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一章
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瞼の裏側から強烈に感じる光。堪らず眉をひそめたクロノアは、恐る恐る瞼を持ち上げた。
「……眩しいな」
葉っぱの隙間から、星のように光が射す。
体はたくさんの草の上に預けられていた。上体を起こして自分の体を見ると、裁断された痕跡がところどころにある衣服を、上に着ていた。下はそのまま、攫われた時と同様である。
「おはよう、クロノア君」
「おはよう……ございます……?」
切り取られた木目のある丸い木の上に、腰を下ろしている男性らしき人。
金髪の髪はとても長く、結んでいても肩甲骨辺りまで届いている。服装は至って普通、クロノアと同じ具合だ。
「あなたは………」
その人の横にあるもうもう一つの椅子に座ると、選ぶ言葉を見失って口を閉じてしまう。
「グリエマだ、呼び方はなんでもいい」
しかし、意図を読み取ってくれたからか、グリエマは表情を全く変えずに教えてくれた。
「あぁ、はい。じゃあ……エマさんで」
「君はまだ子供だろう…、敬称はつけなくてもいいぞ」
「え…………っ、と」
「……まぁ、好きにするといい」
クロノアが頭にはてなを浮かべていると、彼女はその場で立った。椅子に立て掛けていた鞘を腰に携えると、長い脚で大きな一歩を踏み出した。
「ついてきてくれ。
君が疑問に思っていることが解決できるだろうからな」
「あぁ……はい」
催促されたクロノアは付近にあった自分の鞘を手に取った。そしてグリエマと同じように腰に鞘を入れて、同じ方向に足を運んだ。
♢♢♢♢
光が点々と届く森の中で、二人は左右に並んで歩く。
(……合わせてくれてる。優しいな、この人)
精神年齢は子供ではないが、体の年齢は確実に十一歳。そんなクロノアはグリエマが歩幅を合わせてくれていることに気付いて、強烈なギャップを感じていた。
「その魔物と戦ってから、体に何か違和感はあるかな」
「まぁ……はい。ちょっと体が軽く感じます。
それから……体にある魔力が多く感じますね」
「……そうか」
「やはり君は超越者か」
「えーと、限界みたいなものを越えたということですかね」
聞き慣れない単語に僅かに首を傾げるが、前世で培った知識で何とか会話を繋ぎ合わせる。
「あぁ、簡単に言うならそうだ」
「超越者ってのは、過酷な環境、それこそ命すら危ういと感じた状況で、急激な成長を遂げた人のことを指す」
「つまり俺は、あの魔物たちと戦ったことでその超越者ってのに目覚めたってことですか?」
視線を送って聞くと、
グリエマは首を一度だけ僅かに垂らした。
「あぁ、恐らくはな。ただ――――」
グリエマは顔をこちらに向ける。
「その年齢で超越者に目覚めたと言う話は、耳にしたことがない」
「俺が一人目……ってことですか」
グリエマの瞳に据えられたクロノアは、咄嗟に視線を逸らしてあのときの光景を脳裏に思い浮かべようする。
必死、とにかく必死だった。死ぬかもしれないという感情に駆られていたクロノアは、その時の光景をあまり思い出せずにいた。
しかしその際に蛍のことを考えていたことだけは、鮮明に覚えていた。
「そうだな。あと一応聞いておくが、年齢はいくつだ?」
地面にある草花を踏む音がする。足を退かすと、その草や花はかすかに曲がっていた。
「十一です。エマさんはいくつなんですか?」
「……ふむ」
「君が子供でよかったよ」
少しの間クロノアの瞳を観察した。そうして再び前を向くと、微笑を浮かべてそう言った。
「……二十一歳だ、あと十日くらいで二十二歳だな。それと」
「女性に年齢は聞かない方がいいぞ」
「えっ」
(……女性だったのか、エマさんって!
