上 下
53 / 97
第三章 三年前~奉納祭~

奉納祭⑤(~薬草園)

しおりを挟む
【29】



「腕輪が認められて本当によかったですわね。まあ、どのみち、アニエス様のお姿の方が観衆の皆様方には衝撃的過ぎて、どなたもリルディア様の腕輪の事は関心を示されないとは思いますわ」

「ええ、本当によかったわ。そこはアニエス姉様に感謝するところね。まあ、あの“香り”だけは全く感謝は出来ないのだけれど」


私とローズロッテとは別に市井の少女達は神女長の手伝いを申し出て一緒に行ってしまったので、今はローズロッテと二人だけで神女長からも許可を得て、アニエスの香り対策の為の薬草を取りに神殿の敷地内にある薬草園に来ていた。私が薬草を採取している間、ローズロッテはそんな私に日傘で日光を遮ってくれている。


「リルディア様が“奉納祭の行事を一切放棄する”と仰られた時はどうなる事かと思いましたわ? わたくし、あの時は、大神官長にじかに掛け合うと申しましたが、実のところ、国王陛下にお願いしようと本気で考えておりましたのよ? 実際リルディア様の説得がお出来になるのは、国王陛下くらいなのですもの」


それを聞いて思わず苦笑いをする。


「いやね。貴女もなの? それって大神殿の神官達と思惑が同じじゃないの」

「思惑だなんて。目の付け所と言って下さいませ。それに正しい選択ですわ。国王陛下がリルディア様に弱いようにその逆も然りなのですもの。どう考えましても大神官長にリルディア様をご説得だなんて、荷が重いですわよ」

「荷が重いってーー私ってそんなに聞き分けがないかしら? ………まあ、そこは『否定』もしないけど。ーーでも、ローズ? 貴女、あの時は、結構本気で慌てていたでしょ? ちょっと面白かったわ?」


私が意地悪っぽく含み笑いを浮かべると、ローズロッテが頬を膨らませて拗ねた表情を見せる。


「まあ! やはり『確信犯』でしたのね? ですがリルディア様の事ですもの。私、本気で心配致しましたのよ? リルディア様は奉納祭の行事を全て放棄すると仰いましたが、あれだけご苦労されて練習を積み重ねてこられたのに、その儀式まで放棄するとは到底、思えない反面、リルディア様はご自分に素直な御方だけに、やりたくない事はご自身の#納得がいかなければ絶対になさらないでしょう?     しかもリルディア様のお言葉はその殆どが本音なのですもの。受け取る側にしてみれば内心ドキドキものですのよ?」


そう言うローズロッテが自分の胸元を押さえているのを見て、私は唇を引き締めたまま笑う。


「あんなに頭を使った上に真夜中過ぎまで猛練習して寝不足にもなって、しかも気絶するほどに不味い野菜汁まで飲んだのよ? それなのに儀式を放棄するなんて余程の事が無い限りしないわよ。確かに腕輪を外すくらいなら儀式なんてちゅうちょなく放棄するところだけど、神女長にはああは言ったけれど、そもそも私の主張が通らない事なんてこの国ではまず考えられないでしょ? まして神殿側の大神官長を筆頭に『祝福の聖乙女』の規定である年齢に全く達していない私をお父様を丸め込んでまで『聖乙女』に担ぎ上げたのよ?

何が「大人びているから問題ない」なのよ。そんな馬鹿げた理由が常識的にあるわけないじゃない。ただの勝手な言い訳にしか過ぎないわ。そんな自分達の都合だけで堂々と規定違反をしている神殿側が私の規定違反をどうこう言えるわけがないのよ。

あの神女長はその辺の事情を上層部から詳しくは知らされてはいないだろうから、しかも元々規律を厳守する様、教育されているので、あの様な言い方しか出来ないのだし、なにより『大神殿』も『枢機院』も貴女達『貴族』も、この奉納祭で『私』を利用して『利』を得ようとしているのは薄々分かっているから尚の事、私の我儘なんて何を言っても通るでしょう? 貴女が慌てた理由も実はそこにあるのよね?」


私が真っ直ぐに問うとローズロッテはクスリと小さく笑う。


「ふふっ、さすがは聡明なリルディア様。やはりお察しでいらっしゃいましたか。リルディア様のその鋭い洞察力は本当に侮れませんわね?     

