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62.与えられた道

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 風呂は念入りに入った。
 いつもより時間をかけて時間をかけて……これ以上かけられなくなったので仕方なく出た。
 嫌なわけではない。断じてない。ただとろい性格だから、なかなか覚悟を決めきれないだけだ。

「や、でも今日するとは限らないし……」

 そうだ、いつも念入りに準備をするジャッジ様の事だから、まだまだ準備中かもしれない。
 何を準備するのかなんて想像もつかないが、凝り性のジャッジ様だから半端な事はしないだろう。
 だから今日は、ただ言葉通りに寝室を一緒するだけの可能性が高い。

「こちらがジャッジ様の寝室でございます」

「はい……!」

 年配の侍女に案内され、ガチガチの肩を揉まれながら「大丈夫大丈夫!」と励まされた。
 色々と心情があけすけなのはなかなか恥ずかしい。
 侍女が去ると、よし、と気合を入れてドアノブに手をかけた。
 重たいドアが開き、まず視界に映ったのは、美しいランプの明かりだった。

「わ、あ……」

 広い部屋は薄暗く、均等に配置されたランプから淡い光が辺りを彩る。
 次いで、ふわりと優しい香りが訪れた。
 花のような、とれたての果実のような、甘くて優しい香りだった。
 木製のワゴンにはピッチャーとグラスが用意されていて、溶けた氷がカラリと音を立てた。
 時折ふわりとどこからか花びらが舞い、床に付く前にふわりと消える。きっと何かしらの特別な魔法が使われているのだろう。
 特にベッド周りはキラキラ光る花びらが散っていてとても綺麗だ。
 その近くのチェストには数本の瓶が意味ありげに置かれており──

「──これは……」

 ……準備、万端なのかもしれない。
 なんとなく気まずくなって、そうっと後ずさりをしそうになった時。

「ルット」

「はぃぃいごめんなさいっ!!」

 まるで逃げ道を防ぐように声をかけられ、思わず飛び上がりそうになった。なぜ謝ったのかは自分も分からない。
 そして声の方へ振り向けば、すぐ後にジャッジ様が立っていた。
 彼は僕の隣に立ち自然な仕草で額に口づける。
 薄暗い中でもランプの明りでジャッジ様の綺麗な顔がよく見えてしまい、僕は視線をあちこちに彷徨わせる羽目になった。

「何か謝る事でも?」

「いえ、何も……っ」

「では座りましょう」

「……はい」

 僕の素っ頓狂な叫びはあまり気にされず、そっと腰を抱かれて誘導された。
 座ろうと言われたその先は、ソファではなくベッド。
 改めて近くで見ると、とても大きい。広い部屋にあるから分からなかったが、とても大きいのだ。
 一人で寝るには不必要な大きさに、これももしや特注品……と考えたが貴族ならこれぐらい普通なのかもとも考えた。

「ルット?」

「はい……!」

 やや思考がそれかけた僕を、またジャッジ様の声で戻された。
 かくかくした動作でベッドに腰掛けると、柔らかなシーツが僕の体を受け止める。
 当然隣には彼が座り、そばでベッドが沈む事で、更に肩が密着した。
 自分ではない熱が伝わってくるが、視線はどうしても隣に移せなくてやはりうろうろ彷徨ってしまう。

「……ふ、ん……っ!」

 そんな俯きがちの僕の顔を、すくい上げるようになされた口づけ。

「じゃ……あ、ふ」

 彼の名前を呼ぼうとして口を開いた瞬間。
 薄く開いた唇を割って中へ入り込んできた熱い熱。

「んん……っ」

 思わず鼻から抜けたような声が出て、僕は慌てて口を噤もうとした。
 しかし、そんな抵抗も空しく、ジャッジ様の舌は僕の中にまで侵入してきた。
 確かにキスの許可はいらないと伝えたが、これはこれで心臓に悪い気がした。

「ん……っふ……」

 くちゅりという音が耳に届く。水音を立てながらの深い口づけ。
 その激しさに思わず逃げ腰になった僕の体を、逃がさないとばかりに強く抱き寄せられる。
 そしてそのまま体重をかけられた僕は、いとも簡単にベッドに押し倒されてしまった。

「ん……ぁ……」

「ルット……」

「あ、んむ……っ!」

 口づけをしたまま、彼の熱い手が服の上からデコルテを撫でた。
 意味深な触れ合いに僕の体はビクリと揺れる。
 デコルテを撫でた手は腕を辿り、手首に触れて、指を絡めた。
 そして、指と指とを深く絡ませ合い、その強さに思わずゾクリとした。
 そのままシーツに押し付けられ、僕は逃げ場を失う。

「ルット……」

 唇を離して、しかし吐息のかかるような距離で彼が僕の名前を呼ぶ。
 僕の上に覆いかぶさったジャッジ様は、眼鏡越しに熱っぽい目で僕を見つめた。

「アナタを愛しています」

 視線が外されないまま、ジャッジ様は眼鏡を取る。
 その行為に、僕の体が熱くなる。
 眼鏡を外したその奥の顔は、僕の知らない『男』の顔だった。
 眼鏡をキャストに置いたその手で僕の頬を包む。
 そして彼は言うのだ。

「今日、ルットを抱いても良いですか?」

 ──と。

「……」

 これほどまでのシチュエーションを作って、これほどまでに熱く密着した体。
 この状態で、聞きますか? と口にしそうになって、やめた。
 そうだ、ジャッジ様はそういう人だ。
 念入りに準備して準備して、整えた一本の道を用意して、その上に誘導して。
 そして最後に、確認をする。

「ふ、ふふ……」

 実に彼らしいじゃないか。
 そう考えると、呆気にとられていた思考が緩む。
 きっと、ずっと、ずーっと前から準備していてくれたんだろう。
 僕の為に、これ以上にないほど整えた道を用意してくれたのだ。

「ルット……?」

 指に絡めていたジャッジ様の手に力が入る。
 逃げ場が見当たらなくなるまで進めたくせに、最後は不安げに僕の意見を求める。
 そんなジャッジ様が、愛おしかった。
 だから僕の返事を待つジャッジ様に微笑んで、頬に寄せられた手を自ら掴んだ。

「触れてほしいです。僕も、ジャッジ様に……──」

 本当は心臓が破裂しそうだけど、精一杯強がって、自ら唇を寄せた。
 ベッドがギシリと鈍い音をたてた。
 
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