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その13
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◆◆◆
裕之の母親がクズだとわかった翌日、カシラから電話が入った。
『おお葛西、俺がわざわざ電話をかけた理由はわかるよな?』
回りくどい言い方が鼻につく。
『はい、裕之っすか?』
『そうだ、あの子は学校があるだろう、次の土曜か日曜だな』
『あの……またラブホですか?』
『おお、そりゃあな、どっか連れて行ってやりてぇが、内緒だからな、誰かに見られちゃマズい』
だったらやめろって話だ。
『あのー、もうやめた方がいいんじゃないっすかね、相手は中学生ですし』
『馬鹿言うな、俺はあのガキが気に入った、可愛いじゃねーか』
カシラも暇じゃねーのに、いい加減他に行きゃいい。
『っとー、可愛い子なら、売り専にもいますよ、あ、こないだ、四七築の刈谷が話してました、徒然草って売り専に18のイケメンがいるらしいっす、カシラもどうっすか? 1度行ってみられたら……』
刈谷が話していた事を言ってみた。
『あのなー、俺はそんな擦れた奴らに興味はねー』
ちっ、初心者の癖に贅沢言って……。
『そうっすか? そいつは残念っすね』
『だからよ、お前、裕之を連れてこい、土曜より日曜がいいな、時間は……午前中だ、俺は昼から用がある』
『そっすか、わかりました』
昼から出るなら、ちょっとは安心だ。
承諾して電話を切ったが、裕之は今日は学校を休んで家にいる。
あの母親が休みにしていたからだ。
あんな事があってちょい心配だから、また電話すると言ってある。
時計を見たらちょうど昼だ。
「おい、俺は帰るからな、しっかりやれよ」
「はい、ご苦労さまです」
俺は今、事実上うちが持ってるソープに来ている。
資料を見て色々確認したが、特に問題ない。
店長に声をかけて店を出た。
今日は1人だ。
車に乗って裕之に電話してみた。
なかなか出なかったが、やっと出た。
『おお裕之、親父は仕事か?』
『はい……』
いつもなら『葛西さん!』と言って食いついてくるが、なんとなく元気がねー。
『どうした、昨日の事がショックだったか?』
『あの……そりゃあやっぱりショックです、母さんがあんな事をするとは思わなかったし』
『そうだな、けどよ、世の中にゃろくでもねー親はいくらでもいる、ダメな奴はどう転んでもダメだ、そんな奴の為にお前が凹むこたぁねーんだよ、悲観するな』
『はい……』
元気づけたいが、やっぱり元気がねー。
『大丈夫か?』
『あの……今朝から頭が痛くて……喉も』
『ん? 風邪か?』
『熱を測ったら……、38度ありました』
『あ、そうなのか? 熱か……』
風邪をひいちまったらしい。
俺はこの後も回るとこがあるが、合間になら寄れるだろう。
『あのな、家に寄ってやる、なんか食いてぇもんはあるか?』
『え、来てくれるんですか?』
『おお、兄ちゃんなら、当然だろう、なんか買ってくわ、何がいい』
『あ、あの……それじゃあ、アイスを』
『アイスか、わかった、適当に買ってく、あと飲みもんもとった方がいい、お前、薬は飲んだか?』
『いいえ、置き薬を切らしてて』
『じゃ、薬もだ』
『すみません……』
『いいんだよ、今すぐじゃねーが、家に行く、それまでな、なんか水分とって、食えるもんを食って寝てな』
『はい』
念を押して言ったら、少し声に張りが戻ってきた。
それから俺は、今日行く予定だった所を数箇所回り、そのついでに必要な物を買い揃えた。
アイスは溶けちまうから、一番最後にコンビニに寄った。
そこで菓子パンやプリンもついでに買い、店を出てまっすぐに裕之の家を目指した。
