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第4章 Dead or Alive

カイン・ベルナール

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 ラドラムは、タッチパネルの上に、布包みを開いた。

「キャッ」

 手術などでグロテスクなシーンには慣れっこのマリリンも、突然のそれには驚いてルージュの引かれた唇を覆った。

「何だそりゃ」

「手」

「そんなこたぁ分かってる。何の意味があるのかって聞いてるんだ」

 ロディが、眉を顰めてそれを見詰める。

「『これの持ち主を探して』。それが今回の依頼だ」

「レディ・キューピッドからの?」

「ああ。シーア、って呼ばれてたな」

「確かに、キューピッドが本名じゃないでしょうネ」

「仮にSTEP細胞を投与してるんだとしたら、連邦があの子を管理してる訳だ。シーアは、二十四時間体制で守られてる……と言うか、見張られてる感じだった」

「そんなプロジェクトで、本名を呼んでるとも思えねぇな」

 ラドラムが、指を一つ、パチンと鳴らした。

「プラチナ。惑星ヒューリの住民データから、今の仮説に該当する『シーア』を探してみてくれ」

「はい、ラドラム。……『シーア』を二十歳以上の女性、捜索願いの出ている人物、または身元不明遺体として検索しましたが、該当者はいません」

「だろうな」

 ラドラムは、クルーたちに向けて言った。

「この手は、惑星イオテスのカイン・なんとかって奴の手だ」

「カイン・ベルナールです、ラドラム」

「アラ、分かってるんなら、話は早いじゃない」

「ところが、二百年前に死亡してる。でもって、この手は十年以内に、持ち主から離れたものらしい」

 ロディが、顎を撫でた。

「そこで、違法クローンに行きつくってぇ訳だな」

「ああ。この手の持ち主は違法クローンで、シーアが俺たちにコンタクトを取った事も、どうすれば俺たちが困るか、つまり探されないかまで熟知した、頭の回転の速い奴って事だ」

「それで、イオテスか?」

「一応な。逃げるのに必死で、思わず言った行き先だが、カインの事を調べて潜伏するには、ちょうどいい惑星だ」

 極彩色に興味があるのか、キトゥンがマリリンの腕の中から、手を伸ばして連邦錠に触れようとした。

「これは駄目だ、キトゥン。無理に力を加えると、電流が流れる仕組みなんだ。触らないでくれ」

「ダゥ……」

 ひとしきり依頼内容の説明が終わり、みなが何となくキトゥンを眺めて途方に暮れていると、マリリンが思い付いたように明るいニュースを持ち出した。

「そう言えば、キトゥンのベビーベッドが、豪華になったのヨ。あの禿げ親父、子供がいるみたいで、沢山おもちゃを付けてくれたの。オマケですって!」

「キトゥンの?」

 ラドラムが立ち上がって、艦橋の入り口近くに設置されたベビーベッドを覗きにいった。もちろん、プラチナもピッタリとくっ付いていく。

「ほぉら、キトゥン。アンタの新しいベッドヨ」

 柵のついたベビーベッドにキトゥンを寝かせると、マリリンはベッド横のパネルを操作した。柔らかなオルゴールの音色と共に、ベッド上に吊るされたおもちゃのメリーゴーランドサークルがゆっくりと回った。
 キトゥンはそれを目で追って、クルル、と上機嫌な声を出す。
 ラドラムが、やや皮肉っぽく言って、吐息をついた。

「お前が居てくれて、幾らか癒されるよ、キトゥン……。プラチナ。引っ付き過ぎだ」

「ですがラドラム、この連邦錠を第三者に見られたら、通報されてしまいます。イオテスでの移動の際は、私が貴方を抱き上げて布で隠すか、手を繋いでポケットに入れるか……どちらにしろ、密着しなくてはなりません」

