上 下
108 / 129
第9章 竜の世界

第9章 竜の世界 2~Dragonic Stream

しおりを挟む
第9章 竜の世界 2~Dragonic Stream

●S-1:アレキサンダー男爵領/飛空港
 
 アレキサンダー男爵家所有の飛行船夜明けディルクロが出港準備を終えつつあった。
 そこにぞろぞろと人が乗り込み始めていた。
 男爵家当主であるクローリーはもとより、異世界召喚者ワタリのエルフたちもほとんどが乗船する。
 いってしまえば男爵領の改革を行った主要メンバーがごっそりといなくなるのである。
 その様子にシュラハトは一抹の不安を覗かせる。

「居残りは弟君とその手下だけっていうのは大丈夫なのか?」
 船内の窓から地上を見下ろしてると見送りに出てきたリシャルの姿が見えた。
「何でっスか?」
 船長席の隣に設えた指令席という名の安楽椅子に座ったクローリーが首を傾げる。
「あいつに任せていれば心配ないんスよ。むしろオレよりよっぽど頼りになるっス」

「頼りになるのは判るが、あいつは……かなりの野心家だぜ?」
「そーっスな」
 クローリーは他人事のように返事した。

「お前がいないうちに反乱でも起こすんじゃねぇのか?」
 シュラハトの心配はもっともだった。
 野心を隠す隠さないではなく、周囲から見ても『いつ』やるのか?と感じるものは少なくない。
「あー……」
 クローリーは間の抜けた声を上げる。

「シュラさん。あいつはね」
 クローリーは言葉を探そうと視線を宙に巡らした。
「なんつーかな。そんなにちっちゃくはねーんスよ」

「そうか?」
「野心家とか策略家とか色々いると思うんスが、すぐにポコポコ成り上がろうとするのはちっちぇーヤツっス」
 クローリーが小さく笑う。
「あいつは確かに野心家で策を巡らすし、頭もすげーいーんス。オレの10倍は優秀っスな」

「危機感がねぇにもほどがあるぞ」
「ちげーっス」
 説明が難しい。
 冒険者としても、貴族の端くれとしても色んな人間を見てきたクローリーである。
 野心家と言っても一纏めに同じでないことを理解している。

「あいつねー。なんつーか。こー。地方の男爵位くらいには興味ねーんスよ」
「当主が留守のチャンスだぞ?」
「そのくらいで下克上するなら,オレが学院に行ってる間にとーっくにやってるっスよ」
 クローリーがけらけらと笑う。

「オレが王様や皇帝だったなら、やらかすかもしれねーっスけどな」
 ひじ掛けを指先でトントンと叩く。
「よほどデカいチャンスでもなければ考えもしねーんスよ」

「そうかな?」
「そーっス」
 クローリーが小さく頷く。
 自分を納得させるようにも見えなくもない。
「男爵ってのは貴族といっても最下級。ま、村の村長さんみてーなものっスからな」

「ま。そりゃそうだが」
 事実、大きな村の村長が男爵位や騎士爵に任じられることは少なくない。
 現実世界でもドイツ帝国建国時には地方の地主が大量に爵位を与えられている。
「そんなに魅力がないものか?男爵」

「ねーっスな。あいつにはそうだと思うっス。なんつーか……」
 右手の指先を回す。
 言葉を選ぶために考えているときの癖かもしれない。
「どーせなら、オレをもっと大きな立場に盛り立ててから、初めて反乱を考えると思うっスよ。ちいせーモノにはあんまり興味がないんスよ」

「そうなのか?」
「あいつは自分が優秀なことも自覚してるっス。だからこそ大きなことをやる気にはなっても、ちっぽけなことには興味ないんだと思うっス」
「小さいか?今の男爵領はだいぶ発展してると思うけどな」
 クローリーは首を横に振って笑う。

「今はさにゃたちのおかげで恰好はついてきてるっスが、いなくなったら元の木阿弥っス」
 そして、船内を手で示す。
「この飛行船だって世界を変えかねないモノなんスが、今のところはこれ1隻しかないわけで。オレらがこの船に乗ってどっか行っちまったら、予備はねーんスよ」
 
「そりゃそうなんだが……」
「オレがリシャルならこう考えるっスよ。この飛行船が何十隻っという大艦隊を編成できるようになったら一発勝負に出る気にもなるっス」
 クローリーは大笑いする。
「天下を窺がえるような状況にでもならなければ、むしろあいつは安心安全で優秀な味方っス」


 クローリーの考えは身内の贔屓というわけでもない。
 これまでもチャンスはいっぱいあったのだ。
 むしろ、異世界召喚者ワタリを中心にした改革をサポートまでしてくれていた。
 男爵領が急激に発展するのなら、リシャルの野望に大きなプラスになるはずだからだ。
 
 同じ野心家でもイストなどと大きく違うのはそこだった。
 上昇志向が著しいイストたちと違って、ゆっくり機をみるタイプなのだ。
 それは高い自信からなのかもしれない。
 汚名を着る可能性があるならば、よほど大きな勝負にしか賭けたくないのだろう。

