶ。
驚いていたら振り向けばその奥には……
「ひっ……」
眼鏡を光らせた魔王が殿下の頭を鷲掴みにしていた。とても怖いが顔は真っ赤だ。
「いったぁ! ねぇこれ不敬罪だよね!? 暴力振るったよ!?」
「俺は何も見てない」
「裏切り者っ!」
なんとか逃げ出した殿下は、まだ痛むのだろう頭を抱えて叫ぶ。
その後はいつものじゃれ合いだ。
「余計な事はするなと言ったはずです……っ」
「僕は余計な事なんてした事ないよ? 面白い事をしてるだけさ」
「失脚させようかこの王子……」
「ねぇこの側近僕を陥れようとしてるよ!?」
「俺は何も聞いてない」
「裏切り者っ!」
この流れも久しぶりだな、なんてしみじみ思うのはやや現実逃避をしているからか。
ジャッジ様と再会してからとんでもない情報ばかり飛び込んできて心臓に悪い。
けれど……
「ジャッジ様」
「なんです」
「ありがとうございます」
「……」
心臓へのダメージが治まると、その後にはじわじわ喜びが広がるのだ。
「次は完璧にしてみせます」
「その前にご相談いただけると嬉しいです」
またとんでもない事態になる前に。
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