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一章
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グリエマは、いたって普通の女の子だった。
外見と相まって男性とみられることが多かったが、中身はしっかりと女の子。
女の子らしい体つきもしていたし、女房だって人並みには成長していた。
クラスト魔法学院。国の中で一番教育が発達している、いわゆる優秀と言った部類に入る学校で、数多くの優秀な冒険者や魔法士を輩出してきたことで有名である。
大御所で言えば国専属の冒険者、『龍炎のタリア』や、同じく国専属の冒険者、『天災のグレズエッソ』など。
グリエマはそこに在籍していた。
成績は今でこそ中の上だが、最初の頃は突き抜けて高い成績を収めていた。
手を抜いている奴。
周囲の生徒はそう認識していたことだろう。
「ね、次の授業一緒に行こ」
読み書き、日本で言う『国語』の授業が終わった時、
グリエマに話しかけた人物がいた。
「あぁ、いいだろう」
席から机を離した彼女は、彼女の手招きにしたがって教室を出ていく。
向かうは学校外の、教師から指定された場所。
「エマちゃんは何で私以外に友達作らないの?」
その途中、恐る恐る聞いてきたのはグリエマの友人、ロゼだった。
ロゼは黄色い髪をしていて、前髪は短く、後ろ髪は短くと言った髪型をしている。
いつでも笑顔を絶やさないような、皆の太陽的ポジション。
グリエマは彼女の瞳を一瞥すると、正面に向き直る。
「……ロゼで十分だからだ。友達は質より量とよく言うだろう」
「まぁ、そうだけど。それにしたって私だけって言うのは悲しくない?」
「……あ、おはよう!」
眉を顰めた彼女はグリエマにはてなを投げつけた後、不意にすれ違った友達らしき人に挨拶をした。笑顔で、目を閉じて。すると向こうも気づいたからか、振り返って手を振る。その後で文言を口にしていた。
「……そう言うのが苦手なんだ。まぁ、嫌いではないんだがな、多すぎると疲れてしまう。私はロゼだけで十分だな」
「ふーん。そう言うもんかな」
頭にクエスチョンを浮かべたロゼは急に顔色を変える。
口を逆三角にして、何かを頭の中で思い浮かべているような感じだ。
「でも確かに、エマちゃんがいろんな人と仲良さそうにしてるの、想像できないかも」
「だろう」
「……じゃあ、私とはずっといてよね!」
ロゼの表情は、再び明るくなった。
そんなロゼの表情を見ることが、グリエマの密かな楽しみでもあったのだ。
入学してから、約二年。
二人はほとんどの時間を一緒に過ごした。
向こうから話しかけてから、本当にずっと。いない時間を数えるほうが速いくらいに。
最初に話しかけてきたのはロゼだ。
大体、入学して二ヶ月程度のとき。いつも一人でいたグリエマにこう話しかけたのだ。
「ね、友達になろう!」
当時人付き合いを極度に避けていた彼女にとって、一番の障害だっただろう。でもそのアプローチが長くなるにつれ、彼女の抵抗は和らいでいった。話し始めて一年も経てば、自分から話しかけに行くことも珍しくなくなった。
しかし、それまで成績が優秀であった彼女は、ロゼと関わった途端急激に低下していた。
ロゼとの接触。それが彼女の弱体化を進めた要因だったのだ。
そして、今日は実戦授業の日。
近くに出現する魔物と交戦して、最低三匹倒すというシンプルな授業である。
パーティーの人数は一人から四人まで。一般的なパーティーの人数と同じであることから、本当に実践のことを考えたカリキュラムが練られていることが窺《うかが》える。
ただし、その魔物の肉や装備品の一部を持ち帰ることがマスト。
つまるところ何か三つを剥ぎ取り、担当教師に見せなければ進級ができなくなる、非常に大事な授業だ。
「いいかい、まずは君の火魔法で牽制だ」
「ちょっと、何回作戦確認してんのよ!
