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そしてついに……
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店内に入ると、女主人が振り返った。
「いらっしゃいま……ちっ、なんだいあんたか。
客と間違えるから、入ってくるときにすぐ声を出せって何度言ったら分かるんだい」
アンデッド騒動があって以来、俺は久々に、解毒ポーションを卸していた薬屋に顔を出した。
女主人の態度は相変わらずだ。俺のことについては、誰からも何も聞いていないようだった。
「失礼しました」
俺はにっこりと笑みを浮かべる。
女主人はぎょっとした表情を浮かべたが、それを誤魔化すように咳払いしいつもの調子で言った。
「それで? 何日も顔を見せなかったと思ったら、今日は何の用だい。
アンデッドで町中がパニックになったとはいえ、別に体に異常がないんだったらもうちょっと早くこの店に顔を出すのが筋ってもんだと思うけどね。
別にいいんだよ、うちは。あんたとの契約を取りやめてやっても」
いつもの脅し文句。でも今はちょうどいい。
「よかった。その話をさせてもらいに来たんです」
「あぁ?」
俺は肩掛けから、ギルドで渡された書類を取り出す。
「一応、俺の希望だけで契約を解消することができるとは聞いたんですけれど、契約解除の書類に店側のサインをもらうこともできるとのことだったので。
いつもあなたからは契約を解除しても構わないというお話を受けていたので、先に商人ギルドの方に話を通させて頂きました。
よろしかったですよね?」
ぽかん、と口を開けた女主人。
その顔を見て、思わず笑いそうになり目を逸らす。
女主人は俺の手から書類をもぎとった。
「ああ、そう! 別に私のとこは困らないからね、喜んでサインさせてもらうわ。
でも、あんたみたいなのと契約してくれる薬屋が他にあるかねぇ?
私も同業には知り合いが何人かいるから、その人たちにあんたのこと聞かれたら、正直に答えるしかないからねぇ」
女主人はサインをしながら、つらつらと嫌味を吐いた。やれやれ、最後まで感じの悪い人だな。
女主人が突き返してきた書類を受け取って、確認する。よし、これで契約解除は間違いなく成立だ。後からごたごたするのは嫌だからね。
俺は書類をかばんにおさめると、顔をあげ、にっこりと笑った。
「3年間、お世話になりました」
女はまたぎょっと目を見開くが、やはり動揺を悟られたくないのか普段通りの調子を装う。
「ふん。最後になってからようやくその態度かい。
そんな態度をとったって、次の店の口利きなんかしてやんないよ」
「あ、大丈夫です。
自分で店を開くことにしたので」
「……は?」
ぷっ。
流石に噴き出してしまった。いかん、いかん。
「ですから。
あなたがおっしゃるように、私みたいな者のことを雇ってくれる人はいないだろうなぁと思って。店を開くことにしました。
ちなみに、通りを挟んで向こう側です。空いていた貸店舗があったので、既に契約を済ませてきました」
女主人は、無言で固まっている。
「以前、おっしゃっていましたよね?
値段に文句があるなら自分で店を開けばいいじゃないか、って。
本当にその通りだと思いました。ですからこれからは、自分の好きな値段でつくったポーションを売らせていただこうと思います。
そんなに離れた距離ではないので、もしかしたら価格競争になっちゃうかもしれませんが、商人ギルドに確認したところ、ギルドの認可が下りてさえいれば特に問題はないとのことだったので。
どうぞこれから、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げた後、顔を窺う。
石化の魔法にでもかかったのかなと思うほど、女主人は動かなかった。
待てど暮らせど返事はないので、店を出ることにする。
「じゃあ、失礼します」
満面の笑みを向けると、女主人は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。
薬屋を出て、俺は何軒かの店の前を歩く。目的地にはすぐについた。振り返れば、あの女主人の店が反対の通りに小さく見える。
俺は目の前の空き物件を見た。何の変哲もない、木製、二階建ての一軒家。一階が店スペース、二階が居住スペース。これから毎日、俺が暮らす物件だ。
契約金は、店舗の登録と合わせて金貨300枚弱。以降30日ごとに10枚ずつ支払うことになっている。おちおちしてたら、残りの資金700枚も底をついてしまうだろう。