家に着いたら、塀にぴったりと寄せて車をとめ、レジ袋を提げて玄関に向かった。
この家は確かにデカい。
敷地もだが、家は洒落た洋館って雰囲気だ。
玄関のわきには自転車が置いてある。
裕之の自転車だ。
呼び鈴を押したら、裕之はすぐに出てきた。
「葛西さん……」
パジャマを着ていて、髪はボサボサになっている。
「おお、大丈夫か? 熱は」
とにかく玄関に入った。
「あ、はい、まだありますが……上がってください」
「おお、それじゃ、邪魔するぜ」
ゆったりとした玄関、廊下に上がったら広い廊下を進み、キッチンやリビングを通り過ぎたが、こんな広い家で2人暮しは贅沢だ。
他にもドアがあるから、部屋数も1階と2階、リビングを合わせて6部屋以上はあるだろう。
裕之はひとつのドアの前で足を止めた。
「あの、俺の部屋2階なんですが、階段が辛いから……下で寝てます、どうぞ」
俺に言ってきたが、早いとこ寝かせた方がよさそうだ。
「ああ、いいから寝ろ」
布団は抜け出したまんまの状態だが、だだっ広い部屋のど真ん中に布団が敷いてある。
にしても、ガキが熱を出してるなら、普通は洗面器やタオル、看病する物が置いてある筈だが、布団の周りにはなんにもない。
「あのー、すみません、じゃ……」
裕之は頭を下げて布団に入ったが、座ったままでいる。
「親父はなにも用意しなかったのか?」
「父さんは熱が出た事を知りません」
「そうなのか……、なら仕方ねーか」
知ってて放置したんじゃねーかと思ったが、そうじゃなかったようだ。
だったらいいが、とりあえず、買ってきたもんを出した。
「ほら、アイスだ、あとはな、パンやプリンがある、裕之、なんか食ったか?」
先にアイスを手渡して聞いた。
「いえ、食べたくないんで」
「じゃあ、アイスを食え、それなら食えるだろ?」
なにか食わなきゃ薬が飲めねー。
スプーンを渡して、ついでに薬も出した。
「はい、すみません……」
いちいち頭を下げるが、そんな必要はねぇ。
「そんなペコペコするな、病人が気を使うこたぁねーんだよ、で、薬は風邪薬と解熱剤があるが、どっちがいいんだ?」
「っと……風邪薬かな」
「おお、喉が痛てぇって言ってたな、じゃ、とにかくアイスを食っちまいな」
「はい……」
裕之はアイスの蓋をあけて食べ始めた。
「よし、ちょっと額をかせ」
おでこに手をあてて確かめてみた。
「うーん、やっぱ熱いな」
明らかに熱がある。
「えへへ……」
なのに、スプーンを口に運んでニヤニヤしている。
「なんだ?」
「だって……、超やさしーし」
「馬鹿……兄貴なら心配ぐれぇするだろう」
「やっぱ……当たってた」
「なにがだ?」
「俺の勘……、葛西さんは……俺が思った通りの人だ」
「あのなー、病人の癖に妙な事を言うな、調子狂っちまう」
「葛西さん、兄さんなのはわかってるけど、どうして俺にそんなに優しくしてくれるの?」
「どうしてって……、そりゃ成り行きだ」
本当に成り行きで……。
俺はただ、こいつを守ってやらなきゃって、そう思った。
「ストーカーして、良かった」
「お前なー」
「俺、好きです」
「えっ?」
「葛西さんの事、本気で好きになりました」
なにかと思ったら、いきなり告ってきやがった。
「いやいや……早まるな、お前はまだ中一だ、これから恋をしたり、山ほど楽しい事がある、今はあれだ、多分な、俺みてぇなヤクザもんに優しくされて、意外だと思ってよ、辺に意識しちまった、それを好きってやつとごっちゃにしてるんだ」
多感で勘違いしがちな年頃だから、うっかりそう思い込んじまったんだろう。
