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二章

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少年はうなされる。

偶《たま》に見る予知夢のようなものではなく、ただの悪夢によって。

その中には死んだはずのガード、ストレト、ガウナ、そしてタリアがいる。全身から血を噴き出し、クロノアを追いかける。何とか逃げようと必死に走り回るが、結局追いつかれ肩に手を置かれ……と、そこで夢は終了。

「っ――――」

心臓をバクバクさせて飛び上がるように起きると、耳にぱちぱちとした焚火の音が聞こえる。

「……ここは」 

クロノアは戸惑いながらも周囲を見渡す。自身が寝ていた場所には荷物に積まれていた寝袋が敷かれている。
そして、そこは洞窟だった。見渡す限り岩で、中心に座る用と思われる椅子と、それに囲まれるように焚火が火種を散らしている。
ここがセーブポイントであると気付くのに、数秒もかからなかった。

(……女の子?)

更に、傍らには女の子がいた。すやすやと寝息を立てて睡眠をとっているようだ。
クロノアはその子からは二つ・・の既視感を覚える。

(この子、どこかで……)

記憶の引き出しから探し出そうと思い、視界をシャットアウトすると。

意識を落とすまでの記憶が、刹那ほどまで圧縮されて彼の脳内で浮かび上がってきた。気が付いた時にはもう自分の口元を掌で覆っており、食道から駆け昇ってきたそれを排出するために洞窟外へと向かっていた。

「おえぇぇぇ…………」

数秒間にも渡る嘔吐。口の中が終始気持ち悪かったのは言うまでもない。
汚くなった口内に魔法で生成した水を入れ、少ししてから地面にそれを吐き捨てる。

(死んだ。みんな死んだ。ストレトさんたちだけじゃなくて、
ファフアルさんも恐らく死んだ)

自分が意気消沈して、見届けることもできずに――――そう認識を変えてみると、
全身の毛が逆立つような感覚に陥る。

踵を返した彼は、今の気分と同じくらい頭を垂らしていた。

焚火前の椅子に腰を下ろし、両指を絡み合わせて俯く。
頭頂部には強い熱気が伝わっている。

彼は心の内で、自らの罪を列挙していく。

(彼らを巻き添えにした。肝心な時に体が動かなかった。交渉の余地はあったかもしれないのに、声すら出さなかった。全力で戦ったのに、新しい魔法を生み出して戦ったのに勝てなかった。リードが、父上が作ってくれたグラディウスを壊し、失くしてしまった)

「タリアさんも……ちゃんと生きてたのに、見殺しにした」

歯が軋る。視界は横細くなり、頭に血が昇る。

「なんで、なんでだよ……なんで俺は助けられなかった!」

絞り出したような声。
いや、実際絞り出している。自責に押しつぶされそうになっているのだから。

絡み合わせた指を振り解き、拳を握った右手の小指球で太ももを強く打ちつける。

「なんで! なんで、なんで、なんでっ……俺は……」

自分を責め立てるクロノア。
意識せずとも強い力が手にこもった。
怒りが、悲しみが、彼の中でぐつぐつと煮え滾った。

悲劇の記憶が、早送りするように高速で流れる。最後まで到達したら、また最初に戻る。そこからまた早送りで最後まで流れて――が、延々と。

思い出したくなくても、脳がそれを許さない。
止めたくても止まらない。ダムが一つもない川のように。
彼は思い出して自分の無力を実感する度、自分の太ももを打ちつける力を強めた。
何もできなかった自分を責めるように、少しでも彼らと同じ痛みを味わえるように、徹底的に。

つまるところ、軽い自傷行為だ。

「あの……!」

拳が太ももに着弾する直前。高温から発せられた音声により、動きを止める。
やつれた顔を持ち上げてそこにいる少女に目を移すと、何とも言えないような表情をして、クロノアを見ていた。

「……どうしたの」

クロノアはほぼゼロに等しい声量で吐き捨てる。

すると彼女は上唇と下唇を合わせて唇全体を振動させた。泣きそうな顔で歩み寄り、床に膝をついて――満身創痍なクロノアに抱きついた。

「な、なにして……」

「見てられなかったんです」

クロノアの隠せない戸惑いを遮って、その少女は自分の発言をする。

「何があったかは知りませんけど、そんなに自分を責めないください。あなただけが悪いなんてこと、絶対にありません。仕方なかったことだって、あると思うんです。だから……そんな悲しそうな顔をしないでください」

耳元で囁き、慰める。
久しぶりに感じた人肌は想像を遥かに凌駕するほど温かかった。体だけじゃなく、心までもじんわりと溶けていくような錯覚になる。

クロノアは思い出した。昔、現世の母が自分を抱きしめてくれたことを。
その時に感じた温もりを。

(……誰かはいまいちピンとこないけど。なんか、安心する。心が落ち着く)

彼は目を細めたまま、今度は弱くも強い力で囁く。

「ありがとう」

「……いいえ。あなたが悲しいとこっちまで悲しくなってきますから。
うぃんうぃんですよ」

自分がやったことはあながち間違いでもなかったのではないか。
最善は尽くせたのではないか。

少しだけ。ほんの少しだけ、心が軽くなったような気がした。
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