顔つきとか見ると男にしか見えないな…)
喉に出かかった言葉を心の中だけで処理した。
やや筋肉質な体や中性的な顔からは判別できなかった、グリエマの性別。
「腹、減ってないか?」
「え、はい。めっちゃ空いてますけど……」
「じゃあこの携帯食を食うといい。喉も乾いているだろう、水も飲んでいいぞ」
「ありがとうございます。エマさんはいいんですか?」
「あぁ、私は大丈夫だ。好きに飲み食いするといい」
グリエマは足を止めると、背中に背負っていた小さなカバンから包装のある食料と、材質不明の水筒のようなものを渡してくれた。
♢♢♢♢
暫くの間に森を歩いた。といってもクロノアの歩調なのであまり距離は遠くない。そこで目の前に現れた魔物。
クロノアには面識があった。
「エマさん、俺こいつ見ました!
この森に来た時に!」
「ふむ。君は確か、攫い鳥の脚に掴まれてる最中に落下して来たんだったな」
こくりと頷くと、苔のようなものを生やしたゴーレムがこちらに向けて動き出した。それを見たクロノアは、急いで距離を取ろうと動き出そうとする。
「待て。逃げる必要はないぞ」
しかし、グリエマの手がそれを妨げた。
「いや、あいつはかなり手強いですよ、絶対! 刃も通らなそうだし!」
「いいや、大丈夫だ。今の君なら倒せるよ」
ずしんとした一歩を、一定のリズムで踏み出すゴーレムを他所にして、グリエマは余裕そうに口を動かす。
ゴーレムの真っ黒な瞳は、グリエマの姿を正確に捉える。
「エマさん、後ろ! 来てますって!」
「心配はいらない」
クロノアは声を荒らげて注意を促す。
グリエマの背後には、強靭そうな腕を天に掲げたゴーレムがいる。
「ッ!!」
クロノアは直視することができず、咄嗟に目を瞑る。
金属音が鳴った。ゴーレムの腕と何かが衝突したのだ。
「…私はⅠ級冒険者だ。この程度の魔物なら造作もない」
グリエマは振り下ろされた腕を受け止めていた。いつの間にか引き抜いていた長剣で、あっさりと。
「す…すげぇ、そんな…軽々と」
「…………!」
感服を表す言葉を貰うと、グリエマは目を細め驚きを顔に表した。その後、剣を上に伸ばして腕を弾く。
続けて後ろ蹴りでゴーレムの腹部を蹴り飛ばす。見た目にそぐわずかなり体幹のあったゴーレムは暫くすると静止。
瞳の色が、赤へと変色する。
「目の色が変わって……!」
「アークゴーレムは一定の攻撃を受けると動きがガラリと変わる。体の硬さも変わる」
「あとは君に任せたよ」
立ち止まっているクロノアの背後に周り、言い放った。その声色には、微かに優しさが含まれている。
アークゴーレムはゴツゴツとした体を、しなやかで限りなく人間に近いものへと変化させる。
(……そうだ、俺はここから家に帰るんだ。蛍とまた会うんだ。そのためには…少しでも強くなっておかないとな)
豹変したアークゴーレム。体から斧のような武器を排出し、手に握っている。先程とは比べ物にならないくらい動きがなめらかだ。
意を決して、大きく目を見開いてグラディウスを引き抜く。右手の手中に収められたそれに、大きな力を加える。握力によって圧迫された持ち手は、ギリギリという音を立てて悲鳴を上げた。
「じゃあ……いきます!」
「あぁ……頑張ってくれ」
超速で走り抜けるアークゴーレム。
横から振り払われた斧を、地面に足をめり込ませながら受け止める。
(………速いっ、重いっ!けど、戦えるッ!)