「俺……、昨日、おじさんについて行って、ここで経験するのもありかな? ってチラッと思いました、母さんはハッキリ言わなかったけど、泊まるって事は……そういう事かな? って思ったんで、でもおじさんは俺に『キスした事ある?』って聞いてきた、首を横に振ったら……手をぎゅうっと握ってきて、すげー嫌だって思った」
「あの男、そんな事をしたのか」
ショタコンは珍しい事じゃなく、案外そこら辺にいるらしい。
「はい、で、ガバッと抱き締めてキスしようとした」
「お、おお……、で、どうなった? やられちまったのか?」
「気持ち悪くて、突き放しました」
一瞬緊張感が走ったが、良かった。
「そうか……」
「葛西さんの顔が浮かんだんです」
「えっ」
「俺は葛西さんが好きだ、だから見知らぬおじさんなんかとやりたくないって、そう思った」
裕之はあくまでもそっちに振りたいようだが、俺はどう答えりゃいいかわからねー。
「いや、そうか……、歯止めになったなら、俺も少しは役に立ったんだな」
「葛西さん!」
「あっ……」
布団のすぐわきに座ってるから、裕之はアイスを置いて俺に抱きついてきた。
「お願いします、背中を抱いてください」
「あ、ああ……」
背中を抱く位どうって事ねー。
友人ならハグする事もあるだろう。
両腕で背中を抱いてやった。
「凄い落ち着く……、気分がいい」
裕之は気持ちよさそうな面ぁしてくっついている。
「そうか、それならいいんだが、お前、薬飲まねぇと……」
アイスはほとんど空になってるし、薬を飲んだ方がいい。
「飲みます……」
裕之は顔を上げて俺をじっと見つめてくる。
な、なんだか妙な気分だ。
どう見ても、まだ男って感じじゃねー。
少年なのは分かっちゃいるが……中性的な匂いがする。
「キスして欲しい」
「あ……」
不意に言われてドキッとした。
パジャマから覗く白い項……頼りなく痩せた体……物欲しそうな潤んだ瞳。
色香に惹き込まれ、顔を近づけて唇に触れた。
華奢な腕が背中を抱いてきて、気分が昂った。
柔らかな唇を吸ったら、手が勝手に裕之の体を弄っていた。
「んっ……」
だが、小さな呻き声を聞いてハッとした。
「……やっちまった」
慌てて離れたが、俺はそっちのけはねーと、こないだ親父に言ったばっかしなのに。
「へへっ……、やった」
裕之の奴、したり顔で喜んでやがる。
「裕之、今のは無しだ、リセットしろ」
「あの、誰にも言いません、リセットはできません」
「くっ……、すまねー、わりぃ事をした」
取り消しが無理なら、せめて詫びなきゃマズい。
「悪くない、俺、葛西さんなら、抱かれてもいい」
「ち、ちょっと待て……」
不覚にも、またドキッとしちまった。
俺、どうかしてる。
「買うとか無しで、初体験はやっぱり好きな人がいい」
当の本人はケロッとして、またマセた事を言い出した。
「馬鹿、なにが初体験だ、童貞の癖して、まったくよー、とにかく……薬だ」
ペットボトルの蓋を開け、薬の瓶から錠剤を数粒出して握った。
「裕之、ほら、薬だ、ジュースも」
「はい」
裕之はペットボトルと薬を受け取ると、薬を口に放り込み、ジュースで一気に流し込んだ。
「よし、飲んだら寝ろ」
肩を掴んで寝るように促した。
「葛西さん……」
裕之は布団に入ったが、手を出して俺の手を掴んできた。
「あっ、こら」
咄嗟に引こうとしたが……。
「手を握ったら駄目ですか?」
マジな顔で聞いてくる。
「い、いや、構わねー」
駄目だとは言えなかった。
裕之は俺の手を握って幸せそうな面をする。
たかが手を貸すぐれぇしれてる。
少しの間、好きにさせてやる事にした。
頃合を見て手を引いたが、その代わり、額に冷えピタを貼ってやった。
「えへへっ、葛西さんが来てくれたから、もう治った」
そしたら、底抜けに嬉しそうに笑う。
そう言ってくれりゃ来た甲斐があったってもんだが、こういう事は本来親がやるべきだ。