 つまりは。
 ここぞという機会がなければ、優秀な参謀や副官になるのかもしれない。
 子供のころから見ていたクローリーにはなんとなくわかる。
 ほぼすべての能力でリシャルは彼を凌駕しているのだ。

 もしもクローリーの方に優れているところがあるとすれば、それは周囲に集まる人だろう。
 偶然か必然かは別にして、様々な人が集まる。
 人徳とかそういうものでもないような気がクローリーにはしている。
 強いて言えば『運』や『めぐり合わせ』だ。

 その様子を見て聡いリシャルがどう考えるだろうか。
 むしろ、その先の展開を見てから行動を決めるだろう。


「それにね。シュラさん。あいつはアリシア姫に気に入られてて、数年すればカストリア子爵に入り婿になるんス。男爵よりもよっぽど美味しい地位っス」
「……そうだな」
「何も悪さしなくても転がり込んでくるんスから、よけーなことはしねーっスよ」
 クローリーはクローリーなりに弟が可愛いのかもしれない。




●S-2:アレキサンダー男爵領/飛空港/ディルクロ船内

 ルシエの指示により飛行船はふわりと浮き上がる。
 一瞬、前後左右にゆらっと揺れるような気がしたがすぐに安定した。

「ねーねー?これなーにー?」
 沙那が艦橋の真ん中にある大きな球体を指さした。
 直径1mは超える大きな金属製に見える物体だ。
 球体のほとんどはガラスのような表面になっていて、補強するために金属の柱やバンドが付いている……ように見える。
「アニメの宇宙船についていそー」

「あー。それはですネェ」
「ジャイロセンサーでござるよ」
 賢者セージがむほっと答える。
「ワタクシや沙那さんの時代ならマッチ箱くらいの大きさで作れるんですがネェ」
 マーチスがしみじみという。
 たしかにラジコンやドローンならその程度のものが玩具店で売っているのである。

「さすがに足りないものが多いでござるから、原理だけ応用してでっち上げたでござる」
「へー?」
 沙那にはピンとこないのでじろじろと眺める。
「どーゆー原理なのー?」

「ああ。地球ゴマでござる。おもちゃ屋や夜店などにもよく売ってたでござろう?」
「ほえ?」
 沙那にはますます判らない。
「あー。賢者セージ殿。沙那さんの時代にはもうないんでスナ。知育玩具はだいぶ減ったはずですカラ」

「なんと!?」
 賢者セージは愕然とした。
「虎の名を冠するあの素敵なメーカーの製品だというのに!」
 今にも六甲おろしを歌いだしそうな顔だった。
  

 知育玩具が大きく減ったのは確かだった。
 昭和の時代は戦争の反省から科学に力を入れた時代だったので、子供向けに様々な理科知識を与えるための知育玩具が売られていたのだ。
 理科系玩具が付属した教育雑誌が爆発的に売れていたのも昭和だった。
 おかげで、賢者セージのような本来は理系とは程遠いFランク文系大学出身でも感覚的に様々な理科知識を持っていた。

 なお、地球ゴマは宇宙ゴマともいわれ、地球の自転や公転を理解するためのものだが、ジャイロの原理を応用して航空機や船舶のジャイロセンサーの元にもなっている。
 実は正確には昭和ではなく大正時代に発売されているが。
 これを基に飛行船の前後左右のバランスを取るために作り出されていた。


「ま、これがあれば飛行船のバランスを取りやすくなるのデスヨ。航路計算にも役に立ちますガネ」
「へー」
「ただ、まだテスト段階なのでどこまで実用性があるのかは未知数なのデス」
 沙那は中学生とはいえ、本来は理数系向きの人間である。
 それでも知識として知らないことと、体感で理解している賢者セージの方に分があった。

「欠点は……バランス調整がいまだに手動であることでスナ」
 マーチスが苦笑した。
「マイクロプロセッサーとフライバイワイヤで自動でコントロールできれば良いのですが、そこに到達するまでにはあと何十年かかかるでしショウナ」

 空島エルフたちの飛行船技術は魔術による部分が多い。
 その分、おかしなところでアナログになっていた。
 それをデッドコピーしたディルクロはまだまだ不完全なのだ。
 賢者セージたちの怪しい入れ知恵で改良はされてはいるものの、彼らの知る現代の飛行船とはかなり異なっていた。

「今回の本格的な長距離飛行でいろいろと欠点が判明するだろうね」
 船長であるルシエが表情を変えずに言う。
 恐ろしい話だが、こういう乗り物は飛ばしてみて、そして墜落してみて初めて欠陥がわかるものなのだ。
 専門の技師でも何でもない人々による、理屈だけで造りあげたものなのでしかない。
 トライ&エラーを繰り返すしかないのだ。

「ふぅーん。さすが異世界召喚者ワタリのエルフね。色んなことを知ってるのね」
 案内役として同乗しているコンコードだった。
 空島エルフ側から手の空いている連絡要員が他にいないためだ。
「とりあえず、あとについていければ良いわ」

 コンコードの視線の先には先行するエーギル号の姿があった。
 ディルクロに比べてずっと洗練されたデザインだ。
 もっとも沙那に言わせれば、ペンギンの方が可愛い!であるのだが。

