brat中編

根無し草

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その13

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◆◆◆

裕之の母親がクズだとわかった翌日、カシラから電話が入った。

『おお葛西、俺がわざわざ電話をかけた理由はわかるよな?』

回りくどい言い方が鼻につく。

『はい、裕之っすか?』

『そうだ、あの子は学校があるだろう、次の土曜か日曜だな』

『あの……またラブホですか?』

『おお、そりゃあな、どっか連れて行ってやりてぇが、内緒だからな、誰かに見られちゃマズい』

だったらやめろって話だ。

『あのー、もうやめた方がいいんじゃないっすかね、相手は中学生ですし』

『馬鹿言うな、俺はあのガキが気に入った、可愛いじゃねーか』

カシラも暇じゃねーのに、いい加減他に行きゃいい。

『っとー、可愛い子なら、売り専にもいますよ、あ、こないだ、四七築の刈谷が話してました、徒然草って売り専に18のイケメンがいるらしいっす、カシラもどうっすか?  1度行ってみられたら……』

刈谷が話していた事を言ってみた。

『あのなー、俺はそんな擦れた奴らに興味はねー』

ちっ、初心者の癖に贅沢言って……。

『そうっすか?  そいつは残念っすね』

『だからよ、お前、裕之を連れてこい、土曜より日曜がいいな、時間は……午前中だ、俺は昼から用がある』

『そっすか、わかりました』

昼から出るなら、ちょっとは安心だ。

承諾して電話を切ったが、裕之は今日は学校を休んで家にいる。
あの母親が休みにしていたからだ。

あんな事があってちょい心配だから、また電話すると言ってある。

時計を見たらちょうど昼だ。

「おい、俺は帰るからな、しっかりやれよ」

「はい、ご苦労さまです」

俺は今、事実上うちが持ってるソープに来ている。
資料を見て色々確認したが、特に問題ない。

店長に声をかけて店を出た。
今日は1人だ。

車に乗って裕之に電話してみた。

なかなか出なかったが、やっと出た。

『おお裕之、親父は仕事か?』

『はい……』

いつもなら『葛西さん!』と言って食いついてくるが、なんとなく元気がねー。

『どうした、昨日の事がショックだったか?』

『あの……そりゃあやっぱりショックです、母さんがあんな事をするとは思わなかったし』

『そうだな、けどよ、世の中にゃろくでもねー親はいくらでもいる、ダメな奴はどう転んでもダメだ、そんな奴の為にお前が凹むこたぁねーんだよ、悲観するな』

『はい……』

元気づけたいが、やっぱり元気がねー。

『大丈夫か?』

『あの……今朝から頭が痛くて……喉も』

『ん?  風邪か?』

『熱を測ったら……、38度ありました』

『あ、そうなのか?  熱か……』

風邪をひいちまったらしい。
俺はこの後も回るとこがあるが、合間になら寄れるだろう。

『あのな、家に寄ってやる、なんか食いてぇもんはあるか?』

『え、来てくれるんですか?』

『おお、兄ちゃんなら、当然だろう、なんか買ってくわ、何がいい』

『あ、あの……それじゃあ、アイスを』

『アイスか、わかった、適当に買ってく、あと飲みもんもとった方がいい、お前、薬は飲んだか?』

『いいえ、置き薬を切らしてて』

『じゃ、薬もだ』

『すみません……』

『いいんだよ、今すぐじゃねーが、家に行く、それまでな、なんか水分とって、食えるもんを食って寝てな』

『はい』

念を押して言ったら、少し声に張りが戻ってきた。


それから俺は、今日行く予定だった所を数箇所回り、そのついでに必要な物を買い揃えた。

アイスは溶けちまうから、一番最後にコンビニに寄った。
そこで菓子パンやプリンもついでに買い、店を出てまっすぐに裕之の家を目指した。

家に着いたら、塀にぴったりと寄せて車をとめ、レジ袋を提げて玄関に向かった。
この家は確かにデカい。
敷地もだが、家は洒落た洋館って雰囲気だ。
玄関のわきには自転車が置いてある。
裕之の自転車だ。
呼び鈴を押したら、裕之はすぐに出てきた。

「葛西さん……」

パジャマを着ていて、髪はボサボサになっている。

「おお、大丈夫か?  熱は」

とにかく玄関に入った。

「あ、はい、まだありますが……上がってください」

「おお、それじゃ、邪魔するぜ」

ゆったりとした玄関、廊下に上がったら広い廊下を進み、キッチンやリビングを通り過ぎたが、こんな広い家で2人暮しは贅沢だ。
他にもドアがあるから、部屋数も1階と2階、リビングを合わせて6部屋以上はあるだろう。
裕之はひとつのドアの前で足を止めた。