「お前、こんな風に風邪をひいた時、お袋さんは看病してくれたのか?」
「うん、必要な物を並べてくれた」
「ん、布団の周りにか?」
「そうです」
「頭ぁ冷やしてくれたり、そばについててくれたり、そういうのはどうなんだ?」
「ないです、何か異常があったら呼べって言って……、自分の部屋に戻ってました」
「変わった親だ、普通なら心配で、そばにいて様子を見るだろう」
「別に意地悪を言うわけじゃないから、俺は黙ってましたが、小学5年生になった時、俺、あの……恥ずかしいけど、夢精したんです、で、パンツを汚しちゃった、そのパンツ、こっそり洗濯機に入れたら……、後でゴミ箱に捨てられてました、なんかズキッときた、凄く汚らわしい事をしたみたいで……」
「夢精は男なら当たり前じゃねーの、女だって生理になるだろ、それを汚ぇと思ったのか? ったく……呆れた母親だ」
「だから、やっぱり男の子は嫌だったんです、俺、母さんのそういうとこ、気にしないようにしてました、ただ、時々無性に寂しくなった」
「親父は仕事で不在か?」
「はい」
「はあー、お前……、なんかよ、俺らの間で聞く話とはかなり違うな、俺らの仲間はまともに殴られたりして育った奴が多い、けどよー、お前の話は……じわじわくるな、あのよ、お前にこんな事言ったら残酷かもしれねーが、お前が受けたそういうやつ、それもある意味虐待だ」
「はい、ですね……、だけどもういい、俺には葛西さんがいる、こんな風に優しくしてくれて、それだけで元気になれる」
「裕之……」
こいつは愛情に飢えていた。
俺は……今はいてやれるが、いずれは……。
「へへっ……」
だけど、今は先の事は無しだ。
こんなに屈託なく笑われちゃ、けちょんけちょんにやられちまう。
「ほら、布団かけて寝ろ」
「はい」
俺はこいつを守ってやりてぇ。
裕之の母親がクズだとわかった翌日、カシラから電話が入った。
『おお葛西、俺がわざわざ電話をかけた理由はわかるよな?』
回りくどい言い方が鼻につく。
『はい、裕之っすか?』
『そうだ、あの子は学校があるだろう、次の土曜か日曜だな』
『あの……またラブホですか?』
『おお、そりゃあな、どっか連れて行ってやりてぇが、内緒だからな、誰かに見られちゃマズい』
だったらやめろって話だ。
『あのー、もうやめた方がいいんじゃないっすかね、相手は中学生ですし』
『馬鹿言うな、俺はあのガキが気に入った、可愛いじゃねーか』
カシラも暇じゃねーのに、いい加減他に行きゃいい。
『っとー、可愛い子なら、売り専にもいますよ、あ、こないだ、四七築の刈谷が話してました、徒然草って売り専に18のイケメンがいるらしいっす、カシラもどうっすか? 1度行ってみられたら……』
刈谷が話していた事を言ってみた。
『あのなー、俺はそんな擦れた奴らに興味はねー』
ちっ、初心者の癖に贅沢言って……。
『そうっすか? そいつは残念っすね』
『だからよ、お前、裕之を連れてこい、土曜より日曜がいいな、時間は……午前中だ、俺は昼から用がある』
『そっすか、わかりました』
昼から出るなら、ちょっとは安心だ。
承諾して電話を切ったが、裕之は今日は学校を休んで家にいる。
あの母親が休みにしていたからだ。
あんな事があってちょい心配だから、また電話すると言ってある。
時計を見たらちょうど昼だ。
「おい、俺は帰るからな、しっかりやれよ」
「はい、ご苦労さまです」
俺は今、事実上うちが持ってるソープに来ている。
資料を見て色々確認したが、特に問題ない。
店長に声をかけて店を出た。
今日は1人だ。
車に乗って裕之に電話してみた。
なかなか出なかったが、やっと出た。
『おお裕之、親父は仕事か?』