「それなんだよな……」

「私の手をいったん外せば離れる事が出来ますが、イオテスには、アンドロイド技師は登録されていません」

 それを聞いて、マリリンが声を上げた。

「あっ!」

「どうした」

「もし……もし、連邦が違法クローンやSTEP細胞に手を出していて、被験者に、腕輪を付けて管理していたら?」

「つまり……腕輪から逃れる為に、自分で自分の手を引き千切った?」

「そう。あくまでも可能性だけど。カーテンの向こうのレディ・キューピッドをよく見たんだけど、ネックレスやブレスレットがキラキラ光ってたワ」

「そんなトコまで見てたのか」

「女の観察眼を、甘く見ないで頂戴」

 マリリンが鼻を高くして言う。
 プラチナが、ラドラムにくっ付いたまま、冷静な声音を出した。

「間もなく、ステルスハイパードライヴから抜けます。全員、シートベルトをしてください」

「もう、プラチナ! アタシの華麗な推理の邪魔しないで頂戴!」

「すみません、マリリン。ですが、あと五十八秒で……」

「はいはい、分かったワヨ」

 マリリンは、キトゥンのメリーゴーランドサークルを止めて、彼女を抱き上げると、自分の席に着いてシートベルトを締めた。
 ラドラムとロディもそれに続いて、シートベルトを締める。
 エネルギー粒子を逆噴射させる音と振動が、ブラックレオパード号を包む。
 メインスクリーンいっぱいに流れていた星が、ぽつぽつと輝く点に戻って、眼下には茶色の惑星が広がった。

    *    *    *

「何が悲しくて、野郎と手なんか……」

 船を降りるギリギリまで、ぐちぐちと零すラドラムを、マリリンが制した。

「シッ。減るもんじゃなし、それくらい我慢して頂戴。連邦警察に現行犯なんかで捕まったら、確実に刑務所ブタバコ行きなんだから。辺境のシェリフとは訳が違うのヨ」

「クソ……人生の汚点だ……」

「ラドラム、私と手を繋ぐのが、そんなに嫌ですか? ……もう、愛していないからですか?」

 純粋無垢に問うプラチナに、ラドラムが額を押さえた。

「余計ややこしくなる。その話はあとでな、プラチナ」

 イオテスは、砂と灼熱の小惑星だった。
 広大な砂漠に幾つかオアシスがあり、開発当初には地下コロニーに最新テクノロジーも導入されたが、何しろ粒子の細かい砂嵐が一年中続く為、精密機械であるそれらはすぐに使えなくなって、今は地下で野菜や家畜が人力で管理されているだけだった。
 人口は、およそ二億人。
 みな紫外線と熱から身を守るため、サングラスにフード付きのローブを纏っていた。

 ラドラムたちも、あらかじめ通信販売で揃えておいたサングラスとローブを付けて、船を降りる。
 奇しくも、素性を隠すには打って付けの惑星だった。

「この惑星は初めてかね?」

 一箇所だけの宇宙港には、気の良さそうな太った中年の男が居て、先頭のロディに声をかけた。

「ああ、初めてだ」

「じゃあ、砂に気を付けるこったね。目をやられるし、ウェアラブル端末には頼れない。機械なんかはいっぺんにおかしくなる。方位磁石とラクダ、飲み水を忘れずに」

「分かった。ありがとうよ」

 先頭にロディマス、続いてマリリン、最後にラドラムと定位置に抱っこされたキトゥンとプラチナだった。

「おや。手なんか繋いで、新婚さんかい?」

 男の人懐っこさが、ラドラムの神経を思い切り逆撫でた。
 マリリンが慌てて、代わりに答える。

「一人、目が不自由なのヨ。だから、手を引いてるの」

「おや、それは失敬。何にもない惑星だけど、楽しんでいっておくれ」

 男は被っていた帽子を取って非礼を詫び、朗らかに微笑んだ。
 ラドラムはサングラスの下から、引きつった笑みを返してプラチナの手を引いていった。
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