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66.ローズ・ルドファール

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 僕らの結婚からひと月ほど経った。
 どこに行っても「おめでとう!」と祝福され、気恥ずかしくも幸せな日々を送っていた。
 噂では庶民と貴族の結婚を良く思わない人達も居ると聞く。
 しかしそんな人達が僕の前に現れないのは、おそらくジャッジ様が根回しをしているのだろう。
 だから僕も気づかないふりをして、今日もジャッジ様の隣で幸せそうに笑うのだ。

「どうぞ気楽になさって?」

「ひゃい……っ、は、はい……っ!」

 そんな幸せな日々を送っていた僕だが、今現在、とてもピンチに見舞われていた。
 ここはジャッジ様と僕の邸宅。
 整えられた広く美しい庭で、小さなテーブルの前に僕は座る。そんな僕の目の前には、縦巻きロールの金髪が美しいご令嬢が座っていた。
 目鼻立ちがハッキリとした整った顔。意思の強そうなエメラルドグリーンの瞳。
 その瞳にはすべて見透かされそうで、僕は先ほどから顔を上げられない。

「……」

 何かに助けを求めるように視線だけをそっと横に移すと、心配そうな二人の顔が見えた。
 僕らの会話が聞こえない、ギリギリの距離に居るのはジャッジ様とエドワード殿下だ。
 もう少し離れた場所でグラーナム様があくびをする。
 ジャッジ様とエドワード殿下もテーブルを挟み向かい合わせに座っているが、会話することも無くこちらを凝視していた。目の前の紅茶にすら手を付けていない。
 それはそうだ。婚約者を害した者の兄が、また婚約者と二人っきりでいるのだから。心配で心配で仕方ないだろう。

 そう、僕の目の前に座るご令嬢は、エドワード殿下の婚約者。ローズ・ルドファール様なのだ。

 なぜこんな事に……と思うが、このお茶会は僕に断る選択肢などなかった。
 なんせ、ルドファール様からの直々のお誘いだったのだから。

『じゃあ僕はローズの隣に──』

『エド、わたくし、彼と二人っきりで話したいと言いましたわ?』

『だ、だから! 僕は隣にいるだけで──』

『何度もお伝えしたでしょう? ほんの少しナイショのお話がしたいのだと』

『こ、婚約者の僕にナイショの話なんてひどいよ!』

『ではエドの預かり知らぬ所でナイショの話をしても良いんですのね?』

『……やだ』

 屋敷につくやいなや、殿下とルドファール様の攻防戦が繰り広げられ、ルドファール様が圧倒的勝利をおさめてこうなったわけだ。
 力関係が良く分かる争いだった。

 そういうわけで、殿下からとてつもなく心配そうに見守られる中でのお茶会が始まったわけである。
 ジャッジ様までいつもに増して眉間にシワを寄せて見守っている。やはり彼もルドファール様が心配なのだろうか。

「ごめんなさい、突然このようなお誘いをしてしまって」

「い、いいえ……っ」

「どうか顔を上げてくださる?」

「はい……」

 緊張がピークに達していた僕に、思いの外穏やかな声がかけられた。
 その声に誘われそろそろと顔を上げると、美しい顔で優しく微笑む彼女がいた。
 てっきり糾弾されるために来たのだと思っていた。
 なんせ彼女はリットの一番の被害者だ。散々濡れ衣を着せられ、しまいには高所から突き落とされたのだから。
 そんな相手の兄が次期宰相と謳われる人物と結婚して幸せになるなんて、たとえ世間が許しても加害者からしたらやるせない物があるだろう。
 なのに、なぜルドファール様はこんなにも優しく笑いかけてくれるのだろうか。

「まず、私はルットさんに言わなければならない事があります」

「……! はいっ」

 稀に見るほど美しいご令嬢の微笑みに思わず見惚れていると、さっそく話が本題に入り慌てて姿勢を正す。
 ちなみに彼女はずっと完璧な姿勢だ。
 何もかもが完璧な淑女に、リットよ、なぜこんな人と張り合おうとしたんだと頭を抱えたくなった。

「……今から私がお伝えする話は到底信じられないものかもしれませんが、どうか最後まで聞いていただきたいのです」

「はい!」

 真剣な眼差しで語られる本題に、僕は一つも聞き逃すまいと気合を入れたが──

「私、この物語の悪役令嬢なんですの」

「………………──は、はい」

 ──初っ端から挫けそうだ。
 
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