「あの、俺の部屋2階なんですが、階段が辛いから……下で寝てます、どうぞ」

俺に言ってきたが、早いとこ寝かせた方がよさそうだ。

「ああ、いいから寝ろ」

布団は抜け出したまんまの状態だが、だだっ広い部屋のど真ん中に布団が敷いてある。
にしても、ガキが熱を出してるなら、普通は洗面器やタオル、看病する物が置いてある筈だが、布団の周りにはなんにもない。

「あのー、すみません、じゃ……」

裕之は頭を下げて布団に入ったが、座ったままでいる。

「親父はなにも用意しなかったのか?」

「父さんは熱が出た事を知りません」

「そうなのか……、なら仕方ねーか」

知ってて放置したんじゃねーかと思ったが、そうじゃなかったようだ。
だったらいいが、とりあえず、買ってきたもんを出した。

「ほら、アイスだ、あとはな、パンやプリンがある、裕之、なんか食ったか?」

先にアイスを手渡して聞いた。

「いえ、食べたくないんで」

「じゃあ、アイスを食え、それなら食えるだろ?」

なにか食わなきゃ薬が飲めねー。
スプーンを渡して、ついでに薬も出した。

「はい、すみません……」

いちいち頭を下げるが、そんな必要はねぇ。

「そんなペコペコするな、病人が気を使うこたぁねーんだよ、で、薬は風邪薬と解熱剤があるが、どっちがいいんだ?」

「っと……風邪薬かな」

「おお、喉が痛てぇって言ってたな、じゃ、とにかくアイスを食っちまいな」

「はい……」

裕之はアイスの蓋をあけて食べ始めた。

「よし、ちょっと額をかせ」

おでこに手をあてて確かめてみた。

「うーん、やっぱ熱いな」

明らかに熱がある。

「えへへ……」

なのに、スプーンを口に運んでニヤニヤしている。

「なんだ?」

「だって……、超やさしーし」

「馬鹿……兄貴なら心配ぐれぇするだろう」

「やっぱ……当たってた」

「なにがだ?」

「俺の勘……、葛西さんは……俺が思った通りの人だ」

「あのなー、病人の癖に妙な事を言うな、調子狂っちまう」

「葛西さん、兄さんなのはわかってるけど、どうして俺にそんなに優しくしてくれるの?」

「どうしてって……、そりゃ成り行きだ」

本当に成り行きで……。
俺はただ、こいつを守ってやらなきゃって、そう思った。

「ストーカーして、良かった」

「お前なー」

「俺、好きです」

「えっ?」

「葛西さんの事、本気で好きになりました」

なにかと思ったら、いきなり告ってきやがった。

「いやいや……早まるな、お前はまだ中一だ、これから恋をしたり、山ほど楽しい事がある、今はあれだ、多分な、俺みてぇなヤクザもんに優しくされて、意外だと思ってよ、辺に意識しちまった、それを好きってやつとごっちゃにしてるんだ」

多感で勘違いしがちな年頃だから、うっかりそう思い込んじまったんだろう。

「俺……、昨日、おじさんについて行って、ここで経験するのもありかな?  ってチラッと思いました、母さんはハッキリ言わなかったけど、泊まるって事は……そういう事かな?  って思ったんで、でもおじさんは俺に『キスした事ある?』って聞いてきた、首を横に振ったら……手をぎゅうっと握ってきて、すげー嫌だって思った」

