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学院編:オヴェルニー学院
【149話】vsシリルクラリッサ1
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アーサーは血に染まった土をじっと見た。モニカと、ウィルクと、ダフとキャロルの血。こんなに血を流して、彼らは全力で戦った。胸に熱いものがあこみ上げる。
(僕もあんな戦いがしたい。みんなが全力を出し切ったギリギリの戦い…!)
「アーサー」
アーサーの前に対戦相手が現れる。以前戦ったときとは全く違う、戦いたくてうずうずしている顔。きっと今のアーサーもそんな顔をしているのだろう。アーサーは手を差し出し、シリルがその手をがっしり握る。余計な言葉なんて必要ない。二人はニッと笑ってから手を離して剣を構えた。
《おお…。ダフモニカ戦とは打って変わって静かな雰囲気ですね》
《アーサー選手があれほどメラメラ闘志を燃やしているのは初めてです。先ほどの戦いに感化されたのでしょうか》
《それもあるでしょうね。それに、剣術対抗戦でアーサー選手はシリル選手に敗戦していますから。再戦の時をずっと待っていたのかもしれません》
(そう思ってたのはアーサーじゃなくて僕のほうだ。アーサーに僕の本当の剣を知ってもらいたい。僕はずっと、そう思ってた)
アーサーとシリルの後ろでジュリアとクラリッサも杖を構えた。
(シリルはアーサーと戦える日を待ちわびてた。剣術対抗戦で何があったのか分からないけど、あのあとシリルは剣を持てなくなった。あんなに大好きだった剣を…。でも、シリルはそれを乗り越えたの。アーサーともう一度戦いたいって気持ちだけで、シリルはまた剣を握ったの。今日はシリルにとってなによりも大切な日。私が足をひっぱるわけにはいかない。焼け焦げても、おなかに穴が開いても、シリルをサポートしてみせる!)
(シリル。私の弟があなたの人生に深い傷を負わせてしまった。彼はしばらく剣を持てなくなったと聞いているわ。…よく乗り越えてくれましたわ。剣への愛情を取り戻してくれて…本当にありがとう。さあ、クラリッサの魔法は私が全て打ち消してあげるから、二人で思いっきり剣を交えなさい!)
審判が試合開始の合図を鳴らす。2vs2では魔法使いを真っ先に潰すのが定石。だがアーサーもシリルも、魔法使いの背後になんてまわらなかった。二人とも一瞬にして距離を詰め、剣士めがけて剣を振り下ろす。
観客席にまで鳴り響く、剣と剣がぶつかり合う音。力はアーサーの方が強い。シリルの剣が押されるが、上手くいなして攻撃から逃れた。体勢をかすかに崩したアーサーにすかさず剣を振るうが、身軽な彼にかろうじて避けられた。
(動きも判断も速い!一瞬でも気を抜いたら刺されるっ…!)
目にもとまらぬ速さでアーサーとシリルが攻防を続けている中、ジュリアとクラリッサはお互いいつでも魔法を打ち消せるよう杖を構えていた。だがどちらも剣士に魔法を使おうとする気配がない。
「…?」
「…?」
魔法使いの目が合った。二人ともなぜ魔法を打ってこないんだ?という顔をしている。しばらく見つめ合ってお互いの気持ちに気付いた。
(ああ、ジュリア王女も二人に気持ち良く戦わせてくれているのね)
(クラリッサも同じ気持ちのようね。いいわ、私たちはしばらく休戦よ)
ジュリアとクラリッサがこくりと頷き杖を下ろした。
《ん…?ジュリア選手とクラリッサ選手が杖を下ろしてしまいましたね?》
《不思議な光景ですね…。ですが、アーサー選手とシリル選手の素晴らしい攻防に水を差したくないという気持ち、分からくもないです》
シリルの剣はとても綺麗だった。シリルの速さがあれば、アーサーの背後も取ろうと思えば取れただろう。だが彼はそうしなかった。アーサーが自分と比べ物にならないほど剣術に優れていると分かっていても、何度も何度も真っ向勝負を挑んだ。まるで自分の本当の姿はこうだとアーサーに訴えているかのようだった。
(血に濡れたことのない、芸術みたいな剣だ。まるで舞ってるみたいに綺麗)
カミーユ、アデーレ、そしてアーサー自身も、今まで何かを殺すために剣を振ってきた。敵の背後を取り、剣に毒を塗り、聖水を塗り…。殺すためならどんな手も使ってきた。アーサーにとってはそれが当たり前のことだと思っていた。
きっとシリルも、学院を卒業して騎士として剣を振るうようになったら今のような剣のままではいられないだろう。時に汚い手を使わなければいけないし、敵の寝首をかかなければならない日がくるだろう。そう思うとアーサーの胸が少し苦しくなった。
(シリルにはずっとこのままでいてほしいなあ)
ずっとシリルとこうして剣を交えていたい。シリルの剣を受けて、はじいて、アーサーが剣を振ってシリルが軽やかに躱して。ずっとずっとこうしていたい。
(でも、そうもいかないよね)
「っ!」
アーサーの雰囲気が変わりシリルの体がこわばった。彼の目に、彼の剣に、今まで纏っていなかった殺意に似たものが溢れ出したのを本能的に感じ取る。足がすくみ、無意識にアーサーから距離を取ろうと後ずさりしてしまう。
(あ…くる…)
「シリル、これで僕たちだけの戦いは最後にしよう。…いくよ」
(気おされちゃだめだ!!たとえ勝ち目がなくたって…最後まで…戦い抜く!!)