『はい……』
いつもなら『葛西さん!』と言って食いついてくるが、なんとなく元気がねー。
『どうした、昨日の事がショックだったか?』
『あの……そりゃあやっぱりショックです、母さんがあんな事をするとは思わなかったし』
『そうだな、けどよ、世の中にゃろくでもねー親はいくらでもいる、ダメな奴はどう転んでもダメだ、そんな奴の為にお前が凹むこたぁねーんだよ、悲観するな』
『はい……』
元気づけたいが、やっぱり元気がねー。
『大丈夫か?』
『あの……今朝から頭が痛くて……喉も』
『ん? 風邪か?』
『熱を測ったら……、38度ありました』
『あ、そうなのか? 熱か……』
風邪をひいちまったらしい。
俺はこの後も回るとこがあるが、合間になら寄れるだろう。
『あのな、家に寄ってやる、なんか食いてぇもんはあるか?』
『え、来てくれるんですか?』
『おお、兄ちゃんなら、当然だろう、なんか買ってくわ、何がいい』
『あ、あの……それじゃあ、アイスを』
『アイスか、わかった、適当に買ってく、あと飲みもんもとった方がいい、お前、薬は飲んだか?』
『いいえ、置き薬を切らしてて』
『じゃ、薬もだ』
『すみません……』
『いいんだよ、今すぐじゃねーが、家に行く、それまでな、なんか水分とって、食えるもんを食って寝てな』
『はい』
念を押して言ったら、少し声に張りが戻ってきた。
それから俺は、今日行く予定だった所を数箇所回り、そのついでに必要な物を買い揃えた。
アイスは溶けちまうから、一番最後にコンビニに寄った。
そこで菓子パンやプリンもついでに買い、店を出てまっすぐに裕之の家を目指した。
家に着いたら、塀にぴったりと寄せて車をとめ、レジ袋を提げて玄関に向かった。
この家は確かにデカい。
敷地もだが、家は洒落た洋館って雰囲気だ。
玄関のわきには自転車が置いてある。
裕之の自転車だ。
呼び鈴を押したら、裕之はすぐに出てきた。
「葛西さん……」
パジャマを着ていて、髪はボサボサになっている。
「おお、大丈夫か? 熱は」
とにかく玄関に入った。
「あ、はい、まだありますが……上がってください」
「おお、それじゃ、邪魔するぜ」
ゆったりとした玄関、廊下に上がったら広い廊下を進み、キッチンやリビングを通り過ぎたが、こんな広い家で2人暮しは贅沢だ。
他にもドアがあるから、部屋数も1階と2階、リビングを合わせて6部屋以上はあるだろう。
裕之はひとつのドアの前で足を止めた。
「あの、俺の部屋2階なんですが、階段が辛いから……下で寝てます、どうぞ」
俺に言ってきたが、早いとこ寝かせた方がよさそうだ。
「ああ、いいから寝ろ」
布団は抜け出したまんまの状態だが、だだっ広い部屋のど真ん中に布団が敷いてある。
にしても、ガキが熱を出してるなら、普通は洗面器やタオル、看病する物が置いてある筈だが、布団の周りにはなんにもない。
「あのー、すみません、じゃ……」
裕之は頭を下げて布団に入ったが、座ったままでいる。
「親父はなにも用意しなかったのか?」
「父さんは熱が出た事を知りません」
「そうなのか……、なら仕方ねーか」
知ってて放置したんじゃねーかと思ったが、そうじゃなかったようだ。
だったらいいが、とりあえず、買ってきたもんを出した。
「ほら、アイスだ、あとはな、パンやプリンがある、裕之、なんか食ったか?」
先にアイスを手渡して聞いた。
「いえ、食べたくないんで」
「じゃあ、アイスを食え、それなら食えるだろ?」
なにか食わなきゃ薬が飲めねー。
スプーンを渡して、ついでに薬も出した。
「はい、すみません……」
いちいち頭を下げるが、そんな必要はねぇ。
「そんなペコペコするな、病人が気を使うこたぁねーんだよ、で、薬は風邪薬と解熱剤があるが、どっちがいいんだ?」
