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第6章 恋の季節

最終手段

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「駄目ネ……ステルス・シールドを張ってるワ。大体の座標が分かっても、ロディが居るから攻撃も出来やしないし」

 マリリンは、いつもはロディが座っている操縦士席に座って、慣れぬタッチパネルを操作していた。

「そうか」

 だが予想していたものか、ラドラムの声に落胆はなかった。

「プラチナ。ペットに飯をやり終わったら、計算して欲しい事がある」

 この頃は、もっぱらプラチナがペットに餌を与えていたから、ペットたちはプラチナに一番懐いていた。

「はい、ラドラム。可能です」

「リィザが、四隻の船全部で攻撃してくる可能性は?」

「94.7%の確率で、四隻以上の船で攻撃してくるでしょう。辺境の惑星に別荘を持つのは、資産家のステータスですから」

「以上、か……となると、ブラックレオパード号だけで港を出るのは、自殺行為だな」

「その可能性が高くなります」

「マリリン。この惑星に停泊している船の中で、ブラックの小型船の持ち主に、片っ端から連絡を取ってくれ」

「良いけど、どうするの?」

「考えがある……医務室に、記憶抽出装置も用意してくれ。最終手段だ」

    *    *    *

 リィザは、自分にナノチップが埋め込まれている事など、とうの昔に忘れていた。誘拐されたのは三十年近く前の事だったし、両親が身代金を払うだろう事は確信していたから、トラウマにもならなかった。
 軌道上で、リィザは、ロディに太ももの被覆テープを替えさせながら、キャプテンシートに座って寛いでいた。
 船は、比較的近くにあった別荘から、自動操縦で七隻を従えている。どれも、真っ白のボディが自慢の船だった。

「いい子だねぇ、ロッキー」

 観念したのか、大人しく被覆テープを変えるロディの頭を、リィザは撫でながら考える。
 いいペットを手に入れた。人間狩りで手に入れたペットたちは、訴えたりなんかしたら命はないと思い知っているだろうから、その心配はないだろう。
 問題は、ロディの船のクルーたちだけだ。ステルスシールドで待ち伏せして、コロニーから飛び立つ所を狙い撃ちしてやる。
 そう考えて、リィザはうっとりとロディのグレーの瞳を見詰めた。
 その色彩は、光が当たるとブルーやグリーンにも見えて、リィザは飽く事なくロディの瞳を見詰め続けるのだった。

    *    *    *

 ブラックのボディの小型船を四隻手に入れて、ラドラムたちは今まさに出航する時だった。
 ブラック・レオパード号と並んで計五隻の宇宙船が、一斉に宇宙港を出る。
 キャプテンシートに座って珍しく足は上げずに、ラドラムは戦闘体制に入っていた。

「ワン、ツー、スリー、フォー、各自自分の判断で迎撃しろ。艦橋は中央だ、多少船に傷がついても、ロディに被害は及ばない。エンジンと武器周りを狙って攻撃しろ!」

 思い思いに短く返事が返る。
 どれもラドラムと同じ声だった。
 ラドラムはリィザと戦う為に、『最終手段』を実行した。
 それは、ペットたちへの、自分の記憶のインプットだった。
 自動操縦の船は、あらかじめよほど綿密に作戦を指示しない限り、人間の臨機応変でトリッキーな動きに一歩劣る。
 それを計算した上での、『最終手段』だった。
 つまり、ラドラムが五人、それぞれ船を持って迎撃にあたる事になる。

 その光景をメインスクリーンで見たリィザは、面白い玩具を見付けた子供のように声を上げて笑った。
 リィザは、身体だけが大人になった、大きな子供だった。

「同じタイプの船を五隻用意したか……馬鹿じゃないようだね。でも、小型船だけであたしに敵うと思ってる所が、まだまだ坊やだね」

 そう言うと、リィザはステルスシールドを切ってラドラムに姿を見せ、すぐに計八隻の宇宙船を率いて反転した。
 撃ち合いになっては、コロニーのレーダーに映ってしまう。惑星もコロニーもない所まで、ラドラムを引き付ける必要があった。
 思惑通り、ラドラムは追いかけてくる。