「さ。とっとと店の準備を終わらせて、開店までこぎつけるぞ」
期待に胸を膨らませて、自分の薬屋となる建物に足を踏み入れた。
「いらっしゃいま……ちっ、なんだいあんたか。
客と間違えるから、入ってくるときにすぐ声を出せって何度言ったら分かるんだい」
アンデッド騒動があって以来、俺は久々に、解毒ポーションを卸していた薬屋に顔を出した。
女主人の態度は相変わらずだ。俺のことについては、誰からも何も聞いていないようだった。
「失礼しました」
俺はにっこりと笑みを浮かべる。
女主人はぎょっとした表情を浮かべたが、それを誤魔化すように咳払いしいつもの調子で言った。
「それで? 何日も顔を見せなかったと思ったら、今日は何の用だい。
アンデッドで町中がパニックになったとはいえ、別に体に異常がないんだったらもうちょっと早くこの店に顔を出すのが筋ってもんだと思うけどね。
別にいいんだよ、うちは。あんたとの契約を取りやめてやっても」
いつもの脅し文句。でも今はちょうどいい。
「よかった。その話をさせてもらいに来たんです」
「あぁ?」
俺は肩掛けから、ギルドで渡された書類を取り出す。
「一応、俺の希望だけで契約を解消することができるとは聞いたんですけれど、契約解除の書類に店側のサインをもらうこともできるとのことだったので。
いつもあなたからは契約を解除しても構わないというお話を受けていたので、先に商人ギルドの方に話を通させて頂きました。
よろしかったですよね?」
ぽかん、と口を開けた女主人。
その顔を見て、思わず笑いそうになり目を逸らす。
女主人は俺の手から書類をもぎとった。
「ああ、そう! 別に私のとこは困らないからね、喜んでサインさせてもらうわ。
でも、あんたみたいなのと契約してくれる薬屋が他にあるかねぇ?
私も同業には知り合いが何人かいるから、その人たちにあんたのこと聞かれたら、正直に答えるしかないからねぇ」
女主人はサインをしながら、つらつらと嫌味を吐いた。やれやれ、最後まで感じの悪い人だな。
女主人が突き返してきた書類を受け取って、確認する。よし、これで契約解除は間違いなく成立だ。後からごたごたするのは嫌だからね。
俺は書類をかばんにおさめると、顔をあげ、にっこりと笑った。
「3年間、お世話になりました」
女はまたぎょっと目を見開くが、やはり動揺を悟られたくないのか普段通りの調子を装う。
「ふん。最後になってからようやくその態度かい。
そんな態度をとったって、次の店の口利きなんかしてやんないよ」
「あ、大丈夫です。
自分で店を開くことにしたので」
「……は?」
ぷっ。
流石に噴き出してしまった。いかん、いかん。
「ですから。
あなたがおっしゃるように、私みたいな者のことを雇ってくれる人はいないだろうなぁと思って。店を開くことにしました。
ちなみに、通りを挟んで向こう側です。空いていた貸店舗があったので、既に契約を済ませてきました」
女主人は、無言で固まっている。
「以前、おっしゃっていましたよね?
値段に文句があるなら自分で店を開けばいいじゃないか、って。
本当にその通りだと思いました。ですからこれからは、自分の好きな値段でつくったポーションを売らせていただこうと思います。
そんなに離れた距離ではないので、もしかしたら価格競争になっちゃうかもしれませんが、商人ギルドに確認したところ、ギルドの認可が下りてさえいれば特に問題はないとのことだったので。
どうぞこれから、よろしくお願いします」
ぺこっと頭を下げた後、顔を窺う。
石化の魔法にでもかかったのかなと思うほど、女主人は動かなかった。
待てど暮らせど返事はないので、店を出ることにする。
「じゃあ、失礼します」
満面の笑みを向けると、女主人は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。
薬屋を出て、俺は何軒かの店の前を歩く。目的地にはすぐについた。振り返れば、あの女主人の店が反対の通りに小さく見える。
俺は目の前の空き物件を見た。何の変哲もない、木製、二階建ての一軒家。一階が店スペース、二階が居住スペース。これから毎日、俺が暮らす物件だ。
契約金は、店舗の登録と合わせて金貨300枚弱。以降30日ごとに10枚ずつ支払うことになっている。おちおちしてたら、残りの資金700枚も底をついてしまうだろう。
「さ。とっとと店の準備を終わらせて、開店までこぎつけるぞ」
期待に胸を膨らませて、自分の薬屋となる建物に足を踏み入れた。
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