もう十回はやってんじゃない!?」
「ねぇ、作戦とかどうする?」
「適当でいいんじゃない?ここに出る魔物そんなに強くないって話だし」
目的地についた生徒たちが、和気あいあいと試験についての会話を交わしていた。楽観する者や、しっかりと作戦を練る者など。
「私達はどうしようかなー?エマちゃん、魔法は何が使えるんだっけ?」
中程度の身長がある剣を腰にぶら下げながら、ロゼが発言した。
「得意なのは火魔法だな。それ以外はあまり。
近接戦もわりといける」
「うーん、そっかー……。作戦とかある?」
「別に必要ないと思うぞ。
その場その場で連携取っていけば、倒せるだろう」
「だよね!私もそう思ってた!」
彼女はいつもの通りにこりと笑う。
次の瞬間、授業を担当する教師が声を若干張り上げて全体に声を行き渡らせた。
「A組、試験の内容はわかるな?
魔物を三体討伐し、その肉片や装備を剥ぎ取って提出する」
教師は淡々とした口調で語り続ける。
「強い魔物であれば点数は高くなり、これはパーティー全員で共有される。つまりは少人数で倒せば倒すほど、最終的なスコアは高くなると言うことだな」
「制限時間は授業終了十分前。
剥ぎ取った装備をチェックするためだ。……ここまでで質問は?」
それまで会話による不協和音を奏でていた生徒たちは静まり返る。
若手、髪を社会人のようにかきあげた短髪の教師は生徒全体を見渡す。
手が誰一人として伸ばしていないことを確認すると、左手にはめた『精密時計』に視線を落として、怒号のような合図を出す。
「では……はじめっ!!」
合図が出る直前の沈黙が嘘だったかのように、生徒たちは一斉に走り出した。
全員が全員、我こそはと言わんばかりに魔物を捜索し始める。
各々は己を鼓舞するような門限を口に出したり、不安を募らせた呟きをしたり、様々だった。
試験時間は授業終了十分前まで、
授業が一時間であるということから計算すると制限時間は五十分。
グリエマはそのことを念頭に入れ、駆り出す生徒たちに続いては走ろうとする。
横にいるロゼに視線を寄越すと、誰かから話しかけられているのが見てわかった。
「なぁ、この戦いが終わったら俺と付き合ってくれないか?」
絞り出したような声で、彼は言っていた。
つまりは、
(告白……だったか。初めて見たな)
そう言うことだ。
まるで死亡フラグのような告白だな、とも思った
グリエマは足を一歩だけ後退させて、
あくまでも自分は関係ないのだと言うことを暗示させる。
「ん~……、じゃあこの学校で一番いい成績を収めたらいいよ!」
「……ほんとか?」
その男の子は、真剣な表情を崩さなかった。しかしその声の震え具合から、どう感情が揺らいだのかは、手に取るようにわかる。
ロゼが微笑んだまま頷くと、告白をした男の子はパーティメンバーらしき人達の元へと向かう。遠目から見てもわかるくらい、大袈裟な喜び方をしているのが見えた。
「モテモテだな、ロゼは」
そのまま動かずに突っ立っていたロゼに、背後から前触れもなく声をかけたグリエマ。
「あ、エマちゃん」
「そうかなぁ。でも私、あの男の子好きってわけじゃないんだよね。たまに話すってだけなんだけど」
振り返ると名前を呼び、グリエマの嫌味混じりの言葉に反応を示した。目を細めて、肩についた黄色い髪の毛をくるくると回しながら。
「お前……見かけによらず結構性格悪いな」
「そう?チャンス与えただけでもマシじゃない?」
「そういうとこだよ、バカロゼ」
間髪入れずに、そう断言した。
「ふふっ、そうかもね!」
「……私ね、エマちゃんの事、結構好きなんだよ」
首を傾げて、わざとらしい笑みを交えてそう言った。
それは問いかけであり、ただの意思表明でもあった。
「どうした、突然改まって」
「ううん、なんか……言いたくなっちゃってさ
今まで一度も言ってなかったし」」
手を腰辺りで組む彼女は、瞳を閉じて悲しげに言う。
「まぁでも……今はとりあえずやることやろっか」
「そうだな。思えばこんなところで話してる暇なんてないな」
「う~ん。