「あの男、そんな事をしたのか」

ショタコンは珍しい事じゃなく、案外そこら辺にいるらしい。

「はい、で、ガバッと抱き締めてキスしようとした」

「お、おお……、で、どうなった?  やられちまったのか?」

「気持ち悪くて、突き放しました」

一瞬緊張感が走ったが、良かった。

「そうか……」

「葛西さんの顔が浮かんだんです」

「えっ」

「俺は葛西さんが好きだ、だから見知らぬおじさんなんかとやりたくないって、そう思った」

裕之はあくまでもそっちに振りたいようだが、俺はどう答えりゃいいかわからねー。

「いや、そうか……、歯止めになったなら、俺も少しは役に立ったんだな」

「葛西さん!」

「あっ……」

布団のすぐわきに座ってるから、裕之はアイスを置いて俺に抱きついてきた。

「お願いします、背中を抱いてください」

「あ、ああ……」

背中を抱く位どうって事ねー。
友人ならハグする事もあるだろう。
両腕で背中を抱いてやった。

「凄い落ち着く……、気分がいい」

裕之は気持ちよさそうな面ぁしてくっついている。

「そうか、それならいいんだが、お前、薬飲まねぇと……」

アイスはほとんど空になってるし、薬を飲んだ方がいい。

「飲みます……」

裕之は顔を上げて俺をじっと見つめてくる。
な、なんだか妙な気分だ。
どう見ても、まだ男って感じじゃねー。
少年なのは分かっちゃいるが……中性的な匂いがする。

「キスして欲しい」

「あ……」

不意に言われてドキッとした。
パジャマから覗く白い項……頼りなく痩せた体……物欲しそうな潤んだ瞳。

色香に惹き込まれ、顔を近づけて唇に触れた。
華奢な腕が背中を抱いてきて、気分が昂った。
柔らかな唇を吸ったら、手が勝手に裕之の体を弄っていた。

「んっ……」

だが、小さな呻き声を聞いてハッとした。

「……やっちまった」

慌てて離れたが、俺はそっちのけはねーと、こないだ親父に言ったばっかしなのに。

「へへっ……、やった」

裕之の奴、したり顔で喜んでやがる。

「裕之、今のは無しだ、リセットしろ」

「あの、誰にも言いません、リセットはできません」

「くっ……、すまねー、わりぃ事をした」

取り消しが無理なら、せめて詫びなきゃマズい。

「悪くない、俺、葛西さんなら、抱かれてもいい」

「ち、ちょっと待て……」

不覚にも、またドキッとしちまった。
俺、どうかしてる。

「買うとか無しで、初体験はやっぱり好きな人がいい」

当の本人はケロッとして、またマセた事を言い出した。

「馬鹿、なにが初体験だ、童貞の癖して、まったくよー、とにかく……薬だ」

ペットボトルの蓋を開け、薬の瓶から錠剤を数粒出して握った。

「裕之、ほら、薬だ、ジュースも」

「はい」

裕之はペットボトルと薬を受け取ると、薬を口に放り込み、ジュースで一気に流し込んだ。

「よし、飲んだら寝ろ」

肩を掴んで寝るように促した。

「葛西さん……」

裕之は布団に入ったが、手を出して俺の手を掴んできた。

「あっ、こら」

咄嗟に引こうとしたが……。

「手を握ったら駄目ですか?」

マジな顔で聞いてくる。

「い、いや、構わねー」

駄目だとは言えなかった。


裕之は俺の手を握って幸せそうな面をする。

たかが手を貸すぐれぇしれてる。
少しの間、好きにさせてやる事にした。

頃合を見て手を引いたが、その代わり、額に冷えピタを貼ってやった。

「えへへっ、葛西さんが来てくれたから、もう治った」

そしたら、底抜けに嬉しそうに笑う。
そう言ってくれりゃ来た甲斐があったってもんだが、こういう事は本来親がやるべきだ。

「お前、こんな風に風邪をひいた時、お袋さんは看病してくれたのか?」

「うん、必要な物を並べてくれた」

「ん、布団の周りにか?」

「そうです」

「頭ぁ冷やしてくれたり、そばについててくれたり、そういうのはどうなんだ?」

「ないです、何か異常があったら呼べって言って……、自分の部屋に戻ってました」

「変わった親だ、普通なら心配で、そばにいて様子を見るだろう」

「別に意地悪を言うわけじゃないから、俺は黙ってましたが、小学5年生になった時、俺、あの……恥ずかしいけど、夢精したんです、で、パンツを汚しちゃった、そのパンツ、こっそり洗濯機に入れたら……、後でゴミ箱に捨てられてました、なんかズキッときた、凄く汚らわしい事をしたみたいで……」

「夢精は男なら当たり前じゃねーの、女だって生理になるだろ、それを汚ぇと思ったのか?  ったく……呆れた母親だ」

「だから、やっぱり男の子は嫌だったんです、俺、母さんのそういうとこ、気にしないようにしてました、ただ、時々無性に寂しくなった」

「親父は仕事で不在か?」

「はい」

「はあー、お前……、なんかよ、俺らの間で聞く話とはかなり違うな、俺らの仲間はまともに殴られたりして育った奴が多い、けどよー、お前の話は……じわじわくるな、あのよ、お前にこんな事言ったら残酷かもしれねーが、お前が受けたそういうやつ、それもある意味虐待だ」

「はい、ですね……、だけどもういい、俺には葛西さんがいる、こんな風に優しくしてくれて、それだけで元気になれる」

「裕之……」

こいつは愛情に飢えていた。
俺は……今はいてやれるが、いずれは……。

「へへっ……」

だけど、今は先の事は無しだ。
こんなに屈託なく笑われちゃ、けちょんけちょんにやられちまう。

「ほら、布団かけて寝ろ」

「はい」

俺はこいつを守ってやりてぇ。





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