「大丈夫じゃないかな」
 ルシエが冷静に答える。
「不安なのは航路がわからないことだ。あちらも良くわかっていなかったようだしね」

「そうね。進入路になる部分までしか判らないの。あとは気流に乗って流れていくだけだから」
 コンコードが申し訳なさそうに言った。
「気流っスか?」
 クローリーが疑問を口にする。

「そう」
 コンコードが頷く。
竜の通り道ドラゴニック・ストリームと呼ばれているわ。登りと下りの2つの流れがあって、それにうまく乗れば竜の国まで辿り着けるはずよ」

「なかなかテキトーっスな」
「電車みたいだねー」
 人間たちは様々な感想を口にした。 

 実はこの気流には秘密があるのだが、コンコードの立場では口にすることはできない。
 入り口を制限することで竜の国へ誤って流れつかれることを嫌った仕組みなのだ。
 反面、必ず辿りつけるからこそドラゴンたちの出入りにも便利ではあった。
 ドラゴンとの接触がそう多くはないのはこの気流のせいだった。
 出るのも入るのも決まった手順を踏まないといけないからだ。

「もうすぐ気流に乗るはずよ」

 先行するエーギル号がゆらっと傾いた。
 そこから何かに吸い寄せられるように上昇していくと、急加速していった。
 
「だいじょうぶ。こちらも余計な操作はしなくて良いの」

 一瞬、指示を出そうとしたルシエだったが、コンコードの言葉にあげた手を止めた。

「かなり強い力で引っ張られるから、何かにつかまった方が良いかもしれないわ」

 その言葉から一瞬して、ディルクロがぐらりと揺れた。
 強烈な力だった。
 巨大な見えない手で引っ張られているようだった。
 そうかと思うと、レールに乗ったかのように急速に加速し始めた。

「すごいな……」
 ルシエが唸った。
「80……90……100ノットを超えたぞ」
 恐ろしい速さであった。
 海上を進む船からすれば想像を絶する。
 ルシエが指揮していた快速で知られるスカーレット号でも20ノットは出ないのだ。

「へー。ねーねー?スピードってどうやって測ってるのー?」
 沙那は疑問を口にした。
 当然かもしれない。
 船ならばロープを伸ばして結び目から数えたり、自動車なら減速機の回転数から算出するのだが、飛行船には基準になるものがない。

「ピトー管で測るでござるよ。ブホウ」 
「ピトー管?何それ?」
「空気中の圧力を測るのでござるな」
「圧力を測るとどーしてわかるのー?」
「そ、それはでござるな……」
 賢者セージは咳き込んだ。

 知識としてピトー管の名前は知っていても理屈は判らない。
 そこが文系であった。

「ベルヌーイの定理でスナ」
 マーチスが助け舟を出した。
「運動方程式の第一積分というやつでしテナ。完全流体の時の……おっと」
 笑って首を振る。
「中学生だと積分はまだでしタナ」

 余談だが文系だと微分法も学ばないこともある。
 理工系の大学でないと使い道がないかららしい。

「簡単に言えば空気の流れによって計算する方法なのデス。気圧によっても変化しますから、高度が正確に測れることが前提ですガネ」
「へー」
「高校で学ぶかもしれませんから、これからデスナ」


「それよりもオレはこれから向かう先が気になってドッキドキっスな」
 クローリーが身震いする。
 恐怖ではない。
 まだ見ぬ世界への興奮からだった。
 
 記録が残ってない以上、人間で竜の国へ行くのは彼らが初なのだ。
 冒険者であり、魔術師でもある彼がゾクゾクするのは仕方なない。
 
「いきなりガブリとされるとは思ってはいねーっスが」

「ですが巨大なペンギンと思われて、これはたくさん脂を取れる!と相手に思われるのもあるかもしれマセン」

「なにそれー?」

「おや。ご存じない?その昔、人間に近寄ってくるぺんぎんたちを捕まえて蒸し釜で油を搾り取るということが行われていまシテ……」

「えええー!?」

「石鹸の材料にもなるので数百万羽のぺんぎんたちが……」

「ぎゃあああああああああああっっ!想像しちゃうからやめてー!」

「おや。これは怪談より効果ありそうでスナ」

「きゅー!きゅー!きゅー!」

 ぺんぎんが大好きな沙那とぺんぎんたちが激しく悲鳴と抗議の声を上げた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ずっと君の傍にいたい 〜幼馴染み俳優の甘い檻〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:631pt お気に入り:24

リセット結婚生活もトラブル続き!二度目の人生、死ぬときは二人一緒!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:3,528pt お気に入り:42

婚約破棄と言われても・・・

BL / 完結 24h.ポイント:4,545pt お気に入り:1,412

極悪チャイルドマーケット殲滅戦!四人四様の催眠術のかかり方!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:1,391pt お気に入り:35

あと百年は君と生きたい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:305pt お気に入り:1

俺に7人の伴侶が出来るまで

BL / 連載中 24h.ポイント:2,790pt お気に入り:1,014

【完】職業タンクだけど、このタンクだとは思わないじゃん!

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:40

処理中です...