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一章

5 超越者

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『ワウウゥゥゥ!!』

前足に風を纏わせながら咆哮する白狼。纏わせた風を刃として撃ち出す。その魔法を視覚で捉え、避け、真っ直ぐその白狼へと足を伸ばす。

相当な速さで振り下ろされた一撃を木に飛び移り回避して、背後から暗殺を仕掛ける。

「フ―――――――――――ッ」

胴体と切り離された白狼の首。動きを止めたことを確認すると即座に次の白狼の首に刎ねに動き出す。

速度を増していくクロノアの殺戮。
近辺の樹木に飛び移り、時には回避し、縦横無尽に駆け回って首を斬り落とし続けた。

何度か躱し損ねた攻撃。血はその度に流れたが、高まった治癒能力によるものなのか武器をニ回ほど振るうと止血していた。

「まだ――――まだいける――――」

冴え渡る頭と熱を帯びている筋肉群。ある時枝の上に立ち、動くのに邪魔になっている上半身を覆う衣服を、グラディウスで裁断する。
裁断した衣服は左腕に加護の腕輪に重ねて巻きつけた。

(大体……二十匹程度か)

彼の中にある魔力の量が、戦いを繰り広げる内に膨れ上がっていく。十一歳という年齢では抱えきれないほど
濃密で大量の魔力が、彼の中には隠されている。
筋肉も攫われる前とは比べ物にならないほど肥大している。俗にいう細マッチョ、と言える部類に分けることができるほど、彼の体は引き締まり、仕上がっていた。

樹木を揺らし突き飛ばし、再び武器を振るうクロノア。

敵の攻撃を、攻めを捌く度、脳内の神経伝達物質が高速で駆け回り、火で熱したような感覚になる。
筋肉を動かすたびに、その部位に熱が入った。

更に五、六匹を葬った。足元には屍の山。両断された首と生き別れになってしまった、哀れな白狼の胴体たちが積み重なっている。彼はその屍の山を、自らの足で崩す。

(一回り大きい個体……あれがボス、或いは主か)

周囲にそびえ立っている木々を移動しながら、その白狼の動きを目で追う。強靭そうな鉤爪と鋭く伸びた牙を持つ一回り体躯の大きい白狼は、そんなクロノアの俊敏な動きを同様に目で追う。


木に大きな振動を加え移動する。クロノアは右手で繰り出すことのできる刃をあえて・・・自分の背後に持っていき、白狼の前に立つ。
白狼は、鋭く尖った尻尾を横から薙ぎ払う。クロノアはその小さな体躯で、その一撃を左腕で受け止めた。

裁断した衣服が、剣のような尻尾で切り裂かれる。下にくるまれていた加護の腕輪が姿を現す。

微かな動揺を体に出す白狼。次の瞬間、その白狼の尻尾は切断される。その後、その切断した尻尾は掴んだ。

「ありがとな――――――母上」

そう小さく零すと、振り上げた剣を腰の横に戻す。
地面をかかとで滑り、すれ違いざまに前足に斬撃。
膝を曲げて立ち上がり、跳び上がりながらまた一つ斬撃を腹部に叩き込む。

『――――――ッッッ!!!!』

痛みから来る呻き声を上げた。切断された尻尾のままクロノアに振り払う。吹き飛ばされたクロノアはにやりと笑った。

「体の一部で防御される気分はどうだ」

勢いを殺し地面に着地した彼は、防御に利用させた白狼の尻尾を地面に投げ捨てる。

『ワウウウウウウウウ!!!!!!』

唸り声を鳴らし、勢い良く咆哮。
横から身を飛ばし噛みつこうとしてきた白狼の顎にグラディウスを突き刺す。
生命の断絶を確認すると、すぐに引き抜いた。

「絶対に負けねぇ」

積み上がっていく屍の山。
クロノアは笑うこともなく、ただただ真剣な表情で、勝利を掴み取るためだけにその白狼の集団を、ひたすらに狩り続けていた。


♢♢♢♢


音がする方向へ体が動く。
雨が止んだ頃……ある人は見つけた。

腕をだらんと呆けさせて、首は上を向いている子供。
やや猫背でたくましい体をしている彼に、恐る恐る聞いてみる。

「君は誰だ?」

ゆっくりと丁寧に振り向く顔面。目はほぼ閉じきっていて、見える部分は残りわずかだろうと察せた。首だけを動かしてこちらを見る彼に、その人は微かな恐怖心を覚える。

「俺は――――」

彼の体には、たくさんの水滴と傷跡が残されていた。
右腕に至っては一周した傷跡すらあり、見ていてとても痛々しい。思わず目を背けたくなるほどだ。

「クロ……ノア」

しかし、その人間が一番気になったことは、それじゃない。別の部分だ。

(―――まだほんの子供が? そんな話、聞いたことがないな)

彼の引き締まった肉体、濃密で大量の魔力が溢れ出す体。そして、何かを乗り越えてきたような力強さと意志を併せ持った眼光。

今目の前にいる子供が超越者であるという事実に、心の奥底から驚愕した。

「とりあえず……服を着ようか。風を引いてしまうからな。そしたら……君の話を聞かせてくれるか」

「わ、わか……」

語気を弱め体をふらふらと揺らしていた彼は、言葉の最後でバランスを崩してしまう。
屍の山から落ちた彼は、その人に受け止められていた。



    
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