グラディウスを合わせると金属音が鳴った。火花も僅かながも散った。
まだ力が加わっているその斧の下に、急速に体を翻して潜り込む。斧は失っていたベクトルを取り戻すも、対象がいないため空を切る。
「ファイア……!ショットッッ!!」
その瞬間、クロノアが突き出した右手の掌底に、大量の魔力が注ぎこまれる。注ぎ込まれた魔力は炎へと変わった。かなりの密度があり、それが命中するとアークゴーレムは声を上げて鳴いた。
『グウウウウウ!!!!』
石像でも痛みはあるんだな、と思いながら追撃を加えていく。金属音が幾度も鳴り響き、戦闘は苛烈を極める。
そんな様子を背後から見守るグリエマは、まだ出したままだった長剣を鞘に入れた。
「……眩しいな」
葉っぱの隙間から、星のように光が射す。
体はたくさんの草の上に預けられていた。上体を起こして自分の体を見ると、裁断された痕跡がところどころにある衣服を、上に着ていた。下はそのまま、攫われた時と同様である。
「おはよう、クロノア君」
「おはよう……ございます……?」
切り取られた木目のある丸い木の上に、腰を下ろしている男性らしき人。
金髪の髪はとても長く、結んでいても肩甲骨辺りまで届いている。服装は至って普通、クロノアと同じ具合だ。
「あなたは………」
その人の横にあるもうもう一つの椅子に座ると、選ぶ言葉を見失って口を閉じてしまう。
「グリエマだ、呼び方はなんでもいい」
しかし、意図を読み取ってくれたからか、グリエマは表情を全く変えずに教えてくれた。
「あぁ、はい。じゃあ……エマさんで」
「君はまだ子供だろう…、敬称はつけなくてもいいぞ」
「え…………っ、と」
「……まぁ、好きにするといい」
クロノアが頭にはてなを浮かべていると、彼女はその場で立った。椅子に立て掛けていた鞘を腰に携えると、長い脚で大きな一歩を踏み出した。
「ついてきてくれ。
君が疑問に思っていることが解決できるだろうからな」
「あぁ……はい」
催促されたクロノアは付近にあった自分の鞘を手に取った。そしてグリエマと同じように腰に鞘を入れて、同じ方向に足を運んだ。
♢♢♢♢
光が点々と届く森の中で、二人は左右に並んで歩く。
(……合わせてくれてる。優しいな、この人)
精神年齢は子供ではないが、体の年齢は確実に十一歳。そんなクロノアはグリエマが歩幅を合わせてくれていることに気付いて、強烈なギャップを感じていた。
「その魔物と戦ってから、体に何か違和感はあるかな」
「まぁ……はい。ちょっと体が軽く感じます。
それから……体にある魔力が多く感じますね」
「……そうか」
「やはり君は超越者か」
「えーと、限界みたいなものを越えたということですかね」
聞き慣れない単語に僅かに首を傾げるが、前世で培った知識で何とか会話を繋ぎ合わせる。
「あぁ、簡単に言うならそうだ」
「超越者ってのは、過酷な環境、それこそ命すら危ういと感じた状況で、急激な成長を遂げた人のことを指す」
「つまり俺は、あの魔物たちと戦ったことでその超越者ってのに目覚めたってことですか?」
視線を送って聞くと、
グリエマは首を一度だけ僅かに垂らした。
「あぁ、恐らくはな。ただ――――」
グリエマは顔をこちらに向ける。
「その年齢で超越者に目覚めたと言う話は、耳にしたことがない」
「俺が一人目……ってことですか」
グリエマの瞳に据えられたクロノアは、咄嗟に視線を逸らしてあのときの光景を脳裏に思い浮かべようする。
必死、とにかく必死だった。死ぬかもしれないという感情に駆られていたクロノアは、その時の光景をあまり思い出せずにいた。
しかしその際に蛍のことを考えていたことだけは、鮮明に覚えていた。
「そうだな。あと一応聞いておくが、年齢はいくつだ?」
地面にある草花を踏む音がする。足を退かすと、その草や花はかすかに曲がっていた。
「十一です。エマさんはいくつなんですか?」
「……ふむ」
「君が子供でよかったよ」
少しの間クロノアの瞳を観察した。そうして再び前を向くと、微笑を浮かべてそう言った。
「……二十一歳だ、あと十日くらいで二十二歳だな。それと」
「女性に年齢は聞かない方がいいぞ」
「えっ」
(……女性だったのか、エマさんって!