生徒結構多いから近くの魔物はもういないだろうし、少し遠く行く感じにする?」
そう言われると、ロゼは体を前傾させる。
グリエマは眼と首で頷くと、ロゼに習い、同一方向に体を傾ける。
「よし、じゃあ……決まり!」
最後の一言を発すると、二人は息を合わせたように走行を始めた。殆ど同じ速度で、周囲を見渡しながら草原を駆け抜けていく。その姿はまるで、風を斬り裂いて進む獣。足は自転車のペダルのように、滑らかに回されていく。
外見と相まって男性とみられることが多かったが、中身はしっかりと女の子。
女の子らしい体つきもしていたし、女房だって人並みには成長していた。
クラスト魔法学院。国の中で一番教育が発達している、いわゆる優秀と言った部類に入る学校で、数多くの優秀な冒険者や魔法士を輩出してきたことで有名である。
大御所で言えば国専属の冒険者、『龍炎のタリア』や、同じく国専属の冒険者、『天災のグレズエッソ』など。
グリエマはそこに在籍していた。
成績は今でこそ中の上だが、最初の頃は突き抜けて高い成績を収めていた。
手を抜いている奴。
周囲の生徒はそう認識していたことだろう。
「ね、次の授業一緒に行こ」
読み書き、日本で言う『国語』の授業が終わった時、
グリエマに話しかけた人物がいた。
「あぁ、いいだろう」
席から机を離した彼女は、彼女の手招きにしたがって教室を出ていく。
向かうは学校外の、教師から指定された場所。
「エマちゃんは何で私以外に友達作らないの?」
その途中、恐る恐る聞いてきたのはグリエマの友人、ロゼだった。
ロゼは黄色い髪をしていて、前髪は短く、後ろ髪は短くと言った髪型をしている。
いつでも笑顔を絶やさないような、皆の太陽的ポジション。
グリエマは彼女の瞳を一瞥すると、正面に向き直る。
「……ロゼで十分だからだ。友達は質より量とよく言うだろう」
「まぁ、そうだけど。それにしたって私だけって言うのは悲しくない?」
「……あ、おはよう!」
眉を顰めた彼女はグリエマにはてなを投げつけた後、不意にすれ違った友達らしき人に挨拶をした。笑顔で、目を閉じて。すると向こうも気づいたからか、振り返って手を振る。その後で文言を口にしていた。
「……そう言うのが苦手なんだ。まぁ、嫌いではないんだがな、多すぎると疲れてしまう。私はロゼだけで十分だな」
「ふーん。そう言うもんかな」
頭にクエスチョンを浮かべたロゼは急に顔色を変える。
口を逆三角にして、何かを頭の中で思い浮かべているような感じだ。
「でも確かに、エマちゃんがいろんな人と仲良さそうにしてるの、想像できないかも」
「だろう」
「……じゃあ、私とはずっといてよね!」
ロゼの表情は、再び明るくなった。
そんなロゼの表情を見ることが、グリエマの密かな楽しみでもあったのだ。
入学してから、約二年。
二人はほとんどの時間を一緒に過ごした。
向こうから話しかけてから、本当にずっと。いない時間を数えるほうが速いくらいに。
最初に話しかけてきたのはロゼだ。
大体、入学して二ヶ月程度のとき。いつも一人でいたグリエマにこう話しかけたのだ。
「ね、友達になろう!」
当時人付き合いを極度に避けていた彼女にとって、一番の障害だっただろう。でもそのアプローチが長くなるにつれ、彼女の抵抗は和らいでいった。話し始めて一年も経てば、自分から話しかけに行くことも珍しくなくなった。
しかし、それまで成績が優秀であった彼女は、ロゼと関わった途端急激に低下していた。
ロゼとの接触。それが彼女の弱体化を進めた要因だったのだ。
そして、今日は実戦授業の日。
近くに出現する魔物と交戦して、最低三匹倒すというシンプルな授業である。
パーティーの人数は一人から四人まで。一般的なパーティーの人数と同じであることから、本当に実践のことを考えたカリキュラムが練られていることが窺《うかが》える。
ただし、その魔物の肉や装備品の一部を持ち帰ることがマスト。
つまるところ何か三つを剥ぎ取り、担当教師に見せなければ進級ができなくなる、非常に大事な授業だ。
「いいかい、まずは君の火魔法で牽制だ」
「ちょっと、何回作戦確認してんのよ!