「っと……風邪薬かな」
「おお、喉が痛てぇって言ってたな、じゃ、とにかくアイスを食っちまいな」
「はい……」
裕之はアイスの蓋をあけて食べ始めた。
「よし、ちょっと額をかせ」
おでこに手をあてて確かめてみた。
「うーん、やっぱ熱いな」
明らかに熱がある。
「えへへ……」
なのに、スプーンを口に運んでニヤニヤしている。
「なんだ?」
「だって……、超やさしーし」
「馬鹿……兄貴なら心配ぐれぇするだろう」
「やっぱ……当たってた」
「なにがだ?」
「俺の勘……、葛西さんは……俺が思った通りの人だ」
「あのなー、病人の癖に妙な事を言うな、調子狂っちまう」
「葛西さん、兄さんなのはわかってるけど、どうして俺にそんなに優しくしてくれるの?」
「どうしてって……、そりゃ成り行きだ」
本当に成り行きで……。
俺はただ、こいつを守ってやらなきゃって、そう思った。
「ストーカーして、良かった」
「お前なー」
「俺、好きです」
「えっ?」
「葛西さんの事、本気で好きになりました」
なにかと思ったら、いきなり告ってきやがった。
「いやいや……早まるな、お前はまだ中一だ、これから恋をしたり、山ほど楽しい事がある、今はあれだ、多分な、俺みてぇなヤクザもんに優しくされて、意外だと思ってよ、辺に意識しちまった、それを好きってやつとごっちゃにしてるんだ」
多感で勘違いしがちな年頃だから、うっかりそう思い込んじまったんだろう。
「俺……、昨日、おじさんについて行って、ここで経験するのもありかな? ってチラッと思いました、母さんはハッキリ言わなかったけど、泊まるって事は……そういう事かな? って思ったんで、でもおじさんは俺に『キスした事ある?』って聞いてきた、首を横に振ったら……手をぎゅうっと握ってきて、すげー嫌だって思った」
「あの男、そんな事をしたのか」
ショタコンは珍しい事じゃなく、案外そこら辺にいるらしい。
「はい、で、ガバッと抱き締めてキスしようとした」
「お、おお……、で、どうなった? やられちまったのか?」
「気持ち悪くて、突き放しました」
一瞬緊張感が走ったが、良かった。
「そうか……」
「葛西さんの顔が浮かんだんです」
「えっ」
「俺は葛西さんが好きだ、だから見知らぬおじさんなんかとやりたくないって、そう思った」
裕之はあくまでもそっちに振りたいようだが、俺はどう答えりゃいいかわからねー。
「いや、そうか……、歯止めになったなら、俺も少しは役に立ったんだな」
「葛西さん!」
「あっ……」
布団のすぐわきに座ってるから、裕之はアイスを置いて俺に抱きついてきた。
「お願いします、背中を抱いてください」
「あ、ああ……」
背中を抱く位どうって事ねー。
友人ならハグする事もあるだろう。
両腕で背中を抱いてやった。
「凄い落ち着く……、気分がいい」
裕之は気持ちよさそうな面ぁしてくっついている。
「そうか、それならいいんだが、お前、薬飲まねぇと……」
アイスはほとんど空になってるし、薬を飲んだ方がいい。
「飲みます……」
裕之は顔を上げて俺をじっと見つめてくる。
な、なんだか妙な気分だ。
どう見ても、まだ男って感じじゃねー。
少年なのは分かっちゃいるが……中性的な匂いがする。
「キスして欲しい」
「あ……」
不意に言われてドキッとした。
パジャマから覗く白い項……頼りなく痩せた体……物欲しそうな潤んだ瞳。
色香に惹き込まれ、顔を近づけて唇に触れた。
華奢な腕が背中を抱いてきて、気分が昂った。
柔らかな唇を吸ったら、手が勝手に裕之の体を弄っていた。
「んっ……」
だが、小さな呻き声を聞いてハッとした。
「……やっちまった」
慌てて離れたが、俺はそっちのけはねーと、こないだ親父に言ったばっかしなのに。