顔つきとか見ると男にしか見えないな…)
喉に出かかった言葉を心の中だけで処理した。
やや筋肉質な体や中性的な顔からは判別できなかった、グリエマの性別。
「腹、減ってないか?」
「え、はい。めっちゃ空いてますけど……」
「じゃあこの携帯食を食うといい。喉も乾いているだろう、水も飲んでいいぞ」
「ありがとうございます。エマさんはいいんですか?」
「あぁ、私は大丈夫だ。好きに飲み食いするといい」
グリエマは足を止めると、背中に背負っていた小さなカバンから包装のある食料と、材質不明の水筒のようなものを渡してくれた。
♢♢♢♢
暫くの間に森を歩いた。といってもクロノアの歩調なのであまり距離は遠くない。そこで目の前に現れた魔物。
クロノアには面識があった。
「エマさん、俺こいつ見ました!
この森に来た時に!」
「ふむ。君は確か、攫い鳥の脚に掴まれてる最中に落下して来たんだったな」
こくりと頷くと、苔のようなものを生やしたゴーレムがこちらに向けて動き出した。それを見たクロノアは、急いで距離を取ろうと動き出そうとする。
「待て。逃げる必要はないぞ」
しかし、グリエマの手がそれを妨げた。
「いや、あいつはかなり手強いですよ、絶対! 刃も通らなそうだし!」
「いいや、大丈夫だ。今の君なら倒せるよ」
ずしんとした一歩を、一定のリズムで踏み出すゴーレムを他所にして、グリエマは余裕そうに口を動かす。
ゴーレムの真っ黒な瞳は、グリエマの姿を正確に捉える。
「エマさん、後ろ! 来てますって!」
「心配はいらない」
クロノアは声を荒らげて注意を促す。
グリエマの背後には、強靭そうな腕を天に掲げたゴーレムがいる。
「ッ!!」
クロノアは直視することができず、咄嗟に目を瞑る。
金属音が鳴った。ゴーレムの腕と何かが衝突したのだ。
「…私はⅠ級冒険者だ。この程度の魔物なら造作もない」
グリエマは振り下ろされた腕を受け止めていた。いつの間にか引き抜いていた長剣で、あっさりと。
「す…すげぇ、そんな…軽々と」
「…………!」
感服を表す言葉を貰うと、グリエマは目を細め驚きを顔に表した。その後、剣を上に伸ばして腕を弾く。
続けて後ろ蹴りでゴーレムの腹部を蹴り飛ばす。見た目にそぐわずかなり体幹のあったゴーレムは暫くすると静止。
瞳の色が、赤へと変色する。
「目の色が変わって……!」
「アークゴーレムは一定の攻撃を受けると動きがガラリと変わる。体の硬さも変わる」
「あとは君に任せたよ」
立ち止まっているクロノアの背後に周り、言い放った。その声色には、微かに優しさが含まれている。
アークゴーレムはゴツゴツとした体を、しなやかで限りなく人間に近いものへと変化させる。
(……そうだ、俺はここから家に帰るんだ。蛍とまた会うんだ。そのためには…少しでも強くなっておかないとな)
豹変したアークゴーレム。体から斧のような武器を排出し、手に握っている。先程とは比べ物にならないくらい動きがなめらかだ。
意を決して、大きく目を見開いてグラディウスを引き抜く。右手の手中に収められたそれに、大きな力を加える。握力によって圧迫された持ち手は、ギリギリという音を立てて悲鳴を上げた。
「じゃあ……いきます!」
「あぁ……頑張ってくれ」
超速で走り抜けるアークゴーレム。
横から振り払われた斧を、地面に足をめり込ませながら受け止める。
(………速いっ、重いっ!けど、戦えるッ!)
グラディウスを合わせると金属音が鳴った。火花も僅かながも散った。
まだ力が加わっているその斧の下に、急速に体を翻して潜り込む。斧は失っていたベクトルを取り戻すも、対象がいないため空を切る。
「ファイア……!ショットッッ!!」
その瞬間、クロノアが突き出した右手の掌底に、大量の魔力が注ぎこまれる。注ぎ込まれた魔力は炎へと変わった。かなりの密度があり、それが命中するとアークゴーレムは声を上げて鳴いた。
『グウウウウウ!!!!』
石像でも痛みはあるんだな、と思いながら追撃を加えていく。金属音が幾度も鳴り響き、戦闘は苛烈を極める。
そんな様子を背後から見守るグリエマは、まだ出したままだった長剣を鞘に入れた。
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