ーー仰る通り、此度の奉納祭ではリルディア様の噂を聞き付けて我が国には各地から大勢の人間が集まってきているのですわ。しかもリルディア様のお母上殿も奉納祭で歌われるというので、それはもう過去の奉納祭の中でも類を見ないくらいに『利』を得るには絶好の機会でもあるのです。そして更には世の女性達が焦がれてやまない、この世で最も麗しいセルリアの王太子様もお越しになりますでしょう? ーーうふふ、その相乗効果を考えるだけでも笑いが止まりませんわ?

ですからリルディア様に奉納祭の儀式を放棄されてはブランノアの国全体が困ってしまいますのよ?ーーと、まあ、こういった『裏事情』があるのですわ。お気を悪くなされました?」


「意ともあっさり白状するのね? 別に悪いなんて思っていないわ。今のところ私に害があるわけでもないし。そもそも『利』がなければ商売をする意味がないでしょう?  それに国民が潤えば、それは王家の『利』にも繋がるのだもの。国が栄えて皆も幸せなら互いの『利』にも叶ってて、まあ、良いんじゃない? それでも利用されている側にしてみればあまり気分が良いとは言えないから私はそれに対して否定も肯定もしないけど」

「ふふっ、リルディア様はそのように話がお分かりになる御方だから私も素直に申せますのよ? これが他の王族や特にアニエス様であったなら、絶対に申せませんでしょう? たちどころに不敬罪で処罰されてしまいますわ。それに比べてリルディア様は器が広くて寛大でいらっしゃいますからこちらとしても安心してお付き合いが出来ますのよ?」


私はそれを聞いて目を細めて小さくため息をつく。


「ーーローズ。私が寛大なのは私自身に実害が無いからなのよ? だから別に器が広いわけでもなくてこれが私に実害のある事ならば容赦なく排除するわ。ーーそれを覚えていてね?」


そんなローズロッテに暴走する事のない様に釘を刺すと、彼女はひたすら面白そうに笑うだけだ。


「リルディア様が国王陛下にそっくりであると言われているのもうなずけますわ。しかも外見と中身がお違いになられるのであなどると痛い目を見ますわね。ーーふふっ、肝に銘じますわ」


会話の内容に反して緊張感のまるで無い笑顔のローズロッテに私は再びため息をついているとローズロッテが不意に私の左腕をつつく。


「それにしても、リルディア様は本当にその腕輪を大切になさっておられますのね? しかも肌身離さずーーだなんて。確か、“預かりもの”だと仰られましたが、その“お約束”というのも気になりますわ。それにリルディア様がその様に親しくされているご友人が私の他にもいらっしゃるだなんて、私、大いに嫉妬してしまいましてよ? もしかして、そのお相手の方というのは私も存じている御方ですの?」


ローズロッテが詰め寄る様に私の顔を覗き込むので、条件反射でたじろぎながら体を横に退く。


「ゆ、友人というわけでもないわ。それに“約束”とはいっても他の人から見れば大した事はないさいな事なの。だからそれは私にしか意味の成さない事なのよ。………もしかしたら、その本人もあんなその場限りで、たまたま口に出ただけの些細な口約束なんてもう覚えていないのかもしれないけれど、それでも私にとっては大事な“約束”だから、いつか“これ”を返す為にいわば“願掛け”をしているのよ」

(………当の本人は全く気付いてはいないんだけどね)

そんな私が物思いにふけりながら腕輪を擦っていると、私の腕をローズロッテが強く引っ張る。


「ズルいですわ!!  その方はご友人でもないのにリルディア様とその様な親しい“お約束”をなさるなんて! それでしたら私とも何か“お約束”を作りましょう? そしてお互いにお揃いの素敵な腕輪を付けるのですわ! 何処のどなたかは存じ上げませんがリルディア様の一番のご友人の座はその方には絶対に渡しませんわよ?」


そんな冗談にも聞こえない真顔で必死に訴えるローズロッテの額を呆れるように軽く小突く。


「あのねぇ、何を張り合っているのよ? そんな友人の座を争う様な相手じゃないのよ。しかも両腕に腕輪なんて見た目にも格好悪いじゃない」


しかしローズロッテは諦めずに尚も提案をしてくる。


「それでしたら『首飾り』に致しましょう? お揃いの首飾りだなんてすごく素敵ですわ! ああ、その前に“お約束”を考えなくてはーーー」

「ーー却下。誰にでもかれにでも“約束”なんて簡単に出来るわけがないでしょう? しかもお揃いの装飾品を作る為だけの“約束”なんて、もう約束でも何でもないじゃないの。それに貴女と私ではドレスや装飾品の趣向も全く違うのに、それを日常身に付けるなんて無理に決まっているわ。そんな心配をせずとも貴女は私にとって切っても切れない『特別な友人』なのだからそれで良いじゃない」