シリルは深呼吸をしてからグッと剣を握りなおした。
「こいっ!アーサー!」
アーサーが地面を蹴ったかと思えば、一瞬にしてシリルの目の前にいた。
「っ!」
アーサーの一撃を咄嗟に躱すが次の攻撃に反応できなかった。シリルの腹にアーサーの剣が突き刺さる。
「ぐっ…!」
シリルが倒れそうになるのをアーサーが抱き留めた。シリルはアーサーにしがみつき、ほぉ…と息を吐く。
「…アーサー、君とこうして戦えてよかった」
「僕もだよシリル。これでやっと終わったね」
「うん…やっと…やっと終わった」
猛毒を使ってつかみ取ってしまった勝ち星を、やっとアーサーに返すことができた。猛毒を使った事実はこれからもずっと消すことはできない。だが、こうして正々堂々とアーサーと戦え、負けたことでほんの少し重荷が軽くなった気がした。
審判がシリルを退場させようとしたがアーサーが止めた。
「クラリッサ、回復魔法使える?」
「ええ、使えるわ。…苦手だけど」
「ジュリア王女は?」
「使えます!」
「じゃあ二人でシリルを回復させてくれる?」
「え…?でもジュリア王女とシリルは敵同士よアーサー」
「今の戦いは僕とシリルのけじめのための戦いだったんだ。…二人とも、魔法を打たずに待っててくれてありがとう」
アーサーはぺこりと頭をさげたあと、いたずらっぽくウィンクをした。
「お待たせ二人とも。2vs2はこれからだ!シリルが治ったら始めるよ!魔法と剣が入り乱れる、すっごく楽しい対戦を!!」
(僕もあんな戦いがしたい。みんなが全力を出し切ったギリギリの戦い…!)
「アーサー」
アーサーの前に対戦相手が現れる。以前戦ったときとは全く違う、戦いたくてうずうずしている顔。きっと今のアーサーもそんな顔をしているのだろう。アーサーは手を差し出し、シリルがその手をがっしり握る。余計な言葉なんて必要ない。二人はニッと笑ってから手を離して剣を構えた。
《おお…。ダフモニカ戦とは打って変わって静かな雰囲気ですね》
《アーサー選手があれほどメラメラ闘志を燃やしているのは初めてです。先ほどの戦いに感化されたのでしょうか》
《それもあるでしょうね。それに、剣術対抗戦でアーサー選手はシリル選手に敗戦していますから。再戦の時をずっと待っていたのかもしれません》
(そう思ってたのはアーサーじゃなくて僕のほうだ。アーサーに僕の本当の剣を知ってもらいたい。僕はずっと、そう思ってた)
アーサーとシリルの後ろでジュリアとクラリッサも杖を構えた。
(シリルはアーサーと戦える日を待ちわびてた。剣術対抗戦で何があったのか分からないけど、あのあとシリルは剣を持てなくなった。あんなに大好きだった剣を…。でも、シリルはそれを乗り越えたの。アーサーともう一度戦いたいって気持ちだけで、シリルはまた剣を握ったの。今日はシリルにとってなによりも大切な日。私が足をひっぱるわけにはいかない。焼け焦げても、おなかに穴が開いても、シリルをサポートしてみせる!)
(シリル。私の弟があなたの人生に深い傷を負わせてしまった。彼はしばらく剣を持てなくなったと聞いているわ。…よく乗り越えてくれましたわ。剣への愛情を取り戻してくれて…本当にありがとう。さあ、クラリッサの魔法は私が全て打ち消してあげるから、二人で思いっきり剣を交えなさい!)