もう十回はやってんじゃない!?」
「ねぇ、作戦とかどうする?」
「適当でいいんじゃない?ここに出る魔物そんなに強くないって話だし」
目的地についた生徒たちが、和気あいあいと試験についての会話を交わしていた。楽観する者や、しっかりと作戦を練る者など。
「私達はどうしようかなー?エマちゃん、魔法は何が使えるんだっけ?」
中程度の身長がある剣を腰にぶら下げながら、ロゼが発言した。
「得意なのは火魔法だな。それ以外はあまり。
近接戦もわりといける」
「うーん、そっかー……。作戦とかある?」
「別に必要ないと思うぞ。
その場その場で連携取っていけば、倒せるだろう」
「だよね!私もそう思ってた!」
彼女はいつもの通りにこりと笑う。
次の瞬間、授業を担当する教師が声を若干張り上げて全体に声を行き渡らせた。
「A組、試験の内容はわかるな?
魔物を三体討伐し、その肉片や装備を剥ぎ取って提出する」
教師は淡々とした口調で語り続ける。
「強い魔物であれば点数は高くなり、これはパーティー全員で共有される。つまりは少人数で倒せば倒すほど、最終的なスコアは高くなると言うことだな」
「制限時間は授業終了十分前。
剥ぎ取った装備をチェックするためだ。……ここまでで質問は?」
それまで会話による不協和音を奏でていた生徒たちは静まり返る。
若手、髪を社会人のようにかきあげた短髪の教師は生徒全体を見渡す。
手が誰一人として伸ばしていないことを確認すると、左手にはめた『精密時計』に視線を落として、怒号のような合図を出す。
「では……はじめっ!!」
合図が出る直前の沈黙が嘘だったかのように、生徒たちは一斉に走り出した。
全員が全員、我こそはと言わんばかりに魔物を捜索し始める。
各々は己を鼓舞するような門限を口に出したり、不安を募らせた呟きをしたり、様々だった。
試験時間は授業終了十分前まで、
授業が一時間であるということから計算すると制限時間は五十分。
グリエマはそのことを念頭に入れ、駆り出す生徒たちに続いては走ろうとする。
横にいるロゼに視線を寄越すと、誰かから話しかけられているのが見てわかった。
「なぁ、この戦いが終わったら俺と付き合ってくれないか?」
絞り出したような声で、彼は言っていた。
つまりは、
(告白……だったか。初めて見たな)
そう言うことだ。
まるで死亡フラグのような告白だな、とも思った
グリエマは足を一歩だけ後退させて、
あくまでも自分は関係ないのだと言うことを暗示させる。
「ん~……、じゃあこの学校で一番いい成績を収めたらいいよ!」
「……ほんとか?」
その男の子は、真剣な表情を崩さなかった。しかしその声の震え具合から、どう感情が揺らいだのかは、手に取るようにわかる。
ロゼが微笑んだまま頷くと、告白をした男の子はパーティメンバーらしき人達の元へと向かう。遠目から見てもわかるくらい、大袈裟な喜び方をしているのが見えた。
「モテモテだな、ロゼは」
そのまま動かずに突っ立っていたロゼに、背後から前触れもなく声をかけたグリエマ。
「あ、エマちゃん」
「そうかなぁ。でも私、あの男の子好きってわけじゃないんだよね。たまに話すってだけなんだけど」
振り返ると名前を呼び、グリエマの嫌味混じりの言葉に反応を示した。目を細めて、肩についた黄色い髪の毛をくるくると回しながら。
「お前……見かけによらず結構性格悪いな」
「そう?チャンス与えただけでもマシじゃない?」
「そういうとこだよ、バカロゼ」
間髪入れずに、そう断言した。
「ふふっ、そうかもね!」
「……私ね、エマちゃんの事、結構好きなんだよ」
首を傾げて、わざとらしい笑みを交えてそう言った。
それは問いかけであり、ただの意思表明でもあった。
「どうした、突然改まって」
「ううん、なんか……言いたくなっちゃってさ
今まで一度も言ってなかったし」」
手を腰辺りで組む彼女は、瞳を閉じて悲しげに言う。
「まぁでも……今はとりあえずやることやろっか」
「そうだな。思えばこんなところで話してる暇なんてないな」
「う~ん。
生徒結構多いから近くの魔物はもういないだろうし、少し遠く行く感じにする?」
そう言われると、ロゼは体を前傾させる。
グリエマは眼と首で頷くと、ロゼに習い、同一方向に体を傾ける。
「よし、じゃあ……決まり!」
最後の一言を発すると、二人は息を合わせたように走行を始めた。殆ど同じ速度で、周囲を見渡しながら草原を駆け抜けていく。その姿はまるで、風を斬り裂いて進む獣。足は自転車のペダルのように、滑らかに回されていく。
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