「それでもやはりズルいですわ! リルディア様、私とお揃いの装飾品を作りましょうよ。ーーね?」

「ーー嫌よ。それに女が身に飾る特別な装飾品は本来、男性に贈って貰うのが女の常識なのでしょう? 世間一般でもよく言われているじゃないの」

「それはそうですけれど、ですがリルディア様もその特別な装飾品を付けておられるではありませんの。そしてその腕輪をお返しするのは『女性』なのでしょう?」


その言葉に思わずギクリとしたが、極力表情には出さない様に笑って誤魔化す事にする。


「あははーーまあ、とにかく私達にはお揃いの装飾品も約束もらないわよ。私達は“持ちつ持たれつ”なのだから上手く付き合えればそれで良いじゃない。ーーああ、いけない! 早くこの薬草で塗り薬を作らないともう時間が無いわ。ローズ、早く戻りましょう?」


そう言って話を逸らし足早に逃げるように神殿内に戻ろうとするも、その後に付いて尚もローズロッテが、「でしたら他のものでお揃いを作りましょうよ?」ーーと、腕輪に対抗するように提案をし続けてくる。いちいちかわすのも面倒なので他の人間には大した事ではないのだし、いっその事、教えてしまった方が面倒くさくないかな?ーーとも思ったが、それでも自分にとっては大した事であるので、やはりここは秘密にしておいた方が良いだろう。万が一これが父の耳に入ったら絶対に反対されるし、“風の噂”になるような原因は何も自分から作る事はない。


ーーこの腕輪には隠し細工をほどこしていて一見は分からないものの、これにはあの時の『約束の証』が埋め込んである。あの時、預かった『それ』はとても小さなものなので失くさないとは『約束』したものの、このままでは万が一、失くしてしまうかもしれないと色々と試行錯誤した結果、この様な『形』になった。それにこうして常に身に付けてさえいれば外したりしない限りは絶対に失くす事もない。

無論、その『約束』をした本人の前でも堂々と腕輪を見せてはいるのだが、そこは女性とは違うからなのか、装飾品などには関心も無いらしく全くもって全然気付かない。だからローズロッテのように彼から腕輪の事を聞かれたらその時には、あの時の『約束』の話の口火を切ろうと自然に自分の中で“願掛け”のような事をしてしまったので、今まで本人には私から『約束』の催促はしてはいない。その『約束』すらもあの時以来、立ち消えてしまった様に話にも昇らない。


ーー彼はあの時の『約束』を覚えていてくれているだろうか? もしかしたらあの時は我儘な子供相手に合わせたその場だけの何気のない口約束だったのかもしれない。今になって考えれば分かる事だが、いくら身内とはいえど父がそんな事を許すはずもないし、公務でもないのに王族が気軽に国を出る事は出来ない。

ーーけれど彼は私に『約束』してくれた。彼は今まで一度だって私に“嘘”をついた事がない。だからこそ彼の言葉は安心して信用出来る。だから私も“嘘”はつかない。自分も信用に値する者でありたいと思うからーーー


私は自分の左腕の腕輪を見つめながら今はあの“一件”でギクシャクしていて顔を会わせる事もままならない相手に心の中で呟く。


ーー私にちゃんと“これ”を返させてよね。私には16歳になるまでの期限があるのよ? 貴方は『約束』をした事自体もう忘れているかもしれないけれど、私の方はしっかりと覚えているんだからね?

ーークラウスの………馬鹿。




【29ー終】






























































しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

小猿令嬢に惚れた元プレイボーイの奮闘

恋愛 / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:1,956

嫌われた令嬢、ヒルダ・フィールズは終止符を打つ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:717

アラフォーの悪役令嬢~婚約破棄って何ですか?~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:146

悪役令嬢は南国で自給自足したい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:78pt お気に入り:7,010

悪役令嬢と十三霊の神々

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:128

処理中です...