審判が試合開始の合図を鳴らす。2vs2では魔法使いを真っ先に潰すのが定石。だがアーサーもシリルも、魔法使いの背後になんてまわらなかった。二人とも一瞬にして距離を詰め、剣士めがけて剣を振り下ろす。
観客席にまで鳴り響く、剣と剣がぶつかり合う音。力はアーサーの方が強い。シリルの剣が押されるが、上手くいなして攻撃から逃れた。体勢をかすかに崩したアーサーにすかさず剣を振るうが、身軽な彼にかろうじて避けられた。
(動きも判断も速い!一瞬でも気を抜いたら刺されるっ…!)
目にもとまらぬ速さでアーサーとシリルが攻防を続けている中、ジュリアとクラリッサはお互いいつでも魔法を打ち消せるよう杖を構えていた。だがどちらも剣士に魔法を使おうとする気配がない。
「…?」
「…?」
魔法使いの目が合った。二人ともなぜ魔法を打ってこないんだ?という顔をしている。しばらく見つめ合ってお互いの気持ちに気付いた。
(ああ、ジュリア王女も二人に気持ち良く戦わせてくれているのね)
(クラリッサも同じ気持ちのようね。いいわ、私たちはしばらく休戦よ)
ジュリアとクラリッサがこくりと頷き杖を下ろした。
《ん…?ジュリア選手とクラリッサ選手が杖を下ろしてしまいましたね?》
《不思議な光景ですね…。ですが、アーサー選手とシリル選手の素晴らしい攻防に水を差したくないという気持ち、分からくもないです》
シリルの剣はとても綺麗だった。シリルの速さがあれば、アーサーの背後も取ろうと思えば取れただろう。だが彼はそうしなかった。アーサーが自分と比べ物にならないほど剣術に優れていると分かっていても、何度も何度も真っ向勝負を挑んだ。まるで自分の本当の姿はこうだとアーサーに訴えているかのようだった。
(血に濡れたことのない、芸術みたいな剣だ。まるで舞ってるみたいに綺麗)
カミーユ、アデーレ、そしてアーサー自身も、今まで何かを殺すために剣を振ってきた。敵の背後を取り、剣に毒を塗り、聖水を塗り…。殺すためならどんな手も使ってきた。アーサーにとってはそれが当たり前のことだと思っていた。
きっとシリルも、学院を卒業して騎士として剣を振るうようになったら今のような剣のままではいられないだろう。時に汚い手を使わなければいけないし、敵の寝首をかかなければならない日がくるだろう。そう思うとアーサーの胸が少し苦しくなった。
(シリルにはずっとこのままでいてほしいなあ)
ずっとシリルとこうして剣を交えていたい。シリルの剣を受けて、はじいて、アーサーが剣を振ってシリルが軽やかに躱して。ずっとずっとこうしていたい。
(でも、そうもいかないよね)
「っ!」
アーサーの雰囲気が変わりシリルの体がこわばった。彼の目に、彼の剣に、今まで纏っていなかった殺意に似たものが溢れ出したのを本能的に感じ取る。足がすくみ、無意識にアーサーから距離を取ろうと後ずさりしてしまう。
(あ…くる…)
「シリル、これで僕たちだけの戦いは最後にしよう。…いくよ」
(気おされちゃだめだ!!たとえ勝ち目がなくたって…最後まで…戦い抜く!!)
シリルは深呼吸をしてからグッと剣を握りなおした。
「こいっ!アーサー!」
アーサーが地面を蹴ったかと思えば、一瞬にしてシリルの目の前にいた。
「っ!」
アーサーの一撃を咄嗟に躱すが次の攻撃に反応できなかった。シリルの腹にアーサーの剣が突き刺さる。
「ぐっ…!」
シリルが倒れそうになるのをアーサーが抱き留めた。シリルはアーサーにしがみつき、ほぉ…と息を吐く。
「…アーサー、君とこうして戦えてよかった」
「僕もだよシリル。これでやっと終わったね」
「うん…やっと…やっと終わった」
猛毒を使ってつかみ取ってしまった勝ち星を、やっとアーサーに返すことができた。猛毒を使った事実はこれからもずっと消すことはできない。だが、こうして正々堂々とアーサーと戦え、負けたことでほんの少し重荷が軽くなった気がした。
審判がシリルを退場させようとしたがアーサーが止めた。
「クラリッサ、回復魔法使える?」
「ええ、使えるわ。…苦手だけど」
「ジュリア王女は?」
「使えます!」
「じゃあ二人でシリルを回復させてくれる?」
「え…?でもジュリア王女とシリルは敵同士よアーサー」
「今の戦いは僕とシリルのけじめのための戦いだったんだ。…二人とも、魔法を打たずに待っててくれてありがとう」
アーサーはぺこりと頭をさげたあと、いたずらっぽくウィンクをした。
「お待たせ二人とも。2vs2はこれからだ!シリルが治ったら始めるよ!魔法と剣が入り乱れる、すっごく楽しい対戦を!!」
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