「へへっ……、やった」
裕之の奴、したり顔で喜んでやがる。
「裕之、今のは無しだ、リセットしろ」
「あの、誰にも言いません、リセットはできません」
「くっ……、すまねー、わりぃ事をした」
取り消しが無理なら、せめて詫びなきゃマズい。
「悪くない、俺、葛西さんなら、抱かれてもいい」
「ち、ちょっと待て……」
不覚にも、またドキッとしちまった。
俺、どうかしてる。
「買うとか無しで、初体験はやっぱり好きな人がいい」
当の本人はケロッとして、またマセた事を言い出した。
「馬鹿、なにが初体験だ、童貞の癖して、まったくよー、とにかく……薬だ」
ペットボトルの蓋を開け、薬の瓶から錠剤を数粒出して握った。
「裕之、ほら、薬だ、ジュースも」
「はい」
裕之はペットボトルと薬を受け取ると、薬を口に放り込み、ジュースで一気に流し込んだ。
「よし、飲んだら寝ろ」
肩を掴んで寝るように促した。
「葛西さん……」
裕之は布団に入ったが、手を出して俺の手を掴んできた。
「あっ、こら」
咄嗟に引こうとしたが……。
「手を握ったら駄目ですか?」
マジな顔で聞いてくる。
「い、いや、構わねー」
駄目だとは言えなかった。
裕之は俺の手を握って幸せそうな面をする。
たかが手を貸すぐれぇしれてる。
少しの間、好きにさせてやる事にした。
頃合を見て手を引いたが、その代わり、額に冷えピタを貼ってやった。
「えへへっ、葛西さんが来てくれたから、もう治った」
そしたら、底抜けに嬉しそうに笑う。
そう言ってくれりゃ来た甲斐があったってもんだが、こういう事は本来親がやるべきだ。
「お前、こんな風に風邪をひいた時、お袋さんは看病してくれたのか?」
「うん、必要な物を並べてくれた」
「ん、布団の周りにか?」
「そうです」
「頭ぁ冷やしてくれたり、そばについててくれたり、そういうのはどうなんだ?」
「ないです、何か異常があったら呼べって言って……、自分の部屋に戻ってました」
「変わった親だ、普通なら心配で、そばにいて様子を見るだろう」
「別に意地悪を言うわけじゃないから、俺は黙ってましたが、小学5年生になった時、俺、あの……恥ずかしいけど、夢精したんです、で、パンツを汚しちゃった、そのパンツ、こっそり洗濯機に入れたら……、後でゴミ箱に捨てられてました、なんかズキッときた、凄く汚らわしい事をしたみたいで……」
「夢精は男なら当たり前じゃねーの、女だって生理になるだろ、それを汚ぇと思ったのか? ったく……呆れた母親だ」
「だから、やっぱり男の子は嫌だったんです、俺、母さんのそういうとこ、気にしないようにしてました、ただ、時々無性に寂しくなった」
「親父は仕事で不在か?」
「はい」
「はあー、お前……、なんかよ、俺らの間で聞く話とはかなり違うな、俺らの仲間はまともに殴られたりして育った奴が多い、けどよー、お前の話は……じわじわくるな、あのよ、お前にこんな事言ったら残酷かもしれねーが、お前が受けたそういうやつ、それもある意味虐待だ」
「はい、ですね……、だけどもういい、俺には葛西さんがいる、こんな風に優しくしてくれて、それだけで元気になれる」
「裕之……」
こいつは愛情に飢えていた。
俺は……今はいてやれるが、いずれは……。
「へへっ……」
だけど、今は先の事は無しだ。
こんなに屈託なく笑われちゃ、けちょんけちょんにやられちまう。
「ほら、布団かけて寝ろ」
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俺はこいつを守ってやりてぇ。
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