「あんたの元の飼い主は、随分とあんたに入れ上げてるねぇ。妬けちまうよ。今、忘れさせてやるからね」

「クゥン」

 ロディは、リィザの足元に、大人しく蹲っていた。

「発射!」

 広い海域に出たその時、第三者の声音が、大型船の艦橋に響いた。
 ステルスシールドで姿をくらまし着いてきていた、船籍不明の大型船だった。
 大口径のレーザー砲で、リィザの船の内、何の作戦もなく縦並びになっていた小型船と中型船が、跡形もなく消し飛ぶ。

 リィザも、ラドラムも共に驚いて、異口同音に小さく声を漏らしていた。
 全く予想もしなかった両者の真ん中に、大型船が現れたのだ。

「プラチナ! リィザのナノチップ反応は消えたか!?」

「いいえ、ラドラム。リィザは生きています」

 ラドラムはほっと一息ついた。

「マリリン! 大型船に通信!」

「……向こうは、カメラを切ってるわ。声だけ出すワネ」

「ああ。こちら、ブラックレオパード号。リィザ・ウェールの船には、俺のクルーがペットにされて乗っている。無差別な攻撃はやめて貰いたい」

『こちらの船籍は明かせないが、リィザ・ウェールに消えて貰いたい者だ。連れているペットは一人か』

「ああ」

『では、その一人には悪いが、犠牲になって貰うしかない。リィザ・ウェールには消えて貰う』

 その取り付く島もない物言いに、だがプラチナが割り込んだ。

「スペースコロニー、ペガサス・ウィングスの外壁で、隕石に取り付けた小型エンジンの欠片を発見しました。それには反人間狩り団体A.H.H.O.のロゴが入っていました」

『馬鹿な! ハッタリだ! ちゃんと民間のものを……!』

 そこまで言って、A.H.H.O.の副代表ニックは、自分の失言を知る。

「ええ。ハッタリです。この会話は録音しました」

 プラチナの冷徹な声に、ニックは頭を抱えた。

「そんな……! 用意周到に運んだ手筈が……!!」

『……だけど、あんたが俺のクルーの救出に協力してくれるんなら、通報しないでやってもいいぜ』

「……それもハッタリか?」

『さあ、どうだろうな』

 プラチナの無機質な声と違って、ラドラムの声は含み笑っていた。
 真意が読めず、ニックは怒りに声を震わせる。

「リィザ・ウェールやブルジョア層は、人間狩りのペットを飼っている! この世から人間狩りをなくすには、見せしめが必要なんだ!!」

『だからって、一緒くたに四万人以上も死傷させるなんて、どうかしてるぜ。リィザ・ウェールには、生きて罪を償って貰う』

 思い出したように、宇宙に閃光が閃いた。

「シールドを展開」

「はい、ラドラム」

 シールドにレーザービームが当たり、ビリビリと船が揺れた。
 他の四隻も、思い思いに回避行動に入っている。
 ニックの大型船は、一発目の攻撃の後、すでにシールドを張っていた。

「プラチナ、まさかとは思うが、今レーザーを撃ったのが、リィザの船じゃないだろうな?」

「その、まさかのようです。ナノチップの反応からも、リィザの船を特定出来ました」

「よくやった、プラチナ」

「どういたしまして」

「聞いたか野郎ども! 一隻を残してあとは潰しちまえ!」

 ワン、ツー、スリー、フォーの威勢のいい返事が返る。
 それを合図に、艦隊戦が始まった。

「A.H.H.O.も、協力しろ。リィザは殺すな」

 星だけが光る真っ暗な宇宙空間に、レーザービームが幾筋も閃いた。
 ラドラムの頭脳を持った四人のペットたちは、あっという間にリィザの船を取り囲む。

 コロニーに投石したニックだったが、ラドラムの脅迫に屈してリィザの船を残して、次々と白い船を討ち取っていく。
 ペットたちは、リィザの船のエンジン部分とレーザー射出口を狙って攻撃していた。ステルスシールド発生装置も破壊する。

 やがて、立派に見えた船団は、リィザの失態により彼女の船だけになり、推進装置も武器も失って、宇宙に漂